血ーその1ー
【30分前】
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僕はポカンとしていた…。
「な、内閣…官房…教官?」
「違う!内閣官房長官だ!」
「ナナナイキャクカンピョウキョーカン?」ダメだっ、頭だけでなく、舌も回らなくなっている。
想像して頂きたい。散々振り回されながらも、漸く事の成り行きに自分なりの結論を導き出せたと思ったら、途端に振り出しに戻ってしまったという状況を。
いや、僕だけじゃない。バリケード越しに銃器を構えていた職員達も、みな一様に戸惑いの表情を表している。
この場面で自分達のボスが登場する事に、一体どういう意味があるのか?完全に混乱しきった空気になっている。
ただ一人………レッドさんを除いて。
「初めから全てあなたの企みだった訳ですか?」ゆっくりとした口調で語りかける。
「誤解しないでくれ。私だって使われの身なんだぞ。」白い歯を見せて笑う教官…いや、長官か…。
「企みとは多少語弊があるが、結果的には君達を騙した形になった訳だから、その事については謝ろう。すまなかった。」大仰に頭を下げる。そして顔をあげると「しかし君達は本当に良くやってくれた。予想以上の仕上がり具合だ。我が主になりかわって礼を言わせてくれ。ありがとう。」そう言ってまた、白い歯を見せて笑う。
なんだろう、なんか小馬鹿にされてる様な気がする…。
「わわわ我が主?長官、あなた、まさか…けけけけん…!」参事官がガタガタ震えながら話しかけた。
「眷属かと?君達の言う眷属かと聞かれると、答えはNOだ。我々はもっと古い。まぁ、恐怖を糧にする者とすれば、さほど変わりないのだろうが。」相変わらずの笑顔。
「一体、なんの話をしてるんですか?」たまらずレッドに聞いてみた。取り敢えず、敵か味方かだけでも知りたい…。
「つまり、この男は官房長官ですらないって話よ。」
「…ハイ?」
「相変わらず鋭いヤツだ。しかし、いつ気が付いた?ハナから知ってた訳ではあるまい。」面白そうに尋ねる長官。
「…たった今です。ピンクの話を聞いていなければ、この考えは想いもつかなかった…。」
その言葉を聞いて長官の笑みは更に広がった。「そうかそうか!やはり私の人選は正しかった訳だ!実に喜ばしい!今日は良い日になりそうだ!」
「ままままさか…あなあなあなたは…!」ガクブルが止まらない参事官。
「まあその話はイイじゃないか。私の話をしても、そんなに面白くない。」手を降ってあしらう長官。
「ゴメンなさい…僕、状況が全く把握できてません…。」
あ、正直に言っちゃった…。
僕の狼狽ぶりに反応して、長官は初めて僕を見た。変わらない笑顔で。
「最初が肝心だと言ったろう。今がその最初だ。」
途端に全身に鳥肌が立った。得も言われぬ嫌悪感が走り抜ける。蛇ににらまれた蛙の様に身動きが取れなくなり、冷や汗がダラダラと顔面を伝い落ちていく。
おかしい。目の前にいる人物はこの3ヶ月間、寝食を共にした相手である事に間違いない筈なのに、まるで別人の様に感じる。いや、それどころか人ですらない様にさえ思う。
地獄の底から響いてくる様な声ー。
そうだ。イエローと同じだ。あの時と同じ感覚、同じ恐怖を感じずにはいられない声だった。
「これからの話をしようじゃないか。これから始まる君達と我々が共に歩む、輝く未来の話を。
君達は新しく生まれ変わるのだ。あの下劣で下等な醜い化け物、君たちがCと呼ぶ、あのタコ頭の死骸から生まれてきた君達、人間が、我々が思いもよらなかった形で進化を遂げるのだ。素晴らしい!感動した!」
なんの話か皆目見当がつかないが、やっぱりバカにしているのは明らかだ。
「私だって初めは信じていなかった。また我が主の悪い癖が出た位にしか思っていなかったのだ。しかし見たまえ!この状況を!あのタコ頭が今まさに、形を成そうとしている!この閉じた宇宙で!誰の力だ?君達人間の力だ!これは奇跡だ!他の宇宙では絶対にあり得ない現象だ!
白痴の上司を持つと部下はいつも苦労すると思っていたのだが、君達はそれを覆してくれた!ありがとう、そしてありがとう!」感動に打ち震える長官。呆然とする職員達。そんな中、レッドだけがこの話の意味を理解していた。
「アウターゴッズ…!」
絞り出す様な声でレッドがそう言った。「外なる神は矮小な人間に興味を持たない筈…なぜ干渉してくるの?」
「さっき言ったぞ?君達が新しく生まれ変わると。」優しい口調で答える長官。
「我が主が初めからこの結果を予期していたのかどうかは、今となっては確かめようがない。だが、そんな事はもうどうでも良いのだ。大事なのは、今、我が主が欲しているという事なのだ。お前を!」そう言って、力強く指をさした、僕に向けて…!
「………へ?」一度、後ろを振り返り、そこに誰もいない事を確認してから、自分で自分を指差した。「………僕ですか?」
猛烈に間抜けな表情をしているであろう事は自分でも判っていたが、まるっきり話について行ってないんだから、これはもう仕方のない事ですよね?
という思いでレッドさんの顔を伺った。
レッドさんはレッドさんで、額然とした顔で僕を見返していた。
「な、なんですか?」怖いよ!
「眷属どころじゃなかったって事ね…。」
「だからなんなんですか!」
「あんた今、『A』から指名を受けてるのよ。」
「知りませんよっ!どちらさんですかっ!」
「目の前にいるこの男が『N』だと言えば、ここにいる全員が、今の話を理解するわ。」
瞬間、プラクティスフロアの空気が凍りついた!誰もが一様に恐怖の表情を浮かべている。参事官に至っては震えが酷すぎて、ブレイクダンスを踊っている程に見える。
「レレレレレッ!、たたたたたっ!」意味不明の言葉を吐く参事官。
「ええ、確かです。」答えるレッド。
え!判ったんだ!
「トラペゾヘドロンが出た時点で『N』の出現は予測すべきでした。まあ、判ったところで、どうにもならなかったでしょうが。」
N…?トラペゾヘドロン…?僕が持ってきたあの黒い飴玉…N…N…。
あ!『闇を彷徨う者』!『千の顔を持つ者』!参事官が言っていた。歴史的事件の影にいつも存在するという………そうだ!確か『C』よりマズい存在って言ってなかったか?!
「て事は、なんですか?この人は、教官ではなく、長官でもなく………。」
「そう…N…ナイアルラトホテプよ。」
ー続くー




