72.大魔王の始動
「ねえ、まだ終わらないの?」
グラディアは馬車の中で外で必死に戦っているジークを見て言った。
「ぬおおおおお!!!」
ガンガンガン!!!
ジークは突如現れた魔王クラスの巨大な魔物とひとり戦っていた。
「お前ではない。お前など相手にならぬ!! 主を出せ!!!!」
ドン!!
「ぐふっ!」
巨大な魔物の攻撃がジークを直撃する。
吹き飛ばされるジーク。そしてゼイゼイと息をしながら再び剣を構えた。巨大な魔物が言う。
「俺様は次期大魔王になる者。お前ごときでは相手にならぬ。そこの中にいる奴、出て来て相手しろ!!!」
そう言って魔物は口から強大な火球を馬車に放った。
ドオオオオオオン!!!
「なにっ!?」
業火を伴った巨大な火球は馬車に当たる寸前で、上空に吹き飛ばされて爆発した。馬車の中から少女の姿をしたグラディアが下りて来て言う。
「何、あなた信じられない!! 私の馬車、壊す気!? マジなの?? 死ぬ??」
突然現れた魔族の少女に驚きながらも、見下した態度で話始める巨大な魔物。そして言う。
「何だ、ちょっと心配して来てみりゃ、がはははっ、ただの子供。ちょっと魔力があるようだが、これは笑止笑止」
グラティアがその笑う魔物を見てから、静かに馬車に戻り外にいた魔賢者スタリオンに行った。
「行くわよ、馬車を出して」
驚くスタリオンが尋ねる。
「し、しかし姫、あの魔物は?」
グラディアが答える。
「いいわ、あんなの。もう死んでるし」
「えっ?」
そう言ってスタリオンが魔物を見るために振り返ると、大きな爆発音と共に頭が砕け散る魔物の姿が目に入った。震えながらスタリオンが言う。
「ぎょ、御意。馬車を出します……」
スタリオンは震えながら馬車を再び走らせた。
「クレスト殿!!」
クレスト達の後ろから老人の声が響く。
皆がその声を聞いて振り向くと、そこには復権したサウスランド国王と、兵士達に縛られたレスターの姿があった。レスターが変わり果てたマーガレットの姿を見て言う。
「マーガレット、お前……、こ、この人がお前の……」
マーガレットが小さく答える。
「ああ、俺の、師匠だ……」
ふたりはがっくりと肩を落としレスターも床に膝をついた。国王はボロボロになった二人の前に立ち、レスターと周りの者に言った。
「レスター。先にも行ったがお前の王族としての一切の権限をはく奪、そして親子の縁も切ることにする。そして、今後レスターに近付き何らかの援助をする者は見つけ次第厳重に罰する。これより庶民として生きよ」
「ううっ、うっ……」
レスターは大きな体を震わせて涙を流す。続いてクレストがマーガレットに言う。
「マーガレット、お前も同様だ。『魔界の門』に関する封印、並びに魔物退治の任から解く。お前の魔力は、今はない。すべてレスターの力と共にこの指輪に封印した。そしてこの指輪は国王に預ける」
そう言ってクレストは彼らの力が封印された指輪を国王に返した。そして二人に言う。
「この指輪の封印が解けるのは、国王ただひとり。将来、お前達が本当に改心し、そしてそれを国王が認めたならばその力が再び戻る事もあるだろう。すべてはお前達次第だ。今日より二人して庶民として生きよ」
国王が言う。
「これはこれはまた大役を仰せつかったものだ。困りますぞ、クレスト殿」
クレストが笑って言う。
「まだまだこの国は国王の力が必要です。南方大陸の治世、よろしくお願い致します。そして……」
そう言ってクレストは両膝をつき、そして頭を床につけて言った。
「弟子の不祥事は私の責任。この度は貴国に多大な混乱をもたらせてしまい、誠に申し訳ございませんでした」
「ク、クレスト殿、何を!!」
突然土下座をして謝るクレストに戸惑う国王。マリアもそしてそこに居た全員がその光景に驚き言葉を失った。
(お師匠さん、ほんに、ほんにすみませんでした……)
マーガレットは土下座をして自分の悪行を謝る師クレストの姿を見て、心の底からこれまで行って来た行為を悔い、そして恥じた。土下座をするクレストに国王が言う。
「クレスト殿、頭を上げてくだされ。今回の件、門を封印をして貰っているだけでも我々は多大な恩恵を受けております。貴殿が謝ることなどひとつもない。そして愚息の悪行は親の責任。私も同罪であろう……」
国王はそう言って涙を流してレスターを見つめる。そしてそれを手で拭いながら続けて言った。
「ただ、マーガレットに封印ができなくなると、今後はどうしたらよいものか……」
少し悩む顔をした国王に立ち上がったクレストが言う。
「それには心配及びませぬ。既に手は打ってあります」
クレストはそう言うと、階段の方に向かって叫んだ。
「ミア!! おいで」
(えっ! ミアだって!?)
