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ソロモン校長の七十二柱学校(打ち止め)  作者: シャー神族のヴェノジス・デ×3
第六章 エチオヴィア大狩猟大会編
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八十二話 善魔と聖者の秘密条約

「う、うわああああああああ」

真っ逆な魔界の中、私の体は曇天へ引っ張られるように落ちていく。まるで進行中のジェットコースターで空を眺めながら進んでいるみたいだ。無限に広がるような大空を突っ切った先には宇宙。私はこのまま宇宙に放り出されてしまうのだろうか。自分で詠唱した魔法で死ぬなんて嫌だ。

 と思いきや、私の真下には大きく平らな瓦礫が落ちている。この浮いたまま落ちるのでは心許なく不安なので、瓦礫に足をつけてから一旦対策を考えよう。瓦礫の落下が遅く、瓦礫に着地。私の重心を瓦礫に委ねる。

「い、いやぁまいったな……どうしよ。もう一回レハお兄様に魔力を分けてもらおうかな」

私の頭上には、城壁や屋根が壊れた情けない城が地上で耐えている。そんな城と私は猛スピードで距離を離している。ある意味大脱走は成功した。脱走した先にあるのは宇宙だが。私が助かるためにも、ここはレハお兄様にもう一度、魔力を分けていただこう。

 ここで背後霊が突如として、両腕を頭上に上げてクロスし、背を曲げて私を庇う体制に入った。

「え」

なんでだろうと思い頭上を見上げる。私の目に映っていたのは、透ける背後霊の肉体の真上には瓦礫が落ちていた。その一秒後、背後霊の背中に瓦礫が勢いよく衝突。当たった瓦礫は衝撃で散り散りに砕かれていった。この瓦礫、ただの自由落下で当たったものではない。勢いが強すぎた。

「まさか」

その更に真上には、紳士服の悪魔ルキフゲも落ちていた。しかも全身ムキムキのマッチョになって、その分厚い筋肉で、内側から紳士服が破れつつある。

「まだです。あなたを捕らえるのが私の任務!」

「えええええええ」

大空への落下による大自然の崩壊にもくじけない、任務を絶対に全うする執念。城から宇宙へ大脱走する私でも、この逆さまな魔界でどこまでも追いかける気だ。

「もうそれストーカーじゃん!」

落ちながらもルキフゲは近くにある瓦礫を、その大きな脚で踵落とし。蹴り下された瓦礫は勢いよく私へ飛び、まっすぐ向かってくる。それを背後霊は私を庇う防御の構えを崩さず、受け止めてくれた。

「背後霊大丈夫?! 私のために無理しないで」

私の掛け声が聞こえていないように無反応。防御の構えは頑なに解かなかった。一方でルキフゲは次々と瓦礫を蹴り飛ばし、背後霊の背中にぶつけていく。

「もう怒った! このまま戦ってあげる」

この背後霊はパワー、ディフェンス共に高いが、ずっと防御の構えを続けていたら必ず崩壊する。ここは落ちたままだが戦うしかない。不幸中の幸いにも私の足は瓦礫について、詠唱に集中する環境はできている。

 聖書を開き、律法(トーラー)・『零尾記(ワイクラー)』の詠唱を開始する。

「神に呼ばれし司祭よ。破戒を繰り返す者共に破壊の罰を与えよ」

私の左手には光の杖が召喚された。この律法(トーラー)・『零尾記(ワイクラー)』。音を操るアムドゥシアスと戦った時は頭上に二十七本の光の杖が降り注ぎ、爆発を起こしたが、今回は私の手元にやってきた。なぜ違うのは分からないが、この手元に召喚されて、どう操作すればいいのか、なんとなく肌でわかるような気がする。

 その杖の先を頭上のルキフゲに上げて、先端から光の球を放った。光の球は蹴り飛ばしてくる瓦礫に衝突すると球が白い爆発を起こした。

 律法(トーラー)・『零尾記(ワイクラー)』は光の杖と光の爆発の魔法だ。二十七本の杖を降り注ぎ、杖が爆発するパターンと、杖の先端から光の球を放ち爆発する二通りのパターンがある。私はこれを使いこなしながら戦っていけば大丈夫だ。私自身、この聖書にはまだ勝手が慣れていない。なんとなく肌でわかるような感覚で詠んでいるため、このルキフゲとの戦いで学びながら魔法を出している。

 引き続き、杖の先端から光の球を発射。ルキフゲに飛ばしていくも、ルキフゲは瓦礫を横にドロップキックし、その衝撃でルキフゲは真横に滑空。光の球を回避してみせた。

「落ちながら回避って器用ねぇ」

ルキフゲは次の瓦礫に受け身を取り、その瓦礫を蹴り飛ばしてきた。今度は斜めから発射される瓦礫に対し背後霊は懲りずに、右拳を握りしめて瓦礫にパンチ。砕いて私を守ってくれた。

