【#2】開戦
『その魔法を使って、クラスメイトを全員殺してください』
『そうすれば、卒業を待たず、一人前の魔道士もしくは魔女にしてさしあげます』
一瞬、耳が取れたような気がして、慌てて耳を塞ぐようにして確認した。耳はあった。
フォニィの脳は、「エーシェ先生の声」に何度も揺さぶられているにも関わらず、ひどく冷静だった。いや、もしかしたら、その時はまだ認識できていなかったのかもしれない。
『どんな手段を用いても構いません。魔法を使っても、それ以外の方法でしても、何ら問題はありません』
その声が頭に響いて、フォニィは次第に夢の中にいるような感覚に陥った。そうだ。これは……夢だ。クラスメイトを殺すとか、そんなことが……怒るわけがない。
フォニィは多くのウィッチャーが夢かどうかを見極めるためにするように、乗用箒を手に持つと、自分の足に勢いよく突き下ろした。足先から脳天へ、痺れるような痛みが流れた。これは夢ではない。じゃあ聞き間違いだ。そうに違いない。
『なお、この殺し合いのことを、他の者には一切他言しないでください。もしこれに反した場合、脳に情報を流し、負荷をかけ、死に至らしめます』
(……あれ……? 殺し合い……って言った……?)
その言葉は、フォニィに彼女自身の耳が正常に働いていたことを示すには十分だった。つまり自分たちは、本当に殺し合いをしなくてはならないのだ。一緒にかくれんぼをしたナフテやエリン、一緒に帰ってきたばかりのヘイグやシェーリス、さらには一生の親友と信じてきたメルサル、その他にも、まだまだたくさん……そんな人たちを殺すか、そんな人たちに殺されるか。誰かに助けを求められない以上、その二択しかない。
フォニィはそこでようやく、本物の恐怖を覚えた。課題を忘れた時とか、念力魔法で窓ガラスを割った時とかに感じる生半可な恐怖ではない、本物の恐怖。体の芯から震え上がり、ドクドクと速く脈打つ感触が伝わる、本物の恐怖。それに、足下でおやつを急かすかのように、にゃあ、にゃぁ、と泣き続けるミャーの声が被さって、不気味な二重奏ができあがった。
『制限時間は1週間です。1週間以内に残り1人になっていない場合は、全員が前述と同じ手法で殺されます。なお、皆様のクラスメイトの親族及びクラスメイトを防御しようとした一般市民は殺害可能です。ただし、その後に起きる事象については、一切責任を負いません』
もはやどうでも良かった。フォニィはすぐにミャーから離れ、壁に背中を預けるようにして、あたりを見回した。
そこで気がついた。「どうでもよくない」ことに。
自分はメルサルからしたらクラスメイトだ。ナフテからしたらクラスメイトだ。
じゃあ……自分を狙ったクラスメイトが、母親を殺したら? 父親を殺したら? 兄を……殺したら?
自分がメルサルから必死に逃げる。そこに、兄が立ちはだかる。「やめろ!」。だがメルサルは、そんな兄を、得意だった自然魔法、″ウイングブラスト″───父親がよく使う羽ペンのように鋭い羽が何個も空中に生成され、的に向かって一斉に突き刺さるというものだ。ただし今回は的ではなく人だが───を使い、兄をめった刺しにして言う。「ほら、これでもう誰もいないよ」
こんな光景がありありと浮かんだ。
まさかメルサルがそんなことをするとは思えないが、他の誰かなら十分にありえる。特にアンダンやメアみたいな、怖い人たちなら。
フォニィはすぐに壁から身を離し、目の前のリビングに通ずるドアを開けようとした。だがここで足ガ止まった。誰かにこのことを伝えたら死ぬ。脳に負荷がかかり、壊れて。
『それでは、皆様のご健闘をお祈りしております』
そうして、エーシェ先生の声は消えてしまった。ただ、一瞬だけ、『……なさい……』という声が微かに聞こえたような気がした。
「どうすれば……いいの……?」
フォニィは絶望に打ちひしがれた。
その時だった。
ちょうど上のあたりで、何かガラスのような物が割れた音がした。フォニィはほぼ反射的に上を向き、透視能力を使っていた。
