七十八話 ノアに迫る黒い船
今回も一話のみの投稿となります。本来なら七十六話とまとめて投稿するんでしたが、これでは投稿が長期的になりかねなかったので、一話ずつになりました。
現在、夏休みにして外国旅行は十一日目。四日に出た港町エイラドから出航してちょうど一週間が経った。大狩猟大会のエントリー受付場、もとい、エチオヴィア王国の隣国エリトヴィアの到着まで六日。
せっかちで卑劣な悪魔共は、狩りや虐殺が待ち遠しく我慢できなかったのか、船上が戦場と化し、死者は多数。ノアは海に放たれ逃げ場のない、血生臭い地獄と化している。今や船上でいつ誰が死んでもおかしくない、殺伐とした巨大な方舟となっている。
その三日前、『船旅中に悪魔同士がどこかしこに喧騒を起こるせいで、アンリデウスはずっと苛立っている』とフェニックスやウァサゴが俺たちに相談しに来た。そこで今日は俺とヴァプラも隣室に上がらせてもらい、廊下内のドア付近に隠れて、遠くからアンリデウスを見守ることにした。
善魔生徒会女性陣が利用している二丸六号室。悪魔の思考回路や言動に苛立っているのか、天使のアンリデウスは椅子に座って、はしたなく左手の爪を噛み続けている。眉間に皺を寄せて苛立ちは露。気を尖らせて、近寄りがたい様子だ。ここは女性の仲間同士が使っている居室だと言うのに、四六時中、処刑執行用の剣を手離さない。
「ねえアンリ、大丈夫?」
フェニックスは相変わらずのフレンドリーさで、椅子に座るアンリデウスに近寄るが、言葉がやや震え、怖気が隠しきれていない。
「……大丈夫」
アスモデウスの友達だったフェニックスに見向きもしないで、心の籠っていない暗いトーンで返す。
「大丈夫じゃないわよ。そんな物騒な剣をずっと持たれたらこっちも落ち着けないわ」
落ち着けないわと言っているが、殺気立っているアンリデウスに真正面から堂々と注意して、全く怖気づいていない。俺からすればウァサゴが手を握りしめただけで物騒なんだが、確かにヒトの首を切断するための剣を、日常生活でも見せつけられたら休まれない。
「周囲が海で閉じ込められた船が、目的地につくまで、逆にどう落ち着けというのよ。なんなのあの邪悪な生き物は。たったの喧嘩如きで命の奪い合いなんて、ド低能じゃないの」
セーレのような正論の毒舌が、はしたなく口から炸裂。ウァサゴに殺気を込めた眼で睨み付けてきた。
心身共に醜い男共の牢屋に入れられた絶世の美女の如く、天界の上品な環境で育ったアンリデウスには、魔界の下品な環境には負担が大きすぎたかもしれない。無理もない。悪を正すため死刑執行する死神の末裔にとって、命を命と思わない魔界の下劣な環境に、相当のストレスがのしかかっている。悪魔の醜い心の在り方に、苛立つ気持ちは俺にも十分すぎるほど理解できるが、仲間まで怯えさせていい理由にはならない。
「これだから悪魔は……特に男はっ!」
逃げ場のない苛立ちを瞳に込めて、睨みつけた先に置いている花瓶に殺気の刃を放った。机の上に置かれた花瓶は真横に絶たれ空中に弾け飛ぶ。切断口から水や花が零れ落ちる。
「キャアッッッ」
フェニックスはアンリデウスの剣気に驚き、悲鳴を上げる。
カイトロワ・アンリデウス・サンソンは、裏歴史からやってきた天使で、天使だという事を偽り、淫魔街のサキュバス専門学校を拠点に、表歴史の自分ことアスモデウスを使って俺を情報収集をしてきた。サキュバスやインキュバスの淫魔には気を許しても、サキュバス専門学校の周囲を徘徊する悪魔の男には嫌悪を抱いていた。更にサキュバス専門学校初の侵入者に、アスモデウスは犯され殺され、オロバス率いる兵器の群れで淫魔街と専門学校は壊滅させられた。淫魔は悪魔の一種だが、淫魔以外の悪魔の男性を根っから嫌っている。その背景も、今の苛立ちに一役買っているのだろう。
