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男主人公の短編

令嬢は悪魔に恋をする

作者: 烏丸じょう

 悪魔は未来視ができる。子供が生まれると一人一人の未来を確認し、()()()()()()子供を見つけたら、見守り、適切な年齢で声を掛けて契約に持ち込むのだ。


 今でこそ黒髪赤目の美青年、カイムは元々鳥の姿をした悪魔だった。


 カイムは、ある日将来王妃になり傾国に導くであろう愛らしい少女を見つけた。

「王妃になりたい」とか「幸せになりたい」と言わせて契約すれば、その欲で肥え太り、怨嗟に塗れるであろう極上の魂が死後自分のモノになる筈だった。


 なのになぜこうなった?


 今現在、カイムは婚約者のセイラと教会で結婚式を挙げる準備の真っ最中だった。

 セイラを喜ばせる為にドレスと合わせた宝石は注文済みだし、招待客のリストアップも終わり、あとはケーキのデザインをどのようなものにすべきかセイラの友人を交えて、料理長と打ち合わせしているところだ。



 カイムと出会った頃、伯爵家の一人娘 セイラはロマンス小説に嵌っていた。

 「悪魔の恋人」という名のそれは爆発的に国中で流行し、貴族はもちろん平民にまで読まれるようになり、舞台化もされた。


 契約に来た悪魔とひょんな事から婚約者になった少女が真の愛を育む物語だったが、それはとても甘く、時に切なく、女性達の心を鷲掴みにしていた。

 特に、平易な文章の少女向けが出てからは、その人気は低年齢層や識字率の低い庶民にも一気に広がり、「悪魔の恋人」というのは「騎士の恋人」や「王子様とお姫様」と同じくらい、いやそれ以上に憧れの存在になっていた。


 セイラもそんな少女達の一人で、その本を手にするまでは自分の姿形が良い事を根拠に「いつか王子様と」と憧れていたが、あっさりと悪魔がそれに取って代わった。


 そんなある日現れたのがカイムだった。

 その鳥の姿の悪魔を目の前に召喚できた時、セイラは歓喜した。正に小説そのままの展開ではないかと。

 そうして、少女は悪魔に自分の理想の恋人に、そして夫になる事を願った。


「お願い!私の恋人になって、将来私と結婚して!そして末永く幸せに暮らすのよ!」

 セイラは小説「悪魔の恋人」を突き出してカイムにそう言った。

 カイムはそれを聞いて困惑した。偶然を装ってセイラに召喚術を行使させたのだが、予定していたものと違う願いだ。ここは未来視の通りに「王妃様になりたいの!」と言ってもらわねばならないところだ。


「はあああ?いや、お前の美しさならこの国の王妃にだってなれるに違いない。俺と契約したならその夢のような未来を叶えてやろう」

「私、『悪魔の恋人』が欲しいの!だから貴方を召喚したのよ!さっさと願いを叶えてよ!」

 カイムは何とか修正しようとしたが、セイラが確固たる意志を持ち誘導に乗らないので、渋々セイラの望み通りの契約をすることにした。


 思えばこの時逃げていればこんな羽目に陥ることは無かっただろう。悪魔が何故教会で、神の面前で、永遠の愛を誓わねばならんのだ?カイムは己の選択ミスに後悔し通しだった。


 セイラと契約してすぐに、カイムは美しい少年貴族に扮し、まんまとセイラの婚約者として彼女の家に同居することができた。


 最初は適当なところでセイラには王子に心変わりしてもらう予定だった。そして「願い」の変更を提案するつもりだったのだ。


 にもかかわらず、セイラを甘やかしているうちに情が移り、今ではそれなりに真剣に彼女の事を気に入っている自分に更に嫌気が募る。カイムのセイラへの想いは他者に渡したくないと考えるほどにいつしか執着の色を帯びていた。


 振り返れば、「可愛らしい恋人」セイラとの生活は、気の遠くなるような年月を悪魔として生きてきた自分が多少人間臭くなるほど、中毒性のある甘さがあった。

 流石、本来ならドラマチックな恋に陥り、この国の王妃となるはずだった娘だけはある。


 未来視によれば、セイラは貴族学校で王子と運命的な恋に陥り、ライバルの妨害を受けながらも最終的にその愛の勝利者になる筈だったのに、それは結局カイム自身が台無しにしてしまった。


 セイラが王妃になれば、この国は最終的に滅亡する筈だったのだ。大きな運命の改変を起こしてしまったカイムはもう何も考えないようにしていた。人それを現実逃避と言う。


 期待していた魂の狩り場を無くした同僚(アクマ)達から責められる事も増えてきているが、まあ実害はない。悪魔は人の心に囁きかけることはできても、契約無くして大した事は出来ないのも事実だ。


 カイムが変えてしまった運命はこの国の命運だけではなかった。


 例えば、目の前でセイラと談笑している公爵令嬢もその影響を最も受けた一人だった。

 現在、王子の婚約者である彼女は、まだ候補者の一人に過ぎなかった学生時代に、本来なら嫉妬に狂いセイラを殺そうとするはずだったのだ。そして、王子の騎士により討たれるまでが運命の筋書きだった。


