七十話 不死鳥の伝統
ここ偽王国からエチオヴィア王国まで、ひたすら南下。その二割が列車を使った陸の旅、八割が船を使った海の旅になる。一日目の旅は、ヴェルザレム都市の鉄道駅から港街エイラドへ目指す列車に乗るところまで。列車に揺られながら港町エイラドに到達するまでには三日はかかる。だから今日は乗ることが大前提なのだ。乗るまでは簡単そうに思われるだろうが、エイラド行きの列車はなんと一日に一回しかない。更には、俺たちと同様にエチオヴィア王国へ目指したい多くの観光客や狩人が乗りたいため、一日一回しかない列車に乗るのはかなりの努力と運を用いる。乗れなかったら一日ロスだ。しかも大狩猟大会のエントリーは十七日の大狩猟大会の前日まで。一日ロスをすればエチオヴィア王国へ入国はできないと思った方が良い。
日光を満足に浴びたところで、愛しき森を出て、曇天の下、都市にある鉄道駅へ向かう。
「しっかし、エチオヴィア王国ってめちゃめちゃ遠いわね。最低十五日間の旅でしょ?」
「そりゃあな。陸ルートだと二つの大きい国を越えてやっとつくほど。俺たちが使おうとする海ルートはこれでも最短距離なんだ」
陸ルートだと、偽王国からエチオヴィア王国まで目指すのには、まずは西にある大国エジェプトの大都市ガイロに向かう必要がある。そこから南下し、次に二個目の大国ズーダンを南下し、そしてエチオヴィア王国だ。二つの大国を越えるほどの大距離で、しかもソーシャルディスタンスが守れない満席の列車内だ。足腰がやられる。それなら海ルートである、この偽王国の南の最先端にある港町エイラドから船にのり、直接南下した方が早い。そのためにも、エイラド行きの列車には何としてでも乗りたいところだ。
「そして、十六日までに大狩猟大会をエントリーすれば、無事に狩れるってわけだな。くうう楽しみだっ」
ヴァプラが狩りの大会を楽しみそうに笑みをこぼす。握りしめる拳から電流が零れている。
「エチオヴィア王国に到達しなきゃいけないのは十六日まで。王国への旅は少なくとも十五日間。かなりキツキツなスケジュールだね。いけるかな……」
「当然、盗賊や殺し屋にも会う可能性はあるわけ。そいつらに時間ロスされたら困るわね」
旅にはトラブルが付き物。決して安々と通れる過程ではない。相手は悪魔だ。非道な行いは息を吸うようにしてくる連中だから、片時も気を許してはならん。
「会ったら会ったで処刑してさしあげますよ。私は死神の末裔ですから。なんなら慈悲ですらありますから」
死神が下す死はむしろ慈悲。たとえ極悪な輩であっても、成仏と浄化を願い、審判の鎌を下ろすのはとても神らしいものだ。この旅団に出くわした輩の運の尽きというわけだ。心強い。
「なにっっっ?! アンリデウスは死神の末裔なのか! くぅううう中二病だ……!」
如何にも中二病センスがありそうな『死神の末裔』というワードに、中二病が発作してしまったヴァプラ。その瞳は、この世の汚れを知らない子猫のようにキラキラして、アンリデウスを見つめて感動している。
「死神の末裔、めっっちゃかっけぇ……! ってか、えっ!? アンリデウスって死神なのか?!! ど、どどどどどどゆこと?!」
驚くべきリアクションが遅い。さきに驚いて、あれこれ話を聞いてから感動というヴァプラ特有の感情が出るだろう。なぜ感動してから驚いた。中二病発作による感動から一気に驚きに変化し、アンリデウスはヴァプラの性格を察し、苦笑いをしながら頷いた。
「え、ええ」
サキュバスだと思われたサキュバス専門学校の生徒会長は、実は裏歴史からやってきた天使であり、しかも悪魔の血を継いでいるという。更には死神の末裔で、天使から後々本当の死神に昇格することが決定されている。経歴書一枚で埋まるほどの特質した経歴の持ち主だ。
「えええすごっ……なんか、私と真逆関係ですね」