ウァサゴはアンリデウスの八つ当たりに一ミリも驚きはせず、冷静に、斬られた花の茎を持って、哀れみの眼を向ける。
「……いや、ごめんなさい。悪魔って言っても、中には光を宿す悪魔がいるもの。ロフォカレ兄妹やグラシャが。それに、光を持たなくても、本当に優しい性格のフェニもいるもの。悪魔が全て悪い存在みたいなこと言ってごめん」
悪魔の中で一際珍しい、光を宿すことができる善魔。アンドロマリウスやウァサゴのロフォカレ兄妹や、二重人格のうち内面にずっと籠っていたグラシャがそれだ。実際に光を宿さなくても、悪魔では極々少数派の性格が優しい悪魔、フェニックスがいる。『これだから悪魔は』と憤りに任せた発言を急いで撤回し、ウァサゴとフェニックスに不快な想いをさせてしまったと大人しくなって謝罪した。
「いいのいいの。悪魔にだって弱者と強者が分かれる。私たち善魔生徒会は、弱者に寄り添うための生徒会だから、優しい悪魔が集まるのは当然なのよ。それに、あなたにも悪魔の血が流れているんじゃなかったかしら」
アンリデウスは天使でありながら悪魔の血を体内に流す。それは、表歴史にいたアスモデウスの逆の存在だからである。アンリデウスは天界に基づく死神の思考を持っているが、『これだから悪魔は』という悪魔に対する敵意は、自分に流れる悪魔の血にも、皮肉に否定してしまうことになる。
「ええそうよ。ただ、天界では悪魔の血を継いでいるからと言って差別はされないわ。血や体にどんな背景があろうと、皆それぞれ個別性を持った生体で、それを罵るのは尊厳に反するからよ」
確かに、魔王ソロモンの子息で悪魔の血を継いでいる俺でさえ、天界の性天使や女神たちは俺を母性を持って温かく出迎えてくれた。なんなら、尊厳の鎧を脱いで全裸になって俺を囲い、精子を強奪する勢いだった。(実際には射精はギリギリしていないが)魔界の背景を背負う俺やアンリデウスに、一切の偏見は持たず、過度なフレンドリーで接してきた。まさに差別が一切ない命平等の理想郷だ。女性しかいない世界で、女性同士の喧嘩はしないぐらい仲が良いんだ。まさに究極体の平和だ。
「天界が明確に差別しているのは、滅するべき悪と絶対的な正義のみ。私は自分の信念に誇りを持っている」
先ほどの苛立ちが籠った暗いトーンから多少明るくなったトーンで語った。悪は許さず、徹底的かつ絶対的な正義を信じる天使。その信念を自信を持って力強く言えるのは、安っぽい言葉を羅列したものではない。確かな誇りそのものだ。流石は創世記から存在する正義の教育。性教育は表でも裏でも間違って育ったようだが、志だけは頑なに揺るぐ事はなさそうだ。
「ただ……勘違いしているようだけど、私は下衆な悪魔共の下劣さにイライラしているわけじゃないわ。今の私は、私にとって三番目の生き甲斐である使命が消えちゃったの……それで苛立ってるの」
どうやらアンリデウスは、間近で見た悪魔共の下劣さで苛立っているわけではないようだ。俺たちはフェニックスの相談でそう思っていたが、フェニックスらの勘違いだったらしい。
「一週間前、私はレハに酷いことを言われた……『目障りだ』って……」
「エッッッ」
驚きの声が静かに口から零れた。
港町エイラドでノア乗船前、俺はアンリデウスに『創造神は娘のアプロディーテに俺の守護の命令をしたんだろうが、過保護だ。大きい乳に囲まれ抱かれ、護られるだけの生活なんて、ただの監獄と同じだ。あんな卑猥な天使と女神たちを見て、控えめに言っても目障りだ』と敢えて酷く言い、アンリデウスとの距離感を作った。
