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起ーその1ー

挿絵(By みてみん)

【5時間前】




僕は途方に暮れていた。



約束の時間を今ちょうど30分過ぎたところだ。

30分前に来てたから、1時間待ってる事になる。10分置きに腕時計を見ているので、直立不動→腕時計見る→天を仰ぐ→直立不動を1セットとして6セット目終了…。



連日、猛暑日が続く2010年7月。ナイアガラの滝は見た事ないけど、自分の汗がそうなっているのは肌で感じる。



ここはど田舎だ。初めて来たけどそれは判る。駅周りは整備されてるが、建物の隙間から見える景色は、延々と続く畑だった。


ビニールハウスやら耕運機やら、気温を無視できれば、のどかな風景ランキングぶっちぎり第一位の景色だろう…。


自分が立つロータリーの傍らにはボロボロの白い軽トラが一台路駐されているがこれも最早風景の一部だ。どこぞのスーパー銭湯のロゴが荷台に描かれている。


目が霞んでいるせいかロゴが魔法陣の様に見える。ホイールも何だか魔法陣ぽいデザイン…。ハッ!いかんいかん!しっかりしろ!軽トラごときに催眠術をかけられてる場合じゃないぞ!


…にしてもボロい。凄まじくボロい。僕が来る前から止まってるんで、路駐ではなく放置してあるのかも…。

日に焼かれて、軽トラを含め周りの空気がユラユラしている。



目の前のコンビニでアイスでも買って日陰のベンチで休みたい…いや、コンビニに入るだけでも良い。少しでも今の状況を改善できればなんだって…。



立ったまま気を失いそうな不安に襲われる度に、ダメだ!耐えろ!最初が肝心だ!…呪文の様に自分に言い聞かせる。このフレーズは60回は言っている…。


人よりチョッピリ神経質で、人よりチョッピリ心配性な自分が恨めしい。


********************************************


待ち合わせ場所を間違えた?いや、それはない。【削除済】県【削除済】市、市営地下鉄【削除済】駅前のロータリーで午後3時に。


支給されたスマホに(3G!)送られて来た電子メールは何度も確認した。それはもう何度も。




届いた瞬間から、東京駅で新幹線を待つ間、新幹線に乗ってる間、【削除済】駅に着いてから。新幹線を降りてスマホのバッテリーが切れている事に気づき、慌ててショップを探して充電してる間はさすがに見れなかったが…。


待っている間、店員に「大丈夫ですか?」と声をかけられた。どうやら僕の顔は真っ青になっていた様だ。



地下鉄に乗ってからスマホが圏外になった時は自分でも顔が真っ青になってるのが判ったけど、その地下鉄が地上を走り始めた時は、更に血の気が引いて青を通り越してドス黒くなっている様子が窓に映っていた。


傍目に気の毒に映ったのだろうか、隣に座っていたオバちゃんが「この地下鉄は地面の上も走るんよ。心配せんでも車庫入ったりせぇへんから」と言ってくれた。



巨大なスーツケースを持ち、巨大なキャリーバッグを引き、そして巨大なリュックサックを背負ったリクルートスーツ姿の若者をオバちゃんは、今から研修地に向かう新入社員とでも思った様で、「歳いくつ?」だの「どっから来たん?」だの、まるで迷子センターのお姉さんの如く、根堀り葉掘り聞いてきた。

【削除済】駅で降りる時には、手にアメ玉を7個握らされていた…。



新入社員…まぁ、当たらずとも遠からずってトコか…。


********************************************


東京大学在学中に書いた卒論が、どういう訳か内閣情報調査室の目に留まり、卒業したら職員として採用するという通知が来たのが、2009年12月、ノルマンディー上陸作戦もかくやと言わんばかりの凄まじい就活戦線にようやく決着が付きそうだな、とホッと一息ついた頃だった。



降って湧いたエリート官僚話に仲間内からの羨望とやっかみの視線を一身に浴びながら、しかし当の本人はこの出来事に1ミリも現実味を感じていなかった。



なんでそんな所に僕の卒論が?

教授に聞いても知らぬ存ぜぬで、明確な答えは返ってこなかった…。



「世界の危機管理ーその傾向と対策」


これが僕が書いた卒論。まるでどっかの模擬試験集のタイトルみたいだが、人よりちょっぴり神経質で、人よりちょっぴり心配性の僕には、他に書くネタがなかったのだ…。



そもそもこんな論文で本当に卒業出来るのかどうか、それが一番心配だった僕に、思いもよらぬ所から採用通知が来るんだから、現実味が感じられないのも無理からぬ事とご理解頂きたい。



一体、どこをどう巡り巡れば内閣情報調査室なぞに辿り着くのか?


