32.マーガレットの誤算
「ミア、ミアなのか!?」
王城医務室にクレストの声が響く。
目の前のベッドに横たわる全身傷だらけの女性、その顔は子供の頃の面影を残すミアに間違いなかった。レオンが言う。
「昨晩、城の見張りが城門の近くで倒れているのに気付いて保護したんだ。怪しい者か確かめる為に持ち物検査を行ったところ、彼女の名前が判明し、偶然城にいた私に報告があってな」
クレストはレオンの話を聞きながら気を失って眠っているミアを見つめる。レオンが続ける。
「まさかと思って対面して見たらすぐ分かったよ、ミアちゃんだって。何よりそのネックレスは私が彼女にあげたものだ」
そう言って彼女の胸の上で光るネックレスと見つめた。クレストが言う。
「何があったんだ、一体……」
「分からない。南方大陸で何かがあったか……」
「マーガレットの身に何かが起こったか」
クレストも真剣な表情をする。レオンが言う。
「どちらにしろ彼女が目覚めるまで待とう。幸い怪我は大したことはない、疲労による衰弱だそうだ。目覚めてからしっかり話を聞こう」
「ああ、そうだな……」
クレストは目を閉じて眠るミアを見て全身を不安が襲った。
「マ、マーガレット様!! 大変です!!!」
悪友のレスター王子と部屋で美女達を交えて酒を飲んでいたマーガレットに、女兵士が顔色を変えて報告に現れた。
「何だよ、騒々しい……」
少し酒に酔ったマーガレットが面倒臭そうに言う。女兵士が青い顔をして言った。
「『魔界の門』が破られ、凶悪な魔物が多数流出し、暴れております!!」
「な、何だって!?」
さすがのマーガレットもその報告には驚いた。一緒にいたレスターも珍しく真剣な顔をして言う。
「それは困ったな。民に被害が出ては王家の信頼も揺らぐ」
マーガレットはいらいらしながら言った。
「すぐに討伐に向かう。準備をしろ!!」
「はっ!!」
女兵士はそう言うとすぐに部屋を出た。
王族でも貴族でもないマーガレットにとって『魔界の門』突破はアキレス腱でもあった。この門を封じているからこそ認められる自身の価値。これが破られると言うことは自分への信頼が無くなり、最悪今あるすべてを失いかねない。
マーガレットは民や街の安全などよりも先に、自身のこれからの存在価値について不安を感じた。
「俺も兵を編成してからすぐに行く!!」
レスターはそう言うと服を着て部屋を出て行った。それを追うようにマーガレットも久しぶりに着る魔法衣を取り出し『魔界の門』へと向かった。
「なるほど、そう言うことか……」
魔界の門へ辿り着いたマーガレットはすぐにその門を見て理解した。
(封印は解かれていない。ただ一部綻びが出ており、そこを抜けられる強力な魔物だけが流出したようだ……)
魔界の門周辺を警備していた王国兵は、既に現れた魔物に殺されたか、逃げていなくなっている。
マーガレットが乗っていた馬車から降り再度封印を行おうとしていると、背後の山から大きな咆哮が聞こえた。
グゴオオオオオオオ!!!!
「な、何だ!?」
マーガレットが驚いて振り向くと、こちらに一匹の巨大な何かが向かって来ていた。それを見たマーガレットが驚いて言う。
「あ、あれはブラックフェンリル!!」
真っ黒な毛並み、殺意溢れる眼、そして乗って来た馬車の数十倍もあるような大きな体。魔界のみに生息が確認されている重要警戒種であるブラックフェンリル。
マーガレットの存在を確認するとゆっくりとその前で立ち止まって唸り声を上げ始めた。
(どうする、どうする? どうするって言ってもやるしかない!!)
マーガレットは体全体から汗が噴き出ているのを感じた。
これまで狩って来た魔物はいわば大魔王が滅ぼされ、この世界の取り残された貧弱な魔物ばかり。クレストが認めるほどの魔導士であったマーガレットにとって、倒すのに苦労する相手など一匹もいなかった。
だけど目の前の相手は違う。魔界からやって来た、しかもまだ完全に破壊されていない結界を潜り抜けることが出来る凶悪な魔物である。
(あ、相手も警戒している。先手必勝っ!!)
マーガレットは精霊を感じ、同調、協力を求める。
(少ない!? いや、同調が上手く行ってない……)
マーガレットが宙に魔文字を書く。そして叫んだ。
「火の旋律・バインドファイヤ!!」
マーガレットが魔法を唱えると彼の周りから数多の炎のロープが現れ、そして勢いよくブラックフェンリルへと放たれる。
グゴオオオオ!!!!
その炎のロープはブラックフェンリルの動きを止めるかのように絡みつく。熱さでブラックフェンリルが叫び声を上げる。マーガレットが間入れず魔法の詠唱を続ける。
「空の旋律……、(なに!?)」
マーガレットが魔法を唱えていると、ブラックフェンリルは体を縛り上げていた炎のロープを勢い良くちぎった。そして詠唱中のマーガレットに向かって突進。詠唱に集中していたマーガレットの右腕に齧り付いた。
「ぐわあああああああ!!!!」
マーガレットの腕から吹き上がる鮮血。ブラックフェンリルは嚙みついたままマーガレットを持ち上げようとする。マーガレットの左腕が素早く文字を刻む。
「く、空の旋律・空圧破壊!!」
マーガレットが魔法を唱え終えるとブラックフェンリルの左右の空間が鈍い音を立てて歪み始め、それが一気に敵を挟む込むようにぶつかった。
グギォオオオオオ!!!
