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起ーその2ー

ー前回までのあらすじー


「え?あ、えーと…ぼ、僕がひたすら途方に暮れてました…。ハイ…。」


********************************************


2010年7月1日午後3時30分、滝の様な汗を流して僕は【削除済】駅前に立ち尽くしていた…



「最初が肝心だ」と言っていた教官の言葉を律儀に守って、直立不動のまま1時間。

至急の任務有り、と言われたら緊張もするよ。なのにこの待ちぼうけっプリときたら…。



頭が朦朧としてきた…。さっきから「最初が肝心だ」と「アイス食べたい」の二種類のワードしか浮かんでこない。いや、「アイスが肝心だ」か?あれ?何だっけ…。



「あんた、最初が肝心だ、とか思ってないでしょうね?」



突然、背後から声をかけられ大量の汗は一瞬にして冷や汗に変わった。慌てて振り返るとそこには一人の女性が立っていた。



「は、はい?」



「向こうでどう言われたか知んないけど、そんなトコに1時間も突っ立ってたら熱中症になる事くらいわかんないの?あそこにコンビニあんだから、アイスでも買って日陰のベンチで休んでりゃ良いのよ!全く、狂気の沙汰だわ!」



僕はただ口をぽっかり開けて話を聞くしかなかった…。



彼女は黒で統一したパンツスーツ姿でショートの髪をピタッとオールバックにしている。腕を胸の下で組んでいるのでことさら胸の大きさが強調されている。


で、でかい…。



いや、まぁそれも印象的なのだが、僕が言葉を失ったのは彼女の目が原因だった。

何も目ヂカラがあるとか言うんじゃない、何しろサングラスをかけているのだから。



そう、そのサングラスが凄いのだ。エッジの効き方がハンパない…今時、パーティグッズでもお目にかからないだろって程のとんがったサングラス。



ふざけてるのでなければ、後はもう映画「マトリックス」のコスプレをガチでしているとしか見えない…。


服の生地がテカテカでないのが惜しいところか…。



「はっ!ひょっとして、内閣情報調査室の方ですか?え~と確か、C対策…」



「Shut Up!」



Σ(゜д゜lll)ビクゥッ!



「日に当たり過ぎて脳溶けたんじゃないの?!良くこんな場所でそんな事を口に出せるわね!狂気の沙汰よ!」



ナゼ英語で怒鳴られたのか、非常に気になる所だったがそれはひとまず置いといて、自分がいかに何も知らされずココまでに至っているのかを20秒で説明した…。



「なるほど…秘密主義もここまでくると狂気の沙汰ね。あんたの行動も説明がつくわ。プロファイルと一致する…。」



「あの…。」



「いいわ。取り敢えず行きましょう、あんたのせいで予定が大幅に遅れてるから詳しい事はシェルターで話すわ。見ながらの方が早いでしょう。」



有無を言わせぬオーラを爆発的に発しているこのマトリックス女は、そう言うと、東京から苦労して運んできた巨大な荷物を僕の手からもぎ取り、傍らの放置軽トラの荷台に放り込み始めた。



「ちょ!待って下さい!その荷物、目的地に着くまで手放すなって言われてるんですよ!」華奢な体のどこにそんな怪力があるのか驚きつつ、慌てて僕はマトリックスに言った。


すると。


「ああもう面倒くさいっ!」苛立たしげに彼女はポケットからなにかを取り出すと乱暴に僕の手を掴み、それを右手の人差し指にはめた。



「ここが目的地よっ!」僕の指には指輪がはまっていた。厳めしいドクロのリング…。



「あんたが運んできたこの無駄にデカイ荷物の一万倍は効果があるんだから、はずすんじゃないわよ!」



「…どういう事ですか?」



「魔除けよ、魔除け。さっ、時間ないから早く乗って!」



「マヨケ…え?てゆうかこれって…乗って来たんですか?」


「何よ、黒塗りのリムジンで迎えに来てもらえるとでも思ってたの?」そう言ってマトリックスはエンジンをかけた。



「わ!ま、待って下さい!」急いで僕も乗り込む。「あの、何をどこまで知ってるんですか?」



「言ったでしょ!プロファイル読んだって!あんたの事なんか童貞捨てた時期はおろか、いつ精通むかえたかまで分かってんだから、時間の無駄になる様な質問はしない!」


今判った、人としてアレなんだ、この人…。



「じゃあ、これだけ聞かせて下さい…さっき僕が1時間待ってたのを知ってた様な話でしたけど、ナゼ…。」


「向かいの喫茶店で見てたからよ。」


見てたのかよ!!