創造神の命令で、アンリデウスら天使や女神たちは、俺に肉体的に寄り添って迫ってきた。孤独だったため母性に飢えていると勘違いされ、三億神の女神や百億の女天使の集団逆強姦で、俺の身はズタボロになった。それ以外にも、今までの生活は天界の目で盗撮され、私生活情報は筒抜け。列車旅でもアンリデウスは俺に密着的に抱き着いてきた。天界の弩の越したセクハラ行為にウンザリした気持ちを込めて言ったんだ。まさかここまでアンリデウスが精神的に傷つくとは思いもしなかった。
「私たちにとって唯一の王子様であり、希望の星であった存在から拒絶されちゃったの……それ以降、私には一切目を向けず、意図的に距離を離してくるし、私、ものすっごく嫌われちゃって。でも、私にはアプロディーテ様からレハの護衛を任せられたの。絶対的な頂天から与えられた使命を果たさなくちゃならないのに、天界の王子様から拒絶されたら、私の三番目の生き甲斐である使命はいったいどこへ行ってしまうのか、それが不安で……」
まずい、俺の発言でアンリデウスが酷く落ち込んでしまっている。扉の隙間からフェニックスとウァサゴの表情を覗くと、その表情はアンリデウスの言葉を完全に受容し、完全に同感している。これは使命の問題というより、俺とアンリデウスの男女感の亀裂が問題だ。同性同士の悩みは同感しやすいものだ。俺の不適切な発言でウァサゴとフェニックスの心情を悪くしてしまったか。とにかく女性陣には深く謝らなければならない。
「ところで、アンリデウスは使命を果たすことが三番目の生き甲斐なのよね。じゃあ二番目と一番目の生き甲斐は?」
フェニックスは、番号の生き甲斐に疑問が強かったか、少し脱線して質問をした。それにアンリデウスは赤面しながら目を合わせて答えた。
「二番目は、仲のいい天使やサキュバスと一緒に恋バナをすること」
「恋バナかぁぁぁぁあ」
恋バナというワードにフェニックスも頬を紅色に染める。
天界の天使やサキュバスは、たったひとりの男性に恋心を抱く。肉欲に塗れた心へ発達する。サキュバス専門学校では、魔界で唯一の人間を拉致し、淫魔街の王子にする計画を企てていた。そんな不埒な女子高校の恋バナだ。この俺をどう調理しようものか、容易に想像がつく。天界の方も、俺の私生活を覗き視しながら必死に発情を抑えていたのだろう。恐ろしい恋バナだ。クシャミが一分間に百回は行くレベルだ。
「そして一番の生き甲斐は、同志たちと一緒に、ひとりの異性を肉体的に愛でることよ」
「は、ハレンチ……」
肉体的な愛で方に、ウァサゴはナニを連想したか、破廉恥だと切り捨てながらドン引きしてみせた。
その愛で方に関しては、もはや解説するまでもない。R十八禁な内容だからな。
「おいおいレハ後輩。つまりアンリデウスさんはレハのことが好きってことじゃないのか?」
ヴァプラはアンリデウスらに聞こえないようひっそりと言ってきたが、羨ましいのか何やら、俺の隣で涙を滝のように流す。床はあっという間にびしょ濡れだ。
「……」
否定も肯定も俺からしにくい反応だ。否定すればアンリデウスを傷つけ、肯定すればアンリデウスが俺の事を異性として好んでくれると俺が認めてしまうことになる。俺もアンリデウスの反応に困惑しているんだ。俺はどうすればいいんだ。
「と、とにかく、俺はアンリデウスにとって生き甲斐を損ねてしまったんだ。謝るしかない」
アンリデウスの生き甲斐をまとめるとこうだ。三番目が使命を全うする事、二番目が同志たちと恋バナ、一番目が同志たちと集団逆強姦。そのうち俺が拒絶したアンリデウスの生き甲斐は三番目と一番目だ。アンリデウスにとってそれはそれは重大すぎる使命を、俺は距離を離し、更にアンリデウスのセクハラ行為を頑なに拒んだ。俺からすれば迷惑だという考えは変えないが、仲間として傷つけてしまったのであれば謝るしかあるまい。
