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6.悩めるレイカ

「レイカちゃ~ん、こっち向いてよお」


レイカはこの男が嫌いだった。

どのくらい嫌いかと言うと、足のつま先から頭のてっぺんの毛先まで見えるものすべてが嫌いだった。


「ねえ、レイカちゃんってばあ」


近くにいるだけで寒気がする。

なのにこいつは、



「フィアンセの僕ちゃんが呼んでいるんだよお~、ねえ、レイカちゃん」


こともあろうか、婚約者と言う立場であった。レイカが言う。


「うるさいわね、ブルッド。私はひとりで食べているの!」


レイカが冷たくあしらう。婚約者であるブルッドが言う。



「僕ちゃん達、夫婦になるんだよ~、もっと仲良くしようよ~」


レイカは吐き気がした。

本当に心底この男が嫌いであった。そしてその中でも最も嫌いなのがこいつの性格であった。



コンコン


誰かがドアをノックして入って来る。その人物を見たブルッドが笑顔になって挨拶をする。


「ああ、これはお義母様。お邪魔しています」


ブルッドが立ち上がり頭を下げて()()()()()挨拶をした。レイカの母親が言う。


「まあ、ブルッドさん。いらしていたのね、狭いところですけどごゆっくり」


ブルッドが答える。


「お義母様、本日もお美しい。ドレスも素敵ですが、そんな素敵なドレスですら霞むほどお美しい!」


それを聞いたレイカの母親が顔に手を当てて照れながら答える。



「まあ、そのような()()()()()を言われても、おほほほっ。この服もいいお値段したんですけど、やはり私には……、おほほほほっ」


レイカは顔を背けてその会話を聞いた。

このくだらない会話が大嫌いであった。母親が言う。



「レイカ、しっかりブルッドさんと将来についても話し合いなさいよ。分かったわね?」


「……」


顔を背けて返事をしないレイカ。母親がブルッドに言う。


「ごめんなさいね、ブルッドさん。我儘な娘で……」


ブルッドが答える。


「とんでもありませんよ、お義母様。レイカちゃんは照れてるんですよ、きっと」


「そうですね、さすがブルッドさん。おほほほほっ」

「ぎゃはははははっ」


ふたりの下品な笑い声をレイカは震えながら我慢して聞いた。




「くそ、くそ、くそっ!!!」


夜ひとりになったレイカはベッドの中に入って声を殺して泣いた。


王国の中でも三流貴族であるレイカの家が、三男ではあるが上級貴族フォルスター家のブルッドと婚姻を結べることはまたとないチャンスであった。

レイカの性格は別として、その美しい容姿は多くの貴族の男達の目を惹きつけ、決して少なくない婚約話が届けられていた。レイカの母親はその中でも一番格の高いフォルスター家との婚約に応じ、無理やりレイカに従わせた。


貴族としてのマナーも文化人としての才能もなく、ただちょっとだけ魔法が扱えたレイカには何の不満もないだろうと両親は勝手に考えていた。




「ねえ、先生、先生。今日もよろしくね!!」


レイカが入学したエルシオン学園。

これもただ彼女に箔を付けたかった両親の考えである。


「何なのよ、あの女! おべっかばかり使って」


そんなレイカには入学早々講師であるクレストに近寄るフローラルが気に入らなかった。やがてそれがまるで大嫌いなブルッドに重なって見えるようになる。レイカは初等学校時代の悪友を呼びつけて言った。


「ちょっとあの勘違い女に話をする。ついて来て」


そう言ってフローラルの後を追って歩いた。





「じゃあ今日は実技の練習な、準備はいいか?」


クレストと生徒達は実技練習の為に魔道館にやって来ていた。クレストが説明する。


「もう一度おさらいだけど、周りにいる精霊達と対話し、同調し、そしてその力を少しだけ借りる。それが掴めれば後は魔文字を正確に書くだけ。お前らの中にはもう魔法を使いこなす奴も多いが、基本は全てこれだ。いいか?」


