転ーその1ー
ー前回までのあらすじー
「んまあ、アラスジ言われてもなんのこっちゃか判りませんよねぇ。」
【2時間前】
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僕は途方に暮れていた。
例えばこんな求人広告があったとしよう。
ー急募!!ー
数秘術的に最強の名前をお持ちの方
経験不問!本を読むだけの簡単なお仕事です。
職務内容:邪神を抑える
勤務地:地下シェルター
勤務時間:シフト制
給与:固定給+特別手当(応相談)
衣食住完備!
非人道的な職場ですが、スタッフ一同、命を捨てて頑張っています(^O^)/
…もし僕がこの様な募集要項を先に見ていたとして、果たして面接受けてみようという気になどなっただろうか?いや、ならない。
どう考えても怪しい。詐欺とかとまた違う怪しさ。騙す騙さないではなく、一緒に変な方向に向かいそうな…まだ20数年の人生だが、それ位は察しがつく。初めから判ってたら来もしないって!
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「初めから判ってたら来もしないって!」目つきの悪い男、ブルーが吐き捨てる様に言った。
「非人道的って自分から言ってんだぜ?ありえなくね?」さっきから、つまんだままのポテチを振り回して一向に食べようとしない。話に夢中なのだ。
2010年7月1日午後6時30分、【削除済】市某所地下シェルター、そこに僕はいた。
エリート公務員として輝かしい第一歩を踏み出すには、いささかアングラ過ぎはしないか?という程の地の底だ。何しろ地下1000mまで掘り下げられた位置にいるのだから。
72時間の待機時間を与えられた事で、僕はこのシェルターで主に活動する事になる「プラクティスフロア」を見て回っていた。ブルーとイエローが施設内の案内をしてくれる事になったのだ。いや、実際は参事官に命令されて仕方なく案内してやってるといった感じだったが…特にブルーの方が。
ホントにこのブルーという人は、僕を仇かなんかと思ってるんだろうか?当たりがキツイ。こっちがブルーになるよ…ま僕はピンクだけどね(涙)
レッドさんがいないだけマシか。参事官と何やら内密な話がある様で、2人はミーティングルームに残っていた。
それにしても胃が痛い…イエローのフォローがなかったら、僕の施設内の案内は「メディカルルーム」で止まっていただろう。
ブルーとイエローの剛柔取り合わせた説明によれば、このシェルターは、例の邪神を取り囲むように作られたものらしい。
もともと【削除済】市内に怪しい気配があると、占星術師達の間では以前から噂されていたそうだ。
そして、【削除済】海峡大橋建設に伴って、連絡トンネルを掘る際に、その怪しい部分を、作業員に紛れ込んだ漂流者が極秘に調査したところ、ビンゴ!
実体化しかけの「C」を発見する事になる。
内閣情報調査室でも、ホンのひと握りの人間しか知らない「C」の存在。
それが自国で実体を現しつつあるという事実に当時、与党だった民自党は上を下への大混乱に陥った。酒の席での馬鹿話程度の認識しかしてなかった彼等は、いざ現実の問題として直面せざるを得なくなった時、最初に考えたのが「誰に責任を取らせるか?」だった。
日本のみならず、世界規模の問題である事を理解するのは早かったのだが自分が担当しなければならないとなると、皆一様に及び腰。
結局、連名でグループを作り、一応の長として内閣官房長官をその席につける事でひとまず落ち着いた。【削除済】官房長官は、NSA、GCHQ、防衛省情報本部等を渡り歩いた、叩き上げのスパイであったので誰も、野党からも異論は出なかった。(主民党以外)
重大な責任を負うと同時に、絶大な決定権をも握る事になった【削除済】長官は、「C」の実在を知る数少ない人物のうちの1人でもあった。
彼はその経歴で作り上げて来た人脈をフル活用し、全世界の漂流者達と連携を組み、1995年、国を超えたある組織を作った。それが「C対策班」である。
「C」の発見が1988年なので、およそ7年で今の形になったそうだ。これは奇跡的なスピードらしい。
戦後、混乱し続けた漂流者達をたった1人でまとめ上げたのだ。いや、それを言うなら2600年以上の歴史を持つ漂流者が1つのグループにまとまる事自体が初めての出来事らしい。並みの人物ではない。
『【削除済】海峡大橋【削除済】ジャンクション建設工事』という名目で始まったシェルターの施工は凄惨を極めた。
何も知らない一般の作業員、つまり「無知なる者」は、「C」に対して免疫がない。その姿を見なくても、近づくだけで精神に異常をきたすのだ。
現場では当然、「C」の存在は伏せられており、しかも囲う事が目的なので、作業員が接触する事はまずなかったが、それでも何らかの精神障害、若しくは発狂する者が続出した。
【削除済】長官は、そういった作業員達を全て政府管理下の施設に収監して、親類には、死亡、又は行方不明として見舞金を支払い、お悔やみの言葉を述べて作業完了としていた。
生かしたまま、この世から消したのだ。何故か?有用な使い道があったからだ。
この作業員達は今だにこの施設内にいるらしい。「C」との接触によりチャンネルが開いた状態になった彼等を、「C」復活の度合いを計るバロメーターとして扱っているのだという。
「使者」と呼ばれるこの存在は【削除済】長官1人の力で隠蔽されている…。
「さっき見て回ってきたプラクティスフロアに何人か私らとおんなしスーツ姿の人らおったやんか?あの人らもその元作業員の人らなんやで?因みにあの人らは『クラスD』。ほんでワタシらは『クラスA』言うてな?階級分けされてんねん。もっと言うと『クラスA』は保護対象。『クラスD』は使い捨てな?ここだけの話。」
ん~、非人道的…。
この様にして多数の犠牲者を出しながら、2001年、シェルターは完成した。ソフトクリームのコーンを想像してもらいたい。ただし高さが5km、直径が2km近くのモノをだ。
「C」をスッポリ覆う形で作られてはいるが、僕達が活動する場所はごく限られた範囲しかない。全10層からなるこの建物の最上階、その中心4000平米程が「プラクティスフロア」に当てられていた。では、残りの広大な空間は何に使われているのか?
