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ソロモン校長の七十二柱学校(打ち止め)  作者: シャー神族のヴェノジス・デ×3
第六章 エチオヴィア大狩猟大会編
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八十話 不死鳥の亡霊

カイムの霊体から紅色の炎が湧いて出てきた。その紅炎は大きな魔剣の剣身に燃え移り、ダーインスレイヴの剣身を焼く。

 カイムは、アモンというゲーティア高校のヤンキーの死体からダーインスレイヴで刺し、アモンの血を体内に取り入れたことでアモンの炎を使うことが出来る。それに加え、グラムという魔剣を扱うほどの剣術を持つ。皆が恐れる暗殺部の副部長だけあって、実力は折り紙付きだ。

「どこで手に入れた。その魔剣」

「この魔剣グラムは怒りを象徴する。殺された者への怒りだ。霊界にあるのは当然だ」

魔剣は四本存在する。俺やカイムが持っていたダーインスレイヴ、オロバスが持っているレーヴァテイン、そして、今目の前にあるグラム。魔界にあるとばかり思っていたがまさか霊界だとは。ダーインスレイヴに続いてグラムさえ持つことが出来るとは、カイムはどうやら魔剣の適正が高いそうだ。

「殺されて、むしろよかったじゃないか、俺やフェニックスに倒されて真の不死身とやらになったんだろう。殺されて万々歳じゃないのか?」

「それとこれは別の話だ。暗殺部の副部長たるこの俺が、善魔生徒会如きに負けたこと自体が怒りなんだよ。俺の怒りをグラムに込める!」

漆黒の翼を羽ばたかせ、空中から姿勢の重心をグラムの剣身に寄せ、鍔迫り合いのまま俺を強引に押していく。

「いっ……! お、押されっ」

死んだことで不死身を得られた一方、善魔生徒会に倒された屈辱を怒りに替えて復讐か。死んでもプライドは残るとは厄介だ。

「レハ! おのれ悪魔ぁ!」

アンリデウスが俺の劣勢に強く心配し、カイムに怒りの矛先を向ける。右手に持つ処刑執行用の剣を左腰に差して、カイムに突進。しかし海賊幽霊たちがアンリデウスの前に立ちはだかり、援助を妨害。

「邪魔だ!」

アンリデウスは処刑執行用の剣で薙ぎ振るうが、海賊幽霊が三人掛かりでサーベルで受け止め、進行を防ぐ。

「おいお前ら、善魔生徒会共を殺しとけ」

カイムが海賊幽霊たちに命令したあたり、この幽霊船の船長はこのカイムのようだ。命令を受けた幽霊たちは、ウァサゴとフェニックスを取り囲んだ。俺たちが乗り込んできたときは弱気だったが、船長の号令で強気になった。

 それはそうと、空中の羽ばたき姿勢で、鍔迫り合いのまま俺を強引に押してくることで、俺の身体は後方に下がっていき、船壁に激突。

「ぐはっ!」

カイムはそのままグラムで押し、俺の防御の構えを崩しにかかってきた。ダーインスレイヴの剣身が押されるままに、俺の胸板に近づいていく。

「このまま俺の元愛剣で胴体真っ二つしてやるァ!」

「死者が前世に戻ってみっともないと微塵も思わないのか」

「なに」

俺の頭上に魔法陣を出現させ、天界の王子の冠を頭上に落とした。冠を被ることで光の筋は俺の身体を包み、ダーインスレイヴから瞬時に光の剣にチェンジ。

「な、なんだ、なぜこいつから光が?」

「生者の世で、死者が今更出しゃばるな!」

カイムが光の剣やオーラに動揺し、自ら距離を離そうと素振りを見せた。俺は鍔迫り合いの型から強引に光の剣を振るい、カイムを振り飛ばす。カイムは翼を広げて空中で受け身を取り、離れた距離のまま俺を観察する。

「なぜ人間に光が。人間風情が」

「お前がいない間、俺は天界の王子になってしまったんだ。悪を完全に滅ぼすということでな」

「悪を滅ぼす? フハハハハハハハハハハハ、まさか人間の口から、部長の大っ嫌いな思想を聞けるとはなぁ」

「アンドロマリウスの思想、というのはやはり、正義が悪の命を奪うことへの防止策のことか」

「暗殺部の限られた三年生しか教えられていなかったんだがなぁ。よく知ってたな。それに、人間風情が天界のオウサマ? ギャハハハハハハハハハハハ世も末過ぎだなぁ、いやぁとんだ冥途の土産話だ」

