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iPhoneのインターネット検索画面に、「自殺」というワードを入れてみる。すると、ひとつも関連するキーワードが出てこない。他の言葉ーー例えば、「イチロー」を入れると、
イチロー
イチロー 成績
イチローズモルト
イチロー 名言
イチロー 速報
イチロー レーザービーム・・・
と、たくさんの関連語が出てくるのに。これはGoogleの陰謀だと思う。いくら自殺というブラックな言葉であっても、検索する側の需要はあるのに。公平性に欠けるのではないか、と思う。
とにかく、「自殺 サイト」というワードを打ち込み、検索をかけてみる。うじゃうじゃと自殺サイトが出てきた。それを上から見ていく。すると、中には管理人がトップページに、
「・・・(中略)あー、死にたい、死にたい、もし私が死んだらここ無法状態で残るけど、その時はごめんね!」
と書いてあるサイトがあって、少し笑えた。サイト内の掲示板には死にたい人がたくさんの書き込みをしている。それを丹念にひとつひとつ読んでいくとーー、ちょっと危ない気持ちになってきたので慌ててネットを閉じた。
日曜の夕方6時過ぎだった。自分の部屋のベッドの上でiPhoneを覗いていた僕は、起き上がって部屋を出た。そのまま階段を降り、玄関へと向かった。玄関に向かう途中、リビングの方から父と母の声が壁を通して漏れ聞こえてきた。その明るい、家庭的な空気。ああ、と僕は思い、思いながら玄関に降りて、サンダルを突っかけた。そのまま、両親に気づかれないよう静かに外に出る。
季節は5月の下旬で、6時を過ぎてもまだ外は明るかった。夕焼けが美しく、僕の家がある商店街の店々の壁を、赤紫色に焼いていた。僕はふらふらと商店街を歩いた。もう、頭の中は死ぬことでいっぱいである。
僕は27歳で、1年半前、働きすぎて躁鬱病になり、会社を辞めた。それからは病気に苦しみながら、栃木の田舎町にある実家でニートをしている。病気はひどく、人気のあるところへ行くとすぐに具合が悪くなるので、新しい職には当分就けそうにない。毎日、毎日、何もすることがなく、ただ時が過ぎて行くのをひたすら見送って過ごしている。髭はぼうぼうに伸び、全く運動をしていないので腹は出ほうだいである。僕の人生には、もはや未来も希望もないように思われた。この間も、僕は彼女を失くした。2年間付き合ってきた年上の彼女は、僕を振った代官山のお洒落な喫茶店で、僕に向かって泣きじゃくりながらこう言ったのだった。
「あなたのことが嫌いなわけじゃないのよ。ただ、私も結婚したいの。もう待てない。・・・普通に結婚して、普通に赤ちゃんが欲しいだけなの!」
こうして、大切にしてきた人とのつながりや、元気に遊びにいける行動範囲など、それまで当たり前にあったものが失われるたび、僕はその原因を探る自問の旅に出るのだった。
(どうしてこんなことになった?どこで道を踏み外した?)
(業界も職種も全然関係のない職種に就きながら、小説家になりたいと妄想をし続けていたあの頃か。就活をなめて、自分の入る会社がブラックかどうかも調べずに就職を決めてしまった、あの時か。学生時代、太宰治の気持ちを知るんだとうそぶいて、悪い薬をキメて遊んでいた、あの時か)
いくら考えても、答えは出なかった。
僕は今日も、自分が病気になった原因を無闇にあれこれ推測しながら、商店街を歩いた。そうしてそこを抜けて住宅街へ入った。住宅街を歩くと、やがて線路に辿り着いたので、その線路脇の細道をぶらぶらと行った。
すると、ちょうど車通りも人通りもない寂しい踏切に通りかかった時、
かんかんかんかんかん・・・
踏切が鳴りだした。僕はドキッとした。遮断機が1人でに動き、下りた。周りを見回しても、誰もいない。
(もしやこれが?)
自分に与えられた運命なのではないか、と僕は思ったのである。あの中に入って、1分もじっとしていれば、一瞬の痛みと引き換えに楽になれる。自殺はいけないこと?自分が死んでも、社会的な損失はひとつもない。むしろ、自分の両親が経済的に楽になるのだから、その分プラスになるだけだ。それに、この絶望の続く、地獄のような日々に別れることができるのである。いけないはずがない、と思った。
僕はもう一度左右を振り見て、誰もいないことを確認すると、フラリと歩きだし、遮断機をくぐって、踏切の中に入った。そうして線路の脇に立つと、線路(それは踏切の中では、敷いてあるアスファルトに溝が作られている、その溝の中に入っていた)の上に頭をおいて、ごろりと踏切の中に仰向けに寝転んだ。固いアスファルトが、背中に当たってごつごつした。
かんかんかんかん・・・
警報器の音が、僕の意識をひどく緊張させた。首を曲げて左を向くと、遠くにヘッドライトを点けた電車が向かって来るのが見えた。その走る振動が、線路を通じてわずかに響いてくる。僕は首を戻し、上を向いた。夕焼けが色あせた、群青色の空。灰色になった雲がきれぎれに浮いていた。僕は緊張でどくどくと波打つ心臓の音を聞きながら、これで終わりだ、と思い、ぎゅっと目をつむった。