扉を開け、リビングルームに堂々と入る。俺の出場に女性陣から注目を浴びる。フェニックスとウァサゴは俺が最初から隠れているのは分かっていたので普通の目線だったが、アンリデウスは瞼を大きく開けて仰天の眼差しで俺を見た。
「え、レ、レハ、ベアム様……」
俺にてっきり好意を失せたか、目線を急いで下げ、顔をそっぽ向いた。暗いトーンで名前の略しで呼ばず、王子らしく様呼びした。
「アンリデウス、一週間前の発言はすまなかった。まさかここまで傷がつくとは……」
アンリデウスの元へ歩き寄りながら謝罪の言葉を述べる。
「……」
はいともいいえともなく答えは無。そっぽ向いたまま反応を返さない。俺の無責任な発言で仲間関係に亀裂が起きたのだ。この亀裂を放置すれば仲間関係はもっと大きく広がり、取り返しのつかないことにもなる。何が何でもアンリデウスには俺を許してもらわないといけない。
「どうすれば俺の事を許してもらえる?」
座るアンリデウスから十歩ほどの距離で立ち止まり、アンリデウスに許してもらえる方法を探る。反応が返って来なくても、仲間として再び関係性を取り戻したいのだ。わだかまりがずっとある状態で仲間関係は保ちたくない。それはアンリデウスも同じ気持ちのはずだ。
「ベッド」
無反応からから一変、すぐに俺の顔へ見直し、まさかの即答。
「ふぇ? べ、ベッド?」
「全裸になってベッドで寝て。そしたら私も全」
予想外過ぎる答えに驚きながらも、それ以上の内容には察し、急いで会話を区切る。
「おいおい待て待て! そ、それで俺を許すつもりなのか! お前たちはなんでそんな思考回路でスケベな解決法が思いつくんだ!」
相変わらずというべきか何やら、つくづくアンリデウスら天界の天使やサキュバスは煩悩の塊だ。肉体を交わせば全て許してくれるのか。
「は、ははははは破廉恥……。もももももも、もし私が風紀委員だったら二人ともぶん殴ってるわ……」
破廉恥嫌いのウァサゴもアンリデウスの思考回路にドン引きし、言葉を震わせている。しかも俺も破廉恥認定されてしまった。
「おいウァサゴ、俺がそんな汚らわしくやるわけないだろっ! 言っとくが俺はまだ高校一年生だ!」
「私はかつてサキュバスをまとめた生徒会長よ! そして天界の天使でもあるわ。淫魔と性天使が認めた人間を犯すのは当然の筋よ!」
活力を取り戻したように勢いよく立ち上がり、俺に力説を込めて怒鳴ってきた。
「お前らの逆強姦基準が意味不明だ」
サキュバスも性天使も俺の意思を考えず、煩悩のみ従い数の暴力で犯しに来る。何もかも一方的だ。だから俺は拒絶するのだ。
「サキュバスと性天使は自分の性欲を抑えられないのよ……だから、あなたを犯したい……!」
瞳にハートマークが露になっている。これはもう完全な発情だ。だが俺は頑なに反発する姿勢を示す。
「だから、嫌がる俺の気持ちも少しは汲み取れ! そろそろ本気で怒るぞ!」
異性を傷つけた申し訳ない気持ちから一変、性行為を仕掛けてくる異性への憤怒に変わってしまった。悪魔も淫魔も天使も、どいつもこいつも自分の意思を強行し他者の気持ちを汲み取らない。挙句、尊厳の領域に土足で踏み入る。これだからサキュバスと天界の連中は大嫌いなのだ。
「んんん、ウァサゴ先輩。これって、やっぱりアンリがちょっとおかしいですよね……?」
「破廉恥だもの」
アンリデウスの性の強調に、フェニックスも引き気味。二人の様子を見るに、仮にアンリデウスが俺への恋バナを始めても二人は話についてこれなさそうだな。
「キャッ!」
突如として床が大きく揺れ、フェニックスが転がり落ちた。
