承ーその4ー
ー前回までのあらすじー
「オイオイオイオイ!ー承 その3ー読んでからにしてくれよ!」
【3時間前】
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「オイオイオイオイ!1時間も経ってるじゃないか!」高速で指を波打たせながら参事官が言った。「このクソ忙しい時になんという時間の浪費!」
自分が見ようと言い出したんじゃないか、と思いつつ、その責任の一端が僕にもない訳じゃないので、おとなしく肩を竦めていた。
「ま、ともかくこれで君の役割が判ったろう。早速封印に取り掛かろうじゃないか。」元気良く立ち上がる参事官。
「あ!や、チョット待って下さい!まだ判らない事が…あれがなんなのかとか、なんでいるのかとかはだいたい理解出来ましたが、なんで僕なのか…。」声がだんだん小さくなる。参事官の指がまたしても波打ちはじめたからだ。超絶スピードの為、微かに、ブーンと唸るような音が聞こえる。
「先にひとつ言わせてもらうが…。」ドクロのリングがはまった指を突きつけて、参事官が話しはじめた時、彼のスマホが着信を報せた。「オイオイオイオイ!会議中だぞ!」言いながら電話に出る。「はい…うん…いいよ話せ………そうか…うん、よし判ったご苦労さん、しかし解除はしない。引き続きフェーズワン…72時間…そうだ。よろしくどうぞ。」
酸欠になるかと思う程の溜息をついて、参事官はスマホをポケットにしまった。「状況が変わった。どうやらCの奴、また眠ったようだ。油断できんが、ひとまず緊急性はなくなった。という訳で、君の質問に答える時間も出来たって事だ。納得いくまでつきあってやろう。最初が肝心だからな。」人が変わった様に親切になった。
先にひとつ何を言おうとしてたのか、非常に気になるところだったが、そこはスルーした…。
「なに、心配はいらん。そう難しい事をする訳じゃない。ここでの仕事は本を読むだけなんだからな。声に出して。」そう言って、机の引き出しから一冊の本を取り出した。革張りの表紙。ひどく年代物のように見える。
「見てもいいですか?」
「勿論、それは君の分だ。」
手に取ろうとして、表紙に触れた途端「わっ!」声をあげてしまった。表紙が脈打っていたのだ。なんとも言えない生暖かさを感じた。
「人の皮を使って製本されている。気にするな。すぐ慣れる。」
慣れないよっ!慣れたくないよっ!
「確かにただの本ではないが、だからこそ効果があるのだ。これから肌身離さず持ち歩くように。」最悪だ。いや、ここに至るまでも充分に最悪だったが、これはトドメだ…。
意を決して本を手に取ると、ページをめくった。見た事もない文字だった。アラビア文字に見えない事もないが、いずれにしろ読めない…と思っていたら、文字が頭の中に飛び込んで来た、文字通り飛び込んで来たのだ!
留まる事を知らない文字の洪水はやがて僕の口を借りて言葉を放ちはじめた。
「ふんぐるいむぐるうなふくとうるうるるいえうがふなくるふたぐん…ふんぐるいむぐるうなふくとうぐあふおまるはうとんがあ…
力任せに本を閉じる。【削除済】駅で流した以上の汗が出ている。
「8時間、2交代制で24時間、邪神の前でこの本を読んでもらう。あそこで眠ってる邪神に眠り続けてもらうために。それがC計画であり、君の仕事だ。」
ー?
「勿論、ぶっ通しじゃないぞ。50分読んで10分休むから、合計80分休み時間がある訳だ。良い方だろ。」
ー??
「そのうち人員も増える予定だから、3交代制にしたり、非番の日も作るつもりだ。頑張ってくれたまえ。」
ー???
言葉を失っている僕に目つきの悪くない女が助け舟を出してくれた。
「んまあ、言うたら『子守唄』聞かせてあげる様なもんですね。」
助け舟か?
「邪神が目覚めるとヤバイ訳よ。で、俺たちでないと子守唄系効かない訳よ。判る?」目つきの悪い男が後を引き継いだ。
「俺たちって、僕も含まれるんですか?」
「なんでここにいると思ってる訳?」絡むな~この人…あ!そうだ!
「結局ずっと聞きそびれてるんですけど、なんで僕なんですか?」
会議室全体がキョトンとした空気に包まれた。
「オイオイオイオイ!レッド!話してないのかっ!」と参事官。
しかしマトリックスもといレッドは無言だった。聞こえてないみたい…相変わらず僕の事を睨みつけている。
怖いよっ!
