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リッセマン伯爵家の娘であるアビゲイルは思い出した。

五歳の頃。

婚約者と庭にいるときに、好奇心に駆られた二人が岩を持ち上げたら裏にびっしり虫がついていたことを。

そんなどうでもいいことが頭をよぎりながら、アビゲイルは二階の窓から中庭を見ていた。

前髪をカチューシャで上げたホブヘアーは黒髪で目も黒茶。

はっきり言えば地味なうえに、顔立ちも可愛いかと言われれば一応可愛いのではと思わせる程度。

そして何より表情がスンと何を考えているのかわからない無表情だった。

隣にいる、友人になって数週間のヌーリエとはえらい違いだ。


「あれ、アビゲイルの婚約者だよね⋯⋯」


言いにくそうに気まずそうに口を開いたヌーリエを一度見て、アビゲイルはもう一度中庭を見下ろした。

ベンチにはヌーリエの言ったとおりアビゲイルの婚約者が座っている。

金髪にたれ目という保護欲をそそりそうな女子生徒と並んで。

ついでに女子生徒が婚約者の腕に、腕をからめている。

腕を絡められているアビゲイルの婚約者は、ナティルという。

ザカスティ公爵家の嫡男だ。

肩まである髪はまっすぐな金茶色。

隣の人物に向ける瞳は赤褐色だ。

穏やかな雰囲気は、派手な美しさではなく人形のように綺麗で眺めていたくなるものだった。

五歳の頃からのひとつ年上の婚約者。

一足先にこの王立学園に入学していたナティルを追うように、今年アビゲイルは入学した。

けれど入学式のあとに挨拶に行ったら、金髪の彼女を腕にぶらさげてそっけなく返事は一言。

それで会話終了だ。

初対面の人間同士だってもうちょっと頑張って会話するはずだ。

漏れ聞く話によると、入学式の一ヶ月程前からこんな状況らしい。

そうなのかと思いつつ、だからかとも思う。

一ヶ月前から手紙が来ないし、お茶に誘っても予定があると断られてナティルからは誘われない。

入学式がじつに一ヶ月ぶりの再会だったのだ。


「大丈夫?」

「ええ」


おそるおそる問いかけてきたヌーリエに、アビゲイルは平坦な声で答えた。

ヌーリエは視線をうろつかせて、言いにくそうに唇を開く。


「噂じゃ半年前に編入してきた人なんだって。ピルキッシュさんと言うそうよ。殿下やその周りの方々と仲が良かったけれど、あんまり接点のなかったナティル様と急に近くなったらしくて」

「なるほど、友人から恋人に発展したと」

「アビゲイル!」


あっさりと言いにくいことを結論として出してしまった友人に、ヌーリエが悲鳴のような声を上げる。


「その⋯⋯ナティル様は人気があって、今年婚約者が入学してくるって噂になってたらしいんだけど、その直前だったから、その」

「注目度が上がったわけね」


どうりで視線がうるさい筈だ。

すべては婚約者が原因だったらしい。

もう一度ちらりとナティル達を見やってから、アビゲイルは顔をそらしてもともとの進行方向へと歩き出した。

「アビゲイル!」とヌーリエが呼ぶ声が訊こえたけれど、アビゲイルは振り返ることもしなかった。 

 

