承ーその3ー
ー前回までのあらすじー
「オイオイオイオイ!ー承 その2ー読んでからにしてくれよ!」
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…目の前に冥王星があった。見間違う筈はない。ビデオの最初で僕の目の前を通り過ぎたあの天体だった。
『3次元的には球体ですが、もっと高い次元から眺めるとこれが一種の扉である事が判ります…。冥王星の誕生です…。』
ナレーションが説明する。
『扉を作ったあの巨大な肉塊に付いては意見が分かれるところなので、ここでは触れませんが、この扉の存在により、新たな宇宙が生まれる事になったのは確かです…。新たな、閉じた宇宙が…。』
『この宇宙は、他の、無数に存在する平行宇宙と比べて非常に特殊なものとなりました。なぜなら、別々の宇宙に存在すべき同一の生命が、同じ、一つの宇宙に、同時に存在する事になったのですから…。』
ペラペラだった化物達は、いよいよその薄さを増し、やがて霞の様に掻き消えてしまった。
「消滅したのでしょうか…いえ、彼等はまだ生きています。パラドックスを解消する為と我々は考えているのですが、物質の状態を捨てクォークよりも更に小さい、言わば、意識だけの存在になったのです。扉が閉じてしまってはどうしようもない。共存の道を選んだという訳です。」
再び横長の画面が現れ、MIT教授が吹き替えの声で解説した。
「この閉じた宇宙の隅々までふたつの意識は広がって行きます。決して交わる筈のないふたつの存在はここで、他の宇宙では見られない、奇妙な化学反応を示します。作用反作用です。」
化物達は見えなくなったが、戦いで死んだ化物の残骸はまだ空間を漂っていた。
それらが今、風に吹かれたかの様にゆっくり渦を巻きはじめた。時計回りに回りながら、あるものは固まり、あるものは散らばり、なんとも頼りない感じながらある種の規則に則って運動を始めた。
残骸は、熱を持つもの、持たないもの、ガスを出すもの、出さないもの、様々な種類に別れながら、丸い形に固まっていった。大きさも様々なら色も様々だ。その数およそ2000億。
2000億個の星…。
「我々が今日、天の川銀河と呼んでいる、天体の集団の誕生です。」
「嘘だっ!これこそ大嘘じゃないかっ!」思わず僕は声に出して言ってしまった。「オイオイオイオイ、静かにしてくれよ。ここからが本番なんだぞ。」おさえた声で注意する参事官。
『今度は時間を早送りにしましょう…。よく見慣れた星が現れる筈です…。』
渦巻く化物の残骸の中に何故か蛸の足が見えた。いや、あれは巨人の顔面に生えていた触手だ。戦いの最中、攻撃を受けてちぎれたのだろうか。触手を中心にして、残骸が急速に集まり球体を形作った。早送りのせいで、せわしなく色を変える。何になるのか僕には判っていた…。
『我々が暮らす星…地球です。』
そうかっ!地球はタコ焼きだったのかっ!………じゃなくってぇ!!!
…後は教育番組で見た事のある場面ばかりになった。溶岩で覆われたり、それが冷えて陸地になったり、大雨の後に海が生まれたり、海の中で生命が誕生したり…。
それら全てが、あの化物の群れから生まれたというのか?
海で生まれた生命はやがて、陸に上がり、知能を発達させ、道具を使い、二本足で歩き、言葉を話すようになった。
僕らはあの化物から生まれたというのか?
『ふたつの意識に支配された宇宙、特殊な環境が今日の我々を生み出す進化の一因であると仮定すれば、様々な事象に説明づけができる事を我々は知っています…。』
『しかし、その事実を公にしても良いのでしょうか…。全てを受け入れるには我々は、余りにも知性が発達しすぎてはいないでしょうか…。それでも、ここが我々の住む世界である事に変わりはありません。この事実は、遥か昔から知られていました。数多くの文献がそれを証明しています。』
有史以前、神話の世界に於いて語られたのが初めとされている「ふたつの意識」の物語は、とてもまともに聞いてられない類いの話だった。
最初に光があったとか、ドロドロしたものをかき混ぜたとか、そういったアバウトな説明のものが巨大な裂け目から吹き出してきて、大地を造った。そして男と女、若しくは父親と母親的なのが生まれて、海とか山とか造った…という話。
なんだか世界中の神話をごちゃまぜにした様な話だったが、世界中の神話の方が、この出来事にインスパイアされて作られたのだと、ナレーションは語る…。
僕の価値観からすると、デタラメにも程がある話だった。
「文明が誕生する以前、人が洞窟で暮らし、マンモスを追っていた時代から、宇宙創生の秘密は知る人ぞ知る事実だったのです。」
歴史学者という肩書きのヨボヨボのじいさんがこれまた吹き替えの声で喋る。声優さんの演技力が無駄に高い…。
「古代、人々は星の動きで未来を占いました。預言者は自らトランス状態に陥り神の声を聞きました。これらはみな、宇宙に存在する意識体とコンタクトを取れた、という事を意味しています。人々は知っていたのです、この宇宙が彼等によって支配されているという事を…。」
「そして、宇宙にふたつの意識がある様に、我々にもまた、ふたつの思想が生まれます。事実を肯定する者と、否定する者です。」
ドキッとした。参事官が言っていた言葉だ。
「ここで立場をはっきりさせておきましょう。我々は『否定する者』です。この宇宙、いや世界は我々の手で築いてきたものです。我々の歴史なのです。醜い化物の血が流れているなど、断じて認められません!」
声を荒げる歴史学者。
「しかし一方で、『肯定する者』の存在を無視する事も出来ない…我々人類の歴史は、肯定する者『眷属』と否定する者『漂流者』の戦いの歴史でもあるのです。」
それからの話は先程の神話のデタラメさを遥かに上回る内容だった。
例えば古代ギリシャの数学者ユークリッド。
この番組が言うには彼は「漂流者の代表」だそうな。
素数が無限にある事に注目し、それによって人を煙に巻くという、大変効果的な方法を編み出した偉大な賢人と紹介されているのだ!
