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「はいはい、どうしました?」
たまらなくなって井出山さんを呼び、気がつくと、僕はまた真っ白い部屋に戻っていた。目の前には井出山さん。相変わらずにこにことした笑みを浮かべている。
「どうした、じゃないですよ。なんなんですか、この思い出は」
僕は怒りながら、井出山さんを問い詰めた。
「なんなんですかって、さっきの思い出がパンチが無いっておっしゃるものだから、しっかりパンチを効かせてみました。それにデータによりますと、渡辺さんの場合、中学、高校と部活で活躍できず、女子にもモテなかったことが暗い過去のひとつになっているので・・・」
「だからってあんな迫られ方を次々されて、喜ぶ奴がいると思ったんですか?」
「それは」
井出山さんから笑顔が消えた。その黒縁メガネのレンズが、蛍光灯の光を反射して白く光っていた。
「いいですか、僕は27で、職のない、精神障害者なんですよ!どうせ未来なんてないに決まっているんだ。それなのに、過去にちょっと女の子にモテた思い出があるからって、生きていけるわけがないでしょう!」
僕は井出山さんを怒鳴りつけた。井出山さんは眼鏡にちょっと手をやると、再び笑顔を取り戻して、
「まあ、落ち着いて」
甲高い声で言った。
「わかりました。次は必ず、お気にめすような思い出を作ってあげますから」
「もういいです、元の踏切に戻してください。あそこであと1分も寝転がっていれば、僕は死ねるんだ。戻してください!」
「ちょっとちょっと、渡辺さん、それは困ります、困りますよ、私としても。次こそはきちんと渡辺さんのツボをとらえた思い出にしますので・・・」
僕は、その思い出作りにもう一回賭けてみたいというよりは、この中年のおじさんとのやりとりが疲れてきて、もうなんでもいいから早く解放されたくなってきた。
「本当ですね?次はこんなバカバカしい思い出は作らないでくれますか?」
ええ、ええ、本当にもう、と井出山さんは言うのである。仕方がない、僕は信じることにした。
「わかりました。それではもう一度だけ」
「ありがとうございます!それではいま一度、視線を拝借」
そう言いながら井出山さんは五円玉を僕の目の前に構えた。
「さあ、あなたはだんだん眠くなる、あなたはだんだん眠たくなーる・・・」