□ □  □  □


学年が違っても、食堂などは全学年が入り乱れている。

そうすると、必然的に目立つ人物なんかも同じ空間にいることになるので、そこにいる人間の目がその人物へ集中することにもなってしまう。

周りからはひそひそとひそめているつもりで、ひそめられていない話し声がさざなみのように訊こえてくるし、不躾な視線もバッシバシに刺さってきていた。

食事のトレーを持っているナティルに、ピルキッシュが楽しそうに話しかけて歩いているのが見える。

ときおりトレーを片手で持って、ピルキッシュがナティルの腕を掴んでいた。

トレーを落とすからそれはやめた方がいいだろうに。

テーブルで食事をしていたアビゲイルは、フォークを持ったままその二人をじっと見る。

くすくすと周りから訊こえる声は笑っているので、おそらくアビゲイルを馬鹿にしているのだろう。

食事の手を止めたまま二人を見ていると、ピルキッシュはベタベタとナティルに触れているけれど、ナティルはトレーを両手に持ったまま好きにさせて笑っている。

そして、席を探すように目線を動かしたあと、パチリとアビゲイルとナティルの目があった。

けれどすぐに、ふいとそらされてしまう。


「アビゲイル、大丈夫。気にしちゃ駄目よ」


ヌーリエが自分がされたかのような青い顔で、声を震わせる。


「ふむ」


少し考えるように小首を傾げたあと、アビゲイルは無表情で食事を再開した。

ヌーリエが微妙な顔をしていたけれど、さっさと食べて立ち上がる。

慌てて追いかけてきたヌーリエと食堂を出たところで、アビゲイルは立ち止まった。


「やあ、どうも」


目の前に男子生徒が立ちふさがるように現れたからだ。

ゆるいウェーブの茶色い髪に瞳。

それなりに顔は整っているけれど、ナティルをつい思い出してしまえば、そこそこの顔と思うことは許してほしい。

一学年上の、ナティルと同じ二年生。

第二王子のプリスクだ。

アビゲイルの知る限り、顔見知り程度の仲だというナティルからの情報がある。

ぺこりと頭を下げると、ヌーリエが死にそうな顔をしていたから先に行っていいと目くばせをした。

プリスクに頭を下げると、まるで獲物から逃げる仔兎のようにヌーリエは青い顔でさささっと立ち去って行く。

普段に比べて動きが素早い。

それを見送りつつ、プリスクに向き直った。


「君、ナティルの婚約者だよね」

「アビゲイル・リッセマンと申します」

「大丈夫かい?」


名前を名乗ると、間髪入れずによくわからない心配を口にされてしまった。

意味がわからない。

アビゲイルは本人的には訝し気な顔をしたつもりだったけれど、表情筋はかけらも動かなかった。


「何がでしょうか?」


不思議そうに問いかけると、プリスクの隣にいた男子生徒が口を挟んできた。


「強がらなくていいって。ナティルのことだよ」


あからさまに同情の顔をしているのは、確か父親が騎士らしくプリスクの傍にいる一人だ。

仮に騎士男としておこうとアビゲイルは思った。

ヌーリエは案外ゴシップ好きで、色々と訊いた気がするけれど有益だなと思う情報以外はあまり覚えていなかった。

アビゲイルと第二王子が関わることなんて、ほぼないと思っていたからだ。

婚約者であるナティルが懇意にしていたらそうではなかっただろうけれど、顔見知り程度と言われてしまえばそう思ってしまうのも仕方ないだろう。

アビゲイルが騎士男の言葉にどう返せばいいのやらと思っていると、プリスクが訳知り顔で口を開いた。


「入学であんな状態なんてショックだっただろう。年上の方が年下の婚約者が入学する頃には変わってたなんて、ままあることだ」

「そうだぞ。愛想がつくのも無理はない。可哀想に」


とうとう可哀想とまで言われてしまった。

アビゲイルは返事をした方がいいのかと思いつつも、口を挟む隙間がなくて困ってしまう。

眉が思わず下がるけれど、プリスク達が気づくほどの変化はなかった。


「婚約の解消はアビゲイル嬢からは難しいだろう」


それはそうだ。

ナティルは公爵家でアビゲイルは伯爵家。

力関係は火を見るよりも明らかだ。


「なんなら私があいだに入ろう」


だいぶ乗り気だ。