 だがルキフゲは空中に足底を叩きつけ、次なる瓦礫に向かって身を滑空。そのまま瓦礫を蹴り飛ばし、それを繰り返してきた。背後霊は次々と飛んでくる瓦礫に対して拳をぶつけたり、腕を構えたりして防御に徹する。その間、ルキフゲに杖の先端を向けて光の球を発射するも、ルキフゲは転々と瓦礫に移動しながら回避。私とルキフゲは飛び道具を活用しながら攻防が続いた。

「これ以上空撃ちしていたら魔力がもったいない。一気に勝負に決めないと」

ルキフゲが回避するせいで、魔力一弾一弾が無駄な失費。しかも私たちは止まることなく落ち続けているので、曇天を突っ切れば空気が薄い大気圏に突入。そうなれば呼吸は難しく、詠唱はできずに死亡だ。それだけは避けたい。

「背後霊、この光の杖を任せるね」

無視を続ける、というより単純に聞こえていない背後霊の右手に向けて、光の杖をポイと投げる。私の意思を汲み取ったか繋がっているのか、息乱れぬ華麗な連係で背後霊は光の杖をキャッチ。そのまま背後霊は光の杖をルキフゲに向けて球を発射。その間私は律法(トーラー)・『民数記(ベミバドル)』を開き、詠唱。

「荒れ野にて神に逆いし者共よ。天罰の蛇に嚙まれ、嘆きを求めよ」

私の左腕は青銅の生きた大蛇に生まれ変わった。

 前回詠唱したときの律法(トーラー)・『民数記(ベミバドル)』は、私の足元の魔法陣から無数の青銅の蛇が出現した。この魔法にも二通りのパターンがあり、今のは私の腕が巨大な青銅の蛇に変わるもう一つのパターンだ。

 青銅の大蛇は頭上のルキフゲに瞳孔でロックオン。顔を飛び回るルキフゲに固定して、クネクネとした体をゴムみたいに自由自在に伸ばした。胴体は元の身長を雄に越し、ルキフゲに向かってどこまでも伸び続けた。さすがのルキフゲも蛇が伸びるとは思わなかったか判断が遅く、大蛇の青銅の牙はルキフゲを右足を噛んだ。

「痛っ。ここれは」

その牙から毒が溢れ、ルキフゲの足を侵食。更に高温を帯び、火傷まで負わせてみた。

「があああ毒に火傷まで」

これでルキフゲの跳ぶ力を削いだ。これでちょこまかと飛び回る力は半減だ。いいや、どっちにしろ青銅の蛇でルキフゲを食らいつき、ロックしたのだ。飛び回ることはもうできない。

「さあ回すよ……!」

この嚙みついたまま、私は身を右に回転させ、左腕だった蛇を回すことにした。最初はゆっくり身を一回転、二回転して、身を軸にして遠心力を徐々に味方につけていく。

「や、やめなさいメナリク様」

ルキフゲごと青銅の大蛇を回すので、左肩にのしかかるみたいにかなり重たい。だからこそハンマー投げのように身を嵐のように回転させ、遠心力が次第に増して、自分でも止められない回転になっていく。

「うわああああああああ」

フル回転させながらも青銅の大蛇は頑なにルキフゲを噛み離さずしっかりと堪える。

「さあ歯を食いしばれ!」

その間に瓦礫が落ち、ルキフゲにぶつける。さっきはよくも瓦礫を蹴り飛ばしてきたなと恨みを込めて、瓦礫を逆にぶつけてやるまで。

「こ、こんのおおおおおおおおお!!!」

突然とルキフゲが雄叫びを上げた。回転中、ルキフゲは噛まれて毒と火傷を負う右足の筋肉が更に分厚くなり、筋肉が倍加。私の回転する右方向とは真逆の左方向へ(くう)を蹴ると、途端に私の遠心力がかき消され、回転が止まった。

「え、回転が止まった……!?」

筋肉が増した右足のたった一度の蹴りで、私の遠心力が相殺されてしまった。いやそれどころか、ルキフゲは噛まれたまま身を左に軸にして回転を始め、私の身体が逆に引っ張られていく。

「え、ちょ……!」

私の足底が瓦礫から離れそうになり、必死に食いしばって左腕の青銅の大蛇を引っ張り抵抗。だが、腕相撲でか弱い腕をしている私がデカマッチョに挑んでいるみたいに、圧倒的な筋量の差で抗えず、逆に引っ張られてしまった。

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

遂には足底が瓦礫を離れ、身を空中に引っ張られてしまう。更に遠心力は私の肉体に強く蓄積していき、回転は更にスピードを増す。私の血流が下肢に集中し、脳への酸素が途絶えてしまった。これにより私には思考力が消えて、気を失いそうだ。詠唱する集中力もなくなってしまう。

「さあメナリク様、歯を食いになられた方がよいですよ……!!!」

ルキフゲは回転しながら右足を真上に止めて、その反動で大蛇の牙が離れ、私の身体は真上の城に向けて剛速球で投げ飛ばされてしまった。背景を灰色の曇天にして城へ飛ばされ、まるで城に落っこちるみたいな風景だ。本当は重力に反して真上に飛ばされているのに。それはそうと、五秒ほどで私の身体は真ヴェルサレム王城に到達。せっかく大脱走できたというのに戻されてしまった。更に都合よくクッションを用意しているわけでもなく、私の背中は瓦礫の床に大激突。

