六十八話 夏休みの始まり
……『第六章 エチオヴィア大狩猟大会編』は五月に投稿し、続きの話を七月に投稿し、それっきり投稿をしなくなり……。
投稿スペースが更に広くなったことは、とても申し訳なく思います。すみませんでした。
「……からです。話は以上です。皆さん、一思いに夏休みを楽しんでください。どうか怪我だけはしないでください。ただし、相手に怪我を負わせるのは良いです。気に入らない奴はどんどん殺りましょう」
死月の入学式から七月初旬の、死闘と成長が詰まった長いようで短い一学期は終わりを迎え、今は終業式。バエル校長の式辞が終了したところだ。
生徒の身を案じる立場上、怪我は負わないでと言っているのに、悪魔としての悪意に従い、気に入らない者には怪我を負わせてもいいという、ダイナミックな矛盾を平気で式辞の終わりに閉めた。
「全員起立」
副校長のマイクから体育館内に渋く響き渡る号令に、全生徒と教師は椅子からビシっと立ち上がる。普段はこいつら、不真面目で人の話も聞かない態度のくせして、バエルという格の高い悪魔が前に出るとビシッと姿勢を整える。姿勢一つで逆らうなんてとんでもないような雰囲気だ。現に、ウァサゴが入学式のとき、バエル校長の前で悪の意思の脱却の話をしたら、悪魔という悪魔全てが青ざめ、ブーイングの嵐が起きたほどだ。悪魔にとって、悪の黄金期を支えた悪の英雄は、この世紀末に舞い降りた実物する神とでも見えているのだろう。
しかし、学業の儀式において悪魔も雰囲気も関係ない。一人の生徒として、俺やウァサゴら善魔生徒会メンバーも正しく号令に従い、
「礼」
バエル校長を心酔している悪魔同様、キチッと頭を下げた。
「フン(なんでこの俺がバエルみたいな悪魔に頭を下げなくてはならないんだ……)」
王の器たるもの以下の存在に頭を下げるだなんて、とモーヴェイツ一族の誇りにすがりたいわけではないが、悪魔嫌いの俺が偉い悪魔に礼をするのはとても気に喰わないことだ。勿論、一生徒として学校の儀式に参加するのは当然だから仕方なくやっている。頭を下げた状態で鼻であしらうが、俺の邪険な鼻息が右の悪魔に聞こえたか、睨みつけてきた。結構小さく漏らしたつもりだったが、流石にバレたか。
頭を上げ、
「着席」
号令後から一秒にも経たない全員の綺麗な一致の着席。それほど魔王ソロモンの右腕にして、悪の黄金期の遺産バエル校長が怖いのか、この悪魔共め。
バエル校長は演説台から離れ、壇上から右の階段を使って下り、体育館を上から見て右上の特別席に着席した。副校長である司会者は校長の着席をしっかり確認したところで、台本通りにプログラムを進んだ。
「続きまして、在校生代表挨拶。生徒会長ウァサゴさん。お願いします」
校長式辞に続いては、在校生代表の生徒会長ウァサゴの挨拶。司会の進行がここまで到達した瞬間、空気の流れは一気に静か、そして慌ただしく厳かなになってきた。それほどの緊迫感が体育館全体に包まれていく。
ゲーティア高校生がバエルと同様に恐れているのが、我らが生徒会長ウァサゴ・ロフォカレ。
おさらいして言うが、歴代ゲーティア高校の生徒会長に集う期待は、『ゲーティア高校の生徒会長になった者が社会に出たら、他の世界は再び混沌に塗れるだろう』だ。この偽王国の国民に限らず、全ての国の悪魔の口から当然のように言う。悪のエリートになるであろう、悪の華を咲かせる厄介なメンツたちの中から一人だけ選ばれた、真の実力者。それが生徒会長だ。その強さは、この俺でも敵わないと言わせしめるほど。他の生徒からすれば、そんな名実ともに名高いトップが同じく生徒。何より恐ろしいと思うのは、真の実力者が生徒の立場上、常に近い存在であり、一度狙われたら殺されてしまうこと。そいつの機嫌を損ねたりしたら、あとは心臓や生命を担う角が折られるだけ。常に悪魔たちは生か死か、死線の綱渡りをして学校生活をしている。
しかし蓋を開けてみればどうだ。確かにウァサゴは恐ろしく強い。だが悪魔として非常に特質した、優しき心を持った善魔。悪魔とは真反対に違う存在だ。一ミリの悪を許さないウァサゴの存在が尚更、悪を実行したがる悪魔たちを戦慄し、恐怖を底上げをする。更には部長不在が影響し、戦車を連れた暗殺部を完膚なきまで崩壊させてみせた。もはや多くの悪魔は善魔に服従したも同然。誰も逆らえまい。
