44.パステルの街
「あなた、その辺になされてはいかがですか。お体に障りますよ」
その女性は庭で薪を割る夫らしき年老いた男に言った。男が答える。
「なに、このくらい。体を動かして置かなきゃ気が滅入りそうだ」
そう言って大粒の汗をかきながら男は再び薪を割り始める。
「冷たい飲み物でもご用意しますね」
男はそう言って家へ戻る最近髪が真っ白になってしまった妻を見つめた。そこへ庭の門が開き小さな袋を持った兵士が入って来る。そしてそれを男に手渡しながら言った。
「本日の食料です。国王」
「ああ、ありがとう……、じゃが、わしはもう国王ではないぞ……」
年老いた男少し笑って礼を言いその袋を受け取った。兵は会釈をしてそのまま後ろを向いて外へと出て行く。
とある地方の田舎にある老夫婦の家。その家の周りを数名の武装した兵士が取り囲む様に立っている。
その軟禁された老夫婦に自由はなかった。小さな家と少しばかりの庭。あるとすればそこだけは彼らの自由と呼べる場所。男は薪を割りながら言う。
「レスターよ、馬鹿なことを、馬鹿なことをするでないぞ……」
元国王は薪を割る手を止めると、自分を冤罪で罪人に仕立てた息子のことを心配しその青い空を眺めた。
レイガルト地方を発ったクレスト達は、隣にあるパスカル地方へと来ていた。歩きながらマリアが言う。
「しかし、南方大陸って本当に暑い所ですね」
そう言いながら手をパタパタ団扇のように動かす。
「そ、そうですね……」
そう返しながらもクレストは汗のせい体にぴったりとくっついたマリアの姿に目が釘付けになっていた。ボタンが外され大きく開いた胸元、そしてその胸にぴったりとくっつき歩くごとに揺れる豊かな胸。
馬鹿弟子さえいなければ今頃『夢のスローライフwithハーレム計画』を実行に移し、そしてこの目の前のマリアをお迎えする準備をしていたのにとクレストは悔しく思った。
「……先生、クレスト先生!? 聞いていらっしゃいますか?」
「はい? あ、ああ、もちろん聞いていますよ」
妄想の世界に入っていたクレストはマリアが自分を呼んでいることに気が付いた。マリアが笑顔で言う。
「わ、私はいつでもいいですよ。先生がお望みならば……」
「えっ?」
「アーニャちゃんもそうだよね?」
マリアはクレストの横で歩くアーニャに尋ねる。
「うん、アーニャもいつでもいいにゃ!!」
「な、なんと……」
クレストはいつの間にかハーレム計画の人員一号二号が確定していたことに喜ぶ。
ロリだがサキュバスゆえに妙な魅力を持つアーニャ。そしてちょっと天然だが大人の魅力爆裂のマリア先生。最高の人員確保にクレストの顔がほころぶ。マリアが言う。
「じゃあ、場所は……、そうですね。とりあえず次の街辺りでどうかしら?」
「うん。アーニャもそれでいいにゃ!」
マリアとアーニャの会話に耳を疑うクレスト。思わず言う。
「い、いや、大切な場所なのに、そんな簡単に決めちゃ……」
マリアが答える。
「そ、そんなに難しく考えなくても、とりあえず早くしたいし……」
(は、早くしたいし!? な、なんて大胆な発言!!)
クレストはマリアの言葉に驚きつつもなだめるように言う。
「いや、でも私の念願のハーレムの場所をそんなには簡単に決められては……、ん?」
話ながらクレストはマリアの顔が真っ赤になるのに気付いた。マリアが言う。
「ハ、ハーレムって、クレスト先生……、一体何のお話をされているんでしょうか……?」
「へ? ハーレムの場所をどこにするか、じゃなくて……、あー、いや、違いますよね、うん、違う……、ひぃ!?」
「当たり前でしょ!! 暑いから次に休憩する場所を決めているんですよ!! な、何考えてるんですか!!!」
クレストは振り上げられたマリアの拳を見て汗を飛ばしながら逃げ出した。
「やっと着いたにゃーー!! クレスト、ここで休むんだよね?」
パステル地方の中心都市パステルに辿り着いたクレストにアーニャが笑顔で言った。クレストが答える。
「ああ、今日は疲れたんでこの街で宿泊するよ」
「やったー、アーニャ、お腹ぺこぺこだよ」
クレストにとっては二度目の訪問。先のレイガルトのような魔物襲撃もないようで、街はいたって平穏な姿を見せていた。人々の顔も暗い様子は感じられない。
(この街は通り道に寄っただけだけど、まあこのまま素通りでもいいかな)
クレスト達はそのまま今夜の宿を探しに街を歩いた。
「ええっと、部屋の数は……」
宿屋に辿り着いたクレスト達。受付をしながら部屋数を聞かれたクレストが、答えに迷いマリアを見た。視線に気付いたマリアが受付の女将に言う。
「ひ、一部屋でお願いします。出来れば大部屋があればそれで……」
ひとりで寝るのが怖いマリア。ちょっと頬を赤らめながら女将に言う。クレストが思う。
(な、何て可愛いんだ、マリア先生! 受付なんだがこのまま押し倒したいぞ!!)
