万事解決…?ーその1ー
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僕は腹をくくった。
のに、その途端に眠くなってきた。なんだこの猛烈な眠気は。夢はもう充分見たよ!焦る僕の耳に何やらお経というか、ほとんどうめき声に近い音が聞こえてきた。
「ふんぐるい むぐるうなふ くとぅぐあ…」
眠気を振り払いながら、音の出どころを探す。それは意外にも目の前から聞こえていた。ガラスの壁の真下に小さな出窓があった。そこが音の発信源の様だ。僕は崖から突き出した上半身を伸ばして、中を覗き込んだ。
「ブルーさん!」こんな所にいたのか!一体どこでネクロノミコンを読んでいたのか、ずっと疑問だったのだが、まさかプラクティスフロアの真下にこんな小部屋があったとは!
「ふぉまるはうと んがあぐあ なふるたぐん いあ!」
まぁ、「子守唄」を聞かせるんだから、すぐ側にいなきゃいけない訳なんだが…そうか!コレのせいで眠くなってるんだ!やめさせないと!
「いあ!」
更に体を伸ばして壁に手をつけた。右手の人差し指から血が出ていた。指輪を引き抜いた時の傷か…クトゥルーの思考が働く。この血は使える…出窓に血を擦り付ける。するとその部分が消しゴムで消したかの様に無くなっていった。
クトゥルーの血の力で出窓の存在を『曖昧』にしたのだ。
「いあ!いあ!」
壁にポッカリ穴が開いて、ブルーさんの姿がよく見える様になった。凄まじい形相。白目をむいたまま、脂汗をダラダラ流してネクロノミコンを読み続けている。マニュアルに沿った対処法と思われているが、コレはむしろ逆効果だ。クトゥルーに夢を見させてはいけない!僕は大声で呼びかけた。
「ブルーさん!起きて下さい!僕です!ピンクです!」言ってから自分の声にギョッとした。地獄の底から響いてくる様な声…ドリームランドで出会った数々の化け物達と同じ声になってる!
卒倒しそうな程の恐ろしい響きではあるが、今はそんな事気にしてられない!一刻も早くブルーさんに起きてもらわないと!
「いあ!いあ!いあ!」
「ブルーさん!ブルーさんてば!」指を伸ばして顔を突ついた…突ついたつもりだったんだけど、今の僕はクトゥルーになっているので、この巨大な身体の力加減が判らず、結果、ブルーさんにとってはブン殴られた様な衝撃を受ける羽目になっていた。
「アイターッス!」バロック調の椅子から転げ落ちるブルーさん。目が覚めたものの、突然の出来事に訳も判らずファイティングポーズをとっている。
「ブルーさん!コッチコッチ!僕です!ピンクですよ!」目一杯身を乗り出して呼びかける。ハッと目が合った。ブルーさんの顔色がみるみるブルーになっていく…
「い、いあああああああああああああああああああああああああっ!!!」
絹を裂く様な悲鳴!ブルーさんのものだった…無理もない。目が覚めていきなりグロテスクなタコ頭の顔を、どアップで見たのだから。
しかし今はそんな事気にしてられない!(2回目!)
「落ち着いて下さい!ピンクです!こんなんだけど僕ピンクなんですよ!」
「ピピピピピピピピンク?!ピンクだと?!お前………マジ?」
「マジです!とにかく話を聞いて下さい!時間がないんです!ペンありますか?」
「ペペペペペペペペペペン?!………なんで?」
「メモをとって欲しいんです!早くっ!」
「ハイ喜んでっ!」一喝すると、面白いくらい素直に言う事を聞く。
「今から言う事を書き留めて下さい、イイですか?レミソシドドドミ…」
「レミソシドドドミ………何これ?」
「いいからっ!」
「ハハハハイっ!」
脅したりなだめたりしながら、どうにかワンフレーズ分の音階をメモしてもらった。
「そしたら次はスマホで何か音楽アプリを落として下さい。ピアノでもなんでも良い。そして、今のメロディをループで演奏して下さい。」
「は?意味判らないんですけど…?」
「早くっ!」
「ハハハハイっ!」
「スピーカーに繋いでプラクティスフロアに聞こえる様にして下さいね!頼みましたよっ!」それだけ言って僕は小部屋から引っ込んだ。
よし、中に入るぞ!
