婚約相手は「婚約破棄する!」と言い出せません……。
私は前世で、乙女ゲーム「悪役令嬢アレエ様!」のヲタクだった。全クリはもちろん、追加コンテンツも購入したし、イベントにも参加した。最推しは、主人公アレエ様がいじめてる、妹のユリエッタ。語ると長くなるが、エグいくらい可愛い。中身もキャラデザも声も完璧で、おまけに……(略)
そんな「悪役令嬢アレエ様!」の主人公アレエに転生して早二年。初めは興奮していたが、まあ二年も居続けると慣れてくるものだ。しかし、この二年が節目の年であることを、「悪役令嬢アレエ様!」全クリ勢、すなわち私(前世:佐藤葉那子)は知っている。
そう、このゲームの中での最大のイベント、「婚約破棄」が今日、待ち受けているのだ……! が、しかし、正直なところ、そのイベントが普通に迎えられるのか、疑問だった。というのも、私はアレエに転生してからというもの、悪役令嬢っぽいことをしていない。メタいが、いわゆるゲームの仕様というものに反抗して生きてきたのである。
悪役令嬢として転生してから、何だか人をいじめたくなる衝動に駆られるようになったが……ユリエッタちゃん推しの私が、彼女をいじめられるわけがない。ユリエッタちゃんに限ったことではなく、このゲームのキャラクターはみんな好きだし、前世でヲタクをしていた私の正義感が、その意志が、「いじめてはいけない!」と、「悪役なぞになるものか!」と、言うのだ。
その結果どうなったかと言うと、本来嫌われものになるはずだったアレエが、周囲の人達と仲良くなり始めた。普通の令嬢、なんなら前世が庶民だったために、親しみやすい令嬢になってしまった。
例えば、本来悪役令嬢アレエのいじめの標的であり、真エンディングではアレエを断罪するはずの妹ユリエッタと、しょっちゅうお茶会しちゃってる。目がデカくて、すんごい可愛くて、おまけに話が面白い。そりゃあ、アレエ様が嫉妬するわけだわぁ……と感じる。
ゲームの仕様に反抗して生活するようになって、個人的には、推したちと仲良く出来て嬉しい。ただ、自分って悪役令嬢感がないかな……って思ってしまうことはある。もはやゲームとして破綻しているのでは……みたいな? ほのぼのゲー厶になっちゃってるよね……みたいな?
だから、ヲタクとしての私が許容できる範囲で、ゲームの仕様に従うようにしている。
ユリエッタちゃんとお茶会しているときも、ティーカップを手にする時に小指が上がってしまうというゲームの仕様には従っている。ちなみにユリエッタちゃんも小指が上がっちゃってる。可愛い。マジで可愛い。妹にしたいくらい。妹だけど。
まあ、そういう中での「婚約破棄」イベント当日。
私はルイタ様に、書斎に来るよう言われた。
もちろん、一応の覚悟はしていた。私は前世の記憶があるからこそゲームの仕様に抗えるが、なんたって婚約者のルイタ様はもとよりゲーム内の人だ。ゲームのプロセスに従って、その重要イベントを遂行するに違いない。それはもう仕方がないことだと、割り切っていた。それでも、書斎で黙々と書物を読んでいるルイタ様の凛とした背中を見て、私は胸がきゅっと締め付けられる思いがした。
(もう、この人とは一緒に居られないんだな……)
喉を突いて出たため息にルイタ様は驚き、こちらを振り向く。
「アレエ! 居たのか!」
「あ……ええ。今来たところです」
「そうか。少し、話があって」
来た。ゲームでは次の瞬間に、ズバッと「婚約破棄する!」と言うところ。ユリエッタ視点で見ていると、スカッとする場面なのだが……今はちょっと、切ない。
「アレエ……あのな……」
「はい」
ルイタ様はぎこちなく立ち上がり、私の元に近付いてくる。
「婚約を……」
「……はい?」
「婚約を……だな」
いつもは目を合わせて話をしてくれるルイタ様が、びっくりするぐらい目を泳がせている。この時点で、私の頭の中に、一つの可能性が過った。
(ルイタ様、ゲームの仕様に抗おうとしてる……?)
婚約破棄する! と、ズバッと言えないということは、ゲームの仕様に反して、私と婚約したままが良いという気持ちが、少なからずはある……ということ。ゲームとしてはいよいよ破綻してしまっているが……正直、嬉しすぎる。嬉しすぎて、唇がヘニョヘニョしてしまう。私はニヤつきを堪らえようと唇を噛み締め、彼の声に耳を傾けた。
「婚約……」
「はい」
「婚約ハッキ……」
(噛んだあぁぁぁぁあ……!)
ついヲタクが出てきて、叫びそうになる。興奮を抑えきれないまま私は前のめりになって、可愛すぎるルイタ様に詰め寄った。
「はっき? 発揮しちゃうんですか? 婚約発揮しちゃったらそれはもう……ふ、ふふふふ」
「わかったから! 違うから! 言い間違えだから!」
顔を真っ赤にさせて叫ぶルイタ様だったが、一度深呼吸をして落ち着きを取り戻した途端、スンと真面目な表情になる。
「アレエ」
「あ、はい」
「お前は大変物知りらしいな。東洋の言葉をよく知っているとか」
「東洋……ああ、まぁ、そうですね」
私はジェットコースターのような話の展開に置いてかれ、取り敢えず相槌を打つ。が、しかし……。
「ユリエッタから、色々聞いた」
「へえ。妹からですか……え、妹からあぁぁあ!?」
ヤバい。ヤバすぎる。
ユリエッタちゃんに教えた言葉なんて、あれとかあれとか、ヲタク欲求を満たすための言葉しか……!
「その……だから……」
「……は、はい!」
「私はアレエと、もうしばらくの間……ハナコスキを言い合いたいと思っているのだが……お前は……その……どうだ?」
「はあああ! ルイタ様っ……!」
ユリエッタちゃんに『ハナコスキ』という言葉が『おはよう』という意味だと嘘を吐き、度々「葉那子好き」と彼女に言わせていたツケがここで回ってくるとは思ってもいなかったけど……「ハナコスキ」をルイタ様と言い合っている自分を想像して既に恥ずかしいのと、ルイタ様が「婚約を破棄する」と言えない可愛さとで、私は多分、顔が真っ赤になっている。
こうして葉那子は推し変しましたとさ……。
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