無法地帯だらけの世紀末な世界の者に、天界のことを世も末とは言われたくないだろうな。そのブーメラン発言、銀河を往復できるほど馬鹿馬鹿しいことだ。それに、亡霊が冥途の土産というワードを使うと、本当の意味になるから余計に怖みがある。

「それに霊界で聞いたんだけどよ、この人間が魔王の一族とは疑ったぜ」

「……! 誰から教わった」

霊界で何者かが、俺の事を魔王王家の者だと知っており、カイムに教えたようだ。少なくともこの魔界で俺が魔王の息子だと知っているのは、仲間とバエル校長、レヴィアタンのようなソロモンに面識のある悪魔。それでも俺がモーヴェイツ家の者だと知るのはかなり限られてくるはずだ。おそらくカイムから教わったという悪魔は、俺と面識はない。

「さあな、だが、お前が持ってる魔術書はやはりレメゲトンだ。つまり俺がそれを奪えば使えるってぇわけだな」

魔王の息子のくせに、魔王の王座や血統なんかどうでもいいと思っている俺にとって、レメゲトンは別にあげてもいいほどだが、生憎レメゲトンは俺の妹メナリクとの交換材料だ。あげるどころか、絶対に渡すわけにはいかない。それ以前に、モーヴェイツ家の血筋を持たない者が持ったところで生命力が根こそぎ奪われるだけだ。奪ったって意味はない。

「何を言う。このレメゲトンはモーヴェイツ家の血が流れていないと持つことはできんぞ」

「忘れたか、俺はダーインスレイヴでお前をぶっ刺し、吸血してんだよ」

「あっ」

そういえば、カイムがダーインスレイヴを持っていたころ、俺は腹を刺され、大胆に吸血されたのだった。すっかり忘れていた。

「俺の身体にも魔王の血が流れてるってわけだ。人間風情が魔王の息子だなんてふざけやがって。レメゲトンは俺のモンだ!」

グラムの燃える剣身を上げ、柄を両手で持って俺へ急下降し襲い掛かってくる。

 対して俺は、最後に詠んだのが第三部『アルス・パウリナ』で、まだ紙ドクロの操作権は残っている。脳内で紙ドクロに指示し、十七枚の紙ドクロがカイムの背後に位置に着いた。十七枚の紙ドクロはカイムの背後目掛けて口を開けてレーザーを放射。

「読めてるよ!」

襲い掛かると思わせて、カイムは突如と宙返りして、背後からのレーザーを回避。大きく円を描きながら滑空して、背後の紙ドクロ軍団をグラム一振りで薙ぎ焼いた。

「読み負けてるのはお前だ!」

カイムは一手目のレーザーを読んで回避するというのは想定済み。二手目はカイムの周囲に紙ドクロ百枚を配置させ、再びレーザーを放つ。百本のレーザーが全方向から迫り、カイムが回避する隙間はない。

「そんな策は前にも見たわ!」

カイムが持つ燃える魔剣グラムから紅炎が噴き出した。自身の体を中心に回し、回転斬り。遠心力で剣身から零れる怒りの業火が百本のレーザー諸共、紙ドクロまで燃やし尽くした。

 ここまでが三手目。カイムが周囲の紙ドクロ軍団に気を引いている間に、俺はカイムの頭上まで跳んで奇襲。カイムの脳天に向かって己の身をダイブさせ、光の剣で叩き斬る作戦だ。

 カイムが回転斬りし終えた直後、俺が頭上から襲いにかかってきたシーンを目撃し、咄嗟にグラムを頭上に構え、防御の構えに。そのまま光の剣でグラムの剣身に叩きつけた。光と炎が激突し、閃光と火花が舞う。

