プリンセスの条件
ファイルを漁っていたらたまたま昔書いたまま忘れていたお話が見つかりました。その後の展開に悩んで放置していたのですが、読み返したら一応お話にはなっていたので供養がてらアップします。
就活に出かけた親父が帰ってこない。
それも一週間ほど。
親父は日頃からだらしがない。
飲んだくれて二~三日見かけないこともある。
そんな親父に愛想をつかして俺の母親は逃げ出した。
五年前、俺が小学生だったときだ。
そんなわけで、親父は仕事に就いてもすぐにクビになる。
だから、しょっちゅう新しい仕事先を捜すことになる。
親父がいなくなる。
そのこと自体はいつもの事だ。
だから、特に心配していなかったのだが、さすがにちょっと長すぎる……。
そろそろやばいかも?
……とか思っていたら、俺のスマフォにメールが届いた。
一応発信者は親父。
ただしメアドは見覚えがない。
内容は「今日の昼過ぎに駅前で待ち合わせ」とのこと。
……何かの罠か?
実は俺にはヤバイ敵が少なからずいる。
なにせ育ちが良くないので、周囲には暴力でしか語り合えない獣のような連中が多いのだ。
もしかすると、親父はそいつらにさらわれたのかもしれない。
悩んだが、他に手がかりもない。
罠があるならそれごと噛み破るまで。
そう決意してメールに書いてあった場所に約束の時間に駅前に行ってみた。
だが……。
「親父……どこにいるんだ?」
少なくとも見える範囲にそれらしい人影はない。
こりゃ騙されたか?
……もしかして誘い出された?
「やっべぇ、やっべぇ」と焦る俺。
もっと慎重に行動すべきだった。
その辺の物陰から、いかれた連中がゾロゾロと出てくるんじゃないかと周囲を見回した。
そのとき……。
「あの……」
清らかというか、涼やかというか……。
俺には一生縁がなさそうなきれいな声が聞こえた。
どうやら俺に話しかけているらしい。
声の主の方を見ると……。
期待に違わぬきれいな女の子がそこにいた。
第一印象は「お姫様みたい」。
それも、物語の登場人物のようなお姫様だ。
着ている服は高そうなジャケット(ボレロというらしい)。
高そうなジャケットの内側の服。
高そうな千鳥格子のスカートとストッキング。
高そうな短めの革製長靴。
……悪かったな!
女の服のことなんて知らなかったんだ。
そんな俺でもわかるくらい仕立てのいい服だったけど。
だが問題なのはそこじゃない。
それを着ている女は服以上に豪華で高級そうだった。
年齢は俺と同じ高校生か少し下くらいだろうか?
銀でできた糸のように輝く髪。
これが腰より長く伸びている。
身長は平均的日本人男性並か?
頭部が小さいので等身はそれ以上に大きく見えるが。
肌はきめ細かく高級なティーセットの白を連想する。
鼻はつんと高く、全体的に彫りが深い。
小さな唇は紅がきれいに塗られ、花びらのようだ。
そして目だ!
濃い青色の澄んだその瞳。
一目見ただけで吸い込まれそうな、強烈な印象を与える。
さらに加えて、そのお胸だ。
とても俺の手のひらでは収まりきらない。
思わず拝みたくなるほど立派なバスト。
それが服の下からふたつそびえ立っている!
明らかに日本の雑踏にいるのには不自然な……。
欧風お姫様的超美人。
俺に話しかけてきたのはそんな女の子だった。
「は、はろー」
俺はその場で唯一しゃべれる英語で答えた。
「……わたくし日本語で話しかけていますわよ?」
上品に口に手の甲を当て、美人が笑う。
口調は期待を裏切らない丁寧なもの。
半端な美人がやるとイヤミに聞こえるかもしれない。
だが、それが似合っちゃうんだから恐ろしい。
ともかく、日本語は通じるらしい。
俺はたどたどしくも問い返した。
「な、なにかご用ですか?」
似合わない丁寧語になったのは相手に引きずられたからだ。
今度は両手のひらを口に当て、満面の笑みを浮かべる美女。
もしかすると無礼なのかもしれないが……。
その仕草があまりに華麗なのでとがめる気にもならない。
むしろ笑ってくれたことに感謝の土下座をしたいくらいだ。
だが、俺が美女に見とれていられたのはそこまでだった。
彼女は笑いを納めると……。
想像を絶することを言い出したのだ。
「ごめんなさいね。なかなか連絡ができなくて」
「はあ?」
連絡?
俺の生涯でこんな高級そうな人間に合った覚えはない。
もちろん連絡をもらう理由も思いつかない。
すると、彼女は可憐な笑みを浮かべてこう言った。
「わからない?」
「はあ」
「わたくしが何者なのか……」
「はあ」
もちろんさっぱりわからない。
「実はわたくし……」
そう言った美女のイタズラっぽい表情。
あれ?
どこかで見覚えがある?
そして、そんな俺の思考は次のひと言で吹き飛ばされた。
「あなたのお父さんですのよ?」
…………………。
「……はぁ?」
最後の「はあ」はそれまでとはちょっと違う「はあ」だった。
◇
美女と連れだって俺は駅前から離れた。
俺の間抜けな声のせいで周囲の注目が集まったからだ。
気がつくと近くの公園まで来ていた。
適当なベンチに座り彼女の話を聞く。
超が軽く五つはつきそうな美人とのツーショット。
他人に見られるのは恥ずかしいのだが……。
ことがことだけに逃げ出すわけにもいかない。
美女は公園のベンチに腰掛け説明を始めた……。
俺の親父が就職探しに行った先。
それはとある国のお姫様募集の選考会だった。
「“お姫様を募集”ってなんなんだよ!」
「そうなんです。ですから、わたくしも興味を持ちまして」
しかも「年齢、性別不問。未経験者優遇」だったとのこと。
そこまで言われると、俺も話のネタに行ってみる気になるかなあ。
「そうしたら、意外なことに。
わたくしにプリンセスの才能があったらしくて……」
その場で即採用となり……。
培養タンクのようなものに入れられたのだとか。
それって略取・監禁じゃないの!?
「それでそのタンクから出てきたら、今の姿になっておりましたの。
おわかりになりまして?」
「言ってることはわかったけど、何ひとつ理解できない」
……いや、ひとつだけわかったことがある。
彼女は自分を俺の親父であると、そう言っているのだ!
「もし……あなたが親父なら、
なんでそんな口調なんだよ?」
「……実は、わたくし自身は、
元の口調でお話ししているつもりですのよ」
「それが……なぜ?」
「どうやら、頭の中で考えた言葉を口に出す前に、
脳内のフィルターみたいなものを通しているようなんです」
といって、彼女は具体例を示してくれた。
「例えば……わたくしが『お花を摘みに行きたい』、
と申し上げようとしたとしますわね?
そうすると自動的に『お花を摘みに行きたい』と、
言葉が発せられる前に変換されるようなのです」
“お花を摘みに行く”は“トイレに行きたい”、という意味の隠語……だったはず。
わかりにくいけどこういうことか。
“トイレに行く”と言っているつもりなのに、
“お花を摘みに行く”に、勝手に変換されると……。
それって洗脳!?
いや、人体改造!?
どう表現してもヤバイ事のような気がするけど……。
「でも、おかげで50歳過ぎの粗暴な男性のわたくしが、
こうして姫を演じることができますのよ」
……まあね。
目の前の美女に以前の親父の口調で話されたら……。
なんか、色々ダメなような気がするよ。
うん。
で、何のために俺を呼び出したの?
そう訊こうとしたら……。
「きゅーぐるぐる……」
ちっちゃい音だったけど。
確かに聞こえた……。
「……………………」
目の前のゴージャスな美女が羞恥に顔を染めた。
「もしかして……お腹すいてる?」
俺がそう言うと、父である彼女はこう答えた。
「……姫はその言葉を口にできませんの」
それは大変だなあ。
俺、お姫様に生まれなくてよかった……。
って、親父だってお姫様に生まれたわけじゃないけどさ。
しかたない……。
俺は周囲を見渡した。
……お、あった。
親父にその場にいるように言い残してダッシュ!
数分後戻ってきた俺の手には……。
屋台で買ったたこ焼きの入ったフネがあった。
親父の目が輝く!
「まあ。とっても美味しそう」
……それは矯正されない許容範囲内なのね。
「ありがとうございます。清彦さん。
いただきますね?」
そう言って爪楊枝をたこ焼きに刺し、頬張りはじめる。
そんな何気ない動作にドキッとする俺。
だって仕方ないだろう。
彼女が浮かべる笑顔がとても自然で……。
今までのすました表情よりも魅力的で……。
つい、見とれてしまったんだから。
◇
親父はたこ焼きを食い終えた後、
俺に自分についてくるように言った。
行った先に待っていたのは高級リムジン。
一瞬「逃げようか」とも思ったけど考え直す。
さっきみたいな笑顔を浮かべる人間が、
悪いことをするようには思えなかったからだ。
リムジンはお屋敷が並ぶ街に向かった。
その中でもひときわ大きなお屋敷の門をくぐる。
の中をしばらく走った後、洋館の前に着いた。
いや、洋館なんてスケールじゃないな。
これ、宮殿だろ?
メイドさんやら執事さんやら……。
大勢の使用人たちが親父を出迎える。
「それではしばしお待ちくださいね」
親父はお着替えだそうで、宮殿の中に入っていった。
俺は客間に通されてしばらく待っていた。
時間がたつと人間よくないことを考えるもので……。
俺はだんだん不安になってきた。
テレビのドッキリ番組?
いや、このまま解体されて内臓を売られたりとか……。
そんなことを考えていたもんだから、客間のドアが開いたときにはビビッた。
思わず尻が宙に浮いたもんな。
けれど、入ってきた人物を見てそんな驚きは吹っ飛んだ!
入ってきたのはさっきの美人の姉ちゃん。
だが……。
純白のドレスに着替え、頭にティアラをつけた彼女は……。
何をどう見ても完璧なお姫様にしか見えなかった。
……え? なに?
親父が本当にお姫様になっちゃったの!?
ドッキリでも冗談でもなく?
ここに来てようやく。
俺は事態の異常さを実感した。
そして、もうそのときには色々手遅れだったのだ。
そう、本当に色々な意味で。
その後、ふたりはなんやかんやあって幸せに暮らしました。おしまい。