万事解決…?ーその2ー
********************************************
「コレは…なぜこの曲が…?」ナイアルラトホテプも気付いたらしい。初めて焦りの表情を見せている。僕の読みが当たっていた証拠だった。
「判ったんですよ。アザ【削除済】の最後の一太刀がどういうモノだったのか。あなたの主はクトゥルーを閉じ込めたんです。無限に広がる並行宇宙の迷宮に。パラレルワールドを創る事で、クトゥルーを本来の宇宙に戻れなくした…それがアザ【削除済】の最後の一太刀だったんです。
この曲はクトゥルーにとっては自分の置かれている状況を思い知らされる曲…。アザ【削除済】の存在を嫌でも思い出してしまう曲なんです。なぜならコレはアザ【削除済】の歌声だから。『白痴の王』のさえずりなんですよ。あなたならよく知ってるでしょう?こんなモノ聞かされたら、さすがの邪神でもモチベーション下がりますよね。
だからクトゥルーは、この歌声を聞かなくてもいい世界を創ろうとしてたんです。自分の思い通りになる世界を。
世界を『曖昧』さで満たし、自分の存在さえも『曖昧』に、更には無限に創られたパラレルワールドの境界線をも『曖昧』にして、この牢獄から飛び出そうとした。」僕は息継ぎすら忘れて、一気に話していた。
「ただ、ここで一つの誤算が生まれた。『曖昧』さを『現実』として生きる存在が生まれたんです。そう、『人間』です。
人間の意識はクトゥルーの能力を超えはじめた。思いもよらなかった出来事です。クトゥルーは外宇宙に飛び出す前に、足場を固めなくてはならなくなった。アザ【削除済】どころではなくなったのです。」ここで一息。
「そんな、特異な環境となった『閉じた宇宙』に、あなたは目を付けた。
他の並行宇宙とは違う、この『閉じた宇宙』に強い興味を持ったあなたは、大胆にも自ら乗り込んできた。この超アウェイとも言えるクトゥルーの作った世界に。他でもないあなた自身の野望を叶える為に。」
「何を言い出すんだ、藪から棒に…。」戸惑うナイアルラトホテプ。
「全宇宙を…いや、全次元を征服したい。そう思っていませんか?」
「バカバカしい!前にも言ったが、私は使われの身だ。上司を差し置いてそんな大それた事を…。」
「その上司の通り名は『白痴の王』ですよね。従者であるあなたでさえ、何を考えているのか判らない。だったらあなたが何をしようと自由って事でもあるんじゃないですか?
クトゥルーの思考の中にあったんです。全次元の征服。このキーワードは僕がドリームランドで出会った全ての化け物の中にもあったんです。あなたの中にない訳がない。」
「まさか…アカシックリーディング…!ヨグ【削除済】の能力まで身につけたというのか…!」言葉に詰まるナイアルラトホテプ。
「この身体になってから…なんて言うか…止まらないんです、閃きが。知らない筈の事まで、視覚的に答えがみつかる…こんなに賢いのに、どうしてクトゥルーは行き詰まったのか…やっぱ『逃避』の為の模索ってのがいけなかったのかなぁ…。」
「訳の判らん事を!全て憶測じゃないか!何か証拠でもあるのかっ!」
「え?証拠?…ないです。」
「は?!」
「おっしゃる通り、憶測です。でも良いんです。この件は副次的な事なんで。まぁ、あなたの焦った顔が見れただけでも良かった。」また一息。
「メインは別にあるんですよ。この曲に関してね。」
メロディは今や、超絶技巧を駆使した、まるでピアノコンサート並みのレベルに達していた。
ループ演奏でイイって言ったのに、手動で弾いてるんだな。てかブルーさんピアノうまっ!
思わず聞き惚れてしまう程の演奏のお陰で、僕が予期していた通りの現象が起こり始めた。
僕の身体、実体化したクトゥルーの身体が薄っすら透けはじめたのだ。もう一人の『僕』が消えた時と同じ様に…。
「な…なんだ!何をしている!」
「クトゥルーを消すんです。また深い眠りについてもらう。深すぎて夢も見れない程の眠りに…。」
*******************************************
「クトゥルーの弱点は『現実』です。自分は今、パラレルワールドという牢獄に閉じ込められている。その現実を思い知らせる事がクトゥルーを、『邪神を封印』する唯一の手段なのです。その手段として最も効果的なのが、この曲、白痴の王の歌声です。」透けはじめた手をジッと見つめる。
「しかし何故だ!何故ここまで正確に再現できる!この曲を聞いて生きているモノなどいない筈…記録に残せない筈だぞ!これもアカシックの力だというのか!」
「いえ。これは人間の力です。150年前、一人の数学者が、ある命題を提示しました。『素数に規則性はあるのか?』素数が無限にある事は遥か昔に証明されていますが、規則性となると果たして…多くの数学者が挑みましたが、未だ答えに辿り着いた者はいません。
これが解ければ、自然界の法則だって理解できるかもしれない。なんて言われちゃ証明したくもなりますよね。
数年前、フランスの数学者がこの命題を証明したと発表しました。
これが事実ならば牢獄の扉を開く鍵が見つかるかもしれない。
漂流者たちは大騒ぎしましたが、でも、これこそミスリードだったんです。規則性なんて、あってもなくてもどっちでもイイんです。大事なのは、『素数が無限にある』って事なんですよ。」