だが、体育館に集められた悪魔たちが緊迫した状態になっているのはウァサゴの存在だけではない。過去にあったバエルとの言語的な衝突だ。入学式時、ウァサゴはバエル校長式辞の内容に真っ向から背く演説をし、挙句、演説中に時の速さでバエルを血塗れにし、弱ったバエルの頭部を鷲頭みにしてみせ、入学生たちに見せしめにしたのだ。あの時の恐怖は今でも覚えている。
魔王の右腕バエルとゲーティアの生徒会長ウァサゴの因縁はまだ続いており、儀式の最中にもう一度衝突するのでは、と入学式が始まる前まで話題に持ち切りだった。もし衝突してしまえば、この体育館は戦場と化し、生徒たちはそれに巻き込まれかねない。そうなれば生徒たちは夏休みではなく、魔生の永遠な休みを迎えてしまう。だから生徒たちは肝を冷やしながら、ウァサゴが余計な一言言わないでと全力で心の中で祈っている。
「はい」
体育館を上から見たとき、左上にウァサゴ・ロフォカレも特別席に座っている。そんな司会の進行による号令に、ウァサゴが席から立ち上がった。そして左の階段を使い、一歩一歩壇上へ進む。
階段を一歩ずつ上がるたびに、固唾を飲む音や上がる脈拍の音が静かに、緊迫した雰囲気に伝った。全生徒と全教師がウァサゴを見守る。ウァサゴのでしゃばらない言動にこれ以上校長に喧嘩を売らないでくれ、と、人間含め、全悪魔が気持ちを共通に願うのであった。
ウァサゴが壇上に到達。ついに、ウァサゴが禁断の演説台に到達する。その寸前だった。ウァサゴは演説台に向かわず、その場で止まった。更には我が体を、群がる全生徒に向けた。高い壇上を活かして、俺たち生徒を見下ろした。
「……」
群衆に向けたまま動かず、ウァサゴは何も喋らない。ただひたすら群衆を眺め、見下ろしている。ウァサゴの謎の沈黙や演説台に向かわないことに、生徒や教師は困惑していた。
「な、なんだ……? なぜ演説台に行かねぇんだ……?」
「なんで俺たちを見続けている……」
ここでもウァサゴの恐ろしいほどの気まぐれさが発揮され、ウァサゴの謎の動作に、俺たち緊迫する生徒は困惑に踊らされている。
「あの皆……」
程なくして、ウァサゴが作った謎の沈黙を自ら破り、遂に俺たち生徒に言葉を発した。
言葉を発したのなら、なぜ演説台で言わないのか。ますますウァサゴの言動は読めない。その気まぐれさは天下一品か。
「その……なんていうか……」
それはウァサゴ自身、言葉の整理ができていないのか、何を言うかまだ決まっていない。腕を組んで頭を左へ傾かせた。この機に及んでウァサゴは演説するスピーチができていないのか。だからウァサゴは演説台に向かわず、今になってスピーチの内容を考え始めたのか。
その発言後、三十秒の沈黙が経った。沈黙に圧せられる俺たちの身にもなってほしい。その自由奔放さがどれほど俺たち生徒を怖がらせたか事か。ウァサゴは社会に出れば間違いなしの大悪党に成長したであろう。もっとも、本人が目指す大悪党とは、悪を殴る善魔のことだが。
「……よし、言いたいこと決まった」
組んだ腕を解き、頭をまっすぐ上に向け、笑顔を浮かべる。ようやく言葉の整理がついたようだが、それでも演説台には向かわなかった。相も変わらず俺たちに体を向ける。そして、口を開け、発言しようとした。
「みんなぁ、夏休みの宿題、きちんと早めやっておきなさいね」
そう言うとウァサゴは壇上を下るため階段を逆行。演説台はおろか、元の席へ戻ろうとし始めた。
「……は?」
俺たち全生徒全教師は、考えに考えついたウァサゴの発言にまんまと期待を裏切られた。それどころではない。
「な、な……」
「「「なんじゃそりゃぁぁあ!」」」
呆れるを越え、もはや腰が抜けるほどの大仰天をし、一同全員が椅子から零れ落ちる。俺も椅子から零れ落ちた。
一番夏休みの宿題を後回しにするタイプっぽそうなウァサゴが、皆の宿題の進行を促す発言をしてみせた。しかも、別に壇上で言う必要が毛ほども無い場所でだ。俺たち生徒は、ウァサゴの無責任な言動にバエル校長を怒らせないか心臓がバクバクするほど怖がっていたというのに、自由気ままの無責任な発言で腰が抜け、緊張が一気に解けた気分だ。もう、笑いしか起きない。