「闇の魔法と光の剣、か。まさかこんなファンタジーな戦法取りやがるとはな……人間風情が」

「やっぱり、暗殺部の副部長は戦い方が上手いな。だが、これはどうかな」

光の剣の明るさを一瞬だけ極限まで高め、強く照らした。

「うがあ!」

カイムの頭上で強烈なフラッシュを起こし、視力を一時的に縛った。防御の構えがいとも簡単に崩れ、怯んでしまい羽ばたきを止めて落ちていった。普段から照らしとは無縁の悪魔共に、光の鋭さで視神経を刺されては相当のストレスだろう。船上に落下してもカイムは両手で目を蔽い被さり、もがき苦しんでいる。この隙に光の剣を真下のカイムに投げ、左手を空けた。光の剣はそのままカイムの腹部を刺し、剣身は床下にまで貫いた。

「ぐあああああああ」

悪魔や幽霊にとって光の一撃は特攻だ。尚且つ光の剣でカイムを固定。逃げることはできない。左手を空けた状態で第五部を開き、詠唱。

「憎き大天使ミカエルよ。 光で死した死者の祈りを聞きたまえ。我の願いを叶い、滅びたまえ」

詠唱しながらも、俺の身体も重力に従ってカイムの真下へ落ちていく。詠唱が完了すると俺の左手は赤い魔力で染まり、マグマのように煮えたぎっている。この左手を絞めて、第五部の拳でカイムの額に殴りつけた。

「もう一回、死ね」

殴ったと同時に、赤い魔力はカイムの殺害履歴を瞬時に調べ上げる。膨大な殺害結果に応じて、闇の爆発がカイムの額を中心に発生。爆破の衝撃は空気が消し飛ぶほどの威力で幽霊船全体に亀裂が広がり、津波によって大きく揺れた。

「ま、まけ……てね……ぞ」

ホワイトアウトから光の剣と第五部のコンボをくらってもまだ喋ることができるとは。しかし霊体が一気に薄れ、この世から消えつつある。もはや反撃する体力は残っていまい。カイムを未だに突き刺している光の剣の柄を握り、微少に揺らし、傷口を抉る。

「お、おれは……死な……」

それを言い残して、カイムの霊体は空気に溶け込み、消滅していった。

「……あっけない。これが、奴が自慢していた真の不死身?」

カイムが意気揚々に真の不死身を謳っていた割には簡単に消滅した。

 確かに俺が持つ光の剣は、邪気を払うため悪魔や幽霊にはとことん強い属性だ。先の魔列車戦でも幽霊を断ち、次々と消滅させていった。今回のカイムは霊体だから、同じ原理で消滅できると思うが、あっけなく消えたからこそ不気味に思う。

 燃える魔剣グラムは船上の床に刺しっぱなし。フラッシュでカイムが怯んだ時にグラムを落したか。もしカイムが本当の不死身ならば、グラムを取り戻しにここへ戻ってくるだろう。相手は往生際の悪い副部長だ。俺の前で消滅したとはいえ、油断はできない。

「大丈夫かレハ」

幽霊の相手をしていたウァサゴ、アンリデウス、フェニックスが俺の元へ走り寄る。俺の衝撃波で幽霊たちは巻き沿いを喰らい、ついでに吹っ飛んで行ったか。

「ああ、怪我はしていない。だが、ヤツは自分を真の不死身と言っていた。その割にはあっけない。妙だと思わないか?」

二度目の死はないからこそ不死身。その一方で幽霊の弱点は、神聖な光やフェニックスが持つ生命力。消滅するのに理は叶っている。それもカイムは重々承知のはずだ。

「んん、まあ、実は大したことのない奴って思えばいいんじゃない?」

思考を張り巡らすことが苦手な単細胞のウァサゴのあっさりとした言葉。むしろ俺は思考や神経を過度に張り巡らせているのだろうか。その割にはフェニックスの表情は未だに暗い。まだ安心しきっていない感じだ。

「そうだといいが」

「……いいや、まだいるよ」

案の定というべきか、ここでフェニックスが言葉を発する。さっきから表情が暗く、不安に満ちた瞳で言いたげに訴えていた。

「……やはりか」

フェニックスが感知する霊気の範囲は広く遠い。フェニックスが断言するのであれば、やはりカイムは消滅していない。

「ほら、開いたよ」

フェニックスが船室の上に指を差した。俺たちも船室の上に振り向くと、一見何もなくただの曇天が広がっている。と思いきや一秒後。空間に縦の亀裂が生じ、扉上に開かれた。扉の先にはひたすら暗闇が広がって、怪しい冷気が風に乗って吹いてくる。先程の霊界への入り口だ。