決して死なない不死鳥のフェニックスにとっては、死を司る後の神アンリデウスは確かに真逆の存在だ。不死と絶対的な死、まさに矛盾だ。アンリデウス自身も不死鳥の存在には激しく仰天していたものだ。
「でしょ。実は私も、フェニックスが不死鳥だと知ったときは同じこと思ってたの」
一行は歩きながら、アンリデウスはフェニックスに明るい表情を向ける。フェニックスが思っていたことをアンリデウスも同じく思っていたようで嬉しいようだ。
出発からだいたい一時間前に、城の白ビキニを着やがったアンリデウスと悩みを抱えたフェニックスが俺の部屋に来た。そのとき、フェニックスが不死鳥だから首を斬っても死なないという発言から、アンリデウスは初めて、善魔生徒会に不死鳥が所属していることを知った。
「えええっ! なんか気が合いますね!」
不死と絶対的な死、互いの特性を持つ矛盾関係は早速意気投合した。そうか、フェニックスは元々アスモデウスと交流があり、仲良くしていたのであったな。そんなアスモデウスが天使として生まれた片方の歴史がアンリデウスだ。元の性格は同じだ。だから早速気が合うんだろう。
「ふふそうね。それに、私が悪魔として生まれた存在がアスモデウスだから、そんなアスモデウスと仲良くしてくれたってレハから聞いたわ」
「あっ、そうか。アスモデウスさんとアンリデウスさんって、元は同じ存在でしたもんね。顔とか胸の大きさとか瓜二つだし」
レメゲトンを中心に違える二つの歴史。表歴史のアスモデウスと裏歴史のアンリデウスは、表裏一体の存在。顔や印象、特徴はそのまま同じになる。変わるのは血と身体の遺伝子組み換えだ。フェニックスは、アスモデウスと仲良く接した感覚でアンリデウスとも仲良くなれるだろう。
「つまり、アスモデウスとアンリデウスは、歴史上同一人物ってわけよね。私にも裏歴史に私いるのかしら。いたら、是非ともタイマンを所望したいわ……!」
ウァサゴは、北大陸に引っ越してきた裏歴史に、存在するかもしれない裏ウァサゴとの戦いを妄想した。戦いや喧嘩が大好きなウァサゴだから、裏ウァサゴも喜んで戦いを受ける姿が想像できる。だが、一個の惑星で戦うには狭すぎるウァサゴ同士なので、できれば他所の次元で戦ってほしい。
「表ウァサゴと裏ウァサゴの戦い……想像するだけでゾッとする」
「なによ、それってどういう意味?」
「戦慄って意味」
「あらそう。まっ、私って、自分でさえビビるぐらい恐ろしく強いからね。それに、殴りまくったら肉体から奏でちゃうもの。戦いの旋律ってヤツがねぇ?」
確かにウァサゴの拳のクリーンヒット音は、耳から聴覚野へ吹き抜けるような爽快感がある。戦う前から相手が理解せざるを得ない戦慄と、拳打・強打する度に肉が奏でる戦の旋律。ふたつのせんりつを自信を持って尚且つ自覚しているウァサゴは、まさしく戦闘狂だ。
「ウァサゴ先輩怖いっス……」
ヴァプラ、フェニックス、アンリデウスは既にドン引き済み。表情が青ざめている。アンリデウスに限っては、ウァサゴの本性がこれなので、とても平和を目指す善魔生徒会の会長とは思えない事だろう。
「ああ。それにこいつ、俺が悪夢で魘されているにも掛からわず、本気で殴ってきたほどだしな。同じ生物とは思えない」
今日の朝のヤロベアムの悪夢にて、俺が覚めないからといって何度も拳を叩きつけてきたんだ。その時に自分の中で約束したんだ。もう二度とウァサゴと近くで寝たくないということを。とはいえこの旅、列車と船を利用する以上、どうしても近接距離でいる必要があるので、そうは言ってられないか。旅の最中に頑丈な鎖と眠り粉を購入して、ウァサゴに巻き付けたいところだ。
「な、なななななななななななんてことを……!? あなた本当に善魔なのですか……?」
