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僕の主治医は変な奴

 

 

 病院の屋上に佇む白衣を着た男が一人、紫煙をくゆらせて沈み行く夕日を眺めている。


 その瞳には、悲しみ、苦しみ、怒り、憤り、諦観が混沌と入り混じっている。


「・・・・・・・・・ふぅーーーー」


 吐き出した煙は風に流され何処へ行くのか。


 男の渦巻く感情には答えは出ているのか。


 それは男自身にも解らなく、他の誰もが答えを知らない。


 長く伸びる影法師。


 茜に染まるは瞳に映るすべての景色。


 山の奥にポツリと取り残されたかのような病院に活気はなく。


 ゆえに、屋上から見える景色もどこか色あせて見える。


 「・・・・・・・・・はぁーーーー」


 何度目かのため息は深く深く深い。


 足元には無数の吸殻が落ちていて、中にはほとんど吸われてない物も。


 いつまでも続くかのようなこのゆっくりとした時間。


 男はただただ佇み、写真に写っているかのように小さく見える街を見る。


 赤く赤く染まった街が、赤く赤く染まった山々が見える。


 ずっと、ずっと眺める。


 時間の経過と共に、茜色から薄暗く、徐々にだが確実に降りてくる夜の帳。


 それは男を悩ますものと同義の侵略者。


「・・・・・・・・・ちっ」


 最後まで吸って短くなった煙草を握りつぶし、歯噛みする。


 いまや空は街は屋上は赤く染まることはなく、夜の訪れに身を任せていた。


 ぽつぽつと灯り始める家の明かり、ビルの明かり、車の明かり。


 だが、男の望むものの先には明かりは、光はあるのか。


 なにを思うのか、手を虚空に伸ばし、届かぬであろう願いを掴もうと、さらに手を伸ばす。


 ・・・・・・だが、救いの手はなく、差し伸べた手は空を掻くだけ。


 もう片方の手に持っていた煙草をさらに握りつぶす。


 ギシギシと悲鳴を上げるのは拳。


 ワナワナと震えているのは肩。


 ギリギリと音を立てるのは歯。


 今にも泣き出しそうな顔をした男は、ふっ、と力を抜く。


 顔に浮かぶのは諦観にも似た諦め。


 頭を垂らしながら屋上から去ってゆく。


 カツ、カツ、カツ。


 虚しく響く靴の音は、まるで男を嗤っているかのよう。


 ギィーーーーーバッタンッッ。


 音が、響く、響く・・・、響く・・・・・・。


 人の気配が完全になくなった屋上に訪れたものは静寂。


 唯一動くものは、手すりに留まって羽を休めていた一羽の白き鳥。


 その瞳に映るのはまん丸なお月様。


 月を見上げて何を想う。


 バサバサバサ、バサバサバサ。


 白き鳥が飛び去った先にはなにがあるのだろうか。


 それは誰にもわからなく、誰もが知らない・・・・・・。


 カッチ、カッチ、カッチ。


 動き始めたのは時計。


 チックタック、チックタック。


 刻み始めたのは時間。


 敷かれた線路の上を走る君。


 逃げることも、止まることも、戻ることも許されない、予定調和の時間が今始った。


 逃げないで立ち向かえ。


 止まらないで突き進め。


 振り向かないで前を見ろ。 


 たとえそれが辛く哀しく、泣きそうでも、決して瞳をそらさず見届けて。


 それが君に出来る唯一のことだろうから。


 さあ、物語を始めよう。 


 少年と少女の話をしようーーーーーーー。    





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 瞼が重い。覚醒し始めた意識の中、微かに身じろぐ。


 シンッ・・・・・・・。


 硬質なまでに硬さを持つ空気、物音が一切しない場所に僕は寝ていた。


 体を動かすと布団の擦れる音とベットが軋む音がしたが、やはりそれ以外の音が聞こえない。


 重く、くっついてしまったかのような瞼を無理やりこじ開け、薄ぼんやりとしながらも景色をとらえた。


 しろ、シロ、白。見間違いようがない程の純白。


 白い天井に白いカーテン、窓の外には白く染まった雪景色。

 