身体を持ち上げる。崖に埋れた下半身がズルズルと引き出される。ガラスに手をついた。血を擦り付ける。存在が『曖昧』になるガラスの壁。
僕はプラクティスフロア内に乗り込んだ。
【20分前】
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プラクティスフロアは筆舌に尽くし難い状況になっていた。
むせ返る程の血と硝煙の匂い。C対策班の職員達は皆、床に突っ伏していた。同士討ちによる全滅。ただ一人、参事官だけは生きている様だが、辛うじて立っているといった感じ…精神力だけで持ちこたえているのだろう。クトゥルーの姿をした僕が入ってきても気付きもしない。ただ一点を睨みつけている。
黒い炎、ナイアルラトホテプを。
「フム、目的は果たした訳だ。やはり私の見立ては正しかった…。」黒い炎が口を開く。そこで初めて振り返って僕の存在に気付く参事官。
「オ、オイオイオイオイ…」声に力がない。と、そのまま大の字に倒れてしまった。最期の気力を僕が奪ってしまった様だ。スミマセン…。
「10分ってトコか…タイムとしては平凡だな。」エレベーターの扉の上にある大型のデジタル時計を仰ぎ見ながらナイアルラトホテプが言った。
10分?
つられて僕も見る。
2010年7月1日19:40………………19時40分?!
アレだけの体験をしてきて、まだ10分しか経ってないのか!驚くのと同時にまたクトゥルーの思考が働く。
だったらまだ間に合うかもしれない!
死体の山を見渡す。いた!僕はレッドさんを見つけた!完全に血の気を失った顔色をしてはいるが、まだ息はあった。
撃たれたのは…脇腹か。スーツを引き裂く。銃弾によってえぐられた傷口が露わになる。僕はそこに自分の血を垂らした。傷口が『曖昧』になり、出血が止まる。表情も幾分穏やかになった。
「まさかそうやって、ここの奴ら全員を助けるつもりじゃあるまいな。」
ナイアルラトホテプが小馬鹿にした様に話しかけてくる。
「無駄な事を…自分の姿をよく見ろ。皆、お前に恐怖する。助けたところで無駄骨になるだけだぞ。」
僕は無視した。僕の考えが正しければ、ナイアルラトホテプはもう脅威ではない。ブルーさんが上手く事を運んでくれれば…。
「仮にこいつら全員を救ったとして、地上にいる連中はどうするつもりだ。あいつらにも血を撒き散らして回るのか?」
あ(°_°)………そうだった。
目の前の出来事に囚われすぎてて、コッテリ忘れてた。このシェルターの上もインスマス化の波に覆われてる真っ最中だった。どうしよう…。
「ついでだから教えてやるが、お前が『自分探しの旅』に出ている間、私もひと仕事していたのだよ。世界中の人間がインスマス化する様に、ちょっとしたキャンペーンを行ったのだ。まったく………YouTubeってヤツは実に便利だな。イイ世の中になったもんだ。」
言葉の意味はよく判らんが、とにかくスゴいヤバそうだ…。
「しかしお前の姿を見て、要らんお節介だったかなと思い始めてもいるんだ。なにしろお前は王になったんだからな。恐怖の大王に。誰もお前には逆らえない。お前の存在は絶対だ。さあ、飛びたて!恐怖をばら撒け!世界はお前の意のままになるのだ………!」
興奮気味に話していたナイアルラトホテプだったが、何かに感づいて言葉を途切らせた。
何か………音だ。それはピアノの音だった。たどたどしいが何かのメロディを弾いている。
「なんだ…どこから聞こえる?」
訝しむナイアルラトホテプ。だが僕には判っていた。ブルーさんがやってくれたのだ。スピーカーから聞こえるその旋律は、初めはつっかえていたが、だんだん慣れてきたのか淀みなく流れるメロディになっていった。
聞き覚えのあるメロディ。あの宇宙空間で聞いたメロディ。夥しい数の化け物達が戦っていた、あの場面で流れていた管楽器と打楽器のメロディ。「冒涜的な音階」。
まさしくあの曲だった。
ー続くー