「がふぁ痛っ……!!!」

口から激しく血を吐き出してしまうほどの衝撃だった。これほどの痛み、ワクチン接種の比なんかじゃないぐらい。脊柱管が損傷するレベルだ。更に真下の曇天からルキフゲが城に落ちるように迫っていき、私に向かって飛んでくる。更に追撃を加える気だ。

 背後霊はすぐさま私の前に両腕を縦に並べ、防御に徹した。その直後にルキフゲの筋肉倍増によるパンチの直撃。背後霊の腕はへし折れてしまった。

「背後霊!」

それでも背後霊は両腕をしっかりと閉め、私を一途に守ってくれようとする。でも損傷した腕では力が入りにくいのか、ルキフゲは背後霊の腕の皮膚を握り、無理矢理防御の構えを力尽くで開けに来る。強引突破を図るルキフゲに対抗し、背後霊はへし折れた腕を閉めようと抗う。

「背後霊が時間を稼いでくれている。この間に詠まなきゃ」

この戦いでわかったのは、背後霊は防御に徹することが多く、その多くは私に詠唱の時間を作ってくれている特性を持つ。それが背後霊の役割だというのなら、私は聖書を開いて、律法(トーラー)・『申命記(デヴァリーム)』を詠唱するのみ。

「来たる死を待ち、その墓に十戒の言葉を示せ。我が光の意志を継承し、世へ伝承したまえ」

私の左腕は青銅の大蛇から普通に戻り、手掌は青い魔力に覆われた。床に埋め込む背を起こし、落下に身を任せて、この青い左手でルキフゲの左手甲に触れる。

「あなたはこの手でどれほどの相手を殴り殺してきたの……?」

青い魔力で触れている部分から石化が開始。ルキフゲの皮膚に石化が侵食していく。

「なに、石化ですと!?」

ルキフゲは即座に手を払い、触れる私の手を離した。まだ石化侵食の途中だったが、石化できたのは左手の甲のみ。

「ここは一旦距離を離しましょう」

強引突破を諦めたか、私共々背後霊の腕から距離を離し、身を自由落下に委ねた。が、背後霊は間合いが広がることを許さず、大きな右手でルキフゲの身を掌握。

「な、なにい……!」

背後霊はルキフゲを握りつぶし、圧をかける。

「たったこれほどの握力で私を握りつぶせられると思いか」

ルキフゲは背後霊の掌握の中で馬鹿力を発揮。太い四肢を大の字のように使い、大きな右手をこじ開けていく。損傷した腕ではやはりルキフゲの力に抗うのは無理だ。だが、本体は私だ。

「今度は、あなたがお墓に行く番。今までお父さんを支えてくれてお疲れさまでした」

私も自由落下に身を委ね、天空の重力に引っ張られてルキフゲに接近。左手を握りしめて、ルキフゲのおでこに向かって渾身のグーパンチ。

 私の力は大した威力はない。しかし、青い魔力はルキフゲに接触し、おでこから石化が再開。

「せいぜい天国にでも主をお世話しながら、裁かれるといいわ!」

「わ、私から離れろおおおおおおおお!」

おでこから広がり込んでいく無慈悲な石化の波。あっという間に眼も鼻も石で固まっていく。

「私はなにもわる……」

暴れる口も石で塞がれ、言葉がぴたんと止まった。そして上肢から下肢へ、体中に溢れんばかりの馬鹿力も石化によって発揮できなくなっていく。

 足先まで石化が進むと、次は身体中の石から石が生え、墓のような長方形へ型が造られていく。墓が完成して、左拳を離すと、墓はそのまま天空へ落ちていった。宇宙に放り出すことができれば、死んだも同じ。宇宙人が墓を掘って、ご親切に魔界まで送ってくれない限り、ルキフゲが復活することはない。

「や、やった……」

ソロモン、ヤロベアムの親子二代魔王に仕えたベテラン執事を倒した。しかし、今はルキフゲと同じ状況。万物が天空に落ち、宇宙に放り出されてしまう。こんな天変地異を発生してしまった私でさえ平等に重力に従ってしまう。この天変地異を解除するほどの魔力は残っていない。旅は道連れともいうべきか、悲しいことに私もルキフゲと同じ方向に放り出されてしまう。抗う術はなく、私のぼろぼろな体は天空に落下しようとしていた。

「ごめんね、レハお兄様……」

せっかくレハお兄様が私を助けに行ってくれているのに、もはや助からないことさえ告げることもできず別れてしまう。歴史の隔たりで邂逅してもなお、宇宙へ旅する私を助ける方法はない。疲れ切ったから羽のように脱力し、瞼を下げる。落ちるがまま身をゆだねる。

 と思いきや、私の身を優しく包み込んで掌握してくれる何かが、私の落下を防いだ。思わず瞼を開けて、上を見ると、背後霊が折れた両腕を伸ばして、右手は床の瓦礫に掴まり、左手は私の身体を握っていた。