「ホント型通りね。10分おきに腕時計見て、ため息ついて、バカみたいにボーッと突っ立って。狂気の沙汰だわ。」


「最初から見てたんですか!」


「ええ、つまんなかった。」


「じゃなくて、僕、間に合ってるじゃないですか!声かけてくれればいいのに!」


「ガキじゃあるまいし、何かおかしいなと思ったら、自分から行動を起こさないとウチじゃ使いモンになんないわよ。ったく、人を当てにしてるから予定が遅れんのよ。やっぱあんたのせいね、遅刻は。」


もうなに言ってんだかわかんないよ、この人…。


「結局あんたの値打ちって名前だけなのよねぇ…。」


「…名前?」あ、質問できないんだっけ…。


「そ、そうだ!自己紹介がまだでしたね。僕の名前はヤマダ…。」


「Shut F××k Up!!!」


Σ(゜д゜lll)ビクゥッ!!


また英語で怒鳴られた!しかも使っちゃいけない英語が入ってた!



「今度、シェルターに着くまでに、一言でも、口きいたら…殴るよ?」そう言ってマトリックスは右手の拳を握ってみせた。彼女の指にもドクロのリングがはまっていた…。



********************************************



畑の間をぬう様に張り巡らされた舗装の荒い道路を荒い運転で走ること10分、僕はようやくメールで指示された場所に辿り着いた。



【削除済】寺。


ポツポツとではあるが、戸建が建ち並ぶ住宅街の真ん中にそれはあった。

お寺の駐車場に軽トラを停めると、マトリックスは車を降り、荷台に積んだ荷物に何やらゴニョゴニョ話しかけていた。

それが済むと顔をあげ、荷物はそのままサッサとお寺の階段をあがり始める。



何、今の?



呆気にとられながら、慌てて僕も後を追った。


住宅街の真ん中にお寺なんて不釣り合いな気もしたが、そばで眺めると意外に荘厳さを感じて、一瞬見惚れてしまった。



「ほら、ボーッとしない!」足早に進むマトリックス。社務所の中にいる事務服の女性に目配せしている。

その女性は了解したのか、僕に意味ありげな視線を送ってきた。


すみません、ご挨拶したいのはヤマヤマなのですが当方現在「口きいたら殴られる」ステータス異常にかかっているのです…。



「ちょっと!そっちじゃないわよ!」お寺の方へ足を向けていた僕の腕をマトリックスが乱暴に引っ張る。向かった先は、公衆便所だった。



腕を掴んだままマトリックスは「女子」の方へ入って行く。



「あ、あの…」しまった!口きいた!


「ここよ。」マトリックスは突き当たりの掃除用具入れの扉を開けた。そしてそこに僕を押し込めると自分も中に入って扉を閉めた。狭い!モップやらバケツやら…いや、イケナイ密着感が…。



僕の動揺なぞおかまいなしでグイグイ体をくっつけるとマトリックスは、ポケットから真っ黒なカードを取り出し、壁際に取り付けられたスロットに差し込んだ…スロット?



突然、浮遊感を感じた。次の瞬間、僕たちのいる空間が落下している事に気付いた。

「エレベーターよ。シェルター直行用。普段は寺のトイレとしてカモフラージュしてるんだけどね。」



そうだ…彼女はずっと「シェルター」と言っていた。目的地は【削除済】寺なのに、そうは言わなかった。なんだ、シェルターって?核攻撃を防ぐヤツ?


…そうか!危機管理はここに繋がってくるのか!日本は今、核攻撃の危機に瀕している。で、その対策を早急に練らないといけない。国民に知られてはいけない、パニックになるから。だから徹底した秘密主義が必要だった訳だ!



謎は全て解けた!



そう思った途端に得体の知れない不安感に襲われた…。


違う…何だこれ…訳がわからない…。



意味もなく「恐怖」を感じている…。



核ミサイルの?いや、そんな現実的な物じゃない…例えようがない…漠然とした不安…恐怖…何か判らないが…マヨケ…そうだ!彼女は「魔除け」と言わなかったか?



