いつかこの日々を愛おしく思うでしょう
その日、僕は求婚された。
見目麗しい少女に。
夜の月明りに照らされた古城の上で。
「お願い。私と結婚して」
微かな震え声。
だけど、有無を言わさない雰囲気。
――まったく、自分勝手なんだから。
「ごめん。結婚する気はない」
だからあっさりと断る。
すると少女は目に涙を浮かべて問う。
「どうして!? どうして……あなた、私のこと好きなんでしょう!?」
「うん。大好きさ。君と結婚したいくらいに」
「ならなんで……!」
僕は首を振る。
少女が耐え切れずに泣き出した。
そんな小さな体を僕はそっと抱きしめる。
「私には……! 私にはもう時間がないのに……」
「僕はまだまだ生きるよ」
「短すぎるよ――! 私に比べたら」
分かっているよ。
吸血鬼である君は死ぬことも出来ずに永劫を生きる。
対する僕は限られた時間しか生きられない。
「お願い……愛しているのなら、その形を……少しでも長くその形が欲しいの」
「今は答えられない」
「なんで……どうしてなの……?」
君の言葉に僕は首を振る。
――言っていただろう?
君は永劫を生きた故に生物の感覚を失いつつあるって。
だから、きっと。
その焦燥も失望も――絶望さえも。
君は久方振りに感じるものなんだ。
ならば、今。
僕は君にそれを存分に楽しんでほしい。
僕は知っているよ。
吸血鬼である君は僕をいつでも眷属に出来るって。
望むなら永遠を共に生きることだって出来るって。
だけど、君はそれをしない。
それは僕を愛しているが故だ。
……そして、今感じているその苦しみも。
僕は心に決めていた。
今際の際に君の眷属になることを。
君に眷属にしてもらうことを。
これはハッピーエンドが確定してる物語なんだ。
だから、君は道中の苦しみを存分に楽しんでほしい。
だって、いつか君は――いや、僕らはこの日々さえも懐かしむことが出来るだろうから。
共に永遠を生きる中で。
きっと。
――数十年後。
君と同じく不老不死となった僕は『ネタばらし』の末、死なないことを良い事にボコボコにされることになるのだが、それはまた別の話だ。