「背後霊……」

いつも私を助けてくれる騎士みたいな存在なのに、首の皮繋がったシーンでも相変わらず無表情。というより、表情が設定されていない聖なる幽霊みたい。この聖書を所持する者を必ず助け出す能力の一種みたいな。そんな背後霊は左腕を振り子のように振るい、崩れていない天井を狙って、私を放り投げた。

「ううわわわわ」

真っ逆さまな魔城の中、不安定な天井に身をぶつけても崩れず、なんとか天空に落ちずに済んだ。

「た、助かった……」

私を投げた背後霊は、右手で瓦礫に掴まりながら霊体は青色の雫となって散り、私が持つ聖書に吸い寄せられていく。中に浸透していき、輝きは消えた。背後霊はこの聖書を宿し、所持者のためならいつ何時でも出陣してくれそうだ。

「背後霊、しっかりと休んでね」

そう言っても返事を最初から期待しているわけでもなく、私の言葉だけがむなしく響き渡るだけだった。

「さて、この天変地異をどうにかしたいけど魔力がもうないし……」

レハお兄様から頂いた魔力は、もう一割としか残っていない。律法(トーラー)・『創世記(ベレシート)』は天変地異を引き起こす禁忌な聖魔法。少ない魔力で行うことはできない。となると解決策は一つしかない。

「もう一度レハお兄様から魔力を頂戴しないと」

妹が兄に対してモノをおねだりする睦まじいシーンとはわけが違う。魔力を頂かないと、ひっくり返った世界を正すことができず、私自身もいまだに危険な状況下に置かれている。この状況を説明するのも大変だが、急いで魔力を頂戴しなくては。

「魔力なら僕が分け与えよう」

私の独り言に対して、どこからか言葉を返す第三者の声。一気に警戒心を出して周囲を振り向き、声の存在を探す。

「どこ!?」

ここは敵の城の中。私が安心する味方なんているわけがなく、目に映った存在全てが敵だ。認知した瞬間、急いで詠唱して光で溶かしてやる。

「後ろ」

素直に後ろに体全体で振り向くと、私の背後から三メートル離れたところに、白髪の青年が立っていた。

 城に場違いな、学校らしき黒い制服を着ている。悪魔らしく頭上にとんがり角が生えているが、きちっと整った髪波。瞳は青色で、敵意のある視線ではない。体も構えておらず、拳も剣もない。それでいて殺意がない。悪魔のくせにどこか許せるというか、どうも敵と認識できにくい存在だった。それほどの好印象と説明しがたい不思議な雰囲気を漂う。

 それでも警戒心を解かず、むしろこっちが睨みつけて敵意をめちゃめちゃ出す。

「僕はアンドロマリウス。君の兄上とは知り合いだよ」

「レハお兄様を?」

「ああ。積もる話もあるが、まずはこの天変地異をどうにかしてくれないと僕も安心できない」

話し口調はフレンドリーながら丁寧で、しっかりと目線を合わせる。相変わらず警戒しない脱力の体勢。これは私の油断を誘う手段を使っているかもしれない。だから警戒心は解いてはいけない。でも何を考えているのかさっぱりよくわからない存在だ。

「魔力がないというのなら僕の分けよう」

「言っとくけど、私は悪魔が大嫌いよ。あなたから魔力をもらうのは嫌」

「……嫌と言ったって、いつ天井が崩れるかわからないし、君だって不安定な瓦礫を歩くのは怖いだろう」

それは確かにそうだ。この修理代が兆もいきそうな城の崩壊。いつ天井が崩れ、私が天に落ちるか分かったものではない。はやく大地を踏み、世界の核を認識したい。でも本音と建て前は違う。許せる相手と確定するまでは油断はしてはいけない。

「それに、僕は光を扱うことができる」

「光?」

そういうと、アンドロなんとかという者は右手を胸の高さまで上げて、人差し指を上に向けた。指の先端から眩く細い光を発射し、上の床を照らす。

「人間にはわからないだろうが、悪魔は光を嫌う。光に照らされると皮膚が溶けるからだ。ヤロベアムが君に対して恐れているのはそれだ」

悪魔に対して光は弱点というのは、異世界でも共有することのできる知識だ。兄上瓜二つの顔を持つヤロベアムは、この世界の魔王を名乗る割には威厳がないぐらい私を避けているのは、そういう悪魔の特性があるというわけだ。薄々分かっていたことだ。

「人間界にも優しい人間がいるように、この魔界にも優しい心をもった悪魔はごく少数だが存在する。その優しい心をもつ悪魔が光を扱うことができる。それを魔界では『善魔』と呼ぶ。僕のように白色の髪をしている者が善魔と思えばいい」

光を弱点としている悪魔が、あろうことに光を扱えることのできる個体が存在するというのは意外で驚きだ。すべての悪魔は悪い心を持っていると偏見を持っていたが、多少は考えを改めることも必要かもしれない。人間や動物が十人十色なように、悪魔にも個体それぞれの特徴は千差万別というわけかな。