思わぬ攻撃に噛みついていたマーガレットの腕を放し、横へと逃げるブラックフェンリル。マーガレットも右腕を押さえながら後方へと移動する。
「水の旋律・ヒールポーション!」
マーガレットは自身の腕に回復魔法をかける。腕から流れていた血が止まる。ゼイゼイと息をしながらマーガレットがブラックフェンリルを睨む。
(精霊の、精霊の力が弱まっている!? 俺の呼びかけが弱いのか? それとも奴が強すぎるのか……?)
マーガレットは目の前のあまりにもこれまでと違う魔物に動揺していた。
グオオオオオオオ!!!!
ブラックフェンリルは大きな口を開け再びマーガレットを襲う。マーガレットは感覚のない右手を諦め左手を向ける。
(だけど、負けない!! 俺の最高の魔法くれてやる!!!)
「炎の旋律・フレイムピラー!!!」
ドンドン、ドン!!!
マーガレットが魔法を唱えるとブラックフェンリルの周りを囲むように業火の柱が現れる。マーガレットが叫ぶ。
「倒れろおおおおお!!!」
そしてその声と同時にすべての柱がブラックフェンリルに向かって倒れて行く。
ドン、ドンドンドン、ドオオオオン!!!!
グゴオオオオオオ!!!!
ブラックフェンリルの叫び声が響く。
舞い上がる砂埃、黒煙。そして燃え上がる炎。
マーガレットはゼイゼイと息をしながらその炎を見つめる。そして体を震わせた。
グオオオオオオオ!!!!
体を焼き、肉がただれ、そして体中に炎に包まれながらブラックフェンリルがマーガレットに向かって突進して来た。
「う、嘘だろ……」
経験のないような強敵。
マーガレットの想像をはるかに超える魔界の魔物の戦闘本能。
マーガレットは腕の痛みを忘れるほど驚き、そして恐怖して体が動かなくなっていた。その時であった。
シュンシュン、シュン!!
マーガレットの後方から数多の矢がブラックフェンリルに向けて放たれる。その一本が目に当たり一旦突進をやめ後退するブラックフェンリル。マーガレットが驚いて振り向くとそこには国王軍を連れたレスターが立っていた。マーガレットに言う。
「随分やられてんじゃねえか、助けるぜ!!!」
レスターはそう言うとその巨体よりも大きな光る槍を手にブラックフェンリルに向かって走る。そして飛び上がると思いきり槍を突き刺した。
グオオオオ!!!!
ブラックフェンリルは激痛に叫び声を上げる。同時に槍を持つレスターを、爪を出した前足で強烈に叩き落とした。
ドン!!
「ぐあああああ!!!」
地面に叩きつけられたレスター。その鎧をつけた腹部に大きな穴が開き中から血が溢れている。マーガレットは気合を入れ直して左手を上げる。
「消えろおおお!! 水の旋律・ウォーターアロー!!!」
マーガレットの周りに現れた数本の太い水の矢。それが順番にブラックフェンリルに向けて放たれた。
ドン、ドン、ドオオオオン!!!
次々とその黒き体に突き刺さり消えて行く水の矢。ブラックフェンリルは一度強く咆哮すると、耐えきれなくなったのか背を向けて逃げ出して行った。
「た、助かったのか……」
マーガレットはブラックフェンリルがいなくなるのを確認すると、兵に肩を借りて消えそうな意識を保ちながら洞窟内の『魔界の門』へと歩く。
そして門の前で血を吐きながら何度も何度も封印を行う。
(くそ……、上手く張れねえ……)
そして試すこと数十回、ようやく全体に弱々しい結界を張るとこに成功した。
(これでしばらくは、大丈夫なはず……)
それを見届けたマーガレットの意識がなくなる。
兵士達は急いでマーガレットとレスター王子の救護に向かった。
「クレスト先生!!」
クレストは学園での講義を終え、帰宅する為の準備をしていた。そこへ事務の女性が走り寄って来た。
「はい、どうしましたか?」
クレストの返事に事務員が慌てて伝える。
「王城からの急ぎの連絡がありまして、何でも『目覚めたからすぐに王城に来い』とのことです!!」
「目覚めた……、まさか!!」
クレストは礼を言うとカバンを持ってすぐに学園を出た。
(クレスト先生、最近忙しそう……、それに元気がないようだし……)
マリアは慌てて出て行くクレストを見てふと思った。
(何か私で元気づけられることできないかな……?)
マリアはクレストを元気にしてあげたいと思い、彼が何か望んでいるようなことを考えた。
(ええっと、えっと、先生がいつも考えていることって……、ハーレム!?)
想像して顔を赤くするマリア。
(いやいやいや、それは無理だけど、無理だけど、無理なんだけど……)
マリアは主のいなくなったクレストの机をひとり見つめた。
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