「冷たい霊気ね。夏だって言うのに、まるで冬の風だわ」

「こんなクーラーじゃあ寒すぎるな」

鳥肌が立つほどの寒さに加え、脳裏に得体の知れない恐怖感がよぎる。霊界のホールが一家に一台のクーラーだったら、どんなに落ち着かない夏だったことやら。夏の楽しい怪談ですら度が過ぎるクーラーだ。本物の幽霊をおびき寄せかねない。

 そんなホールから黒い鳥が飛び出し、船室の屋根に着地。その鳥はヒト型の姿もしており、黄色い瞳で俺たちを見下ろしていた。

「甘いな人間。どんな光だろうが所詮はかりそめ。俺の真の不死身を溶かすことはできん!」

悲しいことに、二度目の死は本当にないらしい。そんな馬鹿なと言いたいところだが、俺の光の剣で串刺しにしたのに、一度は消滅したのに復活していたのだ。事実は事実。悔しいが認めるしかない。

「ちっ。流石に参ったな」

小声で呟くほどだ。今改めて、不死身な相手を目前にして、ほんの少しだけの敗北感を覚えた気がする。どうやって勝てばいいのか、必死に思考を回しているが、勝算が見つからない。

「く、首を切断すれば流石に」

「いいやアンリデウス。一度カイムがフェニックスの首を切断したとき、フェニックスは生きていた」

「え……じゃあ……」

「ああ、死なないんだ」

アンリデウスの提案も、不死身によって弾かれてしまった。カイムを第二部『テウルギア・ゴエティア』の暗黒星の爆発でも、カイムは死ななかった。身体は消滅したが、一部分だけの部位から再生し、復活した。カイムのただならぬ執念も舐めてはならない。

「ふ、不死身をどうやって処刑すれば……」

死神の末裔であるアンリデウスですら、不死身の処刑法が思いつかないとなると、いよいよ手詰まりだ。

「フアハハハハッハアハハハハハハ、どうした、不死身を見せた途端に強気が失せてんじゃねぇか!」

あんな悪魔が図に乗って高らかに見下されては不愉快だ。だが、ここで挑発に乗ってカイムに突撃すると、光の剣は魔力で形成しているため常に消費している。長時間の光の剣の持続は無理だ。魔力が尽きたら、それこそカイムに対する策はもない。

「そ、そうだレハ。フェニの尾を当てればいけるんじゃない」

カイムに聞こえないよう、ウァサゴも小声でフェニックスの尾でカイムを倒す作戦を提案。

 そういえばウァサゴはフェニックスの尾をうっかり落として、魔列車を滅ぼしたのだったな。それと同様にカイムにフェニックスの尾を当てれば、勝機はある。

「ウァサゴ先輩、フェニの尾じゃなくてフェニックスの尾です」

「うるさいわね、そういうことはどうでもいいの」

「わかった。次はその作戦で行こう」

可能性に賭ける。天界の王子の冠による光の剣がダメなら、不死鳥の百年に一度生える信頼の証で倒す。魔列車は死のオーラがあるから、フェニックスの尾による生命力で帳消しし、消滅したんだ。それと同じ原理ならば、勝てる可能性はある。

「作戦会議は終わったかい。善魔」

俺たちの作戦会議に待ってあげるほどの余裕をかましている。

「ふん、いつまでも余裕かましてたら痛い目に合うわよ」

「黙れよ、悪魔の面汚し。……ところで、ちょいと質問だがよぉ。北側はあれどうなってるんだ。なんか傾いてねぇか」

カイムが北側の空に向けて指を差した。俺たちの前方は南に向いているため、北側は背後だ。意味不明なことを言っているが、まさかその程度の誘導で、隙を作ろうと狙って言っているのか。振り向きはしないぞ。

「何を言っている。まさか敵を前にして振り向くと思ったか」

と思っていたら、フェニックスがカイムの思惑通りに背後の北側へ振り向いていた。不死身は、隙を突かれても死なないから、ある意味フェニックスも余裕をかましているな。ウァサゴやアンリデウスは振り向きもせず、カイムに臨戦態勢を保っているというのに。