「まったく……ウァサゴはホント読めないな……」
そんなこんなで学校の儀式、一学期修了式は無事に終え、善魔生徒会メンバーは城へ帰った。
それぞれメンバーは真っ先に自分の個室へ戻り、エチオヴィア王国へ行くための荷物整理をしていた。俺はタンスから十年も使っていないリュックを引っ張り出し、塗れた埃を手で払う。
「……思えば外国旅行なんて初めてだな……」
そもそも外国へ行くだなんて発想が初めてだ。人間の俺にとって、偽王国も外国も地獄に変わりはないからな。俺には悪魔が立ち寄れない聖域がある以上、わざわざ外国へ逃げるなんて必要が無い。更には異世界へ行くことが許される卒業証書を貰えるのは、偽王国が最も誇るゲーティア高校のみ。人間界へ帰る本来の目的から外れてしまう。だから偽王国に残り続けている。
おさらいして言うが、俺たちが行く外国はエチオヴィア王国。この偽王国から遠く遠く南下した大きな国で、この魔界の中で最も発展した国だ。大狩猟大会といった祭りが開催されるほど、イベントが豊富で、各国の旅行者が集うほど。魔王ソロモン亡き後、無法地帯と化し弱者が淘汰される偽王国と違い、エチオヴィア王国は王や姫は勿論、民も法も存在するまともな国だ。まともと言えども、エチオヴィア国民一人ひとりはれっきとした悪魔であり、悪の行いは悪の法律で守られている国だ。だから偽王国もエチオヴィア王国も悪の根本は基本的に同じだ。逆に人間や善魔を受け入れる国が存在しないほど。
一旦リュックを床に置き、タンスに掛けてある服を選ぶ。
「国に到達するまでの遠い道のりを考えると、たくさん持っていかないとな」
偽王国からエチオヴィア王国までの道のりは、とにかく遠い。いくつもの国を越えてやっと到着するほどだ。少なくとも十五日間は列車や船の中で揺られなければならない。しかも夏休みに開催されるエチオヴィア王国の大狩猟大会は、魔界で多く注目が集まる大イベント。旅行者も多く、列車や船内は悪魔でぎゅうぎゅう詰めになるであろう。悪魔を嫌う善魔生徒会にとって、そいつらと十五日間もソーシャルディスタンスを許さないといけない。苦痛だ。
「大狩猟大会時の服はどうしようかな……」
そうそう、大狩猟大会について説明が忘れていた。大狩猟大会とは、王城の領域を除くエチオヴィア王国全土に巣くう魔物や獣を狩りまくるイベントだ。王国全土が狩りのフィールド。それを十七日から二十七日までの十日間は狩り続け、一番多く狩った狩人が優勝者だ。シンプルなルールだが、王国全土に魔物や獣が現れ、相対する狩人の、互いを殺し合う様が楽しく、悪趣味な大イベントとなった。
で、なぜメナリク救出計画の話に大狩猟大会がくっついたのかというと、ヤロベアムが人質メナリクを渡す日が二十七日だからである。その日の指定場所であるエルタアレ火山は、当然ながら祭りの範囲。二十七日のエルタアレ火山へ目指すには、祭りに参加し、狩人として変装しなければならない。
大狩猟大会時の服はどれにしようか悩んでいる最中、扉の向こう側からノック音が響いた。タンスから目を離し、扉に注目する。
「レハ入っていい?」
その声はフェニックスだ。ちょうどいい。善魔生徒会の中で親交があるフェニックスに俺のファッションセンスを聞いてみよう。
「フェニか。ああいいぞ」
許可を得たフェニックスは扉を開け、俺の個室に入った。フェニックスの後ろにはアンリデウスも立っており、彼女も入ってきた。アンリデウスとも目が合ったとき、男性だからか、ついアンリデウスの肉体を見てしまった。
「あ、アンリデウス……お前……」
つい見たアンリデウスの容姿に、フェニックスが俺の部屋に何しに来たのだろうという思考が一気にはじけ飛んだ。この聖城の恥でも汚点でもある、超大量の白ビキニの一つを、アンリデウスが着用していたのだった。やはり天使は天使か、全身の皮膚は光沢のある上品な黒い艶肌であり、大事な箇所を隠しているのは白ビキニ一式のみ。ここは海ではない以上、テストステロン俗に言う男性ホルモンを刺激する他、淫らな恰好を、まさか城の中で歩いてきたというのか。
「どう? まあ私は天使だからね。かなり似合っているでしょ」