「そんな僕ならば魔力を頂けるぐらい、信用の保障はあるということだよ。どうかな」

「自分で自分を優しい性格って言っちゃう人は、あまり自慢にならないよ」

このアンドロなんとか、要は自分は優しいから光を放つことができるよとアピールし、頑張って信頼を得ようとしている。悪魔が偽善者を装うことも珍しくないはずだ。

 私の信用を得られなかったから、残念したかのように目線をそらして、下に向けた。

「……まあ、いい。僕が信頼できないならそれでいい。でも君には魔力を早急に補給し、この天変地異をどうにかしてもらう必要がある」

この天変地異を正す話には至らず話し合いは平行線だ。だが、アンドロなんとかのヒトの話を聞いて、悪魔にもそれぞれの魔格(じんかく)があることを認識したことで、私がこの天変地異を引き起こしてしまったから、この世界の住民に申し訳なさが出た。やはり、この善魔から魔力を貰って詠唱するしかないのかな。

「……じゃあ、やっぱもら」

魔力をもらい、直します。と言おうとしたら。

「実は僕の部屋に聖水を置いている。それを飲んで魔力を補充してもらおう」

「え、聖水?」

魔王の城のくせに聖なる水があるというのか。なんというか、私の頭の中にある魔界の偏見や連想が、次々と倒されて情報が修理されていく。魔界に聖水が存在しているって意外過ぎる。むしろ存在していいの? というぐらい。

「ああ、と言っても、ただでさえ世界がひっくり返ったのだから、聖水が無事かどうかわからないけどね。カバンの中に小瓶の聖水があるけど、割れてないといいな」

右手を顎にかけて顔を傾き、聖水の無事を心配しながら微笑。聖水を瓶の中にいれてカバンに入れているって、なんとマメな。さすが善魔。つくづく意外過ぎて情報が修理されていくばかりだ。

「さあ、いつまでもここにいると怖いから、僕の部屋まで案内するよ」

そういうとアンドロなんとかは私の背を向け、王の間の出入り口に向けてさっさと歩き始めた。私はまだ納得も承諾もしていないというのに、部屋まで一緒に行く前提のような空気になってしまった。

 瓦礫で散らかり、いつ崩れてもおかしくない不安定な天井を歩くというのにさえ勇気がいるというのに、恐ろしい魔法を唱えた私に背を向けるとは。このアンドロマリウス、怪しいほどお人好しだ。でもずっとこの間にいてもしょうがないし、ついていくしかなさそうだ。

 善魔との距離を保ち、ヒビが入ってなさそうな天井を探しながら、力が入らないように忍び足で踏み、彼の後ろをおいかける。

 この城は、世界がひっくり返っても過ごせる設計で建てられたものではないため、当然、入り口は天井と繋がっていない。天井に足をつけている以上、ドアというドアが全部頭上にある。不幸中の幸いなことにドアも壊れ剥がれているため、閉ざされていることはない。王の間の大きな扉も全壊して、跳べばよじ登ることはできそうだ。

 いざ廊下につくと、豪壮なシャンデリアがすべて天井に落ち、ガラス片やロウソクで散らばっている。そして瓦礫が道をふさいで通行ができない。

「おおおこれはこれは」

瓦礫の壁をみて余裕綽々なアンドロマリウス。私は壁を見て声が出なかった。

「……」

城の有様に言葉が出なかった。なんというか魔界の全てに申し訳なさがどんどん込み上がってきた。この世界全てに厄災を発生させたというのに、親切な悪魔が先導してくれているのだから、悪魔に対する考え方がどんどん改まった。本当なら各国に生中継されながら断罪されても文句は言えない。ああ、お兄ちゃんは大丈夫かなぁ。

 アンドロマリウスは瓦礫の壁に対して右拳を接近。くっつけることはせず、壁の寸前で静止。肘は緩く曲がっていて脱力した構え。その一秒後、強烈な衝撃波で瓦礫を弾き飛ばした。瓦礫の激しい崩れ方でバリバリと崩壊の音がうるさく響き渡る。

「寸勁だ……初めて見た」

別の言い方では発勁(はっけい)、英語ではワンインチパンチと呼ばれる中国武術の一つの技。超至近距離で拳を相手に近づけ、寸止めの状態から殴り、強烈な一撃をぶつけるという。生で見るのは初めてだ。

「ふ、妹がニホンと呼ばれる国の雑誌が好きでね、僕はその隣国にあるというチュウゴクの雑誌を見て学んだんだ。そのスンケイとかいう技を」

まさか異世界で人間界の国名を聞けるとは思わなかった。あれ、私は異世界に転移したはずなのに、なんか人間界や魔界を包み込む宇宙が狭く思えてきたな。

「あー私ジャパニーズ」

「ん、なんだって。ジャパニーズってどういう意味だい?」

「あ、いやなんでもないです」

「そっか」

人間界の事を幅広く知っているようだから、なんとなくカタカナで日本人(ジャパニーズ)であることを自己紹介したが、ジャパニーズという単語の意味を知らず、なんか気まずい空気になってしまった。やっぱ宇宙は広いわ。