「い、いやいや。これ割とガチの話だ。なにぶん俺は今まで冥界に居たから、魔界の情勢なんて知らねぇんだ」

「えっ……?」

カイムの応答とフェニックスの零れた言葉が重なった。フェニックスの反応が気になる。フェニックスはここで冗談を言う仲間ではない。

「レハ、試しに振り向いてみなよ。私たちが見張っておくから」

ウァサゴが代わりにカイムの事を見張ると言い、一歩、俺の前に立ってくれた。ウァサゴを盾にし、俺もゆっくりと振り向き、後ろの光景を見てみる。

「……どう、なってい……」

異常が百億個とも言えるような信じ難い光景が俺の目にも映った。そのせいか、言葉が失い、息が詰まるほど。

 フェニに続いて俺の反応にも、疑問を隠せないウァサゴとアンリデウスも咄嗟に振り向いた。

「嘘、でしょ」

「信じられない……」

偽王国から南下にある紅海。ここから見る北側の空には、驚くべき光景があった。

 魔界の北の大陸には、シトリーの空間魔法によく似た透明な保護壁があり、その先から如何なる手段でも入ることが出来ないようになっている。魔界という一つの世界に、北が裏歴史、南が表歴史に分かれている。そんな裏歴史の大陸全体が、斜め上に擦り上がっていき、大空は斜め下に傾いていく。円を右回転させたように、裏歴史に天変地異が発生している。

「陸と空が傾いている……」

今の陸の傾きが五十度、いや、七十度だ。傾きに過度が進む度、大陸に亀裂が広がり、ありとあらゆる建物が崩壊。建物や木々、海までもが下へ転がっていく。傾いたことで二つの歴史も裂空。空が断たれた。傾く速度が速く、ゆうに九十度を越し、百十度。建物や大地、それらの破片、水や海、全てという全ての物が、大空へ吸い込まれるように落ちていく。それでも傾き続け、裏歴史の天変地異が更に進んで行く。

「ど、どんどん傾いていく……どうなってんの」

「上から見てきます!」

フェニックスは不死鳥に化身し、翼を羽ばたかせて大空へ飛んで偵察しに行った。

「あ、あっという間に陸が真上に……」

陸の傾き、百八十度で止まった。裏歴史の大陸が真上に浮いている。元の平らな角度から百八十度まで回転し終えるのに、ほんの十五秒前後。あまりにも突然で恐ろしい天変地異で、裏歴史はさぞかし大混乱だっただろう。偽王国から遥か南下している位置では、大空が今どんな状況になっているのかよく分からない。空を飛んでいるフェニックスから見た場合、どんな地獄絵図が広がっているのだろうか。

「フェニ、今裏歴史はどうなっている」

「……大空が、真下に広がっているよ……」

当たり前と言えば当たり前だが、謎の大規模な世界逆転が発生すれば、陸が真上に浮くなら空は真下に広がっているか。

「まるで底なしの空を見てるみたい……見ていて気持ち悪くなってきた」

フェニからすれば天空が上にあって飛んでいたというのに、裏歴史からの領域は天空が下にひっくり返ったんだ。異常すぎる光景には慣れないだろう。

「あの真ヴェルサレム王城はなんとか保っているな」

ヤロベアムが巣くう漆黒の王城は、大空の彼方へ落ちず、しっかりと大地にへばりついている。あの城の牢屋にはメナリクがいるんだ。

「……はっ、メ、メナリク!」

王城を見て思い出した。裏歴史で天変地異が発生すれば、メナリクが危険だ。ヤロベアムが言うには、巨人の牢屋の中にメナリクは囚われている。あれほどの世界逆転があればメナリクは巨人どもの下敷きになっている確率が高い。