「うおっ、なんだなんだ」
突如の振動、しかも強く多数の揺れで、アンリデウスやウァサゴ、ヴァプラも姿勢が崩れ、倒れていく。
この大きな揺れは、床というよりは船全体に衝撃が来ている。海に包まれた孤船に何が起きたのだろうか。
「うう、一気に船酔いが……」
今さっきの揺れでヴァプラが船酔いに苦しみ始めた。ヴァプラも翼を持つ者として、地に足のついた振れはダメのようだ。
それよりウァサゴとアンリデウス、フェニックスは立ち上がり、臨戦態勢を整える。悪魔と共に船旅でどこかしこも戦闘だらけ。この揺れは只事ではないのは確かだ。アンリデウスも発情を自主的に抑え、戦いの眼差しに変えた。
「ちょっと外の様子を確かめてくる」
フェニックスはベランダの窓を開けて、身を外に投げ出して両腕を翼に変えた。そのまま滑空し、外を偵察。
「げっ!?」
フェニックスが悲鳴を上げて仰天。フェニックスの反応が気になり、百聞は一見に如かず。本人に聞くより直接この目で見た方が早いと思い、俺とウァサゴもベランダへ出た。外海には、それはそれはおぞましい物が海に浮かんでいた。
「ただの古びた船、ってわけでもなさそうね」
「ああ、そのようだな」
この巨大木造船ノアに匹敵する、巨大な船が横に直列していた。しかもその外装は、例えるとしたら戦争で負けたようなボロボロの木肌。若々しい木色ではなく、たくさんの塩や水分を吸い取り加齢した墨色だ。帆も穴だらけでまともに風を受けることもできない状態だ。見た目こそは同情を買うほど、見るに堪えない哀れな外装だが、ただのボロボロ船ではないと、脳が直感で判断。あの船からはとても禍々しい気を感じる。
「この気……前にも味わったことのある気よ」
「分かっている」
俺やフェニックスが察したこの気。一週間にも味わったことのある気だ。例えるとしたら、真夜中のホラースポットに充満する、怪しく冷たい霊感だ。
「この気は幽霊……!」
一週間前、列車旅の最中に魔列車が襲撃した。その魔列車や空中を浮遊する幽霊たちから放つ気が、あのボロボロ幽霊船からも感じる。魔列車を滅ぼしたことによる恨みか、今度は幽霊船に乗って、俺たちが乗るノアへ奇襲。あまりにも突然で驚いたものだ。
ボロボロ船のすぐ後ろには、真っ黒な円の形をした扉が開いて浮いている。異世界へ移動するためのホールだ。
「あの不気味なホールは……!」
「あの世の扉だな……」
死者が白衣を着て住まう、『あの世』と呼ばれる霊界だ。それが今さきほど、魔界に霊界へ通ずる扉が一方的に開いたようだな。
「なるほど。口論の間フェニックスがこの気を感じなかったのは、あの異世界ホールから現れたからか」
フェニックスは生命力に満ち溢れていることで、霊感には敏感に察することが出来る。だから魔列車でも遠距離から気を察することはできた。あの幽霊船も、ノコノコと波に乗ってノアに接近したのであれば、フェニックスは気が付くことができた。フェニックスに悟られないよう、異世界を繋ぐホールを開き、霊界から直接現れたというわけか。
「見て見て、扉が閉まっちゃうよ」
霊界へ繋ぐ異世界ホールの扉が内側へ閉まっていく。だが、幽霊船はこの世に残したまま。その意味が、良からぬことが今から起こりうるのは間違いない。
扉は下から消滅していき、この世から抹消が完了したが、幽霊船は相変わらず居残り続け、船体から砲台を並べて出し、砲弾をノアへ放ってきた。
「ぐうぁ……!」
幽霊船とノアの船間距離はとても近い。ほぼ零距離から砲弾を放てば、ノアに大ダメージだ。先ほどの砲弾による衝撃でノアが大きく揺れ、皆は床へ転倒。
「きゃ!」