「はい!!」


生徒達が返事をする。クレストが言う。



「じゃあ、ちょっとだけ先生が手本を見せるからそこで見ててくれ」


クレストが魔道館の中央に用意された木の人形を見る。何の変哲もない人形だが、着ている服に魔法耐性を持たせてあり少々の魔法では破れることはない。クレストがぼんやり思う。



(本当はいつもの力をちゃんと出せれればこの女生徒達からも黄色い声が沸き起こるんだけどなあ。みんな粒揃いだから、ちょっと手懐けてスローライフで一緒に……、ぐふふふっ)


「先生!」


突如ひとりの女生徒が手を上げて言った。


「ん? どうした?」


「どうして先生はにやにや笑っているのですか?」


(げっ、顔に出てたか!!)



クレストが答える。


「それはな、君達の素晴らしい魔法がこれから見られると思うと嬉しくて嬉しくてつい顔に出てしまったんだよ」


「……そうですか」


静まり返る生徒達。

その空気を変えようとクレストが魔法の詠唱を始める。



「まず落ち着て精霊を感じる」


クレストが目を閉じる。


「そして同調出来たら今度は空間に間違えないように魔文字を書く」


クレストはわざと大きく、そしてゆっくりと魔文字を書いた。


「そして言う。火の旋律・ファイヤ」



ボン!


魔道館の中央にあった木の人形から小さな火が起こる。そして直ぐに服の効力によって消え去った。



パチパチパチパチ


生徒から小さな拍手が起こる。


(地味だ、毎年やっているが、地味だやっぱり……)



クレストが続ける。


「あと、慣れが必要だが、今の基本ができていれば例え手足の自由が無くても魔法を放つことができる」


そう言うとクレストは自分の両指を目の前で組んで生徒達に見せた。


「指一本でも動けば十分。肝心なのは正確に書くこと」


そう言ってクレストは組んだ指の中から人差し指を細かく動かす。



「火の旋律・ファイヤ」


再び人形に小さな火が起こった。



「おおっ!!」


先程よりも反応が良い。これも毎年同じ事だ。クレストが言う。



「じゃあ、みんなも得意な魔法でやって見て」


「はーい」


皆がそれぞれ幾つか置かれた木の人形に集まって魔法の練習を開始する。

レイカは通常の魔法なら簡単に扱えたが、手が自由に動かせない状況での発動は経験がなかった。指を組んで魔文字を書くレイカ。


「火の旋律・ファイヤ」


上手く発動しない。やってみると意外と高度な事だと分かった。フローラルがゆっくりレイカに近付いて来て話し掛けた。



「あ、あの、レイカさん……」


この時すでにフローラルはレイカに絡まれている。彼女なりに何とか話すきっかけをと思い勇気を出して声を掛けた。


「……」


無視をするレイカ。

魔法に必死なふりをして話そうとしない。フローラルが言う。



「この状態だと難しいですね、ちゃんと発動しない……」


フローラルは両手の指を組み必死に魔文字を書こうとする。しかしレイカ同様上手く発動しない。


「……」


それでも返事をしないレイカ。

クレストはそんなふたりの様子を後ろからじっと見ていた。



(はあ、やれやれ。みんな仲良くしてくれればいいんだけどなあ。まあそれよりいいお尻しているなあ……、制服では分からん肉付きの良さが……、ぐへへへへっ)


視線に気づいたのか、レイカがクレストの方を振り返って言う。



「なに人のお尻ずっと見ているの! 変態教師!!」


(げっ、バレた!!)


みんなの視線がクレストに集まる。直ぐに弁解する。


「い、いや、お前達が苦戦しているのをだな……」


しかし冷たい視線がクレストの心臓を突き刺す。



「ま、まあ、頑張ろう。みんな……」


たくさんの汗をかきながらクレストは逃げるように別の場所へ歩き出した。



(今年の生徒は中々手強いなあ……)


クレストはまだ睨み続けるレイカを見ながらひとり思った。

お読み頂きありがとうございます。

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