「メナリクが心配だ……あの天変地異で死んでいないだろうか」

「そ、そうよレハ。メナリクが大空に落っこちたら助かりっこないわ!」

この旅の目的であるメナリクの救出が失敗になる。しかも突然発生した意味不明な天変地異で。もしそうなれば誰に敵討ちすればいいのだ。俺の怒りを誰にぶつければいいのだ。

「おいおい善魔生徒会。話がよく掴めねぇが、なんなんだその裏歴史ってのは」

裏歴史の大陸が来る前に死んだカイムには分かるわけがない内容だが、律儀に説明してやるほど俺たちは優しくはない。今はそれよりもメナリクの身が心配だ。

『――レハお兄様!――』

「!? メナリク、近くにいるのか!」

俺の聴覚がメナリクの愛らしい声を拾った。裏歴史に閉ざされているはずのメナリクの声が近くからして、咄嗟に周囲を見渡すが、メナリクの姿はない。それどころか、俺の発声に周囲の仲間が驚き、疑問を浮かばせている。

「ど、どしたのよレハ。メナリクの声がしたの」

「メナリク様はいらっしゃらないようですが……」

「なに、聞こえなかったのか、俺の幻聴か?」

ウァサゴとアンリデウスはメナリクの声が聞こえなかったようだ。だが確かに俺はメナリクの声が聞こえた。幻聴だと疑えないほど、くっきりと。

『――レハお兄様、聞こえますか?!――』

「いいや、やはりメナリクの声がする!」

ただ、耳で聞こえた、というよりは、俺の精神からメナリクの声が聴こえるという感じだ。俺も心の声で呼びかけてみる。落ち着いて、瞳を閉じ、全ての五感を閉じてメナリクの会話に集中する。

『――メナリク、俺だ。レハベアムだ』

『あ、レハお兄様の声だぁ!』

ようやく会話が繋がった。表歴史と裏歴史に絶壁がある状況で、まさか心の声で俺とメナリクが繋がって話すことができるなんて、まさに奇跡中の奇跡だ。どういう原理で繋がったのかは俺もよく分からないが、話すことが出来ているのは確か。

『メナリク、無事か。大陸が真上になって心配していたが』

『え? あ、ああ大陸がなんか上になっちゃいましたね。アハ、ハハハ……』

『……?』

とりあえず声が聴こえただけ無事だということは分かったが、何やらメナリクの返答に違和感がある。普通、ありえないほどの天変地異現象を「なっちゃいましたね」と片付け、薄笑いしている。今メナリクの身に何が起こっているのだ。

『そ、それはそうとお兄様。いきなり早々でごめんなさいなのですが、魔力をたくさん私にもらえませんか?』

早口に言葉を羅列していて、言葉に焦りがある。事情はよく分からないが急いでいるようだ。しかも夢での会話を除けば、俺たち兄妹の初の会話が魔力の要求。感動話や昔話を置き去りにいきなりの要求。しかも多めのオマケ付。更にはメナリクは魔法が使えない人間界で生活していたはずなのに、縁のない魔力というワードを発しているあたり、とりあえず只事ではない状況だというのは理解した。

『え、あ、ああ。か、かか構わないが、どうやって魔力をメナリクに渡せばいいかな』

『え、そ、それはその……こう、そう! 今私たちは心が繋がっているから会話ができるんですし、魔力もたぶん今の感覚で渡すことが出来るんですよ! きっと』

たぶんときっとを言っている辺り、魔力の要求をしてきたのにも関わらず確信がなかったな。それほど事情を話す暇がないぐらい急な用事のようだ。

 魔力の送信・受取は、肉体の一部が合わされば流すことは可能。それ以外はできないと思っていたが、確かに俺とメナリクは心で繋がっている。この糸を伝って魔力を流すということをすれば、できる可能性はある。

『……んん……とりあえず、できるか分からないが、まずはメナリクの言う通りにしてみよう。今からイメージしてみるから待っててくれ』

『はい!』

会話を遮断し、イメージトレーニングだ。俺の中に秘める魔力が大量に保管されているダムと、メナリクと繋がった心の糸を連結する。糸を魔力のダムの中に入れ、ホースのように魔力を吸い上げ、糸を伝ってメナリクに送るイメージ。この一連を繰り返し、送信する。敵前や天変地異の中で、この過程だけでも集中力は大幅に使う。一気に低血圧になりそうだ。

『おお、来てます来てます! なんだか力が漲ってきましたねぇアハハハハハハハ!』

笑えるぐらい生き生きとした反応のことから、どうやら魔力を受け取ったようだ。お上品な笑い方や力が漲るという言い方はまるで、悪役の魔女や魔王みたいだ。さすがはモーヴェイツの遺伝子を引き継いでいるだけある。

