決ーその2ー
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「インスマス化?!馬鹿なっ。ここで?!」ブレイクダンス中の参事官。
「どうやら鍛え抜かれた職員でも、この恐怖を事実として受け止めてしまった様だな。」楽しげに言うナイアルラトホテプ。
「皆落ち着いてっ!飲み込まれてはダメよっ!」叫ぶレッドだったが、僕の目から見ても落ち着いてはいられない状況だった。何故なら、インスマス化した職員は武器を持っているのだ!
「恐怖は伝播する。それは光の速さを超える程だ。新しい世界は既に扉を開いている。来い!ピンク!お前を王にしてやろう!」高らかに宣言するナイアルラトホテプの姿も心なしか変化している気がする。
いや、気がするどころじゃないぞっ!本当に『変身』している!
もともと浅黒かった肌が、今や真っ黒になっている。着ているジャージと同じくらいに。
真っ黒な中、目だけが金色に光っている。
いつの間にか現れた額の目を合わせて3つの目が。
そして全身の輪郭がユラユラと揺れている。
まるで炎の様だ。黒い炎。
辛うじて人の姿を保ってはいるが、それはもう人ならざる者だった。
恐怖は伝播する。
あちこちで悲鳴が起こる。職員達が次々にインスマス化し始めている。乾いた破裂音がした。誰かが銃を撃ったのだ。人が倒れる。人の顔をしていた。途端に銃撃戦が始まった。完全な同志撃ちだ。まだインスマス化していない者もその表情は醜く歪んでいる。皆一様に正気を失っていた。
参事官が声を張り上げて制止しているが、銃声と怒号にかき消されてしまっている。
そんな光景を見てナイアルラトホテプは腹を抱えて笑っている。
僕はただ呆然と立ち尽くしているだけだった。
ナイアルラトホテプの言う通りだ。僕には実感というモノがない。まるで他人事………何なんだ僕は………一体なんの為に………役立たずもいいトコだ………この最悪な状況………。
「危ないっ!」突然強く突き飛ばされた。もんどり打って倒れた僕の上に覆いかぶさる様にしてレッドさんも倒れてきた。すぐそばに銃を構えた職員が立っていた。魚顔だった。僕の眉間に狙いを定めている。
もうダメだっ!
しかし銃声は聞こえなかった。変わりに鈍い音がして魚顔が倒れた。背後に手刀を打ち終えた参事官が立っていた。
「撃ち方やめぇ~いっ!!!」まだ言ってる…。
取り敢えずこのまま伏せてた方が良さそうか?レッドと共に手近なバリケードににじり寄りながら、助けてもらった事に礼を言う。
「助かりました、全く気付かなくて…!」レッドを抱きかかえた僕の手がベッタリと濡れた。ハッとしてその手を見る。真っ赤になっていた。
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「撃たれたんですかっ!」尋常じゃない量だぞ、この出血!
「っとに狂気の沙汰ね…。」声が弱々しい。顔を覗き込んでドキッとした。サングラスがはずれていたのだ。ぶつかった時に落としたのだろう。
目が合った。
青い瞳だった。
透き通った海の様な青………鮮血の赤と驚く程対照的な………思わず魅入ってしまう美しさ………。
「あんたね…。」か細い声でレッドさんが話す。
「いい加減自分で行動しなさいよ…。」
「す、すみません。」
「自分で決められない奴は、死あるのみ…。」
「すすすすみませんっ!」謝る僕の胸ぐらを掴んできた。「すすすすみませんごめんなさいすみんなさいごめませんっ!!!」心底恐怖した!レッドさんのがむいてるんじゃないの?恐怖の大王!
「…逃げなさい。」
「え?」
「逃げるのよ、あいつから…。」声がどんどん小さくなっていく。「あいつの目的があんたなら、逃げなければ…あいつの…手の届かない所へ…。」
「に、逃げるって…どこへ?」
「自分で決められない奴は、死あるのみ…。」また言った!
「だから、決断するのよ…自分で…そこに頼れる人間はいないんだから…。」
「そこ?って…。」言い終わらないうちに僕の体が持ち上がった。か細い腕のどこにそんな力があるのかと思う程の腕力で(片腕で)レッドさんが僕を持ち上げ、そのままランディ・ジョンソンばりにぶん投げた!
物凄い勢いで、すっ飛んでいくその先にはナイアルラトホテプが並べたアイテム、あの禍々しいデザインの鏡があった。頭から突っ込んで行く。
ぶつかるっ!
…………………事はなかった。
衝撃に備え身構えていたのだが、何も起こらない。と言うか、いつまでたってもプカプカ浮いてる感じ…。
不思議に思って目を開くと、そこはプラクティスフロアではなかった。
暗くてよく判らないが、広大なトンネルみたいだ。入り口が小さくなっていく。まさか、ここ鏡の中?
壁面に万華鏡かロールシャッハ的な模様が見える。はて?どっかで見たぞこの景色………と考えだした途端、光に包まれ、全身に衝撃が走った。
「いでぇーっ!!!」背中を強かに打ち付けて、僕は大の字になって横たわっていた。光に目が慣れてくると、空が見えた。
空にはポッカリ穴が開いていた。恐らくそこから落ちて来たんであろうその穴は、徐々に小さくなって、やがて完全に閉じてしまった。
閉じた後に現れたのは、あの、冥王星だった。
空に浮かぶ冥王星。
その、見上げた空は曇天模様。所々、青空も垣間見えるが、低く垂れ込めた雲が重苦しい雰囲気を醸し出している。
「寒っ!」身を切る様な冷たい風が吹いた。どこなんだココは?痛む体を起こして辺りを見回す。一面の荒野。名状し難い枯れ木が点々とあるが、人の気配は全くない。遥か彼方に巨大な山脈があり、その頂には明らかに建造物であろう、城の様なモノが見える。
冒涜的………?
何故かそんな言葉がフイに浮かんできた。
「どこなんだ、ここは…。」もう一度、今度は意識的に声に出して言ってから、フと目に留まるモノに気が付いて動きを止めた。拍子抜けする程、質素な立て看板がそこにあった。
標識である事はすぐに判った。
だってカタカナで書いてあるんだもん。
レン高原←カダス→ウルタール
あぁ、ここカダスってトコなんだ………。
バカみたいにポッカリ口を開けたまま、
僕は途方に暮れていたー。
ー続くー




