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ーちょ、ちょっと待ってくれ…何を言い出すんだ…問題ってなんだよ…


「人類が直面している危機の事さ。人類の存亡をかけた戦いに、終止符を打つ…根本的な解決ではないかもしれないけど、差し迫った問題を回避する、その手段を思いついたんだ。」


ーなんだよそれ!おかしいぞ!『君』は今、自分が『C』だと認めたばかりじゃないか!


「『僕』だけじゃない。全ての存在が『C』だと言ったんだ。」


ー同じ事だろ!認めておいて何が問題なんだ!


「『C』そのものが。矛盾をはらんだまま存在しようとしている事が結局『C』自身の首を締めているんだ。


これが平行宇宙での話なら、もっと高次元での話なら、君の言う通りパラドックスは生じなかったのかもしれない。だけどここは閉じた宇宙だ。二つの同一の存在が、一つの空間を共有した事で二元性を生み、結果、解消する事の出来ない『負のフィードバック』を生み出したんだ。


この世の中って『絶対の法則』があるだろ?光の速さは秒速30万kmだし、質量とエネルギーは等価だ。朝の来ない夜はないし、終わりのない始まりはない。これは全て『C』の限界を表している。『C』の能力を『C』自身が超えられないんだ。そしてここが閉じた宇宙だという事を、嫌でも思い出してしまう…


だから『C』は夢を見た。夢の中で現実逃避をしたんだ。ただの逃避じゃない。夢と現実の境界線を『曖昧』にする為の逃避。思った事が実現する世界、自分達が割り切れない存在である事を考えなくて良い世界…それを作る為の逃避をしたんだよ。


全てを曖昧に、自分ともう一人の自分、いや、無限に存在するであろう自分の存在を意識しなくていい様に、この閉じた宇宙を曖昧さで満たそうとしたんだ。


『見えないモノは存在しない』。漂流者の考え方と教わったけど、実は『C』の発想だった…そりゃいつ転ぶか判らない訳だよ。なんだかんだ言って結局、意識してるんだから。でもこれは眷属にとってもそうなんだ。『逆もまた真なり』。『反作用』。

反対の現象だって起こり得る。そしてこの事は翻って『C』にも当てはまってしまうんだ。


相反する思想、交わらない関係、割り切れない思い、『C』の『夢』は独り歩きを始めた。対消滅の危険性を生み出してしまうほどに。もう見ないふりは出来なくなってしまったんだ。


世界を曖昧さで満たそうとすればする程、もう一人の自分の存在を意識せずにはいられない…矛盾、パラドックス、分裂、負のフィードバック…この世界は苦しみで満たされてしまった。


でもこれを人間の視点で見たらどうなる?生まれた時から世界が苦しみで満たされていたならどう思う?それが当たり前にならないだろうか?自分達は苦しみに満ち溢れた世界の住人であると認識し、そこで哲学を生み出さないだろうか?


この違いが『君』に判るかな…『降って湧いた苦しみから逃れる』のと『当たり前にある苦しみの中で生きていく』事の違い…確かに人間は夢の中の存在でしかない…しかし、生み出した『C』よりもよっぽど『現実』を生きている。『人間原理』が『C原理』を凌駕した原因はそこにあるんだ。もはや人間は『C』の産物ではない。独立した存在…『現実』に在る存在になったんだよ。」


ーな、何を寝ぼけた事言ってんだ!『僕』が目覚めれば、人間どころかこの世界が消えるんだぞ!『君』だって判ってるだろ!


「あぁ、判ってる。だから思いついたんだ。この問題を解決する方法を。」


ー何だって言うんだ…。


「このまま眠り続けてもらうんだ。永久に。割り切れない存在である事を感じ続けてもらう。」


ーどうやって…。


「その為にはまず『僕達』が消えなければならない。『接続』を断つんだ。」


ーバカな事を…!


「人間は苦しむ。苦しみの中で生きているからこそ、様々な思想が生まれたんだ。漂流者も眷属もない。突き詰めれば一つしかない。『C』と違って………人間はただ『生きている』んだ。単純に。


『君』も接続を絶ってみろ。それが判る筈だ。」


ー判るかっ!そんな…理想論!自分に都合のいい事言ってるだけじゃないかっ!


「そうだよ。最近は『イメージした事が実現化できる時代』なんて言われてるけど、それもやっぱり『C』の発想なんだよね。」


ー認めないっ!『僕』はそんな世迷い言認めないぞっ!…あ…あれ…?




プラクティスフロアに立つ『僕』の姿が薄くなってきた。その事に気が付いて、信じられない様に自分の両手を見つめている。


「言葉でそう言っても、無意識で『君』は認めたんだ。『僕達』が違うという事を。表裏一体といっても、表が裏を見る事はない。裏もまた然り。『君』は人間の主観を手に入れたんだ。」


ーま、待て待て!はやまるな!…そうだ!取引をしよう!『僕達』が上手く共存できる方法が何かある筈だ!


「ないよ。表と裏はどこまで行っても平行線なんだ。判りあえる事は決してない。同一の存在なのにね。」


ーウソだ…こんな…こんな事ってあるか!ここまで来て…!




言葉が途切れる。『僕』の姿を見て絶句している。ガラス越しに見える崖に埋れた『僕』は『C』になっていた。実体化した『C』。


いや。もう伏せる必要もない。


クトゥルー。


顔面に夥しく生えた触手。ヌメヌメと黒光りした体。背中には蝙蝠のような翼を持ち、崖に埋もれた下半身は蛇のような尻尾を生やした姿をしている。


そう。僕は外宇宙からやって来た、邪神、旧支配者の大司祭、そして水の精の大首領とも呼ばれる異形の怪物「クトゥルー」になっていた。


ーどうして…?


ますます霞がかった姿になったもう一人の『僕』だったが、声だけははっきり聞こえた。


「意識しているからだ。『君』の場合は人間の主観を得た事で、クトゥルーとの接続が絶たれ、クトゥルーではなく、『ピンク』になった。『僕』は接続が絶たれた後もクトゥルーを意識していたが『君』は『僕』を意識していた。だから『君』の中で矛盾が生じたんだよ。同一のモノは存在できない。矛盾を回避する為に、物質の状態を捨て、クォークよりも小さい、意識だけの存在になるんだ。


世間ではそれを『幽霊』と呼ぶね。」


ーそんな…。


もう完全に消えてしまった。声も聞こえない。もう一人の『僕』が消えるのと入れ替わる様に、プラクティスフロア内に浮き上がってきた光景は、壮絶な銃撃戦の跡だった。


ガラス越しに見ても死んでいる事が判る職員達。ほぼ全員だった。立っているのは…参事官か?ボロボロになってはいるが、生きている様だ。そしてもう一人………。


ナイアルラトホテプ!


不敵な笑みを浮かべている。『僕』が戻ってきた事に気付いているのだ。




そう!僕は戻ってきた!ドリームランドでの長い冒険を終えて、現実に戻ってきたんだ!


これで最後だ。この、我が人生最悪の時間はここで終わりになる!


自分が何をすべきかは判っている。もう死んだりはしない。『生きる』為に決着をつけてやる!



僕は腹をくくった。






ー続くー

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