ところで話は変わるが、なぜアンリデウスがこの旅に同行した理由について話す。アンリデウスは表アプロディーテの命令により、俺の護衛に立つことになった。アンリデウスの使命は俺を護ること。そんな女神王から託されたアンリデウスにとって、俺に危害を加える存在は許せないと思うことだろう。アンリデウスが驚いているのは、味方であるはずのウァサゴが、悪夢に魘されている俺を殴り起こしたという正気の沙汰ではない行いだ。天使の立場でなくても彼女は本当に善魔なのか疑うのは当然だ。ぜひ俺の安眠もアンリデウスに護っていただこう。
程なくして、偽王国の王都ヴェルサレムに入る。いつもはどんよりとした寂しい街、あるいは悲鳴と歓喜の奇声が喧しく、その日によっては鉄臭さが充満した混沌な街なのだが、今日は悪魔たちの人通りが多く活気に溢れている。
「今日は珍しく活気があるわねぇ」
ゲーティア高校や他の高校が夏休み突入ということで、学生たちが昼に遊びに行った影響もあるが、人通りに関しては八割が真っすぐ、南へ一方通行だ。活気があるというよりは、単純に人数が多く、南へ交通量が多いという言い方が正しい。偶然な否か、俺たちも南の方角を歩いている。
「ほとんどの住民たちが私たちと同じ道を歩いているわ」
交通量が多い南へ指を差すアンリデウス。その交通量が多い道の先にあるのが、鉄道駅だ。
「はい。あの先には確か鉄道駅があるんですよ」
「ええ……やっぱり多いのね」
「ああ。エチオヴィア王国へ観光しにいく悪魔だろう。それも、列車は一日に一本。何が何でも乗る必要がある」
「けど、その大半は観光客と狩人に分かれてるでしょ? その半分の狩人も私たちと同じことを思ってるはずだわ」
「ああ。……戦いの準備は万全だ」
俺たちも狩人たちも、狩りのため列車に乗らなければならない。悪魔によっては力尽くで乗るやり方もおれば、強引に乗るやつも。今日乗ることに命を賭けるものまで。列車停止場では、ほぼ必ずと言っていいほど戦闘が起こるだろう。俺たち学生ならともかく、社会人の狩人は事前にエチオヴィア王国へ向かっていればよかったものを。
するとフェニックスは俺の背後に隠れた。
「どうした?」
俺の背へ隠れたフェニックスへ顔を振り向く。
「い、いや、その……駅の中で暗殺部の生徒がいないか不安で……」
誰にも見られたくないように顔を下げる。
今や壊滅状態の暗殺部だが、残党が存在する可能性がある。消えてもなおフェニックスが暗殺部に怯えるのは、ブネという存在が脳裏にちらつくのだろう。
「暗殺部の残党がいるかもしれないが、ブネは裏歴史の大陸に行った。しかも、二つの歴史の大陸の狭間には謎の壁があるんだ。いくらブネでもあれは乗り越えられない。だからブネが暗殺部を使って狙ってこない」
今日の朝に発生した大地震によって、元々あった北大陸は全て陥没。その代わりにヤロベアムが支配する裏歴史の大陸が這い上がったのだが、表と裏の歴史の間には天まで貫くほどの壁が貼られている。どうせヤロベアムの仕業なのだろうが、あの大きい壁を一人の力で乗り越えるのは不可能。だからブネは表歴史に関与するのは不可能だ。
「わ、分かってるよ……でも」
「俺が護衛じゃ物足りないか?」
「そ、そそそそそそそそんなことないよ絶対! レハって強いもの!」
フェニックスが顔を俺へ上げ、大声を荒げて否定。
「ほら、そんなに声を出しちゃ注目が集まるぞ」
「へっ?」
フェニックスは辺りを見回ると、フェニックスの大声によって他の通行人が俺たちを不思議そうに見つめていた。自分の大声で恥ずかしい思いをしたのか、顔を真っ赤に照れた。
「はわわわ恥ずかしい……!」
「そういうことだ。今まで通り俺が護る。最初にも言っただろう」
城の出発前にも、俺がフェニックスを護ると言った。俺自身の決意表明を変えることはない。
「い、言ったね。ごめんレハ」
「それに、ブネがいない暗殺部の残党なんか、今更フェニに出くわしたところで襲う理由はない。理由があったとしても統制を失せた残党は、俺とウァサゴの顔を見るだけで逃げるさ」