「それとこの曲と何の関係があるんだ!」僕のまわりくどい説明に苛立つナイアルラトホテプ。
僕は深呼吸した。もうかなりクトゥルーの身体が消えている。「素数。割り切れない数。割り切れないと言えば、クトゥルーの存在がそうです。クトゥルーは今、無限に存在する並行宇宙に閉じ込められています。アザ【削除済】によって。アザ【削除済】の歌声が、鉄格子の役割となってクトゥルーを閉じ込めている。
素数を構成する数字の一つ一つがクトゥルーを表しているとしましょう。無限に並ぶ数列が『並行宇宙』だとしましょう。で、こっからがちょっとトリッキーなんですが、数秘術を思い出して下さい。
アルファベットは数字に置き換える事ができます。逆もまた真なり。素数をアルファベットに変換して、それを『音階』として読んでみて下さい。あるメロディが出来上がります。」
息を呑むナイアルラトホテプ。
「バカな…『素数』という数の集合体が…ただの数字が…我が主の歌声を表しているというのか…。」
「ええ。答えは初めからあったんです。人間の中に。
確かにアザ【削除済】と遭遇したモノは皆、無事では済みません。死ぬか、虚無に陥るか、いずれにしろ生きてはいられない。牢獄に閉じ込められたクトゥルーを除けば。
人間はクトゥルーの産物です。生まれながらにして、その潜在意識の中にクトゥルーの記憶が刷り込まれていたんですよ。後はそれに気付けるかどうか…この歌声こそが…邪神を封印……できるという事に…。」
クトゥルーの姿が完全に消え去った。
代わりに、クトゥルーが居た場所に一人の人物が現れた。黒いスーツに身を包んだ人物、数時間前から『ピンク』という甚だ不本意なニックネームで呼ばれている人物………僕だった。
「ピンク………!何が起こった!」動転するナイアルラトホテプ。
「現時点を持ってクトゥルーは封印されました。現実を突きつけられて逃避したんですよ。眠りの世界へ。夢も見れない程、深い、眠りの世界…人間の主観で言えば『あの世』へ行ったんですね。もう『C』が『この世』に干渉する事はないでしょう。」
「き、貴様…自分が何をしたか判っているのか!」
「世界を救いました。問題を先送りにしただけとも言えなくもないですが、今後も回避し続ける筈です。あなたも含めてね。もう本も読まなくても良くなった。こうやって、アザ【削除済】の歌声が再現できる限りは。」
「何だと………。」
「この曲はクトゥルーに現実を思い出させるのと同時に、あなたにも同じ思いを感じさせるモノでもあります。そうですよね?」
反応を伺ったが、ナイアルラトホテプは押し黙っている。
「クトゥルーが消えた事で、この世界の主導権は人間に移りました。潜在意識に働きかけるあなたの作戦も、その対象が存在しなければ果たしてどこまで通用するか、さあ。この『閉じた宇宙』から出て行くんなら今のうちですよ。あなたに勝ち目はない。これにて万事…解…決…?」
名探偵が謎解きをする様に、得意気に喋っていたのだが、途中で言葉が出てこなくなってしまった。
ナイアルラトホテプに変化があったのだ。
黒い炎が一段と燃え盛りはじめた。竜巻の様に渦を巻き、みるみるうちに巨大化してプラクティスフロアの天井に届く程の大きさになったのだ。
「素晴らしい…ここまでやってくれるとは…やはり私の見立ては正しかった…!」
炎が一瞬にして弾けて消えた!
消えた炎の中から現れたモノは、怪物だった。
********************************************
ヌメヌメと黒光りする円錐形の胴体に無数の鉤爪が付いている。360度取り囲む様に生えた鉤爪は、それぞれ意識がある様に無造作にワシワシ動いていた。
大勢の人の叫び声が聞こえる。鉤爪の隙間から見える人面が叫んでいるのだ。これまた360度、胴体にビッシリと張り付いている。
見た顔もある。官房長官、教官、TVで見た政治家、ビデオで見た学者、地下鉄で会ったおばちゃんの顔まである!
それらの顔が皆、耳を塞ぎたくなる様な咆哮をあげていた。
そして円錐形の頂点に更に一つ、人間の頭が飛び出してきた。顔がない。のっぺらぼうだ。まるでマネキンの頭にしか見えないのに、何故か僕を嘲笑っているのが判る。黒光りしたのっぺらぼうの頭は、地獄の底から響いてくる様な声で話し始めた。
「本当に大したもんだ。私自ら手を下さねばならんとは。恐れ入った。貴様の言う通りだ。計画は一旦、白紙に戻さねばならん。しかし、恐怖をばらまく事に変わりはない。貴様がやるか、私がやるか。違いはそれだけだ。ひとつ手間が増えたとすれば、貴様を殺さねばならん事くらいだが…まぁ、すぐ済むさ。」
そう言ってナイアルラトホテプは、その巨大な身体を一歩前に進めた。
え?あれ?ちょっと待って。殺す?誰を?僕を?あれ?いやいや、なんか………あれ?どっか間違えた?
探偵気取りがいきなり、追い込まれた犯人の心境に逆転してしまった。
何か武器はないのか?!…ある訳ャない。クトゥルーを消すの早まったかなぁ…?
今の僕はただの人間だった。ちょっとしたプレッシャーでも簡単に押しつぶされてしまう様な脆弱な人間…。
誰だよ!万事解決って言ったのは!
ジワジワ迫ってくるナイアルラトホテプを見上げる事しかできないまま………。
………僕は途方に暮れていた。
ー続くー




