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熔解

作者: 東都エリ

 太陽が溶けている。


 夕日が海に沈む様子をそう表現したのは、友人の鹿島だった。


 えらくロマンチックな言い回しだなとそのときの僕は感心した。


 けれど、よく考えればおかしな話だった。

 鹿島はそんなふうに言葉を飾るようなヤツではなかった。お調子者で、単細胞。ハッキリ言ってしまえば馬鹿だった。ロマンスのへったくれもないヤツだったから、仮に僕がそんな言葉を口にすれば大口を開けて馬鹿にしただろう。


 だから、その日の鹿島は普段と違って見えた。物憂げな表情で黄昏る姿は切なさを感じさせた。普段とは違う鹿島が、一人だけ大人になったような気がしたのだ。


 僕は鹿島を小馬鹿にすることもできず、細波の音を聴きながら、溶ける夕日を眺めていた。


「なあ、地平線の先には何があるんだ」


 ふと、鹿島が聞いた。僕はさあと答えて世界地図を思い浮かべると「ペルーじゃない?」と言った。


「ペルーか」


 鹿島はペルーを知っているのだろうか。知らないでほしい。僕は願った。


「ならあの太陽はペルーに降るわけだ」

「どういうこと?」

「だって、太陽は溶けたんだから」

「……どういうこと?」


 僕は笑った。それと同時に安心した。鹿島もいつものように笑っていた。ペルーは東だ馬鹿。


「行きたいな」


 鹿島は赤く染まる地平線の先を見て、ポツリと言った。僕は何も言わなかった。


 その日から鹿島は消えた。


 家に帰った様子もなく、警察や街中の人が探したが未だに見つからない。防犯カメラにも映らず、まるで波に攫われる砂のように姿を消したのだ。


 よもや本当にペルーに行ったんじゃないのか。そしてペルーで溶けた太陽を探し回っている。そんな妄想を時折していた。


 でも、少し前。海岸に片脚が流された。子どもの足だった。皮膚は大きく爛れて、表面は黒く焦げていた。海水に浸かっていたのに、高温で、煮立つように泡を吐いていた。


 鹿島の母はその脚が履く靴を見て、息子が帰ってきたと泣いていた。それから彼女は片脚と暮らしている。警察から引き取ったのだとか。


 真っ黒な炭のような脚に我が子のように声をかける姿を僕も見た。アレが鹿島だとは思えなかった。


「でも上半身は何処にあるのだろう」


 おかしくなったのは鹿島の母だけではなかった。脚の見つかった海岸でも不可思議なことが起きる。


「夕焼けを見ていると触りたくなる」足首まで濡れた男が言った。


「体が熱い」腰まで濡れた女が言った。


「まるで溶岩だ」全身爛れた人が言った。


 僕らがいた砂浜は今は真新しい雪道のように綺麗になって、鹿島の足跡も消してしまった。


 だけど何故か。海に浸かれば会える気がするのだ。


 水面に揺らめく夕日は、まるで手を振っているように見えるから。


 あの赤い水平線の先で鹿島が手を振っているように。


「僕も行くよ」


 溶けた太陽を眺めながら僕は言った。

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