他人の婚約に何故そんなにテンションを上げているのか、アビゲイルにはわからない。


「⋯⋯お気遣いありがとうございます。でも気にしないでください」

「お、おい!」


ぺこりと頭を下げると、涼し気な無表情でアビゲイルはその場を歩き去った。


□ □  □  □


公爵邸で公爵夫人とテーブルを囲んで、アビゲイルは一級品の紅茶を一口飲んだ。


「ナティルは出かけているから気にしないでね。まったく、あの子ったら。学園で面倒事を起こすなんて」

「面倒⋯⋯まあ面倒ですね」


アビゲイルはカップをソーサーに戻して、一瞬考えたあとに頷いた。

月に何度か夫人とお茶を囲む習慣は、アビゲイルにとってなかなか楽しいものだ。

ふうとため息を吐いた夫人に、思わず苦笑してしまう。

口角が一ミリだけ上がった。


「せっかく婚約者が入学したっていうのに。本来なら不慣れな婚約者を気遣う立場よ、まったく。学園ではいわれのないことを言われたりしていない?」


焼き菓子をひとつ食べたあと、アビゲイルは素直に頷いた。


「大丈夫です。これおいしいですね」

「あなたの家から紹介された隣国のお菓子よ」

「なるほど、父が」

「あなたの家の商会は本当に、手広く手堅く商売していて素晴らしいわ。色んな珍しいものを取り扱っているし」


楽しそうに夫人が微笑んだ。

アビゲイルとしても家や父のことを褒めてもらえるのは、嬉しい。


「好奇心が旺盛ですから。兄も同じです」

「あら、じゃあ伯爵家は安泰ね。うちとの事業拡大も不安がないわ」


両手をポンと公爵夫人があわせて、満足そうに笑う。

そこでふと、アビゲイルは学校で言われたことを思い出した。


「そういえばプリスク殿下に婚約解消をすすめられました」

「⋯⋯あら」


すいと公爵夫人の瞳が若干細まった。


「ナティルと交流があるとはいえ、殿下が他家の婚約に口を出したのかしら」


公爵夫人の様子を特に気にせずアビゲイルは「ええ」と頷いた。


「解消したければ我が家からは無理だろうから、あいだに入ると」

「うふふ、そうなの。そんなことがあったのね」


ころころと笑いながら、公爵夫人はアビゲイルに向けてにっこりと微笑んだ。

その笑みはとても優雅でありながら、肉食のネコ科を連想させる。

美しい外見に反して、鋭い爪を持ち合わせる夫人だということをアビゲイルは知っていた。

なんせ息子のナティルとは五歳の頃からの仲なのだから、その家族とも同じ年月交流がある。


「アビゲイルがお嫁に来るのを楽しみにしているから、ナティルのことは気にしないでくれると嬉しいわ」

「気にしていないので大丈夫です」

「そう、よかった」


まったく変わらない無表情で、アビゲイルは淡々と返事を返した。

もとよりアビゲイルは入学してから交流のない婚約者のことは、気にしていない。


「そうだ、以前から我が商会で出している飛び出す絵本なんですけど」

「あの画期的な本ね。懐かしいわ、二人共好きだったものね。よく二人で真似して作っていたのを覚えているわ」


公爵夫人の言葉に、アビゲイルは肯定するように頷いた。

ページを開けば、切り方を工夫された紙が立体的になる絵本だ。

アビゲイルが幼い頃に父親が他国で見つけて、販売した商品でもある。

今でも人気上位の商品で、何冊も種類が出版されている。


「あれがもうすぐ販売十周年になるので、何冊か絶版した種類を復刻することになったんです」

「もうそんなになるのね。あなたたちが五歳のときに販売が始まったものだから、月日がたつのは早いわね⋯⋯はやくナティルがあなたのところに戻るといいんだけど」


ふうとため息を零した公爵夫人は悩まし気に眉を下げている。

それに対して、アビゲイルはやはりまったく気にしていない素振りで。


「そうですね」


黒い髪を小さく揺らして頷いただけだった。


□ □  □  □


アビゲイルは背筋を伸ばして歩く。

その姿は感情を思わせない顔とあいまって、近寄りがたいものだった。

まっすぐ前を見る視界の先には、ナティルが歩いてくるのが見える。

入学してからいつも見る、ピルキッシュを腕にぶら下げている姿でだ。

隣を歩くヌーリアがチラチラとアビゲイルを見るけれど、アビゲイルは気にせず廊下を進んだ。