 何の悪い冗談かと本気で思った。もしくは出来の悪い悪夢かと思いたかった。


 でも、徐々に正確に像を結んでいく視界に、四肢に感じる感覚は紛れもなく現実。


 どうしようもない位に暴力的な白に打ちのめされて、愕然としながらも、意識は完全に覚醒する。


 どうせ見る物全てが白ならば、僕自身の思考も真っ白で覆い尽くして欲しかった。


 そうすれば、今日もこの最悪の目覚めから開放されるというのに・・・。


 ガチャガチャと、耳元で楽器を打ち鳴らされているかのように、ズキズキと痛みが響く頭を押さえながら上体を起こす。

 

 気だるい。相も変わらず力の入らない四肢は無駄に重く、緩慢にしか動かない肉体に苛立ちは更に増す。


 僕こと近藤彼方(こんどうかなた)は中学3年生。


 受験シーズン突入真っ盛りのこの時期に入院をしてしまった不幸な少年だ。


 「はぁ~~~っ・・・・・・」


 溜息に吐いた息さえもが白く、コノ世界には白以外の色が無くなってしまったのかと錯覚しそうだ。


 身を起こしつつ、パジャマの上から腕を擦る。


 暖房の入っていない室内は寝起きの体には少々きついものがある。


 窓の外ではしんしんと降り積もる雪の結晶が舞い、混沌とした世界を覆いつくそうとたくらんでいた。


 恒例と化した暖冬の冬は何処に行ってしまったのか、僕が入院したとたんに降り止まない雪。


 過去に例を見ない程の記録的な大雪だそうだが、まったくもってタイミングが悪い。悪過ぎる。


 断言しよう、もしも神様がいるのならば、彼は絶対に意地悪で悪戯好きの子供だ。


 そうでもなきゃ、こんなに雪を降らせたりしないだろうに。


 雪合戦に雪ダルマ、雪雲と雪景色。雪のフルコースなんざ頼んじゃいないのに、次から次えと止めて欲しい。うんざりだ。


 そんなに雪が好きならどっか違う国にでも降らせればいい。


 ハワイにブラジル、アマゾンにフィリピン。選り取りみどりだ。


 もしくは砂漠にでも降らせれば、水も確保できて一石二鳥。


 暑すぎる気温も冷えて、ちょうど良い気温になること請け合い。


 そこでカキ氷なんぞを作って大儲けもいいかもしれないな。


 「てっ、何馬鹿なこと考えてんだ僕は・・・・・・」


 鈍く痛む頭をブンブンと振り、余計な思考を外に排除する。


 おかげでズキズキがガンガンにレベルアップしたが、ろくでもない考えは吹っ飛んだ。


 ベットの横にどけてあったテーブルの上にある水差しに手を伸ばし、冷たく冷え切っていた水を飲み干す。

 

 口内から入り込んだ冷水は食道を通り、胃に到着する感覚が心地よく、起き抜けの体によく沁みる。


 水を全て飲み干した頃には、頭痛も多少は治まり不満足ながらも体も動くようになってきていた。


 「チッース、コン吉起きてるかい?」


 いきなり部屋の扉が開いたかと思うと、やけに柄の悪い野郎が一人入ってきた。


 よろよろのシャツの上にこれまたよろよろの白衣を着込み、口にはパイポ、顎には無精髭。


 痩身の体躯は不健康的でありながら、根暗な雰囲気はなく、むしろ態度はどこかふてぶてしい。


 両手を白衣のポケットの中突っ込み、目つきも悪い。


 間違っても友達、もしくは知り合いにはなりたくないタイプ。


 それが俺めがけてズンズンと近づいてくる。


 僕は身の危険を感じ、先程飲み干して空になった水差しをそいつに向かって投げつけた。


 「グフッッッ!!!」


 突然のことに反応が遅れたのか、もしくはただ鈍くさいだけなのか、そのおっさんは見事に顎で水差しを受けていた。

 

