傑
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「テケリリ…テケリリ…」ブルーの様子が変わった。小鳥の様なさえずりをやめない。
嫌な予感がしてきた。もう誰だって良いんじゃないか?そんな事よりも、一刻も早くこの場から逃げた方が良いんじゃないか?本能がそう知らせていた。
「もう遅い。」ブルーが言った。
あちこちでメキメキと鈍い音が響く。今までビクともしなかった、あの木の様な人間「大いなる者ども」が動き出したのだ!地面から足を引き抜く。緩慢な動作だが、5mの巨人達が次々に動く様は圧倒的に恐い!
こっち見てる!
全員が僕に視線を注いでいる。と、次の瞬間、「大いなる者ども」は一斉に走り出した!僕に向かって!物凄い地響きと土煙を上げて全力疾走して来る!
「ちょちょちょちょ!Σ(゜д゜lll)」
慌てて僕も走り出すが、もう既に逃げきれない気がしていた。
地響きに紛れて聞こえていたさえずりがフと途絶えた。走りながら振り返ると、竹輪のオバケが巨人達に踏み潰されているところだった。
結局なんだったんだ…あいつ…。
呆気に取られたが、振り返った事で別の事に気が付いた。追って来る巨人達も何か喋っているのだ。
「………イオイオイオイオイオイオイオイオイオイ!」
なんてこった!ありゃ参事官のフレーズじゃないかっ!
巨人達もまた、地獄の底から響いてくる様な声の持ち主だった。凄まじい声色で口々に何か言ってる。
「冗談は仕事の後にしてくれよ!」「仕事は冗談の後にしてくれよ!」「後は冗談の仕事にしてくれよ!」
参事官!あいつらマジ参事官っ!
絶え間なく小言を言いながら、全速力で追って来る!悪夢だ!ここは僕にとっての悪夢だったんだ!
走りに走って、先程のカタカナ書きの標識の所まで戻ってきた。
「何か武器はないのかっ?!」ある訳ゃない。膝がガクガクする。
グングン迫ってくる「大いなる者ども」。僕はと言えば、完全に息が切れてグロッキー状態。もはやこれまで………今日、諦めるの何回目だろう………。
その時、一際大きな地鳴りがした。立っていられない程揺れている。目の前の地面にヒビが入った。地中からとてつもなく巨大な「拳」が突き上げてきた!
拳の威力で、まるでポップコーンの様に弾け飛ぶ巨人達。呆然としたままの僕を嘲笑うかの様に地中からゆっくりと這い出してきたのは…。
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「ハスター!」またの名を、黄衣の王。ヨグソトースの息子。シュブニグラスの夫。「風」の属性であり、「水」の属性であるCとは仲違いをしている。二人は兄弟で………って、なんでこんな事知ってんだ僕は!
さっきから頭痛が治まらない。こんな状況なのに何か別の事を考えようとしている。
そんな中、ハスターが全身を現していた。大いなる者どもよりも遥かに巨大なその姿を。100メートルはあるだろうか。空を覆っているノーデンスに届きそうな位だ。ボロ布の様な黄色いマントに身を包み、蒼白い仮面を被っている。
こいつも何か喋ってるぞ。
モゴモゴ何か言ってる様だが、仮面が邪魔して聞き取れない。本人もそう思ったのか、おもむろに仮面を取り外した。トカゲの様な顔だった。ジロリと僕を睨む。
「んまぁ、ドリームランド言われても、何のこっちゃか判りませんよねぇ。」
イエローかよっ!
拳を振り上げるイエロー、いや、ハスター。その拳を目にも留まらぬ速さで地面に叩きつけた!