そこで、フォニィの口から、えっ、という声が漏れた。
兄が倒れていた。背中が見えるから、おそらく仰向けに倒れているのだろう。微かに動いていた。だがとても小さかった。
フォニィは後ろに振り向き、階段を駆け上がった。ドタドタと音が響いた。普段なら母親に怒られるからこんなことしないけど、今は気にしている場合じゃない。
そして、兄の部屋の前まで来た。もう音が止んでいた。余計不安になった。
そして、ドアを勢いよく開けた。
◆◆◆◆◆
もう夜に近づいていた閑静な住宅街。
はあ、はあ、と息を切らしながら、トレイアは立ち尽くしていた。目の前には、頭を真っ赤に染めた少年が横たわっていた。黄色い髪色のその少年は、ジョグという名前だった。
これで良かったのだろうか。
2人で帰っていたら、急に『殺し合ってください』なんて声が響いたものだから、すぐにバッグで殴って、倒れたところをバッグに入っていた魔法辞典で、頭をめがけて何度も殴った。その間、ジョグは一言も発しなかった。ただ驚愕の顔を浮かべ、ずっとトレイアを見つめていた。
そしてその顔は、今もトレイアを見つめている。トレイアはわずかに吐き気を感じた。
だがそれを振り払い、考えた。
ジョグを始末していたせいで、脳内に響いていた、おそらくエーシェ先生のものである声を聞いていなかった。だからうかつに動くことはできない───のだが───。
その時、トレイアは見た。
白いひげを蓄えた老人が1人、こちらに歩いてくる。何で、道を歩いているんだ?今は乗用箒や乗用絨毯などの空を飛ぶ乗り物が主流なのに。そういう自分も、道を歩いているわけだが。
とにかく、トレイアは焦った。ジョグの死体を見られたら、何が起こるかわからない。
そこでトレイアは、老人の前まで走った。
「あの、すみません! 助けてもらえませんか!?」
老人は細い目を少し開け、返した。
「何かありましたかね?」
少し迷ったが、言った。この際しょうがない。
「実は私たち、こ」
ろしあいを、と続けようとした。
だが。
口がそれ以上、動かなかった。代わりに、鼻と口から、つうう、と何かが流れ出していた。血だ、とわかる頃には、彼女の脳内はオーバーヒートを起こしていた。目が上を向き、焦点が合わなくなった。
(縺斐a繧薙↑縺輔>遘√′縺ゅ?譎ゅ≠縺ョ蟄蝉セ帙?鬘倥>繧定◇縺?※縺?↑縺代l縺ー)
そして、そのまま、仰向けに倒れた。ゆっくりと、ゆっくりと。
老人は、ただそれを見つめるしかなかった。しかし、頭に何か微弱な電流が流れるような感覚を覚えたと思うと、何事もなかったかのように思え、老人は反対方向に歩いていった。
2人の死体は、やがて完全な闇に包まれた。
◆◆◆◆◆
フォニィはドアを勢いよく開けた。
その時、彼女の口から、あっ、という声が漏れた。
兄が倒れていた。いや、それは知っている。彼はフォニィがドアを開けたことに気づいたらしく、苦しそうに口を動かし、何かを伝えようとしていた。
しかし、フォニィの目は、別の場所に釘付けになっていた。
兄のすぐ後ろに立っていたその影に、見覚えがあったからだ。インクのように黒いエインズ魔法学校の制服、尖った先が丸まっているこれまた黒い魔法帽、肩まで伸ばした薄い桃色の髪、そして何よりも、一回り大きな身長。
「なんで……」
そこに立っていたのは、紛れもない、先程まで一緒に帰っていた───シェーリスだった。
アルネリア
アロウ
アンダン
ウィンド
ヴィクター
エリュナ
エリン
オルフェリ
カルネ
ケルチュア
サティ
サンドラ
シェーリス
セイラ
ソイェン
チェイン
ディア
ナフテ
ニェムラ
ノーシェン
ノル
ハイド
ハープ
ハル
ヒュニア
フィオ
フォニィ
フラム
ヘイグ
ベレイ
ホールィ
マーチ
ミュレイア
ムジカ
メア
メルサル
メロー
モーリス
ユロイ
ラテ
リィリィ
リーフィ
リュネ
ルゥネ
ルーシェ
レイ
レミュナ
ロキ
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