クレストは隣に並びそのはっきりと見える胸の谷間をデレデレと眺めながら思った。女将がクレスト達を見て言う。
「同じ部屋? 何だい、あんた達家族かい? 家族じゃなきゃ同じ部屋は駄目だよ」
「え? そうなんですか?」
クレストは意外に思った。以前訪れた時は宿泊しなかったが、この街にそんな決まりがあるとは知らなかった。女将が言う。
「家族なら婚姻証明書を出しな。出せないなら別々の部屋にして貰うよ」
「う~ん……」
クレストが悩んでいるとマリアがいきなりクレストの腕に抱き着いて言った。
「わ、私たち夫婦です! まだ籍を入れたばかりで旅立っちゃたんで証明書はありませんが、夫婦なんです!!」
(ぐはっ!!)
マリアの巨大な胸がぐいぐいとクレストの腕に押し付けられる。そして香るマリアの甘い色香。クレストは既に半分昇天しかかっていた。女将が困った顔をして言う。
「いやあ、そうは言われてもねえ。これも規則なんで守らないとうちが罰せられるんだよ。理解しておくれ」
女将は新婚なのに何でこんな大きな子供がいるんだ、と言った顔で三人を見つめた。クレストが懐から一枚の証書を取り出して女将に見せた。
「何だい、これは? ……え?」
それは『救世の英雄レオン』が書いた紹介状。レオンの名で『この書を持つ盟友クレストに最大限の保護と協力をお願いする』と記載されている。クレストが言う。
「そう言うことなんだ。女将さん、頼むよ」
驚いた顔をしていた女将がクレストに言う。
「あ、あんた、レオン様のお供だったのかい? こりゃ驚いた。いいよ、あんた達ならこの街の決まりなんて気にしなくていい。宿代だってタダでいいよ!!」
「い、いや、宿代はしっかり払うから……」
クレストが慌てて言う。女将がクレストの腕に抱き着いているマリアを見て言う。
「可愛いお嫁さんだねえ、大事にしなよ!」
「えっ!?」
突然言われたマリアが驚いてクレストの腕から離れる。今更嘘だとも言えずにマリアは頬を赤くして下を向く。クレストが思う。
(お、お嫁さん!? な、なんて素晴らしい響きだ!! ……いや、ただ『スローライフwithハーレム』を目指す自分にはお嫁さんは不要……、いや、しかしこんな可愛いお嫁さんなら欲しい!! あ、そうだ! お嫁さんをたくさん貰えばいいのか!? そうだ、お嫁さんをたくさんで『お嫁さんハーレム』を……)
「……先生、クレスト先生!!」
気が付くとマリアが小さな声でクレストを呼んでいる。驚いたクレストが返事をする。
「あ、はい、お嫁さん?」
「え?」
「あ!」
どうしていいのか分からず赤くなるふたり。それを笑顔で見ていた女将がちょっと真面目な顔をしてクレストに言った。
「なあ、あんた。レオン様のお供の者だったら、ちょっとお願いされてくれないかな?」
「お願い?」
クレストが顔を上げる。女将が壁に貼られた一枚の紙を指差して言う。そこには『求む、領主の娘の病気を治せる者』と書かれている。女将が言う
「実はね、領主様には姉妹の娘がいて、だいぶ前からその妹のロレーヌ様が病気になってそれを治せる人をお探しなんだよ」
「病気? 俺は医者じゃないぞ」
女将が小さな声で答える。
「ああ、分かっている。ただ、内緒なんだけど、実は王都サウスランドからふたりの身なりの良い男達が来たって言うんだけど、それ以来ロレーヌ様はずっと眠ったようになってしまったようで……」
「王都サウスランド? ふたりの男?」
クレストの目が真剣になる。女将が言う。
「ああ、何があったのかは知らない。ただあの男達が何か関係していると思うんだよ。ここらでも評判の奇麗な娘さんでね、ロレーヌ様は。それが今は『眠り姫』と言われるようにただずっと眠っているんだよ。可哀そうでねえ、あんた、レオン様のお供なら何とかならないかい?」
クレストは少し考えてから女将に言った。
「分かった。明日にでも領主の家に行ってみる。話を聞いてみようと思う」
「本当かい、それじゃあ頼んだよ!」
クレストはマーガレット達から逃げてきたミアが言っていた『地方領主の娘に酷いことをしている』との話を思い出し、その一方で心の中ではそうでないことを祈った。
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