第5話 パン屋
「貞ちゃん!本当に申し訳無いんだけど、今日14時から来客があるから一緒に話し合いに参加してくれへん?」
唐突に話しかけて来たのは、店長の石田さんだった。石田さんは細身で背が高く、どんなに忙しい時でも声を荒らげることの無い物腰の柔らかい穏やかな男性だ。なので、ここの職場はとても働きやすい方だと思う。
「大丈夫ですけど、来客って珍しいですね」
私が応えると同時に遠くの方から
「店長〜すみませ〜ん!」
と声がする。
「詳しくは、また後で!ほんま堪忍な!」
と言ってお店の方へ消えて行ってしまった。
お昼時は怒涛の忙しさで、14時の来客の事は頭の隅に追いやって働いた。
「いやぁ、今日も忙しかったなぁ」
店長が、声をかけてくる。
「そこが終わったら、事務室にきてくれる?」そう言うと店長は、事務室に入って行った。
お店に掛かっている時計を見上げると、13時52分を指していた。
仕事の残りを急いで片付けて、店長の後を追いかける。
事務室の扉をノックして「失礼します」と入っていくと、そこには見慣れない、まん丸い白パンみたいな可愛らしい子供が座っていた。
店長が私を見て、こっちにと自分の隣に促す。
「こちらは、障害者施設の管理責任者の堀田紗栄子さん、こちらは、うちの商品開発と製造を任せている吉田貞子です」と店長が紹介をする。
「初めまして」とお互いに挨拶を交わす。
「うちは京都に5店舗ほど店をだしているんですが、各店舗の特色を生かしたパンの開発を吉田に任せてます。ほんまは、店長にと推薦してるのですが、本人現場が良いと聞かなくてね、いや、これは余談でしたな」
店長の言葉に少し苦笑いをし、視線をそらして施設の方の隣を見ると、先程目に入った子供?ふっくらとした、まるで丸い白パンみたいな可愛らしい子がちょこんと座ってる。ただよく見ると子供と呼ぶには少し老けている?
誰だろう?思わず視線をそらせず見ていると施設の方が
「あ、紹介遅れました。うちの利用者の佐藤ゆりです。軽度のダウン症なので、話もできますし理解力もあります。」と言うと佐藤さんの方を見て、ほら挨拶は?と促す。
「よろしくおねがいします」と挨拶をする佐藤さんは、身長はとても低く、イスに座っているが、足は地につかずブラブラとさせていた。
なんだか、可愛らしい。多分、大人であろう人なのだが、小学生の様な出で立ちだった。
早速ですが、と話し合いが始まる。
どうやら話の内容は、施設でパンの販売をしたいので、多めに製造をして頂けないかというお願いだった。
本当は、施設内でパン作りがしたいが、そこまでの知識やノウハウ、機材が無いので、とりあえず、商品を買い取って販売からやってみたいという内容だった。
一旦、社内で話合わせてくださいと言うお返事をして、お客様をお見送りした。
「貞ちゃんが良ければなんだけど、この話、受けてみたいと思っているんだよね、地域の社会貢献っていうのかな、悪い話ではないと思うんだけど、どうかな?」
店長が見送りながら話をする。
「そうですね、私の知らない世界だったので驚いてはいますが、社会貢献ですか・・・」
なんと答えていいか分からずに、言葉を濁した。
その時の私は、障害者施設や障害者と言われる人々の事を全く知らない無知な人間だった。