僕を狙って振り下ろしたのは明らかだ。目測誤ってあらぬ場所に命中したが、それでも衝撃で僕は吹っ飛ばされた。
運悪く、拳の真下にいた大いなる者どもは、数匹まとめてノシイカみたいになっていた。
「んまぁ………んまぁ………!」多分、悔しがっているのだろう。地獄の底から響いてくる様な声で、意味不明な事を言っている。そしてもう一度、拳を振り上げた。今度は当ててくるだろう。
僕は脱兎のごとく逃げ出した。大いなる者どものいる方に向かって。目くらましのつもりでそうしたのだが、果たしてどこまで効果があるのやら…
それにしても………。
これだけの非常事態だというのに、さっきから妙な感覚にとらわれている。
生々しい程の現実感。
悪夢としか言いようのないこの状況において、僕は今、痛い位の現実味を味わっていた。夢と現実の逆転。真の生。一向に止まない頭痛が、その感覚に拍車をかける。そして、それと同時に…。
「怒り」が込み上げていた。何なんだ。なんで僕はこんな目にあってんだ!一体僕が何をしたって言うんだ!
思えば、就職が決まった時から振り回されっぱなしじゃないか、ずっと。ずっとだ!挙げ句の果てにこんな…誰も信じてくれそうにない世界で死にそうな目にあっているなんて!
あ、書類上では既に死んでるんだっけ…。
でも、今となってはそっちの世界の方がよっぽど夢物語だった気がする。得体の知れない化け物達に取り囲まれながら、これこそ現実。これこそ真実。そんな気がしてならないのだ。
僕は夢から覚めた。
怒りが僕の目を開いたのだ。さっきまで腰が抜けそうになっていたのに、段々力がみなぎってきた。頭痛は相変わらずひどいモノだったが、それと比例して体の隅々まで覚醒して行くのが判る。今までの自分はどこかに追いやられた。今の自分こそが本当の自分。
知らぬ間に僕は叫び声を上げていた。狂喜の雄叫び。目覚めの時を知らせる咆哮………。
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大いなる者どもが僕を見上げていた。
いや、僕の方が大きくなっていた。あの恐ろしかった巨人達が随分頼りなく見える。試しに腕で奴らをなぎ払ってみた。ゴミ屑の様に散らばっていった。面白くて、次々に蹴散らしてやった。
逃げ惑う大いなる者ども。しかしそれも叶わない。僕の方が断然速い。子供が積み木を壊す様に戯れに跳ね飛ばし続けた。
そうこうしている内に、オモチャがなくなってしまった。
なんだ、つまらない。
振り返ると、ハスターがいた。目線は僕の方が上になっていた。怯えている様だ。しかし拳を振り上げ、殴りかかってくる。
片手で受け止めた。なんと貧弱な腕だろうか。軽くひねると奴の腕は簡単にとれてしまった。
ひるむ事なく突っ込んでくるハスター。
なんだか面倒くさくなって、僕は顔をひと振りした。顔面から光線が出た。
その瞬間、全ての音が消えた。
一切の静寂の中、黄色い光線がスローモーションの様にゆっくりと、一直線にハスター目がけて伸びていった。
光線が直撃する前に、ハスターの頭は蒸発していた。奴の胸元をえぐる様に貫通した光線は、そのまま地面に当たった。と同時に辺りに音が戻ってきた。大音響と共に地面が爆発し、膝から崩れ落ちたハスターがその爆発に飲み込まれた。
なんという充実感。生まれて初めてかも知れない。これ程までに生きているという実感を憶えたのは。今ならなんだって出来そうだ。
空を仰ぐ。
ノーデンス。お前を屠る事も容易い気がする。
背中に力を入れた。翼が広がっていくのを感じる。軽く羽ばたくだけで一気に上昇する。
眉間に風穴を開けてやろう。どんな顔をするか楽しみだ。風を切り裂いて急速に接近する最中、ノーデンスが口を開いた。
「まったく…狂気の沙汰ね。」
地獄の底から響いてくる様な声だった。
レッド…さん………?
ハッと我に返る。
なんだ?何をしていたんだ僕は……。
…自分の手を見る。
真っ黒になっていた。
黒くてヌメヌメしている。
まるで軟体動物の様な皮膚………。
その手で顔を覆った。
指に無数の触手が絡みつく。
なんだこれは?
何が起こったんだ?
触手だらけの顔をかきむしりながら僕はまた、叫び声を上げた。
今度は絶叫だった。恐怖の、気も触れんばかりの絶叫。
僕はCになっていたー。
ー続くー