更には、先に登場したアリストテレス。彼も漂流者。天動説を唱えたのは、人類をミスリードする為だったらしい。宇宙の秘密を隠して、人類が真実に近づかない様に画策したのだと…て事はアリストテレスも地球が太陽の周りを回っている事は知ってたのか!
紀元前6世紀、占星術が誕生するが、これも漂流者。天体の運動に精通していた占星術師達は、誰よりも詳しく宇宙の秘密を知る事になり、恐怖した。
彼らでさえ眉唾ものとして真剣にとりあわなかった、レムリアやムー、パンゲア等と呼ばれた超大陸が実在し、滅亡していった原因が「ふたつの意識」にある事を星の動きから読み取ったからだ。
更にその出来事がそっくりそのまま人類の行く末をも暗示していると知り、対抗策の必要に迫られた。そこで編み出されたのが「数秘術」という事らしい。
人の精神に働きかける意識体の力に対抗する手段はない。何故なら人類はあの化物から生まれているからだ。例えるなら、意識体から発せられる電波を受信できるアンテナを、生まれながらにして備えているようなもの。どうやっても逃れようがない。
ならば、無意識にさえ登らないよう、化物の気にならない存在になろう。占星術師達は、自らをドリフターズ、「漂流者」と名乗り、不確定な人種として、なりを潜めた。
名前を変える事で、自身の運命数を変え、化物の支配から逃れる為…しかし、注視している事を悟られない為…。
一方、クトーニアン「眷属」はとなると、逆に派手だった。
化物の子孫である人類は、いずれその力を我がものとし、この宇宙の支配者のひとりになるであろう…そう考えているのだから、怖いものなど何もない。歴史の表舞台にバンバン出てくる。
宇宙の仕組みを正確に伝える為、地動説を唱えたコペルニクス、ガリレオが入るのは当然として、超常的な力を用いて世界を征服しようとしたアレキサンダー大王、始皇帝、異次元との交信を可能にした卑弥呼、ネクロノミコンの研究をしていたと言われるニュートン、時間に規則性を持たせたカエサルとアウグストゥス、素数に規則性を見出そうとしたリーマン、そしてガッツリ魔術に傾倒していたヒトラーにフリーメーソンまで!
良きにつけ悪しきにつけ、歴史にインパクトを残した人物はほとんど眷属であるという…。
このふたつの勢力は常に戦争状態であった。「意識させるかさせないか」の戦いだ。中学生の恋バナじゃあるまいし、なんて思ったがこれが凄まじい。十数世紀に渡って続く戦いは、近代に入って、世界中を巻き込んだ直接対決になる。二度の世界大戦がそれだ。
眷属、漂流者、どちらにも属さない第三の勢力、ブラインドネス「無知なる者」を取り込む為に起こったこの戦争は、結果から言うと、漂流者側の圧勝で終わった。
だが、人口でいえば、眷属と漂流者を足してもまだ遥かに多い、無知なる者を取り込む事は、組織の統制に乱れを生み、漂流者は内部分裂を起こしてしまった。冷戦、キューバ危機、ベトナム戦争などがそうだ。
眷属にとっては、巻き返しを図る絶好のチャンスだった。もともと存在感の強い彼らは、この機に乗じて一大アピール作戦に打って出る。インターネットの普及だ。
居ながらにして、世界中と繋がれるこの技術が、どれほど今日の社会の有り様を変えた事か。人々の深層心理に支配者の存在を植え付ける事など造作もない事だった。
今なお続く世界の情勢不安から近所のひったくりまで、全て眷属の目論見だという。訳もなく不安感を煽り、意味もなく焦燥感を募らせ、支配者の存在を強く誇示しようというのだ。
僕は眩暈がしてきた。なんなんだこれは。誰得の話なんだ!
