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30.暗闇で見つけた光

「火の旋律・ファイヤライト!!」


バレッタは真っ暗な地下迷宮で、明かりを作り出す火魔法を唱えた。

真っ暗だった暗闇に石の壁が浮かび上がる。通路は思ったよりも大きく歩きやすいが、迷宮に入った瞬間冷たくなる空気に不気味な恐怖を感じる。


「いくぞ」


男勝りな性格のバレッタがいてくれて心強い。ただ思う。


(先生はこんなところに朝からずっとひとりで潜ってしまっている。どこかで倒れていたらどうしよう……、必ず見つけなきゃ)



「フェリス、魔法の準備をしろ。何か来る……」


急に立ち止まったバレッタが後ろを歩いていたフェリスに言う。


「分かったわ」


フェリスも意識を集中し、闇精霊達の存在を確認する。



グッゴゴァゴゴゴゴガオオオ……


「うそ、あれって……」


ふたりの目には暗闇の壁が動いて近付いてきているように見えた。真っ黒な黒壁。迷宮に響く岩の足音。そして炎が照らしだしたその魔物を見てふたりが驚く。



「……ダークゴーレム!!」


岩の魔物ゴーレム。

ゴーレムが長い年月ダンジョンに棲むことによって生まれるとされる黒きゴーレム。長いこと生き延びることで強靭な肉体と力を有し、何より魔法、特に闇魔法に対して大きな耐久を持つ。



――光魔法


ふたりは同時にその名を思い浮かべた。

しかしバレッタは火、そしてフェリスは闇。誰も光を扱えない。バレッタが言う。



「俺が接近戦で叩く。後方支援頼む!!」


「わ、分かったわ。気を付けて!!」


そう言うとバレッタは気合を入れてこちらに向かってくるダークゴーレムに走り出した。



「うおおおおおお!!!!」


魔法より肉弾戦が得意なバレットがその自慢の拳で殴り掛かる。


ドン、ドン、ドオオオオン!!!


敵の直前で飛躍し、自身の倍以上ある敵に連続で拳や蹴りを繰り出す。だが防御力が非常に高いダークゴーレム。殴り始めたバレッタの方が苦痛の表情を浮かべる。


ドン!!


「きゃあ!!!」


ダークゴーレムの拳を逆に食らい飛ばされるバレッタ。すぐにフェリスが叫ぶ。



「闇の旋律・ダークサンダー!!!」


フェリスの差し出した手から真っ黒な闇属性の雷が放たれる。


ドン!!


その攻撃を正面から受けるダークゴーレム。一瞬動きが止まるその足。しかしダークゴーレムは何事もなかったかのように再び歩き出す。



「くっ、まだまだ!!」


その後フェリスはありったけの魔力を振り絞って闇魔法を放ち続ける。バレッタも魔法や拳で攻撃をするが一向に効き目がない。焦るふたり。フェリスは退路確保のため後ろを振り返って驚いた。


(行き止まり? いつの間に……)


知らぬうちにゴーレムによって逃げ道がない場所へと追い込まれていた。横に並んだバレッタが言う。


「俺が仕掛けて隙を作る。そのうちにお前は逃げろ」


「でも!!」


心配するフェリスが言う。


「大丈夫だ。俺は素早い。しかも硬い。問題ない」


顔から血を流したバレッタが笑って言う。頷くフェリス。そしてバレッタが全力でダークゴーレムに向かって走り出した。



「うおおおおおお!!!!」


ゴン!!!


「えっ!?」


それまでゆっくりとしていたダークゴーレムが、突如走る来るバレッタの頭を()()()上から殴りつけた。


「ぐわあああ!!!!」


頭を押さえて転がるバレッタ。響く悲鳴。フェリスは逃げるどころではなくなってしまった。



――わ、私が戦わなきゃ、バレッタが殺される。


フェリスの体から流れる汗。

友達を見捨てて逃げる訳には行かない。


魔法を。魔法、そう必要なのは光魔法。



――感じろ。いつもと違う何かを感じたら、それは……


突然思い出すクレストの言葉。


――お前はちゃんとやれば凄くなる。もっと気持ちを込めてみろ……


周りの雑音が消え、そして流れ込んでくる精霊達の唄。



(何だろう、これ。不思議な感じ……)


フェリスは初めて感じるその精霊達に心を開き、同調し、そしてお願いした。


(先生、力を貸して!!)