知らず、機密事項に触れる事でも書いてあったのか?何か巨大な陰謀にでも巻き込まれたのか?まさか!


これじゃまるで映画「ペリカン文書」だ。差し詰め僕は、ジュリア ロバーツか?いやいや、それはないだろ。別に殺人事件を推理した憶えはないし、石油会社を刺激する様な内容なんかもっと書いた憶えないぞ!



イタズラに混乱するばかりで、答えらしい答えは得られないまま大学を無事卒業し、春休みを過ごし、初登庁(?)の日を迎えるとその混乱は最高潮に達した。



家の前に、テレビでしか見た事がない黒塗りのリムジンが横付けされていたのだ。丁重に乗り込むと、テレビでしか見た事がない国会議事堂の横を通り過ぎ、テレビでしか見た事がないガラス張りの建物の中へ。



ロビーに足を踏み入れると、テレビでしか見た事がない政治家の面々が、やんややんやのお出迎え!



「適任だ!」とか「逸材だ!」とか「君をおいて他にはいない!」とか、もう、拍手と握手と加齢臭の嵐で何がなんだか…。



やがて一通り挨拶が済むと、今度は潮が引く様に、一斉に政治家達は去っていき後に残ったのは僕と、黒いジャージを着た、やたらガタイの良いGIカットのおっさんだけ。



何故か、ここを逃したらもう二度とマトモな話は出来そうにないという予感に駆られ、ジャージのおっさんに尋ねてみた。



「あの…ここで、何するんですか?」



「3ヶ月間研修期間を設けているので、ここで訓練だ。」防衛省から出向して来たと云うそのおっさんは、自分の事は教官とだけ呼ぶ様に、と僕に言った。



「はぁ、訓練ですか…訓練?!!」



「ここは新職員の研修施設だ。寮とトレーニングルームが併設されているので、3ヶ月間、外界との接触を絶ってみっちり訓練出来るぞ!」



「訓練て…いや、ってゆうか僕、何が決め手で採用されたんですか?今更ですけど、何にも聞かされてないんですよ。どういう職種に就くのかぁとか、今後こういう事しますよぉとか…連絡が一切なくて基本的な事が判ってないんですよね、全く…。」成人してる者が話してるとは思えない内容で、言ってる本人が情けなくなってくる…。



しかし教官も同じ様な困った顔をすると、

「う~む、済まんが何も答えられん。」



「?」



「答えられん…と云うか私も何も聞かされてないんだ。本当はこういう事も話しちゃいかんのだが、私の任務はスケジュール通りに君の訓練を行い、それ以外の事に君が干渉しない様、監視する事なのだ。ちなみにこの会話も別室で録音されているからそのつもりで。」



「!?(・_・;?」



「寮の部屋でもカメラとマイクで24時間監視してるから、ひとりピー!する時は腹くくれよ!」達者な歯笛でピー音を出すと、教官は白い歯を見せて笑った…。



結局、何の為に採用されたのか判らないまま訓練と言う名の研修期間が始まった。



「訓練」といっても、映画「ロッキー」のトレーニングモンタージュの様な事をやらされる訳ではなく、50m走をしたり、幅跳びをしたり、握力を測ったり…中学校の体力測定に毛が生えた程度の事を午前中いっぱい、午後からは危険予知訓練として、自動車教習所の様な筆記試験とかシミュレーション的な事をするだけ。ひたすら、毎日…。



豪奢なガラス張りの建物にいるのは僕と教官の2人だけ。食事は朝昼晩キッチリ出るが、誰が作っているのかはサッパリ判らない。

希望すれば散髪も出来たのだが、その際に僕は真っ黒な仮面をつけなければいけなくて、顔剃りはNG。美容師さんとの会話もNG。完全秘密主義…。

何をするにもこのトレーニングルームを利用しており、無駄に広いスペースを眺めて、無駄に税金使ってゴメンなさいと、日本全国民に心の中で謝る。



それにしても意外だったのが、こういう缶詰め生活に自分がストレスを感じていないという事。毎日出される課題を何の疑問も感じる事なくこなしていく。



「危機管理の論文で採用されてるんだから、きっとこの訓練なるものもそれに殉じたものなのだろう。」

そう自分に言い聞かせているというのもあるけど、案外、適応能力高いのかしら、なんて思ったりもする。慣れとは恐ろしいものよ…。



ただ一つだけ、どうにも苦手な作業を強いられた。「1日1冊は読破する様に。」と言って毎日手渡される怪奇小説。それも洋書。ペーパーバックというヤツだ。英語は日常会話程度には出来るつもりだったが、この作業のせいでかなり英語嫌いになってしまった。


スティーヴン・キング位なら知ってるけど、D.RナンチャラとかH.Pナンチャラとかになるともうナニジンだよっ!つって…。


内容も内容で「門にして鍵」とか「全にして一」とか、禅問答レベルの文章…。やたら「究極の知識」や「宇宙図書館(?)」なるものについての言及が多かった様に思うのだが、とにかく頭に入ってこない!