さすがの僕も、堪忍袋の緒を緩めはじめた時、横長画面にひとりの日本人が現れた。日本人なのに日本語吹き替えになっている。
「このように、今我々が置かれている状況は大変厳しいものがあります。」
脂ぎった顔、すだれ頭もその脂で撫でつけたのか。深刻な顔つきで話す男の肩書きは、民自党議員となっていた。
「支配者の力は日に日に増大しています。数年前、とある数学者が、素数に規則性を見出したと発表したのです。『リーマン予想を証明した!』と…。
現在、その論文は我々の仲間の努力により、信頼性に欠ける物として、公式には認められてはいませんが、それでも、奴らの勢力を増大させるには十分な働きをしています。人を煙に巻くためだった素数に規則性があるという事は、封印を解く方法があるという事になるのですから!
この論文は今現在、あのバブル経済崩壊並みの影響力を発揮しているのです!
その影響力は意識だけのものが、実体を持つに至るまでになっています。支配者が力をつければ、眷属もまた力をつける。負のスパイラルです。
漂流者が挽回する為には、やはり数秘術に頼るしかありません。名前を変えて、運命を変える。地道な活動しか我々には打つ手がないのです。」
僕は眉をひそめた。話の内容にじゃない。この人…どっかで見た様な…。
「1930年に冥王星が発見され、太陽系第9番惑星とされて以来、我々は常に後手にまわっています。あの星が扉であると、全世界の知るところとなれば、我々は破滅です。」
あ!思い出した!初登庁の日に、僕を出迎えに来てた政治家のひとりだ!
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「大勢の犠牲を出しながら漂流者達は2006年、冥王星を準惑星という位置に修正する事に成功しました。」見覚えのある政治家は疲れた感じで話していた。と、人が入れ替わり、別の政治家が現れた。この人も見た事があるぞ!
「まあ正直に言って、冥王星を惑星のカテゴリーから外すというのは、苦し紛れ以外のなにものでもありません。」そうだ!この人もあのガラス張りの建物で僕に握手した人だ!と思ったらまた人が変わった!
「意識するから実在してしまう。意識しなければ実在しない…なんとも頼りない話ではありますが、『見えないものは存在しない』、そういう考え方にすがるしかないのが実情なのです。」一体、何人出てくるのか判らないが、全員、あの場にいた政治家である事は間違いない!
「ほかに打つ手がなかった。無知なる者の意識をそらす為の手段でしたが、我々に出来る抵抗といえば、その程度なのです。」
がっくり肩を落として話す姿は、あの時、大手を降って僕を出迎えた人物とは思えない程、皆、憔悴しきっていた。3ヶ月前に作ったビデオと言ってたな…僕が会う前なのか、後なのか?
「支配者、いや、今や邪神と呼ばれるそれは、我が日本に於いても、その姿を現しています。もはや一刻の猶予もありません。我が国もミスカトニック大学指導のもと、非公式ではありますがC計画に参画、C対策班【削除済】支部を発足させました。
人材は3名と、甚だ頼りない状況ではありますが、現在もう1名、人員を増やせる予定になっております。非人道的な部分が、この計画にある事は百も承知です。しかしこれも全て大義の為…願わくば、皆様のご理解が得られん事を…」最初に出て来た政治家が深々と頭を下げて横長画面が消えた。
C計画?…てか非人道的って言わなかったか?
『我々人類は今、未曾有の危機に瀕しています。眷属は着々とその勢力を伸ばしています。このままでは、邪神の復活も時間の問題と見られています。この事態を打破出来るのは、C計画に携わるあなた方だけなのです!』
『冥王星を人々の意識から逸らしたところで、なんの足しになりましょう!主民党に政権を奪われた事が何よりの証拠ですっ!我々はなんとしてでも奪還せねばなりませんっ!我々の尊厳をっ!尊い命をっ!第一議席をっ!』
ー!?(・_・;?
『がんばれ漂流者っ!負けるな漂流者っ!命を捨てて立ち向かえっ!!!』
物凄いスピードで流れ去るエンドロールが、「制作 民自党」というところでピタッと止まった…。
なんだ最後のナレーションは…殆ど絶叫に近かったぞ?僕は亜然としていた。
突然、宇宙の映像が消えて、もとの会議室に戻った。その瞬間、深く息を吸い込んだ。呼吸するのを忘れていたかのように…陳腐なセリフだが言わずにいられない。「まるで悪い夢でも見てたようだ」と。
ー続くー