「オイオイオイオイ!そこ大事なとこだろう!」酸欠になるんじゃないかと思う程の溜息をついて参事官は、また引き出しから何か取り出した。
「これは判るだろ?」ひと綴りの紙の束…。
「ぼ、僕の卒論…ですか?!」間違いない。僕が書いた卒論だ。しかも現物。なぜここに…。
「これが理由だ。」表紙を指差す参事官の声がやけに重々しい。
やはりそうだったのか!僕の卒論!「危機管理対策」!これが決め手だったのか!そんな深い内容ではなかった気がするけど、判るひとには判ったんだなぁ。素直に嬉しい。悪い事もあれば良い事もあるよ、実際。喜びすぎて突っ込んで質問した。
「どの辺が決め手になりました?」
「あ?だからこれだよ。」相変わらず表紙を指差す参事官。
「…?」話が噛み合ってない空気。
「名前だよ、な、ま、え!」参事官は表紙の名前の部分をトントン叩いた。
「は?」
「あ~、ホントに何も知らないんだな~…。」ロング溜息をついて参事官は「彼女も君と同じ名前なんだよ。」マトリックスもといレッドを指差した。
「え!そうなんですか!あぁ、確かに女の子に間違えられる事もよくありますけど、でも奇遇ですねぇ。」
「それだけじゃないぞ、彼も彼女も、君と同姓同名だ。」目つきの悪い男と目つきの悪くない女を指差す。
「えぇ!凄い偶然!」
打ち解ける突破口を見出せたか!
「ヤマダって苗字は多いですけど、下のなま…」
「SHUT UP!!!」
ッビクゥッ!!!Σ(゜д゜lll)
マトリックスもといレッドが激しく机を叩いた。やっと喋ったと思ったら、また英語で罵倒された…。
「ビデオでも言ってたように、名前は非常に重要な要素だ。」重々しい声のまま参事官は続けた。
「数秘術以外、対抗策のない我々にとって名前の存在は、生死を分ける武器といっても過言ではない。
だから我々は探した、最強の名前を。邪神にも勝る力と運命を持った名前を。そして、その名前の持ち主を。
最強の名前が何か判ったら、その名前に変えれば良いと思うだろう?駄目なんだ。その名前は生まれ持ったものでないと、真の力は発揮されない。
幸か不幸か、その名前は日本名だった。最強の名前を日本人が持つ事になるとは…役目の重さを思うとウンザリするよ。こりゃやっぱ不幸かな…。」ロングため息。
「…つまり…それが僕の…ここにいる人達の…。」
「そう、君達の生まれ持った名前こそが我々人類を救う、救世主の名前なんだ!…………数秘術的に言うと…。」最後の方はなんか自信なさげだったが、僕はようやく全体像を把握出来た気がした。
この宇宙を作った化物が復活しようとしている。それを後押しする組織がある。対抗出来るのは数秘術だけ。名前を武器に邪神の復活を阻止する。が、眷属はどこにいるのか判らないので、疎かに名前を名乗ってはいけない。敵も数秘術を熟知しているからだ。最強の武器は、最大の弱点でもある…。
「ま、概ねそんなとこだな。」自分の役目は果たした、と言わんばかりに気の抜けた感じで参事官は言った。
「じゃ、卒論の中身は?」
「読んでないよ。そもそも読む必要ないだろ、暇もないし。」
忘れろ!喜んでた自分を忘れろ!
「え、と…でしたら、名前が使えない訳ですし、皆さん、なんとお呼びすれば良いのでしょう…。」卑屈になりかけてる自分を押し殺して、自制を保ちながら僕は問いかけた。せめて自己紹介だけでもさせて欲しい…。
「先程も言ったように、名前は諸刃の剣だ。極力、使わないに越した事はないのだが、まぁ業務上、支障が出る事も避けられない。そこで簡単なコードネームで呼び合っている。とは言え、これも名前である事に変わりはないから、使用頻度は必要最低限以下にしてるんだがな。」そう言って、参事官は順に紹介していった。
「私は君達とは違う名だが、参事官で結構。君をここまで送って来たのがレッド。そして彼がブルー、彼女はイエローだ。」イエローと呼ばれた関西弁の娘だけが会釈した。
「…ぼ、僕は…何ですか?」
「ピンクね」「ピンク系」「ピンクやね」参事官以外の3人がほぼ同時に答えた。
「何故っ!」
「何故って、順番だからなぁ。」初めて困った顔を見せる参事官。
「順番っ?なんのっ?」
「君は本当にものを知らない男なんだな~。」困った顔のまま、今度は憐れむように言う参事官。
だから理由を教えてくれよっ!…とは言わず、代わりにこう呟いた。
「…ピンクです。宜しくお願いします…。」
僕は途方に暮れていた…。
ー続くー
「ネット小説は初速が大事!」と死んだ婆さまが言ってたので、ひとまずキリのいいトコまで連投しました。
今後はボチボチ上げていくつもりなので、ゆっくりお付き合い頂ければ幸いですm(_ _)m