第56話
私の言葉を聞いたユーリックブレヒトは、関心したような、そして呆れたような表情を浮かべる。
そして表情を柔らかくした後、口を開いた。
「先ほど俺は、君が俺との離婚を覆そうとしていると知り、驚かされてきた極め付きだと言ったが、まさかこんなにすぐにそれが更新されるとは思わなかった」
「私だって、驚いておりますわ。スローさんが第十二幸座という事は知識として知っておりましたけれど、まさかこの国の王族の意思決定を覆せるほどの力を持っているとは、夢にも思いませんでしたもの」
苦笑いを浮かべる私に向かって、ユーリックブレヒトが言葉を紡ぐ。
「だがセラのおかげで、不可能だと思えた俺の裁判に、君が参加出来る様になった。本当に、君は凄い人だ」
「……違いますわ。凄いというのであれば、アシュの方です」
スローとサーカスの席で隣同士になったのは、全くの偶然だ。
しかし、その偶然から彼女たち夫婦と知り合い、そして仲良くなれるきっかけを作ったのは、愛する息子だ。
アシュがはしゃいで席を倒してしまいそうになり、それを隣の席のスローが受け止めてくれた。
全ては、それがきっかけだった。
更に彼女の息子のグラルがアシュの一つ年下で、彼がアシュと一緒にサーカスを観たがったので、二人は隣の席になった。
そこには、打算や策謀といった後ろ暗い考えは僅かばかりも含まれてはいない。
全て、アシュがアシュとして振る舞っただけだ。
だから――
「だから、私とあなたがまだ夫婦を続けられるというのなら、それは他でもない、愛するアシュのおかげです。あの子がいたからスローさんも私に助言を下さり、そして全てが手遅れになる前に私が間に合ったのですから」
「……そうか。そうだったな」
そう言うとユーリックブレヒトは、改めて姿勢を正し、私と向き合う。
「セラ、頼む。俺の裁判に出て欲しい」
「……何を言ってますの? 最初から言われなくても、そう言っているではありませんの」
「わかっている。だが、俺なりのケジメだ。君が裁判に出てくれるのなら、全く逆転の芽がないわけではないからな」
「そうですわね。これで、ラルヴァ男爵がボロを出してくださるといいのですけれど」
「いや、それ以外にも、あいつをこの裁判に引きずり込むのは、俺では不可能だからな」
「あいつ? それは、一体――」
「奥様、上から人が降りてくるみたいです」
ショルミーズの言葉を聞いて、私は胸元のペンダントをしまい、ユーリックブレヒトは一歩後ろに下がる。
「もう、行くといい。どこからか君が俺の裁判に参加する、という話が漏れてラルヴァ男爵の耳に入る可能性もあるが、その時間はなるべく遅くするに越したことはない。そしてその時間を稼ぐためには、その事を知っている人が少なければ少ないほどいいだろう」
「わかっておりますわ」
「いきましょー、奥様」
ソルヒに呼ばれ、私は階段の方へ体を向け、そしてすぐに牢の方へと顔を向ける。
「それでは、次に会うのは裁判の時に」
「ああ。体調には気をつけろ。それと裁判当日、ラルヴァ男爵が誰を証人に連れてきても動揺するな」
「証人?」
「奥様、急いで!」
ユーリックブレヒトの言葉に疑問が残る所はあったものの、私はすぐにショルミーズの言葉に従ってソルヒとともに階段を登っていく。
途中ユーリックブレヒトの様子を見に来た憲兵とすれ違いながら、私はショルミーズに小声で話しかけた。
「王族と話すと言っても、すぐに私の話を聞いてくださいますかしら?」
「恐らく、そこまで待たされることはないでしょう。グルクルトス教の教徒である王族の方を何名か知っているので、十八幸座のお一人から予言を承った事を伝えれば、すぐにお時間を作ってくれるはずです」
「だったらー、すぐにむかおーぜ。なんたってここは王族のお城なんだからさー」
ソルヒの言葉に、ショルミーズは頷く。
そして彼は、城の庭の方へと足を向けた。
ショルミーズの後ろをソルヒと歩きながら、私は疑問を口にする。
「ショルミーズ。どうして庭に向かいますの?」
「この時間なら、知り合いがこの城の庭の手入れをしているはずなんです。だから知り合いから、この城に残っている王族の情報を手に入れようと思いまして」
「それでどの王族に話を持っていくか決めようと、そういうことですわね」
「そうです」
話している間に、庭に到着する。
流石王族の庭だけあって、どの植物たちも瑞々しく、そして青々と茂っている。
花は彩りよく咲き誇り、この庭で働いている庭師たちの努力がうかがえた。
「それでは、私は知り合いに話を聞いてくるので、お嬢様たちはこちらでお待ち下さい」
そう言って、ショルミーズは私とソルヒを置いて、庭園へと向かっていく。
過ぎ去る彼の背中を見送っていると、そばにいたはずのソルヒの姿が見当たらない事に気がついた。
すぐに辺りを見渡すと、すぐにツインテール姿の頭を見つけることが出来た。
しゃがみこんだソルヒに近づき、彼女に声を掛ける。
「何をやっているんですの? ソルヒ」
「いやー、ちょっと有毒植物を見つけたもんでー」
「ど、毒ですって!」
聞こえてきた物騒な声に、私は思わず身構える。
だが、ソルヒが毒だと言った植物を彼女が平然と触っているのを見て、私は更に驚いた。
「ちょっとそれ、触っても大丈夫なものなんですの?」
「だいじょーぶですよ、奥様。口にしなきゃ、こいつの毒は体内には入りませんからねー」
そう言ってソルヒは、美しく咲いた花を撫でる。
「逆に口にすると、激しー嘔吐やめまいに見舞われて、最悪しぼーします。きれいな花なんで観賞用としてよく育てられてますが、間違って口にした日にゃー、さっき申し上げたようなしょーじょーが現れて、って感じですねー」
「……毒を持つ花も、観賞用として育てたりするのね」
そうした私の言葉を聞いて、ソルヒが苦笑いを浮かべる。
「毒にするにも薬にするにも、そーゆーのは、ぜーんぶ人間側のつごーですからねー。植物は、ただあるがまま咲いてるだけですから」
「あるがまま、ね」
ソルヒの言っていることはわかるし、事実そうなのだと思う。
しかし、毒があると聞いてしまうと、先程までは美しい花の一つだと思っていたそれが、今ではどうにも禍々しいものに見えてしまって仕方がない。
……そう思うのは、ソルヒが言っていた、人間の私側の都合なだけですのにね。
しかし、こんな所に有毒植物が生えているとは思いもしなかった。
きっと自分が知らないだけで、毒を持った植物というのは案外自分の近くにごく当たり前に生えているのかもしれない。
そう思っていると、ソルヒが立ち上がる。
それにあわせるように、ちょうどショルミーズが戻ってきた。
「どーだった? ショルミーズ。グルクルトス教ににゅーしんしている王族はこの城に残ってるのか?」
「うん。なんとか見つけることが出来たよ。その方は今は南館の自室にいらっしゃるみたいだから、これから向かいましょう」
「わかりましたわ」
「それじゃーいそごーぜ!」
その言葉に頷くと、私たちは南館に向かって歩き出した。




