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34.旅立ちの告知

「先生、先生!!」


学園に出勤したクレストにフローラルが笑顔でやって来た。

以前のおさげ姿からは想像ができないほど垢ぬけた彼女。動く度に揺れる髪からは少女特有の甘酸っぱい香りを放ち、制服も自分で調整したのかその大きな胸が強調されたものへと変わっている。クレストが言う。



「ど、どうしたんだ?」


クレストは気付かぬうちにフローラルを舐めまわす様に見ていた。そんなことに気付かないフローラルが言う。


「うちの弟がね、弟がね、昨日ちょっとだけ喋ってくれたの!!」


悪の風精霊に取りつかれ部屋に引き籠っていた彼女の弟。あれから姉のフローラルは毎日効くことはない魔法を掛け続け、ようやく感じられた弟の変化に喜びを体中から溢れさせている。フローラルが言う。



「それでね、お父さんとお母さんがクレスト先生にお礼がしたいって言って、その……、良ければ明日の晩なんだけどうちに来て貰えませんか?」


「ええ、ご両親に!? い、いいよ、そんなこと……」


クレストは両親と聞いて動揺しまくる。しかしフローラルはそんなクレストの両手を握りそして上目遣いで言った。



「先生、お願いです……、是非、来てください……」


若き乙女の切なる願いがクレストを玉砕するのに時間は掛からなかった。



翌日、一応学長のレオンに許可を取り、拗ねるアーニャをなだめ、講義が終わってからフローラルと一緒に彼女の家へと向かった。フローラルは歩きながら恥ずかしそうに言う。


「先生、実は私の家はね……」


フローラルは深い谷の水路を超えた貧民地区に自分の家があると下を向いて言った。

そんなことは学園の履歴書を見れば分かることだし、それに彼女には言えないが以前ストーカーじみたことをして一度来ているから知っている。クレストもあの富める者とそうでない者を隔てるような水路や橋が嫌いなことを歩きながら話した。



「先生、ここです」


フローラルは平屋の小さな家の前で恥ずかしそうに言った。以前と何ら変わりはない、クレストはそう思って彼女の後に続いて家の中へと入った。



「よく来てくれました、クレスト先生」


フローラルの両親はクレストを歓迎してくれた。

高名なエルシオン学園の魔法講師、そして娘に弟の治療魔法を授けてくれた恩人。クレストは『魔法じゃ心の病気は治せない』とは決して言い出せない状況に今更ながら気付いた。



「さあ、食べてくださいね」


フローラルの母親は食卓に座ったクレストに笑顔で言った。貧しい家庭ながらもそれに見合わぬ豪華な食事が並ぶ。相当無理をしていることはすぐに分かった。クレストはお礼を述べてから食事を頂いた。


フローラルが学園の生活のことを楽しそうに話す。口下手なクレストにはその状態が居心地良かった。そんな中、クレスト同様あまり喋らなかった父親がクレストに言う。



「で、クレスト先生。娘との()()は卒業後すぐになるのでしょうか?」


「ぶはっ!? え、ええ!!??」


突然の言葉に驚き食べていた物を吹き出しそうになるクレスト。慌てて言う。


「きょ、挙式?? それはどういう意味で……?」


フローラルの母親が言う。


「娘から聞きました。結婚を約束した仲だって。今日はその最初のご挨拶なんでしょ?」


「は、はああああ?」


父親が言う。



「ご高名な先生だし、人柄も娘からよく聞いており心配ないのだが、その、なんだ……、あっちの方は、まあ、卒業してからでお願いしたい」


父親がふたりを見ながら少し言い辛そうに言った。フローラルが両手を顔に当てて照れながら言う。


「やだ、お父さん。そんなの大丈夫よ! まだ手を握っただけで……」



「おい、フローラル!」


クレストは隣に座るフローラルに小さな声で言った。


「なに?」


とぼけた顔をするフローラル。クレストが言う。


「何じゃない、どういう事だよ、これ? 挙式とかって意味が分からんぞ!」


「えー、だっていずれはそうなる訳だから、ね。先生」


「ね、じゃないだろ! ああ、どうするんだよ、この状況……」



フローラルの両親は娘と仲睦まじくする会話するクレストを笑顔で見つめた。






翌日、エルシオン学園の全生徒や教師を集めた集会でレオン学長が皆に言った。


「少し先になるが、南方大陸で起きている異変の協力の為、クレスト先生がしばらく学園を休むことになった。突然の知らせで申し訳ないのだが、みんなも先生の安全を祈って欲しい」


突然の発表に驚く生徒や教師達。

更にレオンは実はクレストが自身の勇者パーティの一員であり、かつて南方大陸でも一緒に旅したことを告げた。

その後クレストは『勇者の荷物持ち』と言うことを強調して皆に別れの挨拶をした。





「クレスト先生!!」


集会を終えて教員室へ戻って来たクレストにマリアが近づいて言った。



(ぐはっ! ま、またこの人は、何て破壊力抜群の服を着て……)


マリアはボタンの付いたシャツに可愛くて長めのスカート。当然ながらシャツのボタンは外れたままで、大きくて真っ白な谷間が丸見えである。


「クレスト先生!!」


谷間が目の前で揺れる。マリアが目の前で呼ぶのすら忘れてしまうほどの破壊力。ようやく呼ばれていることに気付いたクレストが返事をする。



「あ、ああ、マリア先生。どうしましたか?」


マリアが怒って言う。


「『どうしました』じゃないでしょ! どうしてそんな大切なこと話してくれなかったんですか??」


どうしても何も決まってからまだマリア先生に会っていなかった、とは何となく言えず適当に胡麻化す。


「い、いや、その、ごめんなさい……」


マリアが腕を組んで怒った表情で言う。



「そんな危険な場所、先生、大丈夫なんですか?」


クレストがそれなりに強いことは知っているマリア。しかしやはりどうしても不安になって尋ねる。クレストが答えた。


「え、ええ。一応勇者パーティの一員で、戦闘も一通り見てましたから、後ろで」


マリアが目を閉じて首を振る。そして言った。


「おひとりで行かれるんですか?」


「いえ、その、アーニャだけは連れて行かないとまずいかなと思っています……」



マリアは王都の服屋で会った幼いサキュバスを思い出した。子供なのに妙に色っぽい。魔力暴走があるのでクレストの傍を離れる訳には行かない為だろう。それは分かっている。だけど何故かちょっと不愉快になって来てマリアが言った。



「私も一緒に連れて行ってください!!」


「へ?」


クレストは目の前で揺れる大きな谷間と、その谷間の主が言った言葉の意味が直ぐには理解できなかった。

お読み頂きありがとうございます。

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