所詮は烏合の衆。暗殺部の一年生は質より量で形成された、か弱い戦闘能力でしかない。二年生も多少の実力や能力、武装を整ったが、苦戦する相手ではない。
「まっ、私の顔に戦慄って言葉が書かれてあるぐらいだからね」
ウァサゴの顔を見ただけで慄く輩は実際に多い。顔が怖いのではない。強さが名実共に知られているからだ。
「俺も護るからな! フェニ後輩!」
ヴァプラは雷を発する竜の化身。竜に化身するだけでその場の威圧感で、多くはひれ伏す。又、鱗に覆われた厚い肉体は時に防御にも役に立てる。ヴァプラが守りに入れば、相手としては突破は困難で戦意喪失になるだろう。
「ウァサゴ先輩に、ヴァプラ先輩……ありがとうございます」
「私の使命はレハベアム様の護衛でございます。ですが、フェニックスを狙うゲスな輩は私も倒すからね」
まるでこの俺を王子のように堅苦しい言葉で様呼びするアンリデウス。その一方でフェニックスには親しい言葉で話す。
「アンリデウスさんも……私、嬉しいです」
「おいやめてくれ、俺を様呼びするのは。内心ふざけてるだろ」
「まあでも、レハは正式な天界の王子だからね。様呼びしなきゃいけないのは当然中の当然よ」
「フン」
「だからレハ。あなたが様呼びに慣れるの。いい?」
「勘違いしているようだが、ヤロベアムを倒した後は絶対に冠を返上するからな。永遠に王子になるつもりはない」
ヤロベアムの宇宙全体や未開の地を暗黒に染める計画さえ潰してしまえば、冠の役割は終わるんだ。だから天界の王子を続ける必要はない。あとは善魔生徒会として、魔界で平和活動すればいい。本来はその路線を歩むはずだったんだ。
「返上したところで、無駄と思うけどねぇ。表歴史の天使と女神、全員が全員レハにメロッメロだもの。返上を頑なに断り、永遠に天界に閉じ込めるつもりそうよ。極上の肉欲と快楽の絶海に溺れるのが堕チね」
「……」
「今でも天界の目はあなたを見ているわ。発情がMAXでもね」
「やめろ! 虫唾が走る!」
淫らな天界で神聖な性物との戯れはもう御免極まりない。返上が無駄ならこの冠は叩き割って第二部の暗黒星で滅ぼしてやるまでだ。
「いいなぁレハは、女の子にモテモテで。サキュバスやアスモデウスさんとだけならず、天界でもイイこと経験したなんて……もはや全男性の敵だわ」
ヴァプラから全ての男性を敵に回したかのような言い方。サキュバスと天界の連中から一方的に犯されただけなのに、なぜ男性を敵にした言い方されなくてはならないんだ。
とここで、鉄道入口が視界に見えてきた。しかし、入り口が数多の悪魔で詰まり、人混み状態だ。しかも威勢のいい声がちらほらと耳が拾う拾う。
「ごらどかんかい!」
「お前がどけよごら!」
「オラオラ俺を通さんか! この馬鹿共が」
案の定、狩りの変装をした悪魔たちが鉄道付近で言い争っていた。この人混みの中、我先に乗車されろと言わんばかりに喧嘩が始まっている。
「あああらら、案の定」
「俺たちも列車に乗りたい気持ちは同じだ、同情」
「魔界の有様、惨状」
ウァサゴの言う通り、エイラド行き一日一本の列車に乗りたいがために、抗争は既に行われている。乗りたい気持ちは分かるが、ここで喧嘩されては困る。淫魔街で魔界生活には慣れているであろう天界育ちアンリデウスは、たかだか乗車のために喧嘩している悪魔を、軽蔑視している。
「あ、あの皆さん……!」
ここで俺の背後に隠れるフェニックスが皆に対し声を挙げた。俺たちはフェニックスに身体ごと振り向いた。
「なんだ?」
「今更なんですが、私たちの無事を願い、これを受け取ってください」
すると、フェニックスは突如と身体全体で力み始めた。拳を上に向け、腕を曲げて力む。顔もしかめっ面で力んでいる。
「んんんん!」
