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手をつないで廊下を歩きながら、ナティルがアビゲイルに目を向けてゆっくりと細めた。


「これでアビゲイルと堂々と一緒にいられる」


その瞳は砂糖をシロップで煮たように甘い。

しかしアビゲイルはそれに特には反応を返さずに、小さく肩をすくめてみせた。

もちろん無表情で。


「よくハニートラップなんて出来たね。昔は人間全員を石ころと思ってるような目だったのに」

「アビゲイルがちょっとは取り繕えって言ったからだろ。父上にもアビゲイルの言うとおりにしろって口を酸っぱくするほど言われたしね」


ナティルも肩をすくめたあとで、繋いでいたアビゲイルの手を口元にもっていき、その甲へ小さくキスを落とした。

そして蜂蜜のように甘く笑う。

それにアビゲイルはスンとした表情を向けた。


「まさか結婚相手にいっさい興味ない人との婚約は嫌だって断ったのに、こんな目するようになるなんてね」

「アビゲイルだって私に興味ないって言い切っただろ」

「だから、婚約は保留でとりあえず友達からって言ったでしょ。お父様たちも賛成してくれたし」


キスをされた手にちらりと視線を向けたあと、アビゲイルは前方へと顔を向けた。

この婚約者は存外スキンシップをとるのを好むので、アビゲイルは好きにさせている。


「ふふ、相手の興味をいかに惹けるかの勝負になったんだっけ」


そうなのだ。

ナティルはかけらも他人に興味が持てない。

アビゲイルはそんなナティルに興味を抱けない。

しかし両親は二人を婚約させたいけれど、しょっぱなからこれじゃ破綻するのが目に見えている。

なので二人を頻繁に会わせていたのだけれど、そのうち静まりかえったお茶をするのも飽きたと、アビゲイルが提案したのだ。

どちらが相手の興味を惹けるか勝負しましょう、と。

ナティルは最初は興味をあまり持てなかったけれど、アビゲイルの刺繍を見て考えを改めた。

花や鳥、モチーフ模様が当たり前でそれ以外なんて考えられたこともない刺繍なのに、アビゲイルが刺してきたものは違った。

絵本のなかの人形みたいにデフォルメをされた、ナティルの姿を刺繡してきたのだ。

それはナティルの特徴をよくとらえていた。

アビゲイルは各国を渡り歩く父親のお土産などを参考に、面白そうなものを自分で準備してナティルに見せたのだ。

そんな刺繡を見たのははじめてで、ナティルは純粋に感嘆した。

それをきっかけに二人の戦いという名のお遊びは始まったのだ。

最終的にナティルは公爵令息にもかかわらず、三層にわかれた恐ろしく手の込んだケーキにさらにその場で飴細工で飾り付けをしてみせた。

これにはアビゲイルも驚かされたものだ。

ケーキも凄いけれど、飴細工にまで手を出すとは思ってもみなかった。


「そういえば母上に訊いたよ。絵本、何冊か復刻するんだって?」

「そうなの、十周年だから」

「思い出すな。あれで私は負けたんだ」

「・・・・・・そうなの?」


初耳なことに、アビゲイルはナティルを見上げた。

その目はここ数ヶ月の虫を見るような目ではない。

むしろ何故そんな目なのに誰も気づかないのか疑問に思って、観察しまくってしまった。


「飛び出す絵本が販売される前に、それを真似したもの作って見せてくれただろ?」

「あの歪なやつね。不覚だわ、もっとうまく作ったつもりだったのに、見せた時にそうでもなかったと思ったのよ」

「完璧だったよ」


その言葉にアビゲイルはむっと本当に小さく唇を尖らせた。

それも微々たる変化だ。

よほどテンションが上がらないと、表情筋が仕事をしてくれないのだ。


「ちょっとしか驚かなかったくせに」

「そのあと満足そうに得意気に笑っただろ。それまでにもだいぶアビゲイルに傾いてたのに、あれで落ちた」

「その顔で落ちるってどうなのかしら」


そのときの顔は、きっとさきほどの会場で見せたドヤ顔と同じだったのだろう。

会場でもつい自分の推理が当たったのが嬉しくてドヤッてしまった。


「いいじゃないか、可愛かったんだから。だから改めて婚約申し込んだんだ」

「・・・・・・そう」


なんか釈然としない。


「まあ普段の動かない表情も可愛いんだけどね」

「本当に変わりようが凄いわ」


幼少期との違いに高低差がありすぎる。

けれど言われた本人はさらっとそんなアビゲイルの言葉を訊き流した。


「久し振りに一緒に本を作らない?」

「私が見せてから、二人で作るのに夢中になったものね」


いいわよと声音をそっと弾ませたあと、アビゲイルはでも、と小首を傾げた。


「あの作った本どうしたか覚えてないのよね。結構な量を作ったはずなのに、いつのまにか消えてるんですもの。公爵家で処分してたのよね?」

「全部保管してるよ」

「・・・・・・え・・・・・・全部?」

「全部」


ギシリとアビゲイルの動きが止まった。

ギギギとぎこちない動きでナティルを見やると、とてもいい笑顔が返される。


「アビゲイルは自分が作ったものは捨てそうだったからね」

「まさか最初のも・・・・・・?」

「もちろん」


気持ちいいくらい堂々と頷いたナティルに、アビゲイルの顔色がサッと変わった。

学園に入学して以来、さっきのドヤ顔を除いて校内ではじめて顔色が変わった瞬間だ。


「いやああ!捨ててぇ!」


彼女らしくない悲鳴が廊下に木霊する。


「嫌だよ」


無表情がすっかり崩れ落ちたアビゲイルに、ナティルは宥めるようにそのこめかみへキスを落とした。


3話に分けたら読みにくかったかなと思ったので短編にて上げ直すことにしました。

ブクマ嬉しかったです。

ありがとうございます。

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