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2~課題図書

祈里が初めて書いた掌編の小説「初恋」は、祈里自身の推敲作業によってほぼ完成と言っていいものに仕上がった。この作品を次の診察の時に瑞穂に見せなければならない。瑞穂は、どんな表情を浮かべながらこの作品を読み、評価してくれるのだろう?祈里は、その事が気になり過ぎて、三度の食事もうまく喉を通らないくらいに軽い自律神経失調症のような状態に陥ってしまった。こんなことなら矢張り今回の瑞穂との契約を断れば良かったと祈里は後悔しきりだった。



翌月の診察日。祈里は原稿用紙に綺麗に書き直した自身初めての作品をクリアホルダーの中に入れて、お気に入りのリュックサックの中に無造作に突っ込んだ。

「どうにでもなればいい……」

 祈里はヤケクソだった。


「こんにちは!祈里君!」

 診察の順番が回ってきて部屋に入ると、瑞穂がいつにも増して爽やかな笑顔で迎えてくれたので祈里はバツが悪くなってしまい瑞穂と視線を合わせるのを避けるように不自然な歩き方で椅子に座った。

「体調良さそうね!なんとなく分かるよ!」

 瑞穂は、珍しくショートカットの髪の毛を可愛らしいゴムで縛っておでこを出していた。

「あの……先生」

 祈里の蚊の鳴くような声。

「うん。どうしたの?」

 瑞穂は少し姿勢を組み替えて祈里の方へ顔を近づけた。

「……これ、書いてきました」

 祈里、覚悟が出来たのか?いきなり本題に入る。

「あっ、そっかぁ~!ちゃんと書いてきてくれたんだ~!ありがとう!」

 祈里は原稿用紙が入ったクリアホルダーを瑞穂に差し出して天井を見上げた。

「ホントに……短い内容で恥ずかしいんですけど……」

 祈里の言葉を聞いていた瑞穂は、天使のような笑顔で頷きながら差し出されたクリアホルダーを受け取った。

「今、ここで読んでもいい?」

 祈里は、まるで拷問のようなこの展開に気を失いそうになったが、必死で堪えて平静を装い飛び出しそうな心臓の鼓動を瑞穂に悟られまいとリュックサックの中から水を取り出して一気に飲み干した。

「あ~、やっぱりお水って美味しいですね~!」

 祈里は、意味不明なことを口走って不自然極まりない笑顔を浮かべながら、早くこのクリープショーみたいな時間が過ぎ去ってくれることだけを願っていた。



「……うん。はい、読み終わりました!」

 祈里の掌編の小説を読み終わった瑞穂は、少しだけ時間を置いてゆっくりと喋り始めた。

「初恋かぁ……いいね!とっても!」

 瑞穂は何度か原稿用紙を読み返しながら祈里のデビュー作品を笑顔で受け入れた。

「……あの、先生。どの辺が良かったでしょうか?」

 祈里は少し落ち着いてきた様子で瑞穂に質問した。

「う~ん、そうねぇ。正直私は祈里君の書く文章はもっと重いテーマになるのかなぁ。なんて思っていたのよ。でも、本当に純粋な優しい文章に纏まっている。意外だったわ!」

 瑞穂は、もう一度姿勢を組み替えてデスクの引き出しの中から一冊の本を取り出した。

「この本は先生が祈里君くらいの年齢の時に初めて本屋さんで買った本よ!」

 瑞穂は、そう言って祈里にそっとその本を差し出して渡した。

「うん?ガープの世界……ジョン・アービング……」

 祈里は、その本をただ不思議そうに眺めていた。

「私からの課題図書!次の診察日までに読んできて!」

 瑞穂は、そう言ってカルテに向き合ってようやくこの日の診察が始まった。



 自宅に帰った祈里は、なんだかよくわからないけど瑞穂からの課題図書とやらを無心で読み始めた。


 祈里にとって瑞穂との文学交流は、後にとても有意義な時間を(もたら)し、祈里の大きな成長へと繋がっていくことになる。そして精神科医と患者という垣根を超えて、禁断の愛を育んでいくことになるのだが、それにはもう少しだけ時間というプロセスを必要とする事になる。


 

 


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