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51.愛弟子、驚愕する

「長いトイレだったなあ。たくさん出たのかい?」


戻って来たクレストに国王が冗談っぽく言った。クレストが苦笑いして応える。



「いえ、その、ちょっとお腹が痛くて……」


「もお、クレスト先生!!」


マリアが自分がどれだけ恥ずかしい思いをしたか分かっているのか、と言う顔をしてクレストを睨む。それを見た国王がクレストに言う。



「おやおや、クレスト殿は、もう奥さんの尻に敷かれておるのかのお」


「へっ?」


「はっ?」


顔を見合わせるクレストとマリア。慌ててマリアが否定する。


「い、いえ、わ、私達はそんなんじゃ……」


そこまで言った時、クレストの隣に座っていたアーニャが大きな声で言った。



「ダメえ!! クレストはアーニャのものにゃ! アーニャと子供を作るの!!」


「はっ?」



「あっちゃ~」


今度は逆に国王が驚く。クレストは顔に手を当て、天を仰いだ。





「で、国王。ずっとここで暮らされるのですか」


ようやく落ち着いたクレストは国王に尋ねた。国王が答える。


「ああ、もうよいかと思っておる。年老いたことは間違いないし、親馬鹿かもしれないが、わしはどこかでレスターのことを信じておる。国民がおるのに、何とも情けない王じゃのう……」


クレストは無言で頷いて聞いた。クレストと言えども他国の事情について容易に意見を言えるものではない。ただ個人的にはその息子には会わなければならないとは思った。それを察するかのように国王が弱々しく言った。


「クレスト殿、もしじゃ……」


「はい」


「もし、レスターが貴殿の目に余るようであれば、その時は悪いが()をお願いしたい」


クレストは国王の目をしっかり見て答えた。


「分かりました。その役目、お受け致します」


「ああ……、有り難い……」



国王は雰囲気を変えるように別の話をし始めた。


「それからクレスト殿。聞いた話じゃが、この辺りに『魔身薬』を作っている場所があるらしい」


「魔身薬?」


それは冒険者時代の遺物。

力のない弱い魔導士が体力強化の為に飲む薬物。飲んだ後、しばらくの間は規格外の力を発揮することができる。ただし魔王討伐後は世界的に禁止薬物に指定されている。マリアが言う。



「クレスト先生、魔身薬って……」


マリアは書物で読んだことのあるその古い名称の薬を思い出した。クレストが頷く。国王が言う。


「クレスト殿ほどの者が旅をしているのならばその目的は察しが付くが、もし時間があるのならば調べて貰いたい」


国王はクレストの実力を知っている数少ない人物。クレストが尋ねる。


「それは()()としての頼みですか、それともひとりの老人としての頼みでしょうか?」


国王は笑って答える。



「どちらでもいい。それで貴殿が動いてくれるなら」


クレストは笑ってそれに応えた。





「ありがとうございました」


「お世話になりました」


屋敷に一泊したクレスト達は、翌朝、見送る元国王夫妻に頭を下げて礼を言った。国王が言う。


「なに、楽しい時間を過ごせた。また来てくれ」


笑みを浮かべて国王が言う。そして少し真面目な顔をしてクレスト達に言った。



「ああ、それからこの辺りには真っ黒で大きなフェンリルがおる。屋敷の兵士も何人か襲われた。クレスト殿なら大丈夫かと思うが、気を付けて行き……」


そこまで言った国王にクレストは近付き、そして耳元で小さな声で言った。



「ご安心を。もう、()()()()()あります」


「な、んと……」


にっこり笑うクレストを国王は改めて見つめた。



(変わっておらぬ。昔、街を救ってくれた英雄は、今も健在じゃ……)


大きく成長したクレスト。昔を思い出した国王の目に涙がこぼれる。それを見たクレストが言う。



「国王、お別れに涙とはらしくないですね」


国王が言う。


「違うわい。儂はマリア殿と別れるのが辛いんじゃ」


「えっ?」


驚くマリアを横にクレストが言う。



「では、また。さ、行きましょう。マリア先生」


びっくりするマリアの手を引いてクレストは屋敷を後にした。






「レスター国王がお見えです」


自分の宮殿内にいたマーガレットは女兵士からの報告を受けて、直ぐにレスターを部屋に招き入れた。マーガレットが言う。



「決まったのか、魔物討伐?」


「ああ、サイクロプスだ」


「サイクロプス……」


単眼の巨人。知能はそれほど高くないが、並外れた体力と攻撃力が武器の上級魔物である。レスターが続ける。


「しかも赤色だ」


「赤?」


サイクロプスは通常、通常紫や青っぽい色をしているが赤と言うのは聞いた事がない。


(変異種? それとも上位種か何かなのか?)