テストステロンを刺激するポーズをし、俺を誘惑させるが、生憎、天界やサキュバス専門学校で肉体とビキニを嫌というほど見せられたので何も感じない。むしろ、見てて恥ずかしい白ビキニを、幼少期の頃から整理整頓していたため、今更着ようが憎悪が増すだけだ。しかも、誰にも知られたくない城の恥汚点を平気で城の中歩き、フェニックスに見られた。他の奴らは見ていないか? 不安だ。そんなビキニを着用し、一緒に来たフェニックスはさぞかし俺の事をドン引きしたことだろう。
「失せろ。そのビキニを見るのは腹が立つんだ!」
「えぇ……レハって、サキュバスの誘惑も全然効かないけど、そこまで言う?」
「黙れ! もうとにかく見ててイライラするんだ! 淫らな奴らはもう散々だ!」
聖城や天界の白ビキニも、サキュバス専門学校の黒ビキニも、淫らな天使やサキュバス全部嫌いだ。俺の尊厳の壁を容赦なく乗り越え、プライバシーの領域に土足でつき、一斉に俺の肉体を舐め続けたこの恨み。いつか絶対にはらす。
「あっ、レハの性癖で白ビキニ集めてるんだと思ってたけど、違うんだね」
女性の口から性癖と言われたら、絶対にフェニックスはドン引きしたな。ちなみにフェニックスよ。性癖の本来の意味は、生まれながらの癖であって、性に関する癖ではないぞ。
「ああ。元々はこの城は、アプロディーテを産んだ創造神が、俺を予知してこの城を建てたもの。いまアンリデウスが着てるビキニは天使の衣で、元々この城に謎に保管されていたんだ」
アプロディーテの母で、この宇宙の母でもある創造神は、真っ暗な絶望の未来の中、微かに輝く俺という希望の光を保護するべく、魔界に聖域と城を置いた。それと同時に、何億着の白ビキニ一式を全てのクローゼットやタンスに置いていって死んだ。俺が希望の光だからといって、ご丁寧にヘンな代物を置かなくてもいいのに……。さすがは女神王アプロディーテの母。神といえども遺伝子は受け継がれているらしい。
そう言えば俺とフェニックスが初めて出会ったのは、俺がウァサゴとシトリー用の部屋を作る際、邪魔だった白ビキニの山を焼却処分している最中であったな。そのとき、暴走状態の巨大な不死鳥が突如襲来してきて、白ビキニを燃やしている最中の火炎の中に飛び込んできたのだが、あのときは暴走状態だったためか、火炎の中の白ビキニは視認していないようだな。よかったよかった。
「レハベアムって、なんかビックリするぐらい凄過ぎる人だね……」
理不尽なほど転がり続けた偶然で俺は魔界にいるのではなく、運命がままに魔界に足をついているこの事実。他者からすれば、誰だって語彙力が失せるほど意味の分からない話だ。創造やら未来やら人知を超えた壮大な話に、フェニックスは便利な言葉『凄い』としか言いようがなさそうだ。
「で、わざわざ淫らなモノを見せに来たんじゃないんだろう。要件はなんだ」
「えええレハってひどいわ」
アンリデウスは俺に淫らなモノを見せに来たようだったが、フェニックスは俺を見て言葉を発した。
「ああ、そうだった。レハ。私さ、狩りが得意なのよね」
フェニックスは獣に姿を変える化身系の能力者であり、その系統の悪魔であれば誰でも野生の勘を持つ。翼を持つ獣は、常に空という有利的間合を持ち、地上の獣を襲い、そして喰う狩人だ。フェニックスもそれにもれず、狩りには自信があるだろう。今回の大狩猟大会では、ウァサゴよりも期待ができる仲間だ。
「ああ」
「で、私も獣だからさ、狩猟を競うってだけでもかなり血が騒ぐのよね」
「……暴走状態か」
獣に化身できる悪魔で共通しているのは、さっきも言った野生の勘もそうだが、獣の衝動を宿している。獣の衝動は、言うならばバーサーカー。化身者含め悪魔の脳は本能と理性に分かれるが、本物の獣は本能のみ。その本能が赴くままに、全てを喰い尽くすまで止まらない暴走状態だ。野生のライオンに肉を食うなと、口頭で躾けても無駄のようなものと例えたらいいか。
「そう。あの時は不安とか恐怖に駆られて、理性が崩壊しちゃったんだけどね、今回はその逆に、狩りに楽しすぎて崩壊しちゃいそうなんだよね……」
「え。フェニックスって暴走しちゃうの? こんな可愛い身体で?」
出会って間もないアンリデウスにとっては、幼女のような小さい身体で獣になって暴走するというのは想像もできないことだろう。