「さて、ヤロベアムや僕の仲間に見つかると厄介だし、さっさとドンドン行こうか」

それはそうとこのアンドロマリウス、やけに急いでいるような、この私をせかしているような気がする。この天変地異を早急に正す気持ちは分かるが、私を置いてけぼりにしてしまいそうな早歩きだし、GOGOと言葉や態度で移動を誘導してくる。種族は違う上に性別も異なり、更には男性の部屋に連れていかれている。本当は優しい心の中に卑しい目的を隠し持っているのではないか、様々な角度から考察しながら警戒し、善魔の後ろを追いかける。

 

 その後もアンドロマリウスが瓦礫を退かして進み、部屋が立ち並ぶ石造りの廊下に到着。目的地まで到達した私は廊下の曲がり角で静止し、体隠して頭隠さず見張る。より一層アンドロマリウスを警戒。一方アンドロマリウスは私と離れていく距離に気が付かないまま一人で歩き、曲がり角から三つ目の扉の前で止まった。扉を開けた途端、室内へ一歩を進めず、部屋の様子に唖然する。

「あああ……まあそうだよな」

部屋の有り様に確信レベルの想像がつく。城内に限らずアンドロマリウスの部屋までひっくり返り、見るも無残な散らかりようになっているのだろう。と、アンドロマリウスは私の方へ振り向き、距離が離れたことを知って、私の警戒心の表れに微笑。

「今から聖水の小瓶を探すからそこで待っててね」

そう言ってアンドロマリウスは自身の部屋にすぐに入った。

 入れという指示はなく、待っていてくれと。どうやら部屋に入れることが目的ではない模様。あとは本当に聖水をくれるのか。それ以前に聖水に毒や薬を混入していないかどうか。飲むのにもかなりのリスクが問われる。

「あった」

探しに入り、ものの数秒で明るい報せ。仕事が早すぎるアンドロマリウスはすぐに部屋から飛び出し、右手の人差し指親指で挟んだ縦長サイズの小瓶を私に見せびらかす。

 さぞかし散らかった部屋の状態ですぐに見つけ出したのはすごいが、見つかった状態ですぐに廊下に飛び出した行為。これに不純物を混入する隙は他者から見てもない。非常に納得のいく場面を見られた。

「いいかい、投げるよ」

気を遣ってくれているのか、私に近づかずに小瓶を投げてくれるという配慮。キャッチ失敗したら割れてしまい気まずいが、それでも割れ物注意を無視してまで私に近づかないのは、本当に相手を思いやる気持ちは伝わるような気がする。

「おねがいします」

アンドロマリウスは小瓶を弧を描くようにゆっくりと投げた。私の元へ緩く投下する小瓶を目で追いかけながら、右手掌に収めてキャッチに成功。私の手には、小指の小ささに並ぶガラスの瓶があり、中には透明な液体が入っている。見るからにただの液体ではなく、液体から微かな光を発している。見るだけで癒されるような摩訶不思議な水だ。

「微量だが、効果は十分にある。まずはそれを飲んでくれ」

急ぎ口調で指示。だが毒や薬といった不純物の可能性はなくなり、卑しい気持ちで渡したということはなんとなくなさそうなので、天変地異を正す必要性のために急かしていたようだった。単純に私の考え過ぎだったか。

 右手でキャッチした小さな瓶を、いったん左手の人差し指と親指で挟み、開けやすいように持ち替えの動作を終えたとき。

「君、名はメナリクだったね」

私の名を確認してきたので、目線を再度アンドロマリウスに向ける。なぜ知られているのだと警戒したが、よくよく考えたら城の中に人間が囚われているのだから、人間がいるという噂ぐらい広まって当然か。だがあえてうなずきはせず、次の言葉を待つ。

「君はレハベアムの人質交換として魔界に連行されたが、ヤロベアムが想像していたただの人間とは違い、この魔界において厄災そのもの。この天変地異然り、神聖な光然り。しまいには僕の先輩や父さんさえ倒してしまった」

「え、父さん?!」

魔界に天変地異を引き起こした私を厄災呼ばわり。聞いて心地よくないのにも関わらず否定なんてとてもできない。更にはアンドロマリウスの近しい存在を二名、亡き者にしてしまった事実がたった今判明した。でもアンドロマリウスの表情には、怒りや憤りの表情はなかった。いや、ないように見せかけているだけかも。先輩や父といった大切な者を私は殺したのだ。怒らない理由なんてないはずだ。逆の立場でお兄様が殺されていたら、私は怒り狂う。それでもアンドロマリウスさんは、私を先導してくれた。殺害者である私を恨んでいないのか?