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「んまぁ、動力炉があったりぃ、魔除け的なスペースがあったりぃ、立ち入り禁止とかぁ、危ないとかぁ、ヤバイとかぁ…」イエローが指折りながら、思いつく限りの単語を並べているが、意味的には、ほぼ同じである事について僕は触れなかった。
胃痛を招くオリエンテーリングを終えて、現在僕達は「プラクティスフロア」にある「ロッカールーム」に居た。ロッカールームといっても、ただ着替えるだけの場所ではなく、職員専用の個室なのだ。丁度ワンルームマンションの様な具合。1K、風呂、トイレ付き。
シェルター内にはおよそ30人の職員が常駐しているそうだが、その全員の部屋がこの「プラクティスフロア」に設けてある。24時間勤務ともなれば、こういうのも必要になるのか。
作りが、ガラス張りの建物で寝泊まりしていた時の部屋と全く同じなのが、いかにもお役所仕事っぽい。
「んまぁ、なんやかんや言うて他のフロアに行く用事って、まずないですねぇ。」コンビニカフェラテを飲みながら話すイエロー。
僕も薄焼きせんべいをパリパリ食べつつ真剣に話を聞く。ここは僕のロッカールーム。僕、ブルー、イエローの3人でお菓子を食べながら、 そんな内容の話をしていたのだ。
待機時間が出来るのは大変珍しい事らしく、これを機会に僕の歓迎会が開かれていた。
言い出したのはイエローだったが、ブルーも反対しなかったところをみると、本当に滅多にない事の様だ。話の内容とは正反対になんともマッタリした空気が部屋の中には流れていた。
ソファは人数分あるのに、皆フローリングに直に座って座卓を囲んでいる。友達が家に遊びに来たような雰囲気だ。
「俺なんか3年ココにいるけど、他のフロアどころか、外に出た事すら一度もないぜ?」ようやくポテチを口に放り込んでブルーが言った。
「アタシいっぺんあるよ。レッドさんのお迎えで、【削除済】駅までタイタス号運転したもん。」
「え、何それ?聞いてねぇぞ!…あ!あれか!俺が連勤系した時の!」
「そうそう。」
「っだよ!俺の仕事だろ、それ系は!」怒りに任せ鷲掴みにしたポテチを口に詰め込むブルー。
「何ですか、タイタス号って?」運転と聞いて、僕は心配になった。またぞろ見た事もない様な近未来の乗り物に乗らなければいけない機会でもあるのだろうか?
「え、今日乗って来たでしょ?軽トラ、白いの、あれ。」
あれかっ…!
「ホンマはあれ、レッドさんがずっと乗ってんねんけどぉ、あの時はたまたま車検やらなんやら重なってぇ、公共の交通機関利用せなあかんくなってん。でもあの人、タイタス号でないと仕事にならへんから、使える様になったらすぐ持って来てぇ!言わはって、ほんでたまたま空いてたアタシが運んであげたぁみたいな。」
「あれ乗って仕事ですか?!」走ってても廃車に見えたぞ!
「見てくれはアレだけどいろいろアレな車な訳よ。」頬ばったポテチを炭酸飲料で喉に流し込んでからブルーがまた話し出した。
「チクショー、俺が乗りたかった!いや、お迎えにあがりたかった!」悔しそうに言う。
「て言うか皆さん、ここで本を読んでるんじゃないんですか?あの、こ、子守唄?」
「俺たちはな。レッドさんは別だ。日本全国周って現地調査やってんだ、C関係のな。外回りって呼んでる。」何故か自慢げに話すブルー。
「各地の漂流者達とコンタクトを取って日本の侵食状況をここに報告してるんだ。あの人は凄い。俺とイエローがここに来るまでは、あの人が1人で本を読んでたんだ。神クラス系の人間な訳よ。判る?」
人間離れしてるなぁとは思ってました…。
「で、俺たちが来てからは、ずっと外回りやってる訳よ。ここの仕事を俺たちに任せてな。だから、俺の言葉はあの人の言葉だと思って、気ィ引き締めて聞けよ!」
何故そうなるのかは置いといて、素直に頷いた。
「んまぁ、この人はあの人にゾッコンやから勘弁してあげてな。」イエローがイタズラっぽく言った。
「ちがっ!バッ!そんなんじゃねーよっ!俺は純粋にあの人の実力系を評価してだなあ!」ごまかし様がない程に赤くなった。ナルホド、あんな人に憧れてるんなら振る舞いもあんなのになる訳だ。
「ええやん別に。アタシかてあの人の事は凄いて思てんねんから。ヤッパリ志願組はちゃうわ。」また聞き慣れないワードが飛び出した。
「んまぁ、志願組いうのは知っててこの組織に入った人の事やねん。」僕の顔を見て察したのかイエローは説明を始めた。
ー続くー