初めて見た暴走状態の引き金となった原因は、暗殺部の企み。学校生活や帰宅時間に、暗殺部の部員につけ回され、追いかけられた。それ以降、暗殺部への恐怖や不安による、マイナスなストレスダメージの蓄積が、獣の衝動を引き起こした。それを休めるべく、たまたまビキニを燃やしている最中、その火炎の山に飛び込み、聖域へやってきた。
だが今回は、フェニックスが心配しているのは、プラス思考から引き起こされる暴走状態らしい。
「レハも知ってるどおり、私ってよく食べるじゃん? それも獣の衝動からなるんだよね。で、今回は狩りだからさ、狩ったらどんどん食欲が湧いてきそうで、そのうち暴走状態になりそうなんだよね……」
悪魔のほとんどが食欲旺盛。ウァサゴもシトリーも、俺の大半の飯を容赦なく食べる食べる。とにかく食べる。化身者になるとその食欲は倍になってくる。猫に化身するバルバトスや不死鳥に化身するフェニックスは、俺の飯をものの数秒で平らげる。その食欲も獣の衝動から発動するものだったのか。恐ろしや恐ろしや。
「つまり、言いたいことが分かった。もし暴走してしまったら止めてね、ということか」
「ザァッツラァイト。もう、無理矢理ね。首を撥ねてもいいレベル。どうせ死なないし」
「え゛っ!?」
処刑執行人アンリデウスでも驚きか、自ら首斬りを求めるフェニックスの発言に、目玉飛び出す勢いで声を上げる。そんなアンリデウスに、フェニックスは振り向いて満面の笑みで見つめる。
「私は不死鳥だから死なないんだ。首絶たれてもね」
「ふ、不死鳥って本当に存在したんだ……」
死を司る天使アンリデウスでも、不死鳥の存在は確かなものだということは知らなかったらしい。それもそのはず。不死鳥は幻の生き物だからな。俺も最初は驚いたものだ。
フェニックスが首を撥ねてもいいという言葉の裏には、暴走すると自我を失い、仲間である俺たちに被害が及ばないかの不安が見え隠れしている。だから首を撥ねてもいいと言ったのだ。
「ただ……フェニ」
俺の発言に、フェニックスは俺へ振り向き直した。
「どうかしたの?」
満面の笑みからほんの少しだけ引き、微笑みで俺を見る。俺の次の発言を待っている。
「……鎮圧といっても、他の方法はいくらでもある」
最初の暴走状態の鎮圧は、ウァサゴがその頭に脳天下しの隕石拳による力。二回目は、クロウタドリのカイムに空中で追いかけられている最中、雨と日照りに当たり弱まったとき。このとき、カイムはダーインスレイヴで弱まったフェニックスの首を撥ね、別れた胴体は更に弱まり、地上へ落ちた。俺はそれを知っているうえで、次の発言をする。
「首は流石に断る。仲間の首は斬れない」
首を断てば、フェニックスが弱まるのは皮肉にも実際に目撃している。だからといって、暴走しているからと言って死なない仲間の首を断つのは、かなり気が引ける。それをもし一度でも実行してしまえば、俺は、越えてはならないラインを越えてしまいそうである。やがてフェニックスが暴走するたびに、首切りを繰り返せば、身も心も悪魔に染まりそうだ。暴走するフェニックスの不死身を利用した戦法へなりかねない。それは善魔生徒会の戦法ではない。
「優しいんだね……」
「仲間だからな。俺は悪魔と違って、越えてはならないラインがあるのを知ってる。だろ、天使代表」
悪魔とは正反対の天使の代表であるアンリデウスに話を振る。アンリデウスは俺の発言に当たり前のように頷く。
「当然ね。創造神様も、レハがそんなことをする人間ではないのは最初から知ってるわ。でなければ城も聖域も用意していない」
死なないだからといって暴走する仲間の首を断つほど、俺は落ちぶれてはいないつもりだ。死を司る天使も信じていることが何よりの証拠だ。
「だから、フェニ。暴走するのは生き物なんだから仕方ないにせよ、不死身を理由に首を撥ねてもいいなんてことは二度と言わないでくれ」
俺も戦うときは、本能に身を任せ、憎悪を燃やして敵対する悪魔をいとも簡単に命を絶つことも多々ある。性欲の高いアンリデウスもオロバスも、性肉を求めた過程もある。生き物である以上、本能は誰にだってあるものだ。暴走するのはむしろ、生きている証でもあると思える。屍が突如動くか? それと一緒だ。
「ありがとう。それを聞くだけでも気持ちがスッと楽になった