 「いきなり人の病室に入り込んできて、何しようってんだよ」


 同じくテーブルの上に乗っかっていた辞書を手に持ち、威嚇しながら聞いてみる。


 「・・・・・・・・・」


 「・・・・・・・・・」


 「・・・・・・・・・」


 「・・・・・・・・・生きてる?」


 あまりの反応の無さに振り上げていた辞書をやや落とし、別のもの、ミカンをそいつの頭に落としてみた。

 

 「・・・・・・・・・」


 返事が無い、ただの屍のようだ。


 「こうして地球はまた少し綺麗になったのであった。続く」


 「続かねえぇぇぇぇぇぇ!!!」


 がばっといきなり起き上がったおっさんは涙目になりながら僕に襲いいかかろうとしていた。


 なので、僕は容赦なく再び辞書を命一杯高く持ち上げ、そいつの顎めがけて投擲した。


 「ザクッッッ!!!」


 今度は復活する前に止めを刺す。とりあえず、テーブルの上に在った物全部を連続して投げた。


 「ドムッッッ!!!」「ゲルッッッ!!!」「ググッッッ!!!」「ビックザムッッッ!!!」


 余すことなくすべて命中。一発当たるたびに上がる悲鳴。しかし・・・、


 「今のは悲鳴としてまずくない?」


 どれもこれも某ガンダムの、それも某ジオンの機体名ばかりだったような。


 著作権違法で捕まっても知りませんよ?


 「・・・・・・・・・オレも、・・・・・一瞬どうかと、思った・・・」


 「まだ生きてたか」


 「ギャンッッッ!!!」


 最後の仕上げにと取っておいたまな板をぶち当てると、男はピクピクと痙攣しながら、完全に逝ってしまった。

 少年少女が襲われる昨今、僕程度の年齢ではここまでやっても過剰防衛にはならないだろ。


 うんきっとそうだ。


 まな板なるものがテーブルの上に乗っかっていたのが少々謎だが、きっとこの時のためにあらかじめ用意していたものだろうと、都合のいいように解釈する。


 「なるほど、確かにそれっぽい悲鳴だな」


 やはりどこかで聞いたことのあるような固有名詞に聞こえた。


 たとえ聞いたことがあったとしても、頭に某を付ければ無問題。なはず。


 それよりも、この謎の男は一体何者だろうか?


 倒れている姿を見ながら考察を始める。


 1番 白衣を着ているので理科の先生  


 2番 白衣を着ているので物理の先生


 3番 白衣を着ているので変質者


 「・・・・・・三番かな」


 「どれもちっっがぁーーーーーう!!!」


 ガオーーーッ、と熊も真っ青で逃げ出す迫力で変質者が立ち上がった!


 「うわっ、復活するの早いな変質者!」


 「フフフフフ、オレは何度でも蘇る。たとえ肉体が骨になろうと灰になろうと、てっ、危ない!!!」


 ヒョイッと投擲された果物ナイフが変質者の白衣を切り裂き、白い壁に突き刺さる。


 よくよく考えると、先程のまな板とこれはセットだったようだ。


 謎が一つ解けて満足。でも、攻撃を回避されたのでやっぱ不満。


 「チッ、理科の教師のくせにすばしっこい奴」


 「死にますから、今の普通に当たったら死ぬから!ごめんなさい嘘つきました、実は不死身じゃありません!!と言うか理科の教員ですらねーーーーー!!!」

 

 「うるさい、物理の教師」


 「普通に考えろよ馬鹿・・・ごめんなさい。謝りますんでその手に持ったカッターを下ろして頂けないでしょうか?まともに会話も出来ないじゃないですか」


 丁度いいことに枕元にカッターなるものも在ったので次はそれを投げようとしたところ、物理の教師が正座をしてお願いしてくるので、仕方が為しに投げるのだけは勘弁した。


 確かに、この男が何を目的として俺の病室に乗り込んできたか分からない今、本人から直接聞いたほうが早そうだった。

 

