2話
「いやあ驚かせてしまって申し訳ありません」
急いで立ち上がると足を揃えて深々と頭を下げた。
女性は顔立ちもさることながら僕と目線が合うほど背が高い。痩せぎすに見えるが服の上からでも筋肉の膨らみがわかるほどしなやかに鍛え上げられている。
端正な顔立ちと恵まれた肉体の持ち主といえるだろう。その組み合わせがある種、魔的で浮き世離れした美女を演出しているようだった。女性に関心のない僕も流石に目が離せないほどに。
「あはは…」
不審な目を向けられているのは重々承知している。
わざとらしく頭をかきながら、口端を吊り上げて愛らしく振る舞う。すると、女性は背中の巨大な荷物をおろして、目を細めながら僕を観察し始めた。
「探しもの……こんな辺鄙な場所で何を?」
「人工湖で釣りでもしようかと……黄色い帯を辿ると湖まで行けると聞いたんです」
「釣り竿を持っていないようだが」
なるほど。
なるほど。
「なるほどなるほど。それはですね……えっと」
なんて頓珍漢な発言をしてしまったのだろう。生来のか細い神経を恨んだ。心が揺れてしまうと正常な判断ができなくなるのは人間の大いなる欠点だと思う。
緊張しながら無意識にベタベタと頬をさすりながら、次の言葉を吐き出そうとする。
しかし起死回生の案は何も思いつきそうにない。動揺が益々態度として滲み出てしまう。
彼女の凍てつく視線が傷口(まぁ僕の自滅だが)に突き刺さる。
やや逡巡して、観念することにした。
「すみません。とある村を探していまして」
険しかった彼女の顔が一瞬崩れたように見えた。どうしたのだろうと眼を丸めて彼女を見ると、その様子がおかしかったのか、ついには包み隠さず笑い始めた。
「いえいえ、こちらこそすみません。ちょっと脅かしたつもりで……私も白状するとずっと貴方を見ていたのですよ」
「道の駅で?」
「ええ。連日この辺りを歩き回っていたでしょう。貴方、噂になってましたよ」
「知ってます。いつも誰かの視線を感じていたので」
「ええ、相当な変人だと思われてますよ」
「でしょうね」
「私の顔に覚えはありませんか?たまにすれ違っていたのですが」
思い起こしてみたが、心当たりはない。これほど特徴的な女性ならば記憶の片端に留めておくのが自然なのだが。道の駅では頭が働いていないせいだろうか。朝は寝惚けているし、夜は消耗していて銭湯で横になっているだけだし。
「すみません。最近は地図を睨んでばかりで……人に意識が向いていなかったのかも」
「貴方も村に行きたいのですか?」
「まぁそうです」
彼女の背負っている荷物に目が移る。段ボールと発泡スチロールの箱を4段にまで重ねるばかりか、紐を括り付けて細々とした箱までもを横付けしている。耐久力を考慮してか発泡スチロールは下段に積まれており、相当な重量の荷物を徒歩で運んでいる様子だった。はて、こういう職業をなんというんだったか。見たまま山小屋に欠かせない物資の運搬係であろうが。
「この背負子が珍しいですか?」
「はあ背負子というんですか、それは」
ここで僕は、はっとして彼女の職業を思い出した。
「歩荷というんでしたか」
「ええ、よくご存知で」
「いやぁあ良かった……」
僕はしみじみ呟いた。
腕時計と見ると午後1時15分。日が落ちるまではまだ猶予がある。
「それをどこに運ばれるんですか?」
「ああ……やっぱりそこが気になりますよね」
彼女は半笑いで目を逸らした。僕は焦って、
「あれ、ひょっとして行き先違いますか?」
「いえいえ、ご想像のとおりなんですけど」
僕はその答えに満足して心からニッコリとした笑顔を作ると、
「じゃあご一緒させてください」
満面の笑みで云ったが、彼女は対応に窮している様子だった。
うううんと可愛らしい唸り声を上げて彼女は悩んでいた。何度か背負子をちらちらと見ていると、意を決したのか僕の方に向き直った。
「……まぁ断っても付いてきそうですしね」
「もちろんです!」
彼女はため息を付いて僕に手を差し出した。
「今井栄子といいます。よろしく」
あれ?思ったより話が進まない……
次回も一週間立つまでには投稿します