移動先の教室は二人の向こう側だ。

遠回りするには距離がある。

目前まで迫った二人に、ナティルへちらりと視線をやるけれど、ナティルがアビゲイルの方を一切見ることはなかった。

ピルキッシュに穏やかな笑みを向けるばかりだ。

それに一瞬足を止めると、ピルキッシュがたれ目を勝ち誇ったように細めた。

口元は完全に笑みの形に歪んでいる。

ちょっと根性の悪そうな感じが滲み出ていた。

そのまま歩き去って行った二人に、止めていた足をアビゲイルも動かしだす。


「アビゲイル⋯⋯大丈夫?」

「平気よ」


間髪入れずに答えたアビゲイルに、けれど周りからはひそひそと嘲笑まじりの声が訊こえてきた。


「かわいそー」

「惨めよね」

「そりゃ、あんな無表情なのよりピルキッシュ嬢のがいいよな」

「髪なんかも彼女の方が華やかだしな」


女も男も言いたい放題だ。


「ひどい⋯⋯」


ヌーリエは自分が嗤われたかのように、青ざめて俯いてしまった。

教科書を持っていた手に力が入っている。

その様子にアビゲイルはひとつ息を吐いた。


「私と一緒にいない方がいいわ」


アビゲイルの言葉に、はじかれたようにヌーリエは顔を上げた。

その顔は、どこかほっとした色を瞳に滲ませている。


「でも⋯⋯」

「居心地悪いんでしょ。私のことは気にしなくていいから」

「⋯⋯ごめん」


アビゲイルの言葉を否定せずに目をそらすと、ヌーリエは逃げるように小走りで去って行った。

それをいつもの無表情で見送っていると、背中から「あなた」と声をかけられた。

多分自分だろうと振り返ると、見覚えのある女子生徒がいる。

髪を高く結い上げている、たしかプリスクの婚約者だ。

あいにく学年がナティルやプリスク同様に上なので、あまり知らないけれど間違ってはいないはずだ。

それとは別に、数人の女子生徒が後ろに控えている。

噂を信じるならば、プリスクの側近候補の婚約者たちだ。

騎士男の相手もいる。

これもヌーリエ情報だった。


「なんでしょう」

「あなた、恥ずかしくないの」

「恥ずかしい⋯⋯?」


思わぬ言葉に、アビゲイルはおうむ返しに首を傾げた。

出会いがしらになんだろうと思っていると、プリスクの婚約者は居丈高にツンと顎を上げる。


「もっと気然とした態度でピルキッシュさんに注意しなさい。見ててイライラするわ」


とりあえず文句をつけに来たらしい。

アビゲイルはどう反応するべきかと、茶色い目を一度ぱちりと瞬いた。

イライラするなんて言われても困る。

そんなこと、勝手にイライラされてもアビゲイルは反応に困るとしか思えない。

婚約者はそんなアビゲイルの表情筋の動かさなさに、くっと眉根を寄せた。


「そりゃあ殿下方も少しだけ彼女と懇意にはしていたけれど、苦言を申し上げたらわかっていただけたわ」


それは自分も浮気をされていたという申告ではなかろうか。

今現在、人のことが言えるアビゲイルではないけれど。


「自分の婚約者をもっとしっかりと見ていなさい。あんな状態を放置するなんて恥ずかしくてよ」


言い切った婚約者の声に被るように、後ろから甘ったるい声が訊こえた。


「みなさん、何してるんですかぁ?」


顔をそちらに向ければ、さきほどすれ違ったピルキッシュだ。

婚約者達が、射殺さんばかりに目尻を吊り上げる。

アビゲイルはさきほどよりも近くで見るピルキッシュをじっと見つめていた。

さきほど思ったよりもたれ目だなと、どうでもいいことが脳裏をよぎる。


「まあ、殿下たちの婚約者の方々じゃないですか」


手を口にあてて、キャッとピルキッシュがわざとらしく目を丸める。

それにプリスクの婚約者を筆頭に、ぐっと彼女たちの目力が増した。


「あなた、あいかわらず失礼ね」

「怒らないでください。もうみなさんの婚約者には近づいてないじゃないですか。一緒にいたのは半年くらいですよ」


カッと婚約者の顔に血の気が上がった。

どう見ても怒りで。

アビゲイルが知る限り、ピルキッシュが編入してきたのは半年前だ。

つまり最近までずっと一緒だった。

婚約者のいる男を周りに侍らせて半年間過ごしたらしい。

その婚約者たちにブチ切れられながら。

心臓が強すぎる。