マーガレットはその名を聞いて驚いた。そして階段から現れるミア。
サウスランドの地方領主の娘で、レオン達が旅立つ際にまだ幼かったマーガレットの面倒を見て欲しいと頼んだ女性である。クレストが言う。
「すまないな、ミア。もう体は大丈夫なのか?」
ミアは頷いて答えた。
「はい、もう大丈夫です」
「辛い場に呼んでしまって申し訳ない。ただ、ミアからこいつらに何か言うことがあればと思って」
ミアはマーガレットとレスターを見てクレストに言った。
「何もございませんわ、クレスト様。私の人生には何の関係もない人達です」
「ミ、ミア……」
マーガレットは弱々しい声でその名を呼んだ。既にミアにはふたりの存在などもはやないものも同然であった。国王が尋ねる。
「で、クレスト殿、この娘が一体何だと言うのかね?」
クレストは後ろに立っていたルシアの手を取り、ミアの横に並ばせて言う。
「実は国王、このふたりで今後の『魔界の門』の封印を行って貰おうと思っています」
「えっ!?」
驚く一同。クレストが言う。
「ミアも、そしてルシアも本人達は気付いていないけど、相当な魔力持ちです。封印魔法は簡単じゃありませんが、それができるように二人にはしっかりと私が教え込みます。そして今度はふたり。ひとりに任せるのではなくお互い助け合って任について貰うと思っています」
「ご主人様、私……」
戸惑うルシア。対照的に頷くミア。クレストが二人に言う。
「突然のことで驚いているとは思うが、ふたりに是非お願いしたい。サウスランドを守る任だ。誇りをもってその仕事に就いて貰えれば嬉しい」
ミアが言う。
「レオン様……、お二人から言われた時から覚悟はできております。ルシアさんと一緒にこの仕事、責任を持って全う致します」
覚悟を決めているミアとは違い、ルシアは不安そうな顔で言う。
「ご、ご主人様の命とあらば、全力は尽くします。だけど、私は……」
クレストが言う。
「ルシアはしばらく俺と一緒だぞ。病気がまだ治っていないし、ある程度治ってから魔法を教える。それでいいか?」
ルシアの顔がぱっと明るくなる。
「は、はい! ご主人様!! 是非ご一緒に!!!」
ルシアは無意識にクレストの手を握って言った。それを聞いていた国王がクレストに尋ねる。
「では、クレスト殿はしばらくサウスランドに滞在されると?」
「ええ、そのつもりです。魔法の指導が終わったら、首輪のことでもうちょっと南に行こうかと。それまで申し訳ないけど、どこか王城で空いている部屋貸して下され」
クレストが冗談っぽく言う。国王が喜んで答える。
「おお、そんなこと当然じゃ! 部屋はいくつもある。好きなだけ使うがよい。確か、数名が一緒に寝られる巨大ベッドもあったはず。希望ならば用意させるが?」
「そ、そんなもの……」
「要らぬのか?」
「いえ、お願いします」
「よきよき」
むっと膨れるマリアと対照的に、国王が笑って言う。
「さて……」
クレストはそう言って壁の奥で隠れているその女に向かって言った。
「おい、出てこい。リリム」
「ああ、やっぱりバレてたのね……」
壁からクレストに呼ばれてサティアが現れる。それを見たマーガレットとレスターが声を揃えて言う。
「ああ、サティアよ。俺のサティアよ……」
そう言ってお互い顔を見合わせるマーガレットとレスター。この時初めてお互いが同じ女に熱を上げていたことを知る。そんなふたりにサティアが言う。
「さようなら、弱虫さん」
「なっ! サ、サティア!! 俺を、俺を愛してくれたんじゃないのか!!」
レスターが泣きながら言う。サティアが答える。
「馬鹿じゃないの? 私が好きなのは強い男。そんなにめそめそして負ける男に興味はないわ。それより……」