例えるなら、便秘だけど必死に出そうと頑張っている姿。とすると、フェニックスの腰と尻の間から、黄金色の尾が三枚生えた。
「ふぁあ、出た」
煌めく黄金色の尾を出し終えると力みを辞めた。フェニックスが力み始めたのは、この尾を出すためか。汗もかいていることから、この尾を出すのには相当の努力が必要らしい。それにしても綺麗な尾だ。
「おおお、綺麗な尾ねぇ」
「フェニックス、これは?」
「これは、そのままのネーミングなんですが、フェニックスの尾です」
フェニックスの尻付け根から生えた、『フェニックスの尾』という尾。確かに、何の捻りのない名だ。
「フェニックスの尾……なんかどっかのゲームで何度か使ったことあるヤツねぇ。なんかこう、強敵との戦いで仲間が負けたとき、戦況を立て直す時に使うヤツ。使っとかないと、いざ強敵を撃破したとき、倒れた仲間の経験値が無」
「やめろ、それ以上言うな」
フェニックスは俺たちに背を向け、同時にフェニックスの尾の先端も俺たちに差す。顔も俺たちに振り向いて、やや恥ずかしめな笑みを見せる。
「尾を一人ずつ引っ張ってください」
「え、引っ張る? いいのか」
「はい。この尾は、信頼できる者に渡すことができる尾なんですよ。代々フェニックスはそうやって渡してきた歴史があるんです」
「へぇえ凄いわねぇ。まさかこんなところでフェニちゃんから嬉しい事言ってくれるなんてね」
代々フェニックスが脈々と受け継がれる尾を渡す伝統。その貴重な伝統の儀式を、まさか喧嘩真っ只中な鉄道で渡されるとは思いもしなかった。
「この旅は本当に怖くて危険ですし、私が不死身ということもありますので、なんか御利益があったらいいと思いまして、この尾をプレゼントしたいです」
フェニックスの尾を取りやすいように、尻を軽く差し出した。そんなフェニックスのプレゼントに、ウァサゴの手が尾へ伸びる。
「じゃあ、仲間として、遠慮なくいただくとするわ」
「あっ、慎重に取ってくだ、ヒギャア……!」
慎重に取ってくださいという発言は時すでに遅し。ウァサゴはその手で尾を鷲掴みし、本当に遠慮無しで引きちぎった。そのせいか、痛覚があったようで変な奇声を挙げた。
「あら、大丈夫? 変な声出たけど」
しかしウァサゴはヒトの痛みが分からないのか鈍感なのか、フェニックスの痛感の声を痛みと捉えてないようだ。
「ウァサゴ、ヒトの毛でも強引に引っ張ったら痛いだろうが」
フェニックスは自ら尾を貰ってほしいとは言ったが、尾も肌から生える毛だ。土に生えているニンジンも肌に生えている尾も、慎重に取らないとニンジンは折れ、肌も痛いものだ。
「ああらら。ごめんねフェニちゃん」
「い、いいえ! このぐらいの痛み、皆さんへの御恩に比べたら蟻ですよ!」
仲間の恩と感謝のためなら痛みさえ許す、何とも前向きな姿勢だ。
「はい、ではアンリデウスさんも受け取ってください」
アンリデウスにも尻を向け、尻の上に生えた尾を差す。
「えっ、いいのこの私が受け取って?」
アンリデウスにとっては、フェニックスと初めて出会ったのは今日の朝の生徒会会議だ。初対面の人という感覚で、フェニックスから信頼の証として尾を貰うというのは不思議な気分であろう。
「勿論! 表歴史じゃアスモデウスさんとはお友達だったもの。そのアスモデウスさんとは逆に生まれたアンリデウスさんは、私にとってアスモデウスさんと何ら代わりはないと信じたい!」
「フェニックス……」
アスモデウスは亡くなり、仲良しの関係はゲーティア高校の前期で終了したのだが、元々アスモデウスとアンリデウスは表裏一体の存在だ。フェニックスにとっては、性格も顔も身体もなんら変わらないアンリデウスを、アスモデウスという最初の友達として接する気持ちとして、この尾を渡したい。たとえ違うようで違わない存在を友として接したいフェニックスは、まさしく善魔のように優しい。
