結…?ーその2ー
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かなり引いた角度で映っている画面には魚顔の群れの中、黒ジャージ姿の男がまっすぐに歩く様子が見て取れる。その行く先は間違いなくあのトイレだ。
「頭下げろって言ってんだろがっ!」僕の袖を力任せに引っ張る参事官。
「蜂の巣になりたいのかっ!」
「…教官がいます。」
「は?誰?」
「教官です!僕の訓練を担当していた…防衛省から出向して来たって言ってた人が、あの中に、真っ直ぐエレベーターに向かって歩いてました!」
「巻き戻せっ!」参事官が命じるとすぐさまレッドさんがスマホを操作する。目的の映像はいくつかの角度で同時に再生された。
「なんだ!どれも被ってるじゃないかっ!」なぜか測ったように顔が何かに遮られていて、どの映像も見づらい。横顔すらハッキリしない。
「でも確かです。確かにこの人が僕に訓練を施した人です。それにこの荷物…。」
「防衛省は直接ウチとは繋がりがない。秘密主義を守るため外部の人間には必要最低限の情報しか与えられないのだ。そこから我々が何をしているのかなど知りようがない。もしこいつが本当にピンクの教官だとしたら、かなり内部にまでスパイが潜り込んでいる事になるぞ!」
「…で、あの荷物は…?僕は魔除けって聞いてるんですけど…。」
「あぁ、魔除けね。見方によるな。」
「?」
「『銀の鍵』『レンのガラス』それに『ニトクリスの鏡』君が運んできた荷物の中身だ。アレは君が眷属に転がると作動する様にセットされたモノなのだ。」
「??」
「つまり君自身が『魔』になった時、君自身を排除する為の言わば保険なんだよ。」
「???」
「男がトイレに入りました!」僕と参事官の会話を打ち消す様に職員の誰かが叫んだ。
「オイオイオイオイ!エレベーター動いてるじゃないか!」エレベーターのランプが付いている。まだ停止されていない。
「何やってんのっ!」参事官がスマホでマテリアルルームにいる職員と連絡をとる。
「もしもし!まだエレベーター止められないのかっ!早くシステムを切れ!」
数秒の沈黙。そしてまたしてもみるみる青ざめていく参事官。
「な、何です?」
黙ったまま通話を切ると、今の会話の内容が皆に聞こえる様にスピーカーに切り替えた。
『バカめ、奴らは死んだぞ!』地獄の底から響いてくる様な声。
イエローの声だった。
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「アタックチーム!マテリアルルームを制圧しろ!」瞬時にレッドが命令を下す。数名の職員が弾かれた様に立ち上がり音もなくマテリアルルームに駈けていった。
「オイオイオイオイ…オ、オイオイオイオイ…」参事官は完全にパニックになっている。
「灯台下暗し…狂気の沙汰ね。」ギロリとこちらを睨みつけるレッド。しかし今度は僕も怯まなかった。ある考えが浮かんでいたのだ。
「は…初めから、全て仕組まれていたとしたら…。」
「何?」
「C対策班が、C復活の為の組織として、初めから用意されていたモノだとしたら…。」
「………。」
「レッドさん言いましたよね?『出来すぎてる』って。そうなんですよ。出来すぎてるんですよ。完全なネクロノミコンが揃っている事も、完全なトラペゾヘドロンが揃っている事も、完全な名前の持ち主がいる事も。
裏を返せばCが存在している事を認めているモノばかりなんですよ。それも強固に。
初めから仕組まれていた事だとすれば、ここがその舞台であり、今その計画が完成され様としているならば、首謀者は…教官です。」
何も知らされていないと言っておきながら、訓練の最終日のあの並々ならぬ期待感、アレが引っかかっていた。どうして僕に期待を寄せていたのか?
「いつその考えを思いついたの?」ジト目のレッドさん。
「参事官が『スパイ』という言葉を使った時です。眷属がどこにでもいるというのなら、C対策班にいたっておかしくない。イエローさんの声を聞いた瞬間、それは確信に変わりました。」僕の人生設計が脆くも崩れ去った瞬間でもあるが、その件については後で泣くとしよう…。
「全てがあの男の駒だったと…その考え方に従うとしたら、あんたは随分と毛色の違う駒に思えるんだけど、自分ではどういう役割だと?」
「僕は………運び屋です。パズルの最後のピースを運ぶ…。」僕がここに来るまでにお膳立ては全て整っていたのだ。後は無知なる者が来るのをただ待っているだけで良かった…。
「エレベーターが降りてきます!」職員の誰かが報告する。新しく開いた画面にジャージ姿の男が映っている。相変わらず顔は死角になっていて判別がつかない。
「そそんなバカな!ぶ部外者は扉を開く事もできないんだぞ!」まだパニクっている参事官。
「マテリアルルームでイエローが操作しているのね。という事は突入した連中も…。」レッドが唇を噛み締めている。
パズルのピースが揃い、それをはめ込む者がやって来る。もう終わりなのか?なんだか現実味を感じられない。いや、それを言うなら僕自身、初めから現実味らしいモノを1ミリも感じていなかったんじゃないのか?内定が決まったあの時から。夢と現実の逆転。とても信じられない様な出来事の連続。
眷属も漂流者も確固たる信念に基づいて自分の立場を認識しているが、僕にはそれがない。
………いや。逆にそれが強みかもしれない。
僕自身が駒に、パズルのピースになりきれていないと考えれば…。
拠り所がない事が今の自分にはかえって自信になっている気がする。まだ打開する余地は残っているんじゃないか?
何かを吹っ切る様にレッドさんが顔をあげた。「参事官、108は解除しましょう。」
「何を言い出すんだ!」
「ピンクの推測が正しければ、この状況は敵の思う壷です。109に戻しましょう。」
「ならん!実力行使に対しては実力行使で迎え撃たなければ!」
「相手は『銀の鍵』を持っているんですよ!」
そう言えば僕が運んできた荷物が何なのか聞きそびれてたけど、今はやめとこう。てかこの先も聞かないでおこう。
「う~む、それでは狙撃の腕がある者を前線に配置しよう。それなら文句ないだろ?」頷くレッド。すぐさまテーブルの間を人員が入れ替わり、それが済むのを見計らったかの様に、エレベーターが到着を告げた。
一斉に緊張が走る。音もなく扉が開き、大荷物を抱えた男が出てきた。その風貌、立ち居振る舞い、間違いない。やはりあの人だった。三ヶ月間を共に過ごした人物………。
「長官っ!」
参事官とレッドが同時に驚きの声をあげた。
え?あ、いやいや、教官ですよ教官。
「長官…。」「なぜ、ここに…。」2人の驚愕ブリは今までにない程であった。そして僕の「おいてけぼり感」も今までにない程であった…。
「ここは私が作った施設だ。私がいて何か問題でも?」やっぱり教官だ。あの喋り方、野太い声、忘れようがない。
「あのー、あの人はですね、」言いかけた僕を参事官が手で制した。「君の言わんとしている事は判るんだが、違うんだよピンク。」血を吐くような声でこう言った。
「彼は内閣官房長官だ。」
ー続くー