「覚めた目をして熱く見ろ!」とか「涙残して笑いなよ!」とか、ああいった感じ!


どう考えても危機管理と関係ないだろ!我慢出来なくなって教官に本を読まなければいけない理由を聞いてみた。



「う~む…答えられん。」


箝口令でも敷かれているのか?今後の展開も予測したいのに、こうも秘密主義に徹されるとモチベーションの維持も難しい…。



仕事が絡まなければいいのかも?と、もう人とナリも判ったかなって頃に教官に世間話をふった事もあったがその類にさえ一切乗ってこなかった。む~、箝口令…。



そんなこんなで、たいした変化もないまま、ヌルい訓練も遂に終了の日を迎えた。



「お前に教える事はもう何もないっ!」


何を教わってたんだか皆目判らない3ヶ月だったが、取り敢えずお礼を言った。



何故か目頭を熱くさせている教官は、ポケットからスマホを取り出し僕に手渡した。

「お前の配属先が決まった。任務及びその他の詳細な事は全てそのスマホの中に入っている。機密事項の塊だから落としたら懲役では済まんぞ!」



ようやく確信に触れる時が来た…ココしばらく感じていなかった緊張感に身が引き締まる。



「ちなみにそのスマホも通信を傍受しているから、エロサイト見る時は腹くくれよ!」そう言って教官は白い歯を見せて笑った…。



この人きっと良い人なんだろうなぁ…。



ガラス張りの建物を出る時は、来た時とうってかわって一人きりだった。

違う所といえば、巨大なスーツケースと巨大なキャリーバッグと巨大なリュックサックを荷物として持たされた事か…。



「目的地に着くまでは何があっても手放すなよ。最初が肝心だ。忘れるな!」教官が別れ際に言った言葉。意味判らん…。



ガラス張りの建物を後にして、プラプラ歩きながらスマホをたちあげた。

途端にメールを受信。



『差出人:内閣情報官【削除済】


*・゜゜・*:.。..。.:*・'(*゜▽゜*)'・*:.。. .。.:*・゜゜・

2010年7月1日09時00分


*・゜゜・*:.。..。.:*・'(*゜▽゜*)'・*:.。. .。.:*・゜゜・

このメールは内閣官房内閣情報調査室から配信されています


*・゜゜・*:.。..。.:*・'(*゜▽゜*)'・*:.。. .。.:*・゜゜・

辞令ヤマダ【削除済】、左の者をC対策班【削除済】支部配属を命ずるー内閣情報官【削除済】




2010年7月1日午後3時、【削除済】市営地下鉄【削除済】駅前ロータリーにて職員と合流、後、【削除済】寺に於いて詳細を報告


至急の任務有り、遅刻厳禁


以上

*・゜゜・*:.。..。.:*・'(*゜▽゜*)'・*:.。. .。.:*・゜゜・*』



今にして思えば、怪しさ丸出しの文章なのに、この時の僕は「辞令」という言葉にガツンとやられていた。

やっと社会人になったという実感に満たされていたのだ。



それにしても…2010年7月1日午後3時…?



今日じゃないかっ!!!



えっ?ちょっ、今何時?9時っ!ウソっ!マジっ?間に合うのっ?!



久々の街並みを眺める余裕もなく、スマホでタクシーを呼び出しながら、走った方が速いかしら?などと巨大な荷物をタクシーに乗せることができない可能性を心配していた。



3ヶ月のヌルい訓練ですっかり忘れていたが、僕は人よりちょっぴり神経質で、人よりちょっぴり心配性なのだ…。






ーそして話は冒頭のくだりに戻るー



********************************************



【長くなってすみません。

でも、ここまで読めているという事は、あなたのアクセスレベルは相当高いのでしょう。という事は2012年現在の僕の状況も良くご存知の筈。


しかしながら、これは報告書の形もとっておりますので時系列に沿って進める部分もある事をご理解下さい。


とにかくこの時の僕には、この後起こる出来事なんか予想もつかなかった。それを知って欲しかったんです。


それでは続きをどうぞ。】



ー続くー

このお話は私が2010年頃にやってた自身のブログ内で書いてたのをリライトしたモノです。


その時は「俺たちの戦いはこれからだ!」的な終わり方をしていたのですが今回、その続きも含めて新たに書き直しています。


大長編になるかと思われますが、お付き合い頂ければ幸いですm(_ _)m

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