「ええ。私としても、私が悪魔として生まれたアスモデウスと仲良くしてくれたのは本ッ当に嬉しいわ。この尾、友情としていただくね」
「うん!」
アスモデウスとの仲良し関係は、アンリデウスに引き継がれたところで、フェニックスの尾に触れ、慎重にやや脱力気味に掴む。
「痛くない?」
「いいや。大丈夫だよ」
「じゃ、引っ張るわね」
「うん」
軽く掴んでいる尾を、じわりじわりと力を入れながら引っ張る。ここでフェニックスがやや力んだ表情に変える。
「ううううんんんん」
慎重に引っ張ってもフェニックスは少し痛いようだ。だが、尾は少しずつフェニックスから離れそうだ。そのとき、畑からニンジンが採れたようにスポッと尾が取れた。
「おっ、取れた」
「っっっ、ふぅ」
アンリデウスは、右手に持つ光り輝く黄金色の尾を顔に近づけ、尾の先端に額を当て、目を瞑る。当てたあとは瞼を開け、フェニックスに再度感謝をした。
「大事にしまうからね。ありがとう。フェニ」
「うん! アンリ」
アンリデウスはコートのファスナーを胸部まで開け、白ビキニを少しだけ晒す。その谷間の中に友情の宝である尾を突っ込み、胸の中にしまった。しまった後はすぐさまファスナーを首元まで上げた。大事にしまうとかいいながら、百六十センチのバストの間に入れたら乳圧で潰れそうなものだが。っていうか、白ビキニを着ていくな。その一部始終を、ヴァプラは釘付けになっていた。
「ふぅ……さっ、最後ね」
フェニックスから生えた残り最後の尾を誰かに配る手番が来た。とすると、さっきまでアンリデウスの着衣に釘付けになっていたヴァプラが、フェニックスの声に応じてフェニックスに顔を向けた。
「はっ、つ、遂に俺の番が」
と同時に、フェニックスは俺に最後一本の尾を向けた。
「はい、レハ。受け取って」
「ああ。ありがたく」
「えっ」
フェニックスの尾を受け取る気満々だったヴァプラは、フェニックスの信頼を得られなかったのか、自分に尾を向けてもらえなかった目の当たりな事実に、早くも涙を流した。
一方、ヴァプラの空振り三振を見てしまった俺は、素直にフェニックスに感謝し、その尾を軽く握る。触り心地はまるで羽毛。なのに柱はまっすぐピンと張っていて、しっかりした尾だ。
「引くぞ」
「うん!」
フェニックスの腰と尻の中間に生えたフェニックスの尾。握る拳に少しずつ力を入れながら、肘をゆっくり引っ張る。
「あと少し……!」
フェニックスが背に向き、尻の上に生えている尾を引っ張るから、まるで犬の尻尾を引いている気分だ。そういえばラボラスも尻尾を引っ張ると気絶するぐらいダメージだったな。それはどうでもいいとして、尾を引き続けると、スポッと引き抜くことができた。
「綺麗だ……」
美しく輝く尾をやや上に上げ、視線も見上げる。
ダイヤモンドやダイヤモンドダストは、光の屈折で美しく見えるが、このフェニックスの尾は違う。自ら黄金色の光を優しく放っている。手に持つと、尾がもたらすご利益とやらが、まるでパワーストーンのように得体の知れないパワーが、全体の筋を走る。
「不思議だ。持つと元気が出る」
フェニックスから生えた奇跡の尾。これは友情や信頼を証明する意味を越えた、不死鳥の永き歴史を持つ一族の礎だ。誇れるパワーの源だ。だからこそ、この尾はこんなにも美しい。
「フェニックス……お、俺の分は?」
ヴァプラが涙ながらに、自分の分の尾を尋ねる。フェニックスは笑みよりの真顔で答えた。
「ああ、この尾って、三人分しか生えないんですよ。まあ、次に生えるときは百年後ですかね」
「ひゃ、百年後……」
百年後をサラっと言える辺り、フェニックスにとっては百年は多少遠い年なんだろうが、俺たちにとっては百年はとてもとても長い年だ。いや、生きてるさえ怪しい。ヴァプラが尾を貰える時は、ないだろう。そもそもフェニックス自身が百年経ってもヴァプラに信頼を感じているか、の問題だが。




