ママのいうことを聞きなさい!
「え!? 山でうさぎの魔物が暴れてるんですか!?」
宿屋の休憩スペースで話をしていた行商人のおじさんの言葉に反応して、思わず話しかけてしまった。
「ああ。すぐ近くのラビト山でね。おかげで隣町に行けなくなっちゃったよ。傭兵に護衛でも頼もうかな。お嬢さんも気を付けなよ」
「そうなんですか。ありがとうございます!」
お礼を言い宿屋から出る。うさぎかぁ、どんなのだろう。魔物というからにはそれなりに凶暴だろうし、普通の可愛らしいうさぎとはかけ離れた見た目をしてそうだ。
「ラビト山は王国への通り道じゃないから大丈夫そうだね!」
「うん。でもちょっと気になるなぁ」
「でも危なくない?」
「寝起きにもっと危ないことになったから大丈夫だよ」
「?」
朝起きてポコの顔が目の前に会った時はびっくりした。胸に顔をうずめて硬いって言った時にはブチ切れそうになったが私は大人なので何とか耐えた。まあ、そこには骨があるから硬いのは当然だよね。危うく友を亡くすところだった。危ない危ない。
そのこととは全く関係ないが、嫌がらせに寝ているポコの胸を触っておいた。私は許した。
「今日はポコと一緒にいようかなって思ってるんだ。野生の獣でも狩りに行ってみる?」
「いよいよ家出っぽいね! 手伝ってもらってるけど、自分の力で生活するのわくわくする!」
「わかる。旅はいいぞ……」
旅はいいぞ……食事はいいぞ……なんだか色々な物をおすすめする人みたいになってるね。
でも食事の良さを広めるのも悪くはないな。美味しいものを食べたい、周りの人たちはそういう欲求があまりにもなさすぎる。
「見つけたっ、マジツール家のお嬢さん! お母さんが探してたぞ、早く家に帰りなさい」
「ひっ……」
いきなり背後から声を掛けられ、ポコが怯え私の陰に隠れた。
マジツール家……? それがポコの家系なのだろうか。流石魔術師、姓があるとは。
何はともあれポコが怯えている時点でこのおじさんは私の敵だ。警戒心は最大でいく。
「誰ですかあなたは」
「その子の母親に言われて探してたんだ。端的に言うと、連れ戻しに来た」
この街は街というだけあって人も少なくない。だが、城下町のように活気があるわけでもない。そんな街の中で家出したのだから、当然見つかるだろう。もっと早くに気づけばよかった。
「ポコ……ポコンは帰りたくないと言っています。本人の意思を尊重するべきです」
「うんっ、うんっ!」
大きく頷くポコ。うんは口で言わなくてもいいのよ。
「それは分かるが、だとしても話はするべきだろう。何があったかは知らないが、話はつけるべきだ」
「それは……そうかも。ポコ、お母さんと話してみたら?」
「ぜ、絶対嫌だよ! だって、お母さんわたしに嘘ついたもん!」
嘘をついた? それはどういうことだろう。何かしら約束をしていて、それを破った。と考えられるけど、そのショックで家出をすることになったのならそれなりの理由がありそうだ。
「ポコ、お母さんと話はしたの?」
「口喧嘩しちゃって……そのあと家出した……」
「なら、冷静に話し合わないとダメだよ。それでも納得がいかないなら、家出しよう。私も手伝うから」
「……わかった」
どうやら勢いで家出してしまったようだ。お互い冷静ではなかったのだろう。
魔術師とはいえ、娘が家出したら気が気でないはずだ。こうしてわざわざ探しているのだから、向こうも話をしたがっているに違いない。
「よし。おじさん、私、ポコを親に会わせます」
「そ、そうかい。いや、だが……」
「逃げたりしないので安心してください。私はポコの味方ですが、甘えさせたりはしません。ポコのためになりませんから」
私がそう言うと、おじさんは分かったと言い立ち去った。真剣に言ったから監視する、とは言い出さなかった。よかった。
その後、ポコに家の場所を教えてもらいながら移動した。
* * *
ポコは自宅、マジツール家のドアをノックすると、深く息を吸い込んだ。
「ただいまー!」
「えっ!? それ言う? 流れ的にそれ言う!?」
「え、帰ってきたらただいまでしょー?」
なるほど、これが育ちがいいってやつか。家に帰るのが嫌だというのに、こういうところはしっかりしている。ポコが由緒正しき魔術師なのだと実感できた。
ポコの声が聞こえたのか、どたどたとドアに駆け寄る足音が聞こえてくる。そして、勢いよくガッシャッと、ドアが開かれた。
「ポコン! と、貴方は……」
ドアを開けたのは、驚くほどの美人だった。美人だが、ぼさぼさの髪がポコによく似ている。失礼かもしれないが、親犬、という表現が一番相応しいだろう。
最初はポコを見て怒ったような声色だったが、私を見て冷静になったらしい。他人がいたら自重できる、やはりお金持ちなのでは……?
「初めまして、ポコの友達のエファです。話し合いをさせるためにポコを連れてきました」
「そう……上がっていって」
察しがいいのか、家に入るよう促す母親。母親だよね? お姉さんとかじゃないよね?
家に上がりイスに座る。ポコは自宅だというのにガチガチになりながら座っていた。緊張してるんだろうけどそのそわそわするのは客人側だと思うんだ。
「ポコンの母親のセルコンよ。それで、話し合いって?」
「そのままの意味です。ポコ、お母さんはどんな嘘をついたの?」
ここでポコに喧嘩の原因であるお母さんがついた嘘の内容を確認する。本人の口から出た言葉の方が効くだろう。
「15歳になったら魔術師として働けるって言われて、毎日頑張ってたのに……15歳になってもまだダメだって……ずっと、ずっと頑張ってきたのに……」
「だそうですよ」
「それは……本当に悪いと思っているわ。でもね、魔物と戦闘をしたら死んでしまうかもしれないのよ。あまりに危なっかしすぎるの」
「それくらい覚悟してるもん!」
「でも……」
これは収拾がつかなそうだ。大丈夫、ダメ、大丈夫、ダメの繰り返し。お互いの意思がはっきりしているだけに言い合いは収まらない。
「あの、魔術師について詳しくない素人の感想なんですけど、ポコの実力が足りてないってことですかね?」
「それもあるけど、この子とてもドジなの。魔術師は錬金術や魔術の研究に必要な素材集めを自らするのだけど、この子には危険すぎるわ」
「ドジ……?」
そういえば初対面の時に魔術師なのに近距離でわーわーやってたよね。私は魔術師の知識は浅いけど、魔術は多少離れて使うことが多いのは知っている。あの時は明らかに近すぎた。
確かにドジだなと納得し、ポコの顔を見る。目をそらされた。おい自覚してんのかお前。
「とにかく、まだダメよ。一人で行動するには早いの」
「なら……」
そう呟くと、二人の視線が私に向く。今私は感情で言葉を発しようとしている。
でも、きっと後悔はしない。
ポコは本気で悔しがっていた。それは、本当に魔術師になるために頑張っていたからに他ならない。
でも、ポコのお母さんはそれを認めようとしない。親バカなのか、本当にポコが致命的なドジっ子なのか。そのどちらかだろうが、とにかく認めない。
なら……そのどちらの思いも尊重するとしたら、私にできる答えは一つ。
「私の旅にポコを同行させてください」