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ふと気がつくと、僕は生まれ育ったアパートに居た。埼玉県の住宅街にある、年代物のアパート。そのアパートの2階にあるリビングの、南窓のそばに、ちょこんと座っていたのである。僕の体は小さくちぢみ、3〜4歳になっていた。


僕は窓のそばに座って、外を見降ろしていた。窓からはアパートの狭い庭が見え、その左端には、細い路地が南北に走っているのが見えた。この路地は、僕の住むアパートに入るには、必ず通らなければならない路地だった。だから僕はその路地を眺めてーー母がそこを通って帰ってくるのを待っていた。


季節は冬の終わりで、風がびゅうびゅう吹いていた。リビングは肌寒かったが、ストーブのつけ方を知らない僕は、その寒さに抵抗するすべを知らなかった。外を眺めるために、窓ガラスに顔をくっつけるようにしていたから、窓ガラスは僕の顔の前の部分が白く曇った。


「一時間で帰るからね」


そう言って母は出かけたのだったが、もうそれがとっくに過ぎてしまっていることを、リビングの壁に掛けてある時計を見て僕は知っていた。僕はその当時、長針の読み方はまだわからなかったが、短針の読み方は知っていた。壁掛け時計の短針は、母が出て行った時には11のすこし手前を指していたのに、いまでは12を超えてしまっていた。


僕は今か今かと母の帰りを待った。昼下がりの陽射しが窓から射し込んで、僕の体をじっくり暖めた。いつまで経っても母は帰って来なかった。時計の、ちっちっちという秒針が動く音だけがむなしく響いた。


一陣の強い風がびゅーっと吹いて、アパートに向かってき、窓ガラスに当たってガタガタと揺らした。その音の激しさに、僕はある疑念を抱いたーー。母は風に飛ばされてしまったのではないだろうかと。僕の頭の中に、自転車ごと吹き飛ばされて、駅前の商店街の上空をくるくると舞う母の姿が浮かんだ。そのまま母は、僕の知らない外国まで飛ばされてしまうか、風の道筋から外れたとたん、浮力を失って地面にあっという間に叩きつけられて、自転車と一緒にぺしゃんこになってしまうのである。


母がぺしゃんこになって死んでしまう映像が頭の中に浮かんだ時、僕はたまらなくなって泣いた。目の前の世界ががぐしゃ、と涙で崩れた。風がまた吹いた。その風に向かって、僕は、


「吹くな!もう吹くな!」


と叫んだ。と、その時、


どんどんどん


玄関のドアがノックされる音がした。僕はハッとして玄関へ走った。リビングを走り、キッチンを通り抜け、玄関にたどり着く。そうして青色をした鉄の扉の鍵を開け、その分厚く重い扉を開けた。


「ただいま、まさちゃん、あれ、この子は泣いてーー」


そこにはまだ若い、美しい母が立っていた。葱の飛び出たスーパーの買い物袋を携えている。僕はそのまま何も考えず、


「遅いよ!」


そう叫びながら母の胸に飛び込んだ。

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