【短編021】 視線:見えないものを見つめる猫と少女
本作は、喪失と不可解な気配を描いた短編です。
明確な答えは用意していません。ご自由にお読みください。
祖父が亡くなって一週間後、茜は実家に戻った。
仏壇の前でしばらく座って、線香の煙が細く天井に消えるのを見ていた。写真の中の祖父は、見慣れない顔をしていた。七五三の記念写真から切り抜いたような、どこか他所行きの顔。子供のころ、肩車をしてくれた人と同じ人間だとは、うまく思えなかった。
ハルがいた。
廊下の奥から、重い足音もなく現れた。年老いた黒猫で、口元だけが白い。関節が少し固いのか、座るときにわずかに時間がかかった。祖父がどこで拾ってきたのか、もう誰も覚えていなかった。
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仏間の掃除をしていると、ハルがいつの間にか隣にいた。
茜が手を伸ばすと、避けた。かといって、遠ざかるわけでもなかった。
夜になって、ハルがまた仏間に来た。
畳の上、仏壇から少し離れたあたり。そこで止まって、空間の一点を見始めた。
ハルは動かなかった。
尻尾の先が、一度だけゆっくり揺れた。
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翌朝も、ハルは同じ場所で同じ方向を向いていた。
台所に置いた餌皿が、夜と変わらない量のままだった。乾いたキャットフードの匂いだけが、そこに残っていた。
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三日目の夜、茜は仏間でハルの斜め後ろに座った。
最後に祖父と話したのがいつだったか、思い出せなかった。ハルの視線の先を、見たくなかった。
ハルは動かなかった。耳だけが、少し立っていた。
茜は見た。
音が、なかった。
次の瞬間には、なかった。
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片付けが終わる日、茜はもう一度仏間に入った。
ハルがいた。
茜は少しのあいだ、ハルの背中を見ていた。
それから、立ち上がった。
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車に乗る前、茜は廊下でハルと目が合った。
ハルは一度だけ、目を細めた。
茜は何も、言えなかった。
それだけだった。
最後までお付き合いいただきありがとうございます。
猫が見ていたものについては、あえて説明していません。
それぞれの読後に何かが残れば幸いです。