「今はナティル様としか仲良くしていないわ。あら!そちらはナティル様の婚約者さんじゃない」

「アビゲイル・リッセマンです」

「ふうん」


自己紹介をすると、じろじろと全身を上から下まで確認するように目線を向けられた。

下までいった目線が、また上に戻り黒い髪と微動だにしない顔を見やる。

そして小さくくすりと笑われた。


「私、髪色が明るいから、あなたみたいに落ち着いた色が素敵だと思うのよね」


どう見てもそんなことは思っていない顔だ。


「ナティル様もかわいそう。あなたとの家の事業のせいで決まった婚約らしいじゃない。ナティル様は何も言わないけれど、きっと辛いわ。いつも無表情の何考えてるかわからない婚約者なんて、誰だって嫌だと思うもの」


ピルキッシュが戻ってきたのは、これが目的だったらしい。

簡単に言うと牽制だろう。

お前は必要とされていない婚約者だと。


「だってアビゲイルさんのことなんて一言も話さないもの。いつも私の話を訊いてくれるわ」

「いつも⋯⋯」

「そう、いつも」


ピルキッシュの顔が優越感に歪む。


「じゃあ、ナティル様のところに戻らなくちゃ」


自分に向けられたわけではないのに、婚約者たちが歯ぎしりしているのを見やると、アビゲイルはゆっくりと考え込むように足元を見やった。


「いつも話を訊いてくれる」


ぽつりと零した言葉は、廊下の床へと消えていった。

それから二カ月半近く。

あいかわらず学園はナティルとピルキッシュ、そしてアビゲイルの三人の話で盛り上がっていた。

主にピルキッシュとアビゲイルだ。

ナティルの腕に絡みついて、甲高い声で笑っているピルキッシュ。

それをじっと見つめるだけのアビゲイル。

どうみても婚約者を美人にかすめ取られた、かわいそうな女という構図だった。

ナティルの方はあいかわらず、自分からピルキッシュへと距離を縮めたり触れたりはしないけれど、穏やかに笑って一緒にいる。

今日もそんな光景を、廊下の窓からアビゲイルはじっと見ていた。

窓枠に頬杖をついて見つめるさまは、女生徒のあいだで流れる惨めな女を体現している。

たまに視界に入るヌーリエは、目があうとすぐにそらされるようになった。

プリスクの婚約者には忌々しそうに睨まれる。


「んー⋯⋯」


ナティルを見下ろしながら、考えるように少しだけアビゲイルは目を細めた。

端から見たら微々たる変化で誰も気づくものはいないだろう。


「アビゲイル嬢、大丈夫かい?」


最近すっかり訊きなれた声に振り返ると、予想通りにそこにはプリスクがいた。

後ろには、たしか宰相のところの三男だったかなとあやふやな知識でしか覚えていない眼鏡男と、侯爵令息であるやたら年下らしさアピールの強いキラキラ少年がいる。

また来たなと、アビゲイルは特に感慨もなく向き合った。

入学してからの二ヶ月半近く、何度も声をかけられている。

内容はいつも同じだ。


「またナティルを見ているのかい」

「ええ、まあ」


あっさりと肯定すれば、プリスクに痛ましい顔をされた。

見れば、後ろの二人も沈痛な面持ちだ。

よほどアビゲイルが同情的に見えたのだろう。


「君は表情を変えないから周りからはわからないけれど、俺にはどうしても辛そうに見える」

「そうでしょうか」


淡々と答えれば、眼鏡男がそっと目を伏せた。


「いつもナティルたちを見ているでしょう。気になりまして」


たしかにいつも見ている。

視界に入ったら、ついつい目で追ってしまうのだ。

そんなアビゲイルをプリスクたちは可哀想なものを見る目で見つめてくる。


「いっそ諦めたほうがいい。何度も言ったが、俺があいだに入る。今婚約を解消すれば傷も浅いし、いい条件の相手もいる」

「大丈夫です」


表情筋を動かすことなく断言すると、ますますプリスクの瞳に哀れさが浮かんだ。


「遠慮しなくていいんだよ。辛くて仕方ないんでしょ」


キラキラ少年が必死な眼差しで言い募るけれど、アビゲイルはそっと目礼すると。


「気になさらないでください」


いつもと同じ返答を返したのだった。


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