ドロドロとした物が自分の体にまとわりついている感覚に襲われる…違う…そばにいるのはマトリックスの筈だ…こんな…生臭い…軟体動物みたいな…



そこで思い出した。訓練をしていた時に山ほど読まされた「怪奇小説」。


あれのせいだ。今頃になって悪い影響が出たんだ…緊張の連続で自律神経かなんかがやられたんだ…そうでないと隣のマトリックスが腐乱死体になってる説明がつかない…幻覚だ…これは幻覚なんだ…肩に乗っかってる眼が幾つもあるナメクジも僕の口をこじ開けようとしている腕の生えたムカでもその他無数のミミズもダンゴムシも幻覚だ幻覚だ幻覚だ幻覚だ幻覚だ幻覚だ幻覚だ幻覚だ幻覚だ幻覚だ幻覚だ幻覚だ幻覚だ幻覚だ幻覚だ幻覚だ幻覚だ幻覚だ…………



「訓練の成果は出てる様ね。」



マトリックスの声でハッと我に返る。

やたらとエッジの効いたサングラスに真っ青な僕の顔が映っていた…。


「適性はあるって事か…ま、それ位はあってもらわないとね。」息も絶え絶えの僕を見下ろしながら彼女は続けた。「普通の人間ならこの辺で悲鳴をあげるか、泡吹いて倒れるかするんだけど、まぁあんたは取り敢えず合格ね。」


「何が…起こったんですか?」あ、質問しちゃった…。


「シェルターの中に入ったから影響をモロに受けたのよ。でももう馴染んだみたいね。心配いらないわ。」


「影響?何の…?」


「着いたわ。自分の眼で見なさい。」



掃除用具入れの扉が開いた。



そこはお寺のトイレではなかった。白で統一されただだっ広い空間だった。


あまりにも真っ白で壁と床の区別がつかない。部屋と対照的に真っ黒なスーツを着た男女が数人、何やら作業をしている。


彼等は空中に映し出された映像を重ねたり離したりしている。ホログラムというヤツか、こんな技術が既に実用化されていたとは…。



しかし、それらの光景は後で気がついた事であって、その時の僕はある一点から目を逸らす事ができないでいた。



部屋の一番奥は全面ガラス張りになっていて、その向こう側は切り立った崖の様に見える。その崖にそれはいた…。



巨大な…人?


いや、何だこれは…胸から下は崖に埋れている様で頭と両肩をダラリと垂れ下げた姿になっているが、とても人の形をしているとは思えない。


なぜなら、頭とおぼしき部分が「蛸」だからだった。



10mはあるだろうか。頭の大きさがだ。丸く、黒く、ヌメヌメとした頭頂部。顔面からびっしりと生えた吸盤のある触手。目、鼻、口は触手に埋もれて全く見えない。そんな、途方もなく巨大な頭。全長となると一体どれほどのものになる事か…。



絶句する僕のそばへ小走りにやってくる人影があった。「オイオイ!遅刻厳禁って書いてなかったか?」その人物は僕ではなく、マトリックスの方に言った。



「この子がボーッとしてるモンだから、上手く回らなかったんですよ参事官。まぁ訓練は一応こなしてるみたいですけど。」


「どうせどっか涼しい所でお茶しながら、彼が待ちぼうけてるのを笑って見てたんだろ。」


あ、その通りです。てか笑ってたのか?!



軽く舌打ちするマトリックスを無視して、参事官と呼ばれた人物は僕の方に向きなおった。小柄だがやたらバイタリティに溢れてそうな初老の人物。



「よく来てくれた。歓迎するよ、と言いたいところだが今はそれどころじゃないんだ。来て早々に悪いんだが抑えるのを手伝ってくれ。」


「抑える…?な、何を…ですか?」


「オイオイ!冗談は仕事の後にしてくれよ!判ってるだろ?」


「何にも知らないんですよ、その子。例の秘密主義、徹底してるみたいですね。狂気の沙汰だわ。」マトリックスが首を振りながら言った。


参事官は目を丸くした。「…オ、オイオイオイオイオイオイオイオイ!!!」声が部屋中に響き渡った。「冗談は仕事の後にしてくれよ!じゃあ何か!君はCが何か知らないのか?」

「はい…」

「眷属も知らないのか?」

「はい…」

「数秘術は?」

「はい…」

「アブドゥルアルハザードは?」

「はい…」


酸欠になるんじゃないかという程の長い溜め息をついた後、「一体、君ゃここに何しにきたつもりなんだ?」参事官は哀れむ様な目で僕を見た。


こっちが聞きたいよ!



僕は途方に暮れていた…。






ー続くー

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