フェリスは素早く、正確に宙に魔文字を書く。そして右手を上げて叫んだ。


「光の旋律・スターシュート!!!!」


フェリスから放たれる光の束。それが一直線にバレッタを攻撃しようとしていたダークゴーレムの肩に当たる。



ドオオオオオン!!!


「なっ、す、凄ええ!!」


バレッタが怪我をした腕を押さえながらフェリスの元へと戻って来る。



グゴオオオオ……


光魔法を右肩に受けたダークゴーレムは、その腕が肩から破壊され地面に落ちている。しかし痛みを感じないのか、平然とこちらに歩いてくる。バレッタが言う。



「な、何だよあのバケモノ!! フェリス、さっきのもう一発!!!」


フェリスは再び手を上げた。

しかし初めて光魔法を使った興奮と、そして歩き迫るダークゴーレムの恐怖が彼女の旋律を乱す。



「ひ、光の旋律・スターシュート!!!」


響き渡る魔法詠唱。

しかし同調がされておらず魔法が発動しない。更に焦るフェリス。何度も何度も魔法を唱えるが光の精霊達は反応してくれなかった。



――こ、殺される……


ふたりは真っ黒な岩の魔物が迫るのをただただ見つめていた。

得体の知れない生き物。殺意を持つ敵。そこに容赦はない。もう無理だと思った。そう思うと何故か体の力が抜ける。


(ごめんなさい、みんな……)


フェリスは誰だか分からないみんなに謝罪した。そして目を閉じようとしたその時であった。



ドオオオオオオオオン!!!!!