「父であるルキフゲは別にどうだっていいんだ。ロフォカレ一家は両親と兄妹で生き別れたからね。先輩だったトランペット使いのアムドゥシアスはどうしているんだろうか」

「……!? あのトランペットで音を操る悪魔が」

「ああ、僕の先輩だ」

私を人間界から魔界へ連行した張本人が、この親切なアンドロマリウスの先輩だったとは。私はあの悪魔を石化し、異世界の狭間で墓にしたまま置いていった。誰が通るのかわからないような狭間で墓にしたまま永久に置いたら、もはや死と同類だ。でも、あの悪魔は私のマスター大山を殺した。言い訳するつもりはないが、私がアンドロマリウスの父を殺したのなら半々だ。仇討ちをしたいのなら筋違いだ。これに関しては私からも強く言う必要がある。

「言っとくけど、あのトランペットは私の大切な人を殺したのよ。いくらあなたの先輩だったとはいえ、仕返しは十分に許されるわ。あなたの父を宇宙に放り出したってのもあるけど」

「因果応報というやつだな。僕もそれで納得している」

「納得するの?!」

どおりで怒らないなと思ったらそういうことだったのか。近しい存在が死んでも悲しまない感情というのは、悪魔らしい非情さを感じる。

「でも本題はそれじゃない。君は、この魔界において居てはならない存在だという事を言いたい」

「……私が天変地異を引き起こしたから?」

「それもあるし、全悪魔にとって君は忌み嫌う輝きをもつ」

「それを言うなら、あなたも光属性をもっているじゃん」

「僕の光と君の光はわけが違う。君が持つ魔術書は聖なる力にあふれんばかりだ」

アンドロマリウスの最初の話を思い出すと、優しい心を持つ悪魔が善魔の光だそうだが、私が持つこの聖書は、聖なる強大な光を持つ。優しい心の光と聖なる光、違いはとても大きい。

「これ以上君が魔界にいたら、魔界は魔界らしくなくなる」

「魔界らしさ?」

「……正義と悪は、二つずつに分かれる。一切の穢れを許さない尖った思想を持つ負の正義、白と黒の両立を許す寛大な正の正義、過ちを正そうとする正の悪、そして、(あく)(あく)らしく(わる)さを貫く負の悪。四つに細かく分かれる。魔界は悪らしく悪さを貫く負の悪でなければならないと、僕は考えている」

「悪らしく悪さを貫く……? そのために私の大切な人が死んでもそう言うの?!」

もはや犯罪者の戯言だ。裁判所に立っても平然と反省せず、被害者や社会を嘲笑う者の思考だ。許されていいわけがない。やはり優しき心をもっていても、悪魔はしょせん悪魔だった。少しでも信用して損した。

「いいかい、世界には世界の在り方があっていいはずだ。確かに魔界は君の大切な人を殺してしまったかもしれない。でも、そこに住む住民が、他所の世界から世界の在り方を否定されたら悔しいだろう」

「だからといって……!」

このアンドロマリウスに対して重蔑の目でにらみつける。この悪魔の考えにはとても納得できないし、わかりたくもない。そのせいでマスターは死に、私のお兄様はどれほど苦しんでいるのか。

「僕の妹や君の兄上レハベアム・モーヴェイツは、悪の意思の脱却を訴え、負の悪を消そうと活動している。僕の考えから見るとそれは過ちを正そうとする正の悪だ。あまつさえ負の正義を掲げる天界と同盟を組んだ。そして、君自身は負の悪を根絶やししかねないほどの聖なる光を持つ。それほど君らは魔界にとって危険因子というわけだ」

「お兄様が、負の悪と戦っていると……?!」

「ああ、ただいま僕や僕の依頼主と対立している。でも君の危険性でヤロベアムの計画に揺らぎが来ている。そこでだ。君には約束してもらいたい」

「約束?」

「ヤロベアムは君を人質として、レハベアムが持つレメゲトンの交換を要求している。そして君は兄上の元へ戻る。戻ったら、兄上を説得してそのまま人間界へ帰ってほしいんだ」

「え?」

負の悪を掲げる猫の皮をかぶった自称善魔が、まさかの緩い約束を提案。むしろ私はお兄様を人間界へ連れ戻す算段のつもりだ。目的が奇しくも重なってしまった。

「世界の在り方はありのままでいいはずだ。だから命は減らしあう必要は本来はない。だから僕は危険因子である君を殺さない。君や君の兄上は人間界に帰ってほしい。僕が暗殺する対象は、魔界の在り方を否定する負の正義と、正の悪。それだけだ」

「でもレハお兄様は負の悪に対立してるんでしょう?」

「僕の妹や天界の連中に上手くそそのかされているだけだ。何しろレハベアムは元々、悪魔に虐げられた過去を持ち、募った恨みで悪魔を惨殺しまくる、まさに悪魔狩りの魔人だった。負の感情で悪魔を殺す様は、まさに魔界の在り方が作った負の悪だ」

「お兄様を悪い人間みたいに言わないで! そうさせたのは魔界でしょ!」

「だからこそ負の悪として完成していたんだ。それを、全悪魔に対する恨みを正の悪や負の正義にいいように利用されているに過ぎん。第一、レハベアムは人間だ。天界と魔界の大戦争、聖魔戦に巻き込まれる道理はない」

