第57話
南館は庭園を通り過ぎ、本館からは更に奥まった場所に建っていた。
王族の城の敷地内に建っているにも関わらず、櫓には兵が詰めており、不審者を見逃すまいと目を光らせている。
王族が過ごす場所ということもあり、本館にも負けずとも劣らない警備体制となっていた。
そんな青色の屋根を頂く南館は、今ではオレンジ色に照らされている。
もう、日が暮れようとしているのだ。
……思えば、今日は朝から私、動きっぱなしですわね。
ユーリックブレヒトから離婚を切り出され、故郷のミルレンノーラ共和国へ帰ろうと駅まで馬車で向かった。
そこでスローからアシュとユーリックブレヒトの危機を伝えられ、すぐにハーバリスト公爵家まで戻ってきた。
それからこの城に乗り込んで、ラルヴァ男爵と、そしてアシュの実の父親であるグルスドレーラーとの邂逅。
更に地下の牢屋に捕らえられているユーリックブレヒトからは、アシュを連れて国外に逃げるように言われた。
そしてそれを拒否し、ユーリックブレヒトの裁判に乗り込むため、彼との夫婦関係を続けれるようスローがつけてくれた道を進んでいるのが、今ということになる。
……そりゃ、太陽だって傾く時間になりますわよ。
夕日に照らされながら、私、ソルヒ、そしてショルミーズの三人は、南館の中へと入っていく。
南館の中も窓から差し込んだオレンジ色の光で、床に敷かれた赤い絨毯が更に朱色に染められていた。
それを真っ直ぐ歩く私の隣にショルミーズがやってきて、耳打ちをする。
「これからお会い頂く方のお名前ですが、ハイニクト・レクザイアー第二十三王子となります」
「……継承権が五十番以内どころか、三十番以内ですの?」
クロッペンフーデ大王国の継承権の序列は、王子や王女の前につく第◯◯(マルマル)で決まる。
そしてその第◯◯は百の位がつくことも珍しくなく、五十以内であれば過半数よりも上の方で、たとえ公爵であったとしても簡単に謁見出来る機械など与えられることはない。
……それが、三十以内ですって?
「かなりの大物ですわね」
「それだけ、グルクルトス教がクロッペンフーデ大王国に与える影響力も大きい、ってことですかねー」
ソルヒの言葉に、ショルミーズが神妙な顔をして頷いた。
「入信したきっかけがきっかけだったとしても、王族にはメンツがあります。奥様、くれぐれも、くれぐれもハイニクト第二十三王子の神経を逆撫でるようなことはなさいませんように」
「……失礼ですわね。人を何だと思っておりますの? それぐらい分かっておりますわよ」
「いやー、でもあの旦那様の意見をぜーんぶ突っぱねる所を見ちまった後だと、どーにもしんぴょーせーが薄くなりますよ」
「あ、あれは相手がユーリックブレヒトだったからですわよっ」
大声が出せないので小声で抗議するが、ショルミーズも本当に大丈夫かな? という表情を浮かべている。
……私、普段から使用人たちにどの様に見られてますの?
確かに、嫁いできた時にはアシュとぶつかったり、ユーリックブレヒトとも真っ向から向かい合ったりもした。
しかし、社交界デビューした時もアシュを守るために神経を尖らせたり、アーングレフ公爵が結婚式に乗り込んできた時も反抗しつつ、ユーリックブレヒトと同盟を結んで愛する息子を守ろうとしてきた。
そしてオスコやトデンダーがラルヴァ男爵と共謀してアシュを連れ去った時には、ユーリックブレヒトに知らせずにソルヒやショルミーズの力を借りて誘拐犯のアジトに乗り込んだりもした。
……って、結構やってることが武闘派ですわね、私。
これからは自重しなければ、と思うものの、きっとアシュのためなら私はなりふり構わない行動に出るだろう。
愛する家族の危機を目の前にして、何も行動しないなんて、それこそ私としてあり得ない。
そう思っている間に、ショルミーズの足が止まる。
ここが、ハイニクト第二十三王子の部屋なのだろう。
深呼吸した後、目の前の扉をノックする。
すると、扉の向こうからくぐもった声が聞こえてきた。
『入りたまえ』
「失礼いたしますわ」
そう言って私は、扉を開く。
重厚な扉がきしみを上げながら、しかし重さを全く感じさせることなく、開かれた。
部屋の中には、アンティークの机や椅子が並べられている。
壁には絵画がかけられており、天井にはシャンデリアが設えられていた。
豪華絢爛でありながら、しかしけばけばしさはなく、それでいて厳かという、不思議な部屋だった。
そんな部屋の中に、一人の巌のような男が立っている。
アシュと同じく菫色の瞳に、口ひげと同じく漆黒の髪を持つ彼こそが、私とユーリックブレヒトの結婚を継続させるための鍵を握っている人物だ。
そんなハイニクト第二十三王子に向かって、私は一礼をした。
「お初にお目にかかります、ハイニクト第二十三王子。私、セラ・ハーバリストと申します」
「ハーバリスト? ああ、アシュバルムがいるユーリックブレヒト公爵にあてがった娘か」
そう言った後ハイニクト第二十三王子は、訝しげに首を傾げる。
「だが、あやつとの結婚関係は明日で解消するという話だったが? もしや、それが十八幸座のお一人から賜った予言に関係するのか?」
「ご明察ですわ、王子」
人をモノ扱いするかのような物言いには一言物申したかったが、ショルミーズから釘を差されているのでここでは自重する。
まずは用件を済ませるのが先だと思い、茶番だと思いながらも私は口を開く。
「グルクルトス教の十八幸座のお一人であらせられるスロー・リルム・フロブス・シャクローデー・ブリン・ケフェーン第十二幸座様より、私宛にお言葉を頂いております」
その言葉に、ハイニクト第二十三王子の瞳が鋭く光る。
「私の所まで話を持ってきたということは、全くの虚言というわけではないのだろうが、すぐにそれを信じろと言われても難しいのは、貴様も理解しているな?」
「もちろんでございます。その証に、こちらを御覧ください」
そう言って私は、胸元から白色のペンダントを取り出した。
それを見て、ハイニクト第二十三王子の目が見開かれる。
「そ、それは確かにスロー・リルム・フロブス・シャクローデー・ブリン・ケフェーン第十二幸座様が直接御座しになられる二つ十字! 何故それをお前のようなものが持っているのだっ!」
……お前のようなものって、もう少し言い方ってものがあるでしょうに。
その言葉を飲み込んで、私はスローと出会ったきっかけについてハイニクト第二十三王子に話した。
私の話を聞き終えた王子は、唸るように口ひげをなでながら、腕を組む。
「なるほど。アシュバルムの件が関係していたわけか」
「そうです。あの子と、私の夫であるユーリックブレヒトの危機を彼女は教えてくださったのです。だから私はあのお方の助言に従い、舞い戻ってきたのです」
そう言うとハイニクト第二十三王子は、私から背後に控えるショルミーズへと向けられる。
「貴様は、確かピクサーリーフ幸国の出身だったな?」