マーガレットはブラックフェンリルに噛まれ、まだしびれが残る右腕に軽く力を入れながら聞いた。そして言う。


「分かった。で、出発は?」


「明日だ」


「随分早いねえ、まあいい」


マーガレットは二度三度右手に力を入れる。レスターが少し困った顔をして言った。



「なあ、実はうちのオヤジ、いや元国王に訪問客があったようなんだ」


「訪問客?」


マーガレットは遠く離れたティレスタ地方に軟禁したと聞いている元国王を思い出した。レスターが言う。



「ああ、普段は誰にも会おうとしないオヤジなんだがその客とは会って、驚いたことに一晩泊めたらしいんだ」


「ほお」


マーガレットはあまり興味なくその話を聞く。しかし次の言葉を聞いて驚愕した。



「その客ってのが黒いコートを着た魔導士で、何でも急にひとり館から飛び出して行って不審に思った兵士が必死に後を付けて行ったんだが、驚いたことにあのブラックフェンリルを手懐けて体を小さくさせちまったらしいんだ」


それを聞いて体が固まるマーガレット。レスターが続ける。


「何かの間違いかと思うけど、俺達でも大苦戦して大怪我まで負わされたあのフェンリルを手懐けるって、まあ笑い話だよな」



「く、黒いコート……、魔導士……」


マーガレットの顔は青ざめ、体が震え始める。そして体中から汗を出し、目の焦点が合わなくなる。レスターが言う。



「まあ、オヤジの元に誰か来ったのは本当のようだが、そのフェンリルの話は信じられねえ。ちょっとその兵士をぶん殴って……」


そこまで言ったレスターは目の前のマーガレットが頭を抱えて震えていることにようやく気付いた。


「お、おい、マーガレット? ど、どうしたんだよ!?」



マーガレットは震えながら思った。


(いる。いるんだよ、魔導士でそんな無茶できる人が。黒いコート……、間違いない、お、()()()だ……)



「うわああああああ!!!!」


突然叫び出すマーガレット。それに驚いたレスターが言う。


「ど、どうしたんだよ! マーガレット!!」



マーガレットは叫びながら頭を横に何度も振りながら考える。


(来てるんだ、来てるんだ、この大陸に。どうして? どうしてだよ! お師匠も『魔界の門』の封印があるはず。こんな遠い場所に来れるはずが!!!)


「……はずがああああああああ!!!!」



「うわああ!!! な、なんだよ、マーガレット!!!」


焦るレスターをよそにマーガレットは更に考える。



(殺される。殺されるぞ、絶対こんなのバレたら殺される!!! お師匠、キレたら見境なくなるから……、ひいいいい!!!!)


「ひ、ひいいいいいいい!!!!」


「お、おい!!!」


少し怖くなって来たレスターがソファーから立ち上がり、部屋の端へ行って狂ったようなマーガレットを見つめる。



(謝ろう、謝る? いや、無理だ、あの人、他人に物凄く厳しい。ああ、殺される。殺される!! 何か、何か策を練らなければ……)


部屋の隅で見ていたレスターがマーガレットに言う。



「マ、マーガレット。俺はこれで戻るからな。ま、また明日。頼むぞ……」


レスターは青い顔をしてマーガレットの部屋を出て行った。






「ね、ねえ、クレスト先生……」


「はい……」


「どうされたんですか、そのイヌ……」


屋敷を出て直ぐに駆け寄ってきた白いフェンリル。クレストに抱き着くと勢いよくその顔を舐め始めた。アーニャが言う。



「これ、犬じゃないにゃ。魔物、フェンリルだよ」


「ま、魔物? な、何でもいいけど、どうしてそんなに先生に懐いているんですか?」


ベロベロと顔を舐められるクレストを見てマリアが言った。クレストが首を傾げて答える。



「ど、どうしてなのかな~、分からないです~」


「あ、でも、この子、モフモフで気持ちいいにゃ!!」


アーニャがクレストの抱き着くフェンリルに後ろから抱き着く。


「ふかふかだにゃ~」


マリアも近付いてその体を触る。



「あら、本当だわ。ふかふかで気持ちいい」


アーニャがクレストに言う。



「ねえ、クレスト。この子、一緒に連れて行ってもいい?」


今度はアーニャがフェンリルに顔を舐められながら尋ねる。クレストが言う。



「まあ、断っても付いて来そうだからな……、しばらくの間だけだぞ」


「やったにゃー!」


そう言ってフェンリルに抱き着いて喜ぶアーニャをクレストは微笑みながら見つめた。

お読み頂きありがとうございます。

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