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異世界系短編集

悪役令嬢になりたくないので地味令嬢に変装したら婚約者から付きまとわれて困っています。

作者: 槙村まき

「あの、困ります。こんなところで」


 リシェリアは顔面を蒼白にしていた。

 数センチ先には眉目秀麗な顔がある。さらさらとした金髪はまるで金糸のようで、瞳は淡いエメラルドの輝きを秘めている。

 

「……いつも、君が逃げようとするから」


 ルーカスはどこか儚げな面持ちで囁くように言った。

 彼は本棚に手をついて、リシェリアが逃げられなようにしている。

 つまり壁ドン――のようなものだ。


「あの、その人目がありますし、普通にしていただけませんか?」

「……逃げない?」


 リシェリアは目を伏せて、首を縦に振る。


「わかった」


 そしてルーカスの手がどけられた途端、彼女は一目散にその場から逃げ出した。


「す、すみません。予定がありまして!!」



 ◇◆◇



 乙女ゲーム『ささやかな物語』の世界に転生したことに気づいたのは、リシェリアが五歳の時だった。

 『ささやかな物語』は平民出身のヒロインが、貴族たちの通う学園に通い、王太子や高位貴族の令息たちと愛を育んでいくよくある乙女ゲームのひとつだ。

 題名の通りささやかな日々を過ごして、最終的にひとりの攻略者と結ばれるゲームなのだけれど、そんな『ささやかな物語』にもヒロインを嫌悪する嫌われ者の悪役令嬢がいた。

 公爵家の愛娘――リシェリア。

 彼女は幼少のころから王太子の婚約者として、未来の王太子妃になるために日々勉学に励んできた。

 そんなリシェリアの平穏な日々に亀裂に入ったのは、学園に入学してすぐのことだった。

 リシェリアの婚約者――ルーカスは、『氷の王太子』と呼ばれていた。彼は張りついたような冷たい眼差しに、ピクリともしない表情筋の、無表情なキャラだ。

 『氷の王太子』ルートでは、ヒロインの暖かさが、他人に心を開くことのないルーカスの凍りついた心を優しく解かしていく。だがそんなヒロインに、王太子の婚約者であるリシェリアはひどく嫉妬して、彼らの平穏を脅かした。

 リシェリアの取り巻きによるいじめなんて生易しいものだ。暗殺者を雇ってヒロインを暗殺を企てたり、しまいには自分に心を開くことなく冷たい眼差しを向け続ける王太子のルーカスに向かって、ナイフを持ち出したことが彼女の人生を終わらせた。

 王太子暗殺を企てた大罪人として、リシェリアは一族郎党処刑されることになる。


 ――そう、処刑されるのだ。

 そんなことを、リシェリアは五歳の時に前世の記憶と共に思い出した。

 よりにもよって王太子のルーカスと初の顔合わせの日に。


 前世で若くして亡くなったのに、転生してからも若くして死ぬのはぜったいに嫌だ。


 それからのリシェリアは日々努力した。

 派手な髪色を黒いウィッグで隠し、貴族令嬢としてあるまじき黒ぶちで分厚い眼鏡を掛けることにより、地味に地味で地味な令嬢として、目立たないように学園生活を過ごしていくつもりだったのに。


 リシェリアの地味な学園生活は、あろうことか婚約者のルーカスによって、壊されようとしていた。



 ◇◆◇



「ヒロインが現れたらルーカス様と円満に婚約解消するはずだったのにっ。なんで!?」


 場所が場所だけに叫びたくなる衝動を抑えて、リシェリアは囁く。

 学園の図書室は前世に通っていた高校の図書室とは比べるまでもなく、とても広かった。その奥まったところは難しい王国の歴史とか誰も読まないような難しい本が並んでいる。そのためほとんどまったく人の寄り付かないところだった。

 だったひとり、リシェリアを除いて。


 学園に入学して以来、ルーカスはヒロインと仲良くなる素振りもなく、ただひたすらリシェリアの後を追いかけてきた。そのため、どこか都合のいい隠れ場所はないだろうか。そう考えてすぐ、広い図書室の人のほとんど寄りつかないこの場所を見つけた。彼から逃げ隠れるのにふさわしい安息の地としてしばらくはもっていたはずなのに。

 ルーカスに見つかるもの時間の問題だったらしい。もしかしたら、先日図書室の入り口付近で捕まって本棚に壁ドンされたのが原因の可能性もある。


「……リシェリア。いま、婚約解消って言った?」


 顔を上げると、眉を顰めたルーカスがいた。少し怒っているようにもみえる。


「る、ルーカス、様」

「様はいらないって、おれ言ったよね? それよりも」


 近づいてくるルーカスから逃げるようにリシェリアは後退る。


「あ、」


 と思ったときにはもう遅かった。背後には本棚があり、リシェリアの顔の横にはルーカスの両手があった。


(逃げられない、まずい)


 昨日に引き続き、リシェリアはピンチを迎えていた。

 目の前にはルーカスの氷の彫像のように整った顔がある。


「ねえ、リシェリア。さっき、なんて言ったの?」

「さ、さっきてなんのことでしょうか?」


 すっとぼけるがルーカスには通じなかったようだ。眉間の皺がさらに寄って、彼の淡いエメラルドの瞳が暗い雰囲気を醸し出す。


「おれは、君との婚約を破談にするつもりはないのだけれど」

「た、たたたたとえばの話ですから。今後、ルーカス様……」

「ルーカス」

「ルーカスにも、他に想い慕う人が現れたとしたら、私は婚約の解消を受け入れるつもりでいます」

「リシェリア以外の想い慕う人?」

「は、はい。学園で新たな出逢いがあるかもしれませんし、人の気持ちは移ろうものですから」

「……本気で言っているの?」


 ルーカスの顔がさらに近づいてきた。


「あの日――おれのお母さまが亡くなった日、君が口にした言葉、憶えている?」

「言葉?」


 リシェリアとルーカスが十歳の歳、ルーカスの母親が病気で亡くなった。それはシナリオ通りの展開で、ルーカスが表情が凍りついた原因でもあった。

 その葬儀に父親とともにリシェリアは参列した。

 ルーカスは母親の葬儀で、ただ無表情のまま立っていた。参列者のほとんどが悲しみの表情をしているのに、彼の表情は表情筋ひとつピクリとも動いていないことに、リシェリアは気づいてしまった。

 その姿が見ていられず、リシェリアはついルーカスに近づいてしまったのだ。

 そこまでは憶えているのだけれど、自分が彼に言ったという言葉は思い出せない。


「やっぱり、憶えていないんだね」


 ルーカスのエメラルドの瞳が悲しそうに歪む。


「君は、おれの両頬を掴んで『泣いたら私が慰めてあげるからいつでも泣いてもいいんだよ』――そう言ったんだよ」

「え、そ、そんなことありましたっけ?」


 十歳といえどもさすがにその行いはないだろう私。

 リシェリアは後悔した。


 ルーカスの顔がさらに近づいてくる。


「おれは君以外に思い慕う相手なんていない。だって、もう、あの時におれは決めているのだから」


 囁き声が聞こえたかと思うと、唇に温かい感触がした。


 リシェリアは知らなかったのだ。

 ゲームで『氷の王太子』として登場したルーカスの表情を覆っていた氷が、十歳の頃にはすでに解けてしまっていたことを。自分のあがきが無意味だったってことを。

※お読みいただきありがとうございます。少し加筆しました(2023.4.15)


追記(24.4.4)

長編の連載を始めました。連載版では題名を変更しています。

よろしくお願いします。

→https://ncode.syosetu.com/n8547iv/

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