「……じゃあ、あなたは人間である私たちモーヴェイツ兄妹は敵視していないってこと?」

「ああ、それでも負の正義や正の悪を掲げるようであれば話は別だがな。でも君は兄上を人間界へ連れて帰りたいだろう?」

「ええ」

「だったらそうするがいい。僕も、モーヴェイツ兄妹を相手にしていたら命がいくつあっても足りない」

アンドロマリウスは腕を組んで左の壁によっかかり、顔を右にし目線をそらした。私たちと対立したくない理由は、アンドロマリウス自身の身のため? まるで私たちの相手が面倒くさそうな言い方だ。

 確かに私は兄上を連れて、一緒に人間界に帰りたい。これ以上お兄様を魔界で苦しませたくない。だから自らの選択で魔界にやってきた。私の目的を果たすと、アンドロマリウスの言う約束には図らずとも叶えてしまう。そうすると外道の言う通りに従ってしまう形になり、非常に不愉快だ。

「……だったら、一つ私の条件を飲んでもらうってのはどう?」

右拳で左掌をポンと下すようなポッと出の発想を浮かんだ。相手が約束を求めてくるのであれば、これに同じく平等する条件を相手に要求すればいい。そうすれば立場は平等。条件を最後まで守れば、私も潔く約束を守ってあげようと上から目線になることができる。

「そこまで人間界に帰ってほしいんだったら、あなたが私のボディガードになってみなさいよ」

この要件にアンドロマリウスは思わず、顔を私に向けて睨んできた。

 負の悪を掲げる善魔が人間界に帰れと言うのであれば、帰れる保証になってみろという要件。この魔界は私にとっても危険が多く油断も許されない。それに私は魔界の記憶はあるくせに魔界の事はほとんど何も知らない。だったら私を守ってくれる存在があったらいい。それがちょうど私の前に居てくれた。この要件にどう出るのか。

「……ふっ、これだから危険因子は」

アンドロマリウスはよっかかった壁から離れ、一歩後退して歯を見せて微笑。私はこの魔界にとって、聖なる光を照らす危険因子であり、世界をひっくり返した元凶だ。うかつに断れまいて。

「まあいい。ヤロベアムの理想郷を叶えるためだ。だが、僕が君のボディガードとなった事はヤロベアムや仲間に知られると面倒だ。これは秘密条約だ、いいね」

「なんで面倒なの?」

「ヤロベアムは僕たち部活の依頼主でね、部活は依頼主の信頼があって動くことができる。君は人質として奪われないよう守らないといけないが、命まで守れとは言われていない。それが依頼主への信頼だ。信頼を破ると、契約の箱の効果によって僕は死ぬことになる」

「契約の箱?」

「依頼を必ず果たすことを証明するものさ。果たすことができなかったら雷が落ち、必ず絶命するよう作られている。依頼内容は、―メナリクの人質交換を成功させるために人質の身を守れよ―。人質交換で君をレハベアムの元へ送り届ける。ただ、露骨に君を守り過ぎるとヤロベアムから不信感を抱かれる可能性がある」

「依頼主から不信感が出たら、人質交換どころじゃなくなるってことね」

「ああ。だから僕は、さりげなく、かつ全力で君の命を保証し、無事にレハベアムの元へ送り届ける。君は、僕に期待の目を向けたり合図をしなければいい。それが秘密条約だ。これでどうだい」

「乗った」

善魔と聖者の秘密条約、成立なり。私はレハお兄様の元に帰り、更に人間界へ連れて帰ることができる。アンドロマリウスは魔界の負の悪を保ち、魔王の理想郷の実現に近づくことができる。互いにウィンウィン。

 右手で瓶のコルクを抜く。瓶の中にある聖水から香りが漂い、私の鼻腔に侵入。そのまま嗅覚野にアクセス。なんとアロマテラピーのような落ち着く香り。それに闘争心や疾しい感情さえ無くしてしまうような、悪い人格さえ溶かしてしまう甘い香りが廊下全体に行き渡る。

「では、この世界の傾きを直してもらおうか」

「ええ、ではいただきます」

瓶の口を近づけ、聖水を舌に転がす。そのまま舌を使って飲水し食道を通過。胃に到達した瞬間、胃を中心に全身にエネルギーの波が行き渡る。痛めつけられて弱っていた体なのに、活力が戻るように一気に元気になるほどだ。疲労軽減のドリンク剤の比ではないぐらいの完全回復だ。

「おおお、まるで力が漲ってくる……!」

一割ほど枯渇していた魔力。それが、ダムの底から新鮮な魔力が噴水する勢いで湧き、あっという間にダムに魔力で満たされていった。

 左手に聖書を召喚し、律法(トーラー)・『創世記(ベレシート)』を開く。

「……美しき純粋の心に、嬉しみの光を身に囲みし、天国に示したまえ。美し無き不純の心の汚れを、神に示せ。神に逆らう心の涙を拭く時来たれり。罪有り暴れる心の鎮める時来たれり。今こそ、全ての喜びが始まる時、来たれり。罪償いたきと地獄からの願いを叶える時。一度世界を創り直し、再び天地へ光を齎せ」

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