更に幽霊船の船上には、サーベルを持った幽霊たちが居り、高く浮遊し、ノアに直接身を投げて突撃していった。ノアの船上に立つ悪魔たちは、幽霊たちの襲撃に応戦し、あっという間に戦争だ。
「突如の災来と奇襲……さすがゴーストだね」
「関心している場合か。ほら、やってくるぞ!」
幽霊船からノアの二階七号室のベランダへ、一直線に幽霊の軍隊が突撃してくる。対してフェニックスは全身を不死鳥に化身し、翼を前方へ羽ばたかせて、火の粉を軍隊へ放った。癒せる火の粉の乗った熱風を受けた幽霊たちは、白衣が火の粉で燃やされ、生命の力で消滅していった。
「よし、とりあえず邪気は祓った。けど……」
目の前の邪気は祓い、成仏はできた。だが、一回の増援では収まらず、幽霊船から次々と幽霊たちが湧いて出てくる。幽霊たちの攻撃対象はバラバラで、無差別にノアの乗客に襲い掛かっている。乗客している悪魔も応戦し、悪魔同士の喧嘩も休戦だ。
「前みたいに幽霊一匹一匹相手してたら、埒が明かないようだな」
魔列車の時も、車体の外から幽霊たちが次々と飛び出して襲ってきた。尽きることを思わせない、絶望な増援には流石に降参したい気持ちだったほど。
「どうする。前は魔列車がフェニックスの尾で滅んだからよかったけど、今回も使う?」
前回の魔列車との戦いでは、ウァサゴがたまたまフェニックスの尾を落して、魔列車はそれを轢いて自分で消滅したが、今回の相手は幽霊船だ。
「いいや使わない。今回は俺たちが乗り込んで攻めてやる」
「「ええ?!」」
俺の策にフェニックスとアンリデウスが驚愕。思い切った策だというのは俺も感じるが、きちんとした理由は勿論ある。
「魔列車にせよ幽霊船にせよ、乗り物には必ず舵を握る親玉がいる。その親玉を取れば、幽霊船は止まるはずだ」
襲撃部隊は親玉の命令があって襲撃が行われる。その親玉を倒せば、フェニックスの尾を使わなくても襲撃は止めることはできるはずだ。何より、フェニックスの尾はフェニックスのプレゼント。百年に一度生える貴重な代物を幽霊如きに使ってたまるか。
「私は大賛成。まあだって、前は線路の上でひたっすら追われ続けられたもの。襲撃?そんなの、こっちから乗り込んで攻めてやるわ!」
自分の拳を叩き合わせた。どうやらウァサゴは魔列車の件で相当根に持っているようだ。
「それもそうね。私も魔列車の件で、ずっと追われられたのは一生の恨みよ。せめて私の手で断罪できなかった幽霊のためにも、私も乗り込むわ」
ウァサゴの恨みに共感したアンリデウスも、幽霊船に乗り込む覚悟ができた。彼らを断罪できず、成仏できずにこの世へ逆戻りしてきた幽霊を倒すという、死神の末裔としても、戦うようだ。
「そ、それだったわ私も、幽霊に拉致されたもん。私もやってやるわ」
幽霊たちに拉致されたが、結局幽霊たちはフェニックスに近寄ることが出来ず、怯えていたところを可愛がっていたフェニックスも参戦か。特段恨みはなさそうだが、幽霊たちに特攻の力を持つ不死鳥はぜひ来てほしいところだ。
「お、俺もいく……うううぅきもちわるっ……」
一方、ヴァプラは背に竜の翼を生やし、戦う気持ちは理解できるが、船酔いが収まらずようで、床に這いつくばっている。砲弾による二度目の揺れで、表情は真っ青で苦しそう。もうじき、口からモザイク必須のキラキラ物が出てきそうだ。
「ヴァプラ、アンタはここの護衛をよろしく頼むわよ」
足手まといと判断したか、ウァサゴはヴァプラにこの部屋の護衛を任ずる。このダークヒーロー、いっつもここぞとばかりに戦いに乗り出せないな。
陸の魔列車に続き、今回は海の幽霊船との戦いが始まりましたね。となると空は……?
ところで、6月後半から7月後半の四週間の実習がもうすぐ始まります。なので投稿期間が更に空きます。ご了承くださいませ