『そ、そうか。ところでその魔力を使ってどうする気だ』

『え?』

魔力の使用目的について質問をしたら、疑問で帰ってきた。人間界に住んでいた人間が魔力をくれと言ってきたのだ。メナリクは魔力を使って何かを企むはずだ。

『ど、どうするってそれ……教えないといけないんですか?』

どうやら教えたくないようだ。天変地異の裏歴史で、危険な目にあっている妹が分けてほしいと言ったから疑うわけではない。が、魔力に縁がないはずの人間が、魔力を使うなんて、ますます怪しさが深まる一方だ。それでも妹を信じる。

『いや、教えられないのであれば構わない』

この際、大事なのはメナリクが無事なのか否か。メナリクが生きているというだけで俺はそれで問題はないのだ。メナリクを救えれば俺はなんだっていい。

『ああただ、せっかくレハお兄様の魔力をいただいたので、お返しにこの白い本の力をお兄様に分けてあげます』

『本の力?』

『はい。表紙には黄色い十字架が載っていて、裏には丸の中に崖と裂けた海のマークがあって、なんか凄い本なんです! これを詠むとめっちゃカッコいい魔法で出てくるんですよ!』

メナリクの口から魔法というびっくりワードが出てきた。魔力を要求してきた理由はそれか。それにしてもやはりモーヴェイツの血筋。魔力を秘めていたか。本というのは魔術書のことだな。

『魔法か、となるとやはりメナリクはモーヴェイツの血を受け継いでいるんだな』

『あ口が滑った』

秘密を受け取っても、ついつい内緒を無意識に明かすタイプだな。魔力を要求してきたのは、白い本とやらで詠唱するため。あの天変地異で詠唱する余裕があるとは、メナリクは案外と肝っ玉だな。

『ま、その話は置いといて、これを受け取ってください!』

メナリクと繋ぐ心の糸を伝って、光の球が俺の精神に送信された。

『この光は……?』

しかも聖なる力を帯びている。天界の王子の冠に宿る聖なる力と似た、特別な魔力だ。モーヴェイツ家は代々魔王の血筋だが、俺以外にも光を扱える者がいたとはな。

『この光は白い本にある魔力です。これを少し分けたので有効活用しちゃってください』

本体に魔力がなければ、魔術書の魔力を使うことはできない。魔術書の魔力というのは、例えば俺のレメゲトンは、モーヴェイツの者以外が触れると生命力を奪われる。シトリーであれば、空間を扱う魔術書は、シトリーに空間魔法の才能があるからこそ扱えるなど、魔術書は使用者を選ぶ性質を持つ。メナリクが持っている白い魔術書は、聖なる魔力のことをいうのだろう。

 それはそうと、メナリクは口早に言い切る。まるで急いでいるようだ。だが俺はメナリクとまだ話す用事がある。まだ心の繋がりを途絶えるわけにはいかない。

『メ、メナリク』

『はいなんです!』

『俺たちは今お前を助ける旅に』

『ああお兄様ごめんなさい! オッサンに見つかりましたまたでは!』

『メナリク!』

精神に現れた心の糸がプツンと途切れた。これでメナリクと話せなくなった。『お前を助ける旅に出ている。だから後もう少し生きていてくれ』と言おうとしたのに言えなかった。

 急いでいるような言い方に、オッサンに見つかったという発言からして、メナリクはあの天変地異で誰かに追われているのか? 裏歴史に発生した大規模な神災とメナリクの聖なる光。メナリクを追う者。状況は全く読み込めないが、会話では、肝っ玉を発動させるほど元気そうにしていたメナリクだったが、危険な目が合っているのは間違いない。

 それ以前にヤロベアムが治める裏歴史であんな状況になっているのであれば、ヤロベアムは王として対応はしなくてはならない。そんな余裕がない状態で、エルタアレ火山にメナリクを連れてやってこれるのだろうか。

 それはそうとメナリクから頂いた光の球。糸がプツンと切れたショックで俺の魔力のダムの中に落ちていった。

『あっ、光の球が』

光の球は貯蓄している魔力にジャボンと液体に沈み、溶けていった。その時、ダム中にある全ての魔力が一斉に輝き始めた。

『こ、これは……!』

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