 「で、見ず知らずのあんたは、此処に何しに来たんだ?」」


 「てっ、お前オレが分からんのか!ああ、カッターを振り上げないでください、ちょっと興奮しただけですので、はい」


 「そんなことはいいから早く」


 「はい、私めはこの病院の医師をしておりまして、恐れながらも近藤彼方様の主治医を担当しております、夢枕宗助と申します」


 「・・・・・・夢枕宗助」


 はて、どこかで聞いたことがあるような・・・。ぶっちゃけ、どうでもいいようなことだった気もするけど・・・・・・・・・。


 「やっぱどうでもいいや」


 「いや、よくねえだろ!もっとよく思い出せよ!てめぇの主治医やって・・・いると申し上げたはずですが」

 

 よしよし、早くも調教の結果が出始めているようだ。いい傾向だ。


 振り上げたナカッターをチャキチャキと伸ばしたり引っ込めたりしながら、これからどうしようか考えていると、パッといりもしない情報が蘇った。


 『新発売焼肉味風味飴玉豚も逃げ出すこの美味さ!』は、置いといて、もう一つの思い出した情報が、『夢枕宗助(ゆめまくらそうすけ)、性別オス、年齢二十後半、好きなものはメスで、いつもパイポを咥えている僕の主治医』


 「なんだ、ヤブ医者か。そうならそうと早く言えって」


 「さっきから言ってんだろうが!糞餓鬼・・・様が。うっう、私が何かしましたでしょうか、身に覚えがないのですよ」


 ヤブ医者と言ったのがよほど嬉しかったのか、感涙にむせび泣いていた。


 度し難い程のドMのようだ。頭の方もいい感じに飛んでいるようだったので、仕方なく質問に答えた。


 「今この場で呼吸してる」


 「オレに窒息しろと言うか!」


 「ううん、死んで欲しいの」


 「身も蓋も無い物言いで!!」


 「うるさいなぁ、何の用だよ。早く答えろって、もちろん息しないで」


 「物理的に無理ですよね、それって!!!」


 いい加減この漫才にも飽きてきたので、真面目に話を聞くことにする。


 正直、今のやり取りで肉体的に疲労が溜まってきていたのも理由の一つだ。


 疲れの溜まりやすいこの体にも苛付く。


 やっぱむしゃくしゃしていたので、もう少しだけ遊ぶ事にした。


 「しょうがないな、じゃあ呼吸していいから鼻と口ふさいで」


 「@$%#"#$&%#'%&|\*+!!!!・・・・・!!・・・・・・・・・・・・・」


 律儀にも両手を使い、鼻と口をふさぎながら喋ろうと努力していたが、息も吸えなければ吐けもしないこの状況で喋れるはずもなく、徐々に静かになる。


 意外と人間って、言葉が無くとも意思が伝え合えることを今日知った。


 彼はきっと今こう思っている『パトラッ○ュ、僕なんだか眠いや・・・』


 ほんと死ねばいいのに。


 「モガッッッーーーーー・・・・・・ガ・・・・・・・・・」


 最後の抵抗かなにか、唸りを上げるとぱたりと力尽き、相当苦しそうにしていた。


 三分後。夢枕が白目をむいてピクピクと痙攣を始めてから、命令を取り下げた。


 いくら僕でも自分の病室で人が死ぬのは勘弁して欲しかった。


 他の場所でなら願ったり叶ったりなのだが、本当に残念だ。ああ、残念だ。


 「はぁはぁはぁ・・・ほんとに、この糞餓鬼が・・・・・・いつか絶対に、泣かしちゃる」


 息も絶え絶えになりながら言われてもちっとも迫力が無く、僕はびくりともしない。


 逆に夢枕が泣いていた。本人曰く、目にゴミが入ったそうだが、明らかに本泣きとしか思えない。


 子供顔負けの豪快な泣きっぷりだった。


 「ごほっん、いい加減本題に入らせてもらうとだな、今日お前に会って欲しい子がいる」


 空気を入れ替えようと盛大に空咳をして誤魔化す。


 それでもまだ目が赤く充血しており、まったくもって取り繕えていない。


 「は?またかよ、これで何度目だ。僕はカウンセラーじゃないっての」


 どうやら夢枕の用事とは、僕に新しく入院してきた病人の相手をしろということらしい。


 以前にもこういったことが何度かあったが、そいつらは明らかに頭のおかしい連中だった。


 そんなやつらの同類と、また会わせようとたくらんでいるのかこの男は。


 腕がヤブなだけではなく、思考回路も逝ってしまっているようだ。


 ・・・・・・この病院から転院したくなってきた。


 「そう言うなって、これもお前の治療に繋がるかも知れないんだぞ?上手くいけばその子も早く退院できるかもしれないし、お前だって回復が早くなるかもでとてもお得なプランだ」