「えっ!?」


突如、こちらに向かって歩いていたダークゴーレムが爆音と共に砕け散った。

ガラガラと積み上がるゴーレムの瓦礫。立ち上がる砂埃。そしてその奥にひとつの白く光る人影が現れた。



「フェリス!!!!!」


「せ、先生!?」


その影は一直線に走り込んでくると思いきりフェリスを抱きしめた。そして言った。



「良かった、本当に良かった。ずっと探してたんだぞ……」


「ク、クレスト先生……」


隣にいたバレッタがその姿を見て驚く。

着ていた服はボロボロに破れ、魔物の返り血や何かの汚れで黒く染まっている。神々しく光っていたクレストの体が徐々に元に戻っていく。

抱きしめられたフェリスは震えながら口を開いた。



「せ、先生……」


フェリスは自分の体の震えだと思っていたのだが、実はクレストの体の方が大きく震えていることに気付いた。フェリスが言う。



「……怒らないの、先生?」


フェリスを抱きしめたままクレストが答える。


「ああ、見つけたらめっちゃ怒ってやろうとな思っていたんだが……」


クレストの目から涙が溢れる。


「でもお前を見たら、涙が止まらなくてよお……」



「先生……」


その言葉を聞いたフェリスは、体の力が抜けていく感覚を覚えた。クレストが言う。


「ごめん、また触っちゃったな、お前に……」


そう言って離れようとするクレストを、今度はフェリスが強く抱きしめ返した。



「いいの。もうちょっと、このまま……」


顔の横で涙を流すクレストを感じフェリスの目からも大粒の涙が流れた。フェリスが言う。


「ごめんなさい。私、嘘ついちゃった……」


クレストが言う。


「ああ、もういい。怖い思いをしただろ? それで十分だ。ただまあ、これから外に出たら色んな人に叱られるから、それは覚悟しておけよ」


フェリスはクレストから体を放してその涙顔を見て言う。



「そんなあ、先生~、助けて下さいよ~」


クレストが笑って答える。


「あはははっ、それは無理だな。さ、帰るぞ」


「はい!」


ふたりの生徒は元気に返事をして迷宮の出口へ向かった。






「と言う訳だ。分かったか、レオン」


クレストは迷宮から出た翌日、すぐに学長室にいるレオンに報告に行った。レオンが答える。


「いや、全然分からんぞ」


レオンは迷宮のことを色々聞いていた。実は未踏である遺跡の地下迷宮に今度国王軍が本格的な調査を行おうと計画をしていた矢先のことであった。


「まさかひとりですべて踏破しちゃうとはな。それで、危険な魔物とか古代の資料になるようなものはなかったのか?」


レオンの質問にクレストが首を傾げて答える。


「いやあ、夢中になっててあんまり覚えていないんだ……」


「そうか。お前らしいな」


そう言って笑うレオン。逆にクレストが尋ねる。



「それよりフェリスの父親のことだが……」


レオンが笑顔で答える。


「ああ、大丈夫だ。もう済んでる」


「ありがとう。さすがは次期国王!!」


レオンは苦笑いをして応えた。





コンコン


フェリスはあの後、様々な人からみっちり叱られた。幸い怪我は軽傷であったが、翌日は念の為に学園を休んだ。そして夜になって父親が帰宅し、珍しく彼女の部屋へとやって来てドアをノックした。

ドアを開けるフェリス。父親は中に入ろうとはせず入口で立って娘に言った。



「実はな、仕事の異動があって、随分と暇というか、仕事の少ない部署に配属されてしまったんだ」


「……」


黙って聞くフェリス。父親が言う。


「それでな、その、何と言うか。お前が良ければ今度の休みの日、私と王都街おうとがいに買い物にでも行かないか?」



父親は少し気まずそうな顔をして娘に言った。

実はフェリス自身、クレストとこの父親だけからは今回の件で叱られていない。その日、父親は帰って来て落ち込むフェリスにただ一言こういった。


「すまなかった」



フェリスは目の前で元気のなくなった父親を見つめる。そして暫くしてから言った。


「分かったわ。その代わりに私の行きたいところに行くけどいい?」


父親の顔が明るくなる。


「ああ、もちろんだ」


「カフェとかだよ? 可愛いカフェ」


「うっ、あ、ああ。大丈夫だ。問題ない」


父親は必死に笑顔を作って娘に答えた。






「先生、ちょっといいですか? お話が……」


翌日、元気に学園にやって来たフェリスが講義の後クレストに言った。


「ん? どうした?」


教材を片付けながら話を聞くクレスト。フェリスは少し頬を赤くして話始める。



「先生、我がフェルート家には女性とのお付き合いの方法と言うか手順がございまして……」


「は?」


驚いてフェリスの顔を見るクレスト。気にせずにフェリスが続ける。


「まずは声を掛ける。相手を見つめる。そして手を握る」


「お前、一体何を言ってるんだ?」


クレストが言う。



「先生は魔道館の講義中にこれはしっかりと終えてしまわれたので、次のステップは『抱きしめる』になります。まあ、これも先日迷宮の中で無事に終わりました」


「おいおい……」


フェリスが続ける。


「番外編として女性を怒らせてどこかへ行かれてしまった場合は、男性は必死に『泣きながら』相手を探す。これもクリアしちゃいましたね!」


「な、何を言ってるんだよ……」


段々クレストの顔が青ざめる。フェリスはクレストの両手を握って言う。



「その次の手順はキス、そして胸を揉んで一晩を共にする。それから子作りです。ね!」


「ね、じゃねえだろ!! 馬鹿なこと言ってないで……」


そう言ったクレストにフェリスが近付いて耳元でささやく。


「ちゃんと相手の攻め方も決まっているんですよ。女性への愛撫の仕方、私からの奉仕の仕方……、私は胸が弱点なんです。後でしっかり教えますね」


「ば、ば、馬鹿な事を言うな!! お、俺は帰るぞ!!!」


そう言って立ち去ろうとするクレストの手を掴むフェリス。そして言う。



「じゃあとりあえずキスからですね。先生が良ければ一緒に胸を揉んでもいいですよ」


そう言ってクレストの体を近くに寄せて目を閉じ、少し背伸びするフェリス。クレストが叫ぶ。


「か、勘弁してくれ!! 学園じゃ無理だろ~!!!!」


そう言って逃げるクレストをフェリスが追いかける。


「じゃあ、うちで続きしましょう、ねえ、先生ってばあ!!」


フェリスは逃げるクレストを笑顔で追いかけた。

お読み頂きありがとうございます。

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