傷の痛み
掲載日:2020/02/06
あのね、
いたいとか、
つらいとか、
さみしいって気持ちは、
こぼしていいんだよ?
自分の中の苦しさっていうのは、
『誰か』が勝手に推し量れるようなものじゃない。
自分の痛みは、
自分じゃない『他の誰か』に、
軽々しく否定されていいものじゃない。
『自分は恵まれているから、そんなことは言っちゃいけない』だとか、
『苦しいと思っちゃいけない』って、
そういう風に自分の苦しさを否定するとね、
余計に自分を追い詰めちゃう。
恵まれていようがなんだろうが、
痛かったり、
苦しかったり、
つらかったり、
さみしかったりするのは、
生きていれば当たり前のことだ。
いたい、
つらい、
さみしい、
くるしいっていう自分の気持ちは、
否定しなくていいんだよ?
痛みを、
つらいと思うことを、
苦しさを、
自分じゃない『誰か』にも、
それこそ『自分自身』にだって、
恥じる必要も無い。
痛いと思うことは、
傷付いたって思うことは、
恥ずかしいことじゃない。
傷はね、
自覚しない傷や、
傷付いたことを否定したり、
見ない振りをすることで、
余計に深く、
広がってしまうと思うから。
傷付いたって、
痛いって、
苦しいって、
つらいって、
言っていいんだよ?
傷付いた、
痛いなって自分で自覚することこそが、
その傷が癒されるために必要な、
第一歩だから。