 「前もそう言ったよなヤブ、患者を治すのはあんたの領域だろうが、僕に仕事を回すなよ」


 半ば以上本気で言ったので、声の質から嫌がっているのを悟ったのか、夢枕が言葉を続ける。


 「そう連れないこと言うなって。コン吉は今のうちからその人見知りを何とかした方がいい。病気が治って学校に戻るときに、少しは会話できるようになってないとまた孤立しちまうぞ」

 

 「それとこれとは話が別だろ」


 またどうでもいい話を持ってきたもんだ。


 確かに僕は初めて会った人間には自分から話しかけたりしないし、例え出会ったのが知り合いだとしても用がなければ例外ではない。


 僕から言わせれば、用もないのによくそんなに話題が出せるもんだ。


 そんなことをいつも考えているせいか、ペチャクチャとどうでもいいことに花を咲かせ、他人を罵り罵倒するのが当然だと思っているクラスの奴らとは折り合いが悪い。


 やれ、あいつは空気が読めなくてウザいとか、あの子は可愛いいふりしててムカつく。


 いい加減にしろ。お前らはそんなに偉いのか。他人を罵る前に自分をなんとかしろよと思う連中ばかりだ。


 会話なんてしなくても、必要最低限の意思疎通さえ出来れば生きていくのにはなんら支障はないわけで、今更夢枕にそのことを指摘されても、直そうとは微塵も思わなかった。 


 「まあまあ、そこを曲げてなんとか頼むよ。幸い相手方はお前と同い年でえらいカワイコちゃんだぞ。俺がもっと若かったら絶対に手を出しているねありゃ。ん、何してんのコン吉?」


 「いや、将来起こりそうな事件の芽を紡ごうと思って110番に電話してるとこ。あ、もしもし、今ここにロリコンの変質者がいるんですけど、場所は・・・」


 正確な場所と犯人の特徴を詳しく教えようとしたところで、夢枕が高速で俺の手から携帯を奪い取り、通話を切ってしまった。


 疾風迅雷と呼んで字が如くの神速に、不覚にも驚いてしまった。


 でも、いきなり動いたからか、肩で息をしてかなり辛そうだ。やっぱただの馬鹿か。


 「なんだよ、準備運動も無しにそんな動きしたら体に毒だぞ」


 「はぁはぁ。いや、そもそもお前が元凶だろ!なに110番に通報なぞしてんのかねコン吉は」

  

 「だってさ、明らかに今現在ハァハァしている性犯罪者予備軍、むしろ教祖クラスの変態がここにいるのに、通報しないのはおかしいだろ?」

 

 「さも当然そうな顔で言うなよ!まったく、勘弁してくれ、少しはオレに懐けって」

 