サティアはクレストの方へ歩いて行き、そして甘い声で言った。
「私、あなたに興味持っちゃったわ。強くて強くて、ああ、ぞくぞくする。ねえ、抱いて?」
それを聞いたマリアが血相を変えて怒る。
「あ、あなた何を言ってるの!! 後から出てきて!!!」
叫ぶマリアを無視するかのように微笑むサティア。しかしその顔が一瞬で固まり青くなる。クレストが言う。
「ああ、お前の力も封じた。もう魅了も魔法も使えない。変異種どころか、ただのリリムより無力な存在だ。お前も下級の魔物と同じく一からやり直せ」
「う、嘘……、そんな……」
「サティア……」
まだ未練があるレスターが弱々しく名前を呼ぶ。しかしサティアがクレストに言った。
「いいわ、それでも」
「ん?」
クレストがサティアを見る。
「私の本当も魅力であなたを魅了するわ。ねえ、だから、私を抱いて?」
驚くクレストが言う。
「お、おい!! お前馬鹿なこと言ってないで、あいつ等でも慰めてやれ!!」
そう言って落ち込むマーガレットとレスターを指差す。サティアが興味なさそうに言う。
「いいの、あんなの。私は強い男に抱かれたいの、弄ばれたいの、ぐちゃぐちゃにされたいの」
「ちょ、ちょっとお! あなた、いい加減になさい!!!」
マリアが激怒して叫ぶ。それを聞いた国王が笑いながら言う。
「あはははっ、クレスト殿の奥方は相変わらず元気じゃのう!」
「ち、違います、国王さん!!! 私は違いますって!!!!」
顔を真っ赤にしてひとり起こるマリアを中心に、皆が笑いに包まれた。
「ねえ、ちょっとキモイんだけど。オッサン」
『魔界の門』に辿り着いたグラティア達。魔賢者スタリオンの背後に集まった死神を見てグラディアが言った。
「何、そいつら? 幽霊? オバケ? マジ怖いんだけど!? 夜とか普通に出て来たらシバクよ、いい? オバケじゃん、もう存在自体が意味分かんないんだけど」
一方的に罵るグラディアに無言になるスタリオン。
(キモイとか言われても私の部下だし、それに彼らがせっせと運んできた魂であなた魔王になった訳だし……)
グラディアがスタリオンの顔を見て言う。
「なに、オッサン? 何か不満なワケ?」
一瞬で自身を消されるほどの魔力を放出するグラティア。スタリオンが慌てて言う。
「い、いえ、とんでもございません。おい、お前ら、す、姿を消せ!!」
スタリオンに命じられた死神達が驚いて次々と姿を消していく。グラディアが目の前にある大きな門を見て言う。
「これが『チジョウ』に繋がる門なの?」
「はっ、これをくぐれば地上でございます。地上からは見えぬ結界を、そしてこちらからは私の許可がなければ通れぬ結界を張っております」
スタリオンが頭を下げて答える。グラディアが尋ねる。
「チジョウには明るい世界があるんだよね?」
スタリオンが答える。
「ございます。しかし……」
グラディアが不満そうな顔をして言う。
「何? 何か問題でもあるの?」
スタリオンが顔を上げて答える。
「ええ、ございます。地上を支配しているヒト族が、明るい世界を手放さないでしょう。地上に行っても魔物は追い払われ、暗い洞窟や、この陰気臭い魔界に追いやられてしまいます」
「うそお!?」
グラティアの顔が怒りに染まる。そして言う。
「そんな馬鹿な話があっていいの? 私もチジョウに行きたい。明るい世界に行きたい。それを邪魔する奴らは……」
グラディアが魔界の門を見つめて言う。
「……皆殺しよ」
スタリオンは頷くと、大魔王グラディアを『魔界の門』へと導いた。
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