はじめてのにくかい
おじさんに手伝ってもらい何とか野生の豚を畑の外に運び出した。
これで解体ができる。私は小さいナイフを取り出し、腹に刃を入れる。
「お嬢さん解体までできるのかい。こいつは驚いたな」
「実家が牧場なんです。あと、15歳ですよ。大人です」
「それでも十分すごいと思うがなぁ」
腹を裂くと、中から内臓が零れ落ちてくる。血抜きはしてあるので血があふれ出ることはないが、内臓を体内で潰してしまうと肉が臭くなってしまうので気を付けなければならない。特に腸や胃袋は破れると異臭がするので要注意。
「う、うわぁ……ぐろい」
ポコがそう呟く。無理もないだろう、一般人は内臓を見る機会なんてほとんどないのだから。
「みんなが普段食べてる肉はこうやって処理されてるんだよ。だから感謝しなくちゃいけないの、解体してくれる人にも、動物にも」
「知らなかった……」
野生化してるから寄生虫が怖いな、食べられる内臓は心臓と肝臓……あとは腎臓かな。ハツ、レバー、マメと呼ばれている内臓だ。
あとは腐ったりして臭いが気になっちゃうから地面に埋めようね。
「ふんふんふーん」
お次は皮を剥いでいく。豚は脂肪が多いためナイフに油がついてしまい、切れ味が悪くなってしまうので定期的に布で付いた油を拭き取ると楽に皮を剥げるよ。みんなも豚を解体するときは参考にしてね。
この作業は繊細だが楽しい。体力的な疲れが少ないのだ。この後にする解体が一番疲れるので今のうちに体力を温存させておかねば。
「おお、いつも見るお肉が見えてきた! 美味しそう!」
「美味しそうに見えるかぁ?」
ポコの言葉におじさんが困惑する。わからなくはないけど生肉の時点で美味しそうってなんか変だよね。
それなりの時間を掛けて皮を剥ぎ終わる。プロにかかればこんなものよ。豚の皮は……揚げたりしたら食べられるかな。私は基本的に食べないけど。
「ふっ、ほっ」
枝肉を作るため力を入れてナイフを振り下ろす。肩の関節とはいえこうやって叩かないと離れないのだ。時には骨ごと叩き折ることもある。複数の部位に分けないと運べるものも運べない。
「ここまで来るともうお肉だね!」
「すんげぇ量だなぁ。保存食にしたって運ぶのも大変じゃねぇのかい」
「それなんですよね、やっぱりお金に変えちゃった方がいいのかな」
旅は始まったばかり、いきなり食糧が手に入るのは嬉しいことだが、それ以上にお金も必要になってくる。
持ち運べる小さな貨幣と持ち運べない肉塊だったら断然貨幣の方がいいだろう。しかも肉に関しては時間が経過すると腐ってしまうおまけつきだ。やはりここは自分で食べる分だけのお肉を残して残りは売ろうそうしよう。
「知り合いに肉屋がいるから聞いてみようか」
「いいんですか? 是非お願いします!」
「分かった。んじゃあ呼んでくっから、そこで待っててくれ」
街の中に走っていくおじさん。流石農家、体力あるなぁ。
「むぅ、わたしの分のお肉はどうなるの」
そう不満そうに行ってくるポコ。
「大丈夫、食べる分は残すよ。売ったお金は半分にしようか」
「それなら全然いい! 大歓迎!」
ぴょんぴょん跳ねるポコ。うーん、私より身長高いのに子供っぽいのを見るに、やはり子供とかの判断は見た目でしてはいけないなと思う。だから胸が小さくても子ども扱いしてはいけない。これから、これから大きくなるから。
ふと、気になったことがある。私は旅に出たいから村を離れた、つまり自分の意思で家族の元を離れたのだ。ポコはどうなのだろうか。
「ポコの家族は何をしているの?」
「……魔術師。わたしも魔術師として育てられてきたんだけど、わたしには堅苦しいのは合わなくてさー。今朝家出してきたんだー」
家出、これはかなり重いワードが飛び出てきた。
魔術師のことはよく知らないが、なんとなくポチには堅苦しい雰囲気は似合わないなって思うよ。明るい性格ほど、ため込むものなのだ。
「家出、かぁ。ねぇ、ポコは何歳?」
「15歳だよー」
「え? 15歳になったらもう大人でしょ? 魔術の仕事とかはしないの?」
15歳になったら大人、仕事にもつけるし、お酒も飲める。
わかってはいても、実感が湧かない。大人になったんだという喜びはあったけど、自分が大人とはあまり思えない。
「もっと魔術が使えるようになってから魔術師として働けーってさ」
「そうなんだ。十分魔術師なのに、勿体ない」
「ありがと! まあ考えなしに家出しちゃったから、お金が無くなったら帰るしかないんだけどねー」
ポコはえへへと笑うが、私にはそれが作り笑いだとすぐにわかった。村によく来る商人は、自分の感情を隠して愛想笑いをする。それを間近で見てきたからか、ポコが本音を隠していると気づけた。
「はは、じゃあ、少し多めにお肉残さなきゃね」
「うん! いっぱい食べる!」
「いやとっとけよ」
私の目標は旅をして、美味しい食べ物を食べること。幼い頃に村に来た旅人が持ってきた謎の肉が、とても美味しくて忘れられなかったのが始まりだ。
旅人から冒険の話を聞き、村に籠っていたら一生そんな経験はできないと思い旅に出ることにした。
ポコも、何か目標を見つけられれば家出をしなくて済むかもしれない。
「おーい! 呼んできたぞ!」
解体を終わらせ、雑談をしていると農家のおじさんが、他のおじさんを連れてきた。おそらく肉屋のおじさんだろう。おじさん二人と15歳の女の子二人。うん、失礼だけど危ない。
「これは……かなりでかいな。仕入れが少なかったからありがたいよ」
「もう自分たちの分は切り分けたので、残りを売りますね」
「そりゃありがたい。それじゃあ、こっちで値段は決めさせてもらうよ」
「お願いします」
豚肉を商人に売っていたのは親なので、私は豚肉の値段をよく知らない。田舎育ちの弊害か、物々交換が多い村だったため、金銭感覚がわからない。
「おい、ぼったくるのはダメだぞ? 俺の畑さ助けてくれたんだ」
「わかってら、んなことしねぇさ」
だが、人助けをしたことにより農家のおじさんが予防線を張ってくれた。うん、人助けはいいことだ。
恩を売っておけばそのうち自分に帰ってくる。狭い村にいたからこそ、それを感じられた。
世界はそういう風に回ってるんだなぁと思いつつ、私は売買をおじさんに丸投げしたのだった。