 「無理」「返答速いなおい!もう少し考えろ」


 「無茶」「思考する程度も駄目なのか!」


 「無謀」「俺にどうしろと!!??」


 「死ねばいいじゃない」


 「こういうときだけ反応速いのな、お前は・・・・・・」


 がっくりと力無くうなだれ、嘆息している夢枕。


 ベットの上からだとちょうど無防備な後頭部が見え、どうにか出来てしまえそうである。


 左手のカッターでしとめるか、右手の携帯電話で通報するか、悩むところだ。


 考えている最中。ナニかを察したのか夢枕ががばっと、顔を上げ目が合う。

 「・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 嫌な空気が流れ、正に一触即発の状態。


 お互いの背後に『ゴゴゴゴゴゴゴッ』と、なにか動物のシルエットが浮かんでもおかしくなさそうだ。


 ちなみに、夢枕が蛙だとしたら俺は蛇・・・・・・蛇=蛙食べる・・・・・・食ってるところを想像したら吐き気がしてきた。


「・・・・・・分かった、もうなにも言わない。オレは他の患者のところに行くからな、飯だけはちゃんと食っとけよ」


「さっさといけばいいじゃないか」


「・・・・・・ふ、ふん。こんなところ二度ときてやらないんだからね!」


 最後に気持ちの悪いことを言い残して、夢枕は去っていった。


 ガチャンと閉まった扉。騒がしい奴がいなくなった病室はまた、シンッ・・・・・・と静かになった。


 起きたばかりの頃とは違って、空気がどこか丸くなっているように感じられるのは気のせいだろうか。


 まあ、百歩譲って夢枕のおかげというならば、そのことだけは感謝してやっても良いかもしれない。


 とりあえず、膝までかかっていた布団を押しのけ、ベットの横に添えて置いといたスリッパを履く。


 その際に、病室に散乱していた物は全部部屋の隅に蹴飛ばし、後で夢枕にでも掃除させればいいだろうと当たりを付け、綺麗に?片付け、朝食が乗ったトレイを取りに廊下に出る。


 ひんやりとした廊下は直線的に広がり、病室の扉が規則正しく並んでいる。


 ここの景色も白い。病院とは何故こうも病気的に白色に染め上げるのだろうか?


 肉体的には回復に向かったとして、精神的にこうも圧迫されてしまっては、逆に体に悪いような気がする。本末転倒も甚だしい。


 最近建てられたばかりの病院などは、色彩心理学などの要因も取り入れ、暖色等の色合いを基調とした造りになっているらしい。


 さぞこの病院とはかけ離れた色合いの建物なのだろう。


 俺も出来ればそんな病院に入院し、心安らかに一足早い冬休みを満喫したかった。


 しかし、現実は厳しく、はっきりいってここに比べたら、学校の無機質な校舎のほうが色合いが鮮やかだ。

 

 茶色い机に黒板。外を見れば砂色の校庭に、桜の木々。


 ここに在るのは白。在ったとしてもねずみ色のテーブル。


 執拗なまでに単色しかない世界は、自身の視覚能力を疑いたくなるほどだ。


 断言させてもらおう。ここにいる医者や看護士は気が狂っている。


 そうでもなけりゃ、毎日こんな場所で平気に仕事などやっていられようはずもなく、夢枕なるキ○ガイ野郎が跋扈していることもないはずだ。


 「はぁ・・・・・・なんでまた入院なんかしてんだか」


 僕は小さい頃にも今と同じような季節に入院したことがあった。


 しかも、今回のはそのときと同じ病気で、更にパワーアップして帰ってきたそうだ。


 問題のある部分が脳内で、何でも通常じゃ在り得ないほどの大きさの腫瘍が見つかったらしく、今こうして歩き回っているのは奇跡的らしい。


 とはいえ、僕には自覚症状はまるで無かった。


 病状と呼べるようなものは、ときたま視界に白いもやがかかったようになったり、悪寒や気持ちが悪くなったりと、どれも日常生活に異常をきたすほどのものではなく、軽い貧血なのかと思っていたからだ。


 それに、今もなおそれほどの症状はでていない。


 なのに、家の親馬鹿両親は半ば無理やり息子を入院させ、副作用満載の薬を強制させる。


 あの二人を心配させるのは不本意なのである程度おとなしくしており、素直に飲みたくもない薬をきちんと飲んでもいる。


 おかげで体中が気だるく、普段よりも熱っぽい。


 早いところ手術でも何でもして、退院したいが話はそう簡単ではない。


 何しろ相手は脳内の奥深くに根付いている。検査やら手術の方法やら、俺の体調管理だとかなんやらでがんじがらめにさせられている。


 手術は早くても一ヶ月。長くて半年にまで伸びるそうだ。


 その間の入院費はもちろん親が支払う。病院様は楽して入院費を稼げるって寸法。


 ぼろい商売だ。まあ、長期入院ともなると、保険なども効いて多少は安くなるらしい。


 たとえそれが雀の涙ほどの額だとしても、安くならないよりはましだ。


 せいぜい入院している間は暴れまわって、元でも取ろうと我策している今日この頃であった。


 


 


 

 

 

 

 


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