転ーその2ー
ー前回までのあらすじー
「あらすじ系の説明系ってマジだりぃ系なんで、こっから読んでもいんじゃね?」
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漂流者達は世界中に存在するが、その性質上、群れる事があまりなかった。目立つ行動はすぐに眷属の知るところとなるからだ。
唯一、敵も味方も認知していた組織…というか、チームが一時期存在していた。アメリカに拠点を置く「ウィルマース財団」がそれだった。漂流者の中にも目立ちたがり屋はいた、と後になって言われるようになる組織。だが、その発足は必要に迫られてのものだった。
1925年、南極にほど近い海域で、アメリカ国籍の貨物船が消息不明になるのだが、無線で入った最後の連絡が「化物に襲われている」というものだったのだ。
このニュースは瞬く間にアメリカ全土を駆け巡り、遂には、いつの時代のものとも知れぬ古代遺跡が時々海上に忽然と現れる、という事まで知られるようになった。
「ルルイエ」と呼ばれるこの石造都市は、地殻変動や海底火山の噴火などにより度々浮上する事があったが、19世紀以前の世界では人跡未踏の海域、いわゆる到達不能極の一つ「ポイント・ネモ」であった為、その存在は知られていなかった。1925年3月25日、件の貨物船が季節外れの嵐に巻かれて航路を誤るまでは。
当然、漂流者達は化物が「C」であり、ルルイエがその住処である事は先刻承知であったが、このニュースを否定する者はひとりも現れなかった。反応を示さない事で、ただの与太話としていつか世間が忘れてくれるものと思っていたのだ。
しかし、ある作家が矢継ぎ早に作品を発表し始めた事で、自体は一変する。
無名のホラー作家、H.P.ラヴクラフトが、Cに関する内容の作品を発表したのだ。まるで見てきたかの様な内容の話を、それも次々と。
あくまでフィクションの形態をとってはいるが、漂流者達にとってそれは生々しい現実であり、知られてはいけない事実なのである。
人知れず不買運動を行い、ラヴクラフトの作品は彼の生存中、数冊しか売れなかったが、彼の遺志を継ぐ作家がその後多数現れた為、漂流者達の努力は儚くも水の泡となった。
「クトゥルー神話」と呼ばれるこの一連の作品に携わる作家達が、眷属であるかどうかは、今もって判明していないのだが、無知なる者が少なからず影響を受けている事ははっきりしていた。アメリカの眷属人口が増え始めたのだ。「ヒッピームーブメント」の先駆けがこれに当たる。
漂流者であり、古くからC関連の問題を学術的に調査、研究してきたミスカトニック大学のウィルマース教授は、これを眷属の「侵食運動」と名付け、対抗策としてCに関わる全ての書物、文献、装飾品といったモノを収集し始めた。眷属になる可能性のあるモノを片っ端から回収して、大学の倉庫に隠したのだ。
この倉庫の名前が「ウィルマース財団」。言葉の意味は不明だ。恐らく意味のない言葉の羅列を作る事で、眷属の注意を逸らそうとしたのだろう。
その倉庫の管理を任されていたのが、レッドの祖父【削除済】ヤマダだった。
ヤマダは戦後、アメリカ国籍を取得し、ミスカトニック大学で日本史を教える講師をしていた。教授とヤマダの接点ははっきりしていないが、教授が全幅の信頼を置いてヤマダに資料の保管を任せていた事が記録に残っている。
これにより、無知なる者の眷属化に歯止めをかける事が出来る筈だったが、ここで本末転倒の事態が発生する。
あろう事か教授本人が眷属化してしまったのだ。
長くCに関わっていると、その影響を受けてしまう。それは漂流者であっても例外ではない。いや、むしろ無知なる者よりもその存在を身近に感じているのだから、危険性はより高いと言えよう。例えるなら常に綱渡りをしているようなモノ。いつ転がり落ちてもおかしくない状況なのだ。
教授は隠していた資料全てをアメリカ全土に公表し始めた。講演会を開き、本を出版し、持てる権利を放棄してCの存在を宣伝しまくった。
無知なる者の眷属化は避けられない状況になり、事の深刻さを感じとったヤマダは、自身の危険も顧みず教授の暴挙を阻止する行動に出る。
倉庫に火を放ったのだ。
Cの存在を裏付ける証拠の類を全て灰にして、人々の記憶から消してしまおうとしたのだが、この行為は二つの点で成功したと言える。
一つは非難がヤマダに集中した事だった。放火犯として捕らえられ、大学内でも話題の中心になりはしたが、それはヤマダ本人に対してであって、焼失した資料については誰も興味を示さなかった。
もう一つは、火事の前に売り飛ばされていた書籍や資料のほとんどが「ワイアードテイルズ」という三流の出版社のモノになっていた事だった。
怪奇小説専門の出版社であった事も手伝って、よっぽどコアなファンでないと買ってまで読もうという者が現れなかったのだ。
こうして「ウィルマース財団」はこの世から消滅した。
ウィルマース教授は貴重な資料を失ったショックから、程なく憤死する。
一方、刑期を終えたヤマダは、そのまま日本に帰国するのだが、実はこの時、倉庫から運び出して焼失を免れていた一部の資料もこっそり持ち込んでいたのだ。
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「それがこの写本という訳よ。」スーツの内ポケットから自分の分を取り出してブルーが言った。大学ノート程の大きさ。厚みも結構ある。ちょっとした週刊少年漫画誌の様だ。
よくスーツの中にしまえてたな…。
それを机の上に置く。「狂えるアラブ人、アブドゥル アルハザードが記したとされる魔導書『ネクロノミコン』だ。」
「んまぁ、そのコピー本ね。」イエローが補足する。
有史以前からの魔物や魔術等、この世ならざるモノについて解説した最悪の取扱説明書。ネクロノミコンというワードは訓練中、散々読まされた怪奇小説の中で何度か出てきたので覚えがある。アルハザード本人はこの本を書いた後、白昼、透明な怪物に生きたまま貪り食われて絶命したという…。
本そのものは翻訳版も含め、ほぼ焚書扱いになるのだが、不完全なモノや焚書を免れたモノが今も世界中の博物館や個人のコレクター達が密かに所有しているという。
「コピーとは言え、完全なモノは世界に5冊しかないねんけど、それが全部ココにあるんよね。」イエローも自分の本をスーツから取り出す。
あのスーツ、四次元ポケットでも縫い込んでるのか?
「レッドさんのおじいちゃんのお陰やねんけど、それがつまりレッドさんが志願組になった1番の理由でもあるねんな。」
この本がどれほど重大な物であるか。それをレッドさんは幼い頃から、祖父に叩き込まれてきた。
人類の、いや、この世界そのものの存亡がかかっている事を、命運を分ける鍵がここに記されている事を、祖父は日々語り伝えた。数秘術的に最強の名を持つ、我が孫に。
そしてレッドもまた、祖父の話に熱心に耳を傾け、全て理解していた。生まれながらの漂流者というべきか。
やがて、【削除済】官房長官との出会いを経て、レッドはC対策班の中核を担う人物となっていく…。
「エラいはしょりましたね。」急に『今に至る』になって肩すかしを食らった感じに僕は、つい素っ頓狂な声をあげてしまった。
「いや、この辺の事はレッドさん、あんまり話さねんだよな。」残念そうなブルー。
「んまぁともかく、生まれながらの漂流者っちゅうのが、さっき言うた志願組の事でぇ、ほんで【削除済】長官も志願組やねんな。」説明を続けるイエロー。
「でぇ、この出会いが長官にネクロノミコンをもたらす事になって、ほんでC対策班が組織化されるきっかけになってん。」
「だが同時に、Cがこの日本で実体化するきっかけにもなってしまった訳だ。何しろ曖昧な存在の筈である漂流者達が具体的に組織化された訳だからな。」とブルー。
「全く、こんなだと初めから判ってたら来もしないって!」また言った。
状況…悪くなったって事?
「あの…質問してイイですか?い、今更なんですけど、Cが実体化すると、どうなるんですか?」僕は恐る恐る聞いた。すると、2人の答えはシンクロした。
「対消滅が起こる。」
【すみません、報告の途中ですが、また中断します。いえ、身の安全は確保出来ました。今は恐怖山脈にいます。やはり眷属は実力行使に出ている様ですが、ここまではさすがに来れない様です。ここで、救出班を待つ事になったのですが、スマホのバッテリーがなくなりかけているので、充電しなければならなくなったのです。
さすがの次世代スマホも電池切れだけはどうしようも無いですね。
いえ、時間は取らせません。すぐ再開できると思います。
それでは、またのちほど。】
ー続くー