 その未来は覆り、今ではセイラと親友の間柄だ。

 お陰で彼女の魂を狙っていた後輩悪魔からも顔を合わせる度に愚痴られている。



「カイム!今、マルタ様に見惚れてたでしょ!」

 己のしたことの顛末に苦い思いでいたカイムに向かってセイラが拗ねたように口にした。


「いや、そんなことないよ。セイラにとってマルタ様が一番大事な友人だから、会えなくなると可哀想だと思ってね」

「まあ。私を心配してくれたのね」

 セイラはすぐに機嫌を直し、笑みを浮かべた。

 単純なところもあるが良く言えば素直で愛らしい娘だ。その真っ直ぐな想いはカイムをいつも心地よくさせる。


「勿論だ。俺が愛してるのはお前だけだ。セイラ」

 顔を近づけ耳元でそう囁きかければ、セイラの頬は途端に薔薇色に染まる。




 カイムが驚いたことが一つあった。セイラの望む「悪魔の恋人」を体現するため、最初は物語の中の台詞を要所要所で真似るようにしていた。するといつしかそれが自然であるかのように、スルスルと甘い言葉が口をついて出るようになったのだ。

 自分の中にそのような感性があったことに気付いた時は驚愕した。何しろ()()から口にしていたのだから。


――悪魔として終わってるな。


 カイムはこっそり溜息を吐いた。

 こんな人間染みた感情が自分の中で育つことがあるなんて夢にも思わなかった。

 最初は戸惑い、否定し、受け止めきれなかったが、今ではもうセイラとの恋という()()に耽るのも悪くないと開き直りつつある。


 ウェディングケーキのデザインに満足した彼女達の興味の対象は、結婚式で配るお菓子に移っていた。

 各名店から取り寄せた色取り取りの砂糖菓子を一つ一つ吟味し、あれが良いこれが良いと盛り上がっている。


「やっぱり、マーシャルのドラジェが一番美味しいと思うの。カイムも食べてみて」

 セイラが幸福の種(ドラジェ)を抓んでカイムの口元に寄せた。

 カイムがそっと口を開けるとセイラの白い指が唇に触れ、甘味が舌に広がっていった。それと同時にセイラの髪の香りが鼻腔を擽り、そのまま口移しでセイラにドラジェを食べさせてみたいという欲求が起こる。それもマルタの生温かい視線を感じて何とか押し留めたが……。


「どう?」

 と無防備に首を傾げるセイラの手を掴み、その指をひと舐めする。


「砂糖がついてる」

 カイムが蠱惑的な笑みを浮かべ、そのままハンカチで指先を拭ってやるとセイラは顔どころか耳まで真っ赤にして固まった。


――キスはダメでもこれぐらいはセーフだな。うん。


 カイムはセイラの恥ずかしそうな顔を見て達成感を感じた。小説のヒーローのように如何に彼女をドキドキさせる事ができるか?それは現在のカイム自身の楽しみであり、挑戦でもあった。


「……甘過ぎますわ。砂が口から出そうですわ……」

 マルタがブツブツと何か言っていたがそれはカイムの耳には届かなかった。




「もう!マルタ様がいらっしゃるのに、ゆ、指に、あんなことするなんて!恥ずかしくて死にそうよ!」

 マルタが帰り、二人きりの部屋でソファにもたれながらセイラは顔を赤くしてプンプンと怒っていた。


「本当はもっと別の事をしたかったけど思い止まった理性を褒めてもらいたいぐらいだけどね」

 カイムは怒っているセイラを宥めるように抱き寄せ、顔を近づけた。セイラの髪を指ですくい、くるくると弄びつつ、時折指の腹で撫でつける。絹糸のように細い亜麻色のそれに触れるふりをしながら、セイラの耳や首を擽る。そうするといつもセイラは気を治め、苦笑いしながらも向き合ってくれるのだ。


「別の事って?」

「うーん、なんだと思う?」

 どんどん顔を寄せて触れるか触れないかのギリギリまで二人の唇が近付く。

 いつの間にかセイラの瞳はトロンとして、その唇は強請るかのごとくほんの少し開かれている。


 誘うようなその表情にカイムは劣情を喚起され、必死に押さえつけた。誘惑するのは悪魔(カイム)か?少女(セイラ)か?


――嵌められたのは俺の方だ……。どこまで墜ちるのか先の読めないこの罠に……。


 カイムは瞳を閉じて恋人の唇を貪った。



 






◇◇◇


 とある所の部下と上司の会話。


「作戦は上手く行ってるようです!」

「うむうむ。これで悪魔達が人間界で悪さをすることも減るだろう。」

「寧ろ、人間染みて悪魔から只の人レベルまで霊格が上がりそうですよ!伴侶が亡くなれば魂を喰らわずに人間として生まれ変わりを望むでしょうね!」

「調査結果では悪魔が正義のヒーローになるには恋愛要素が不可欠だったからな。それにしても、次は男性向けに何か考えねばならんな」

「テイマー物とかどうでしょう?やはり少年には『友情』の方が響くでしょう。

「よし、ではまた地球に行って良さそうなものを見繕ってどこぞかの作家に天啓を降ろせ」

「かしこまりました!」


 部下は飛び去り、後には白い羽が一枚残った。



 

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― 新着の感想 ―
[一言] こういうことかー、セイラが天使だったらもっと萌えたw 実は悪魔を落とす的な任務を受けてるみたいな? 妄想が広がるw 愛したほうが負けとか某アニメ的な展開になりそうw
[一言] あー、やっぱりなぁ。 悪魔ブームの裏に絶対神様側の思惑があると思っていたら……。 おそらく、これから先悪魔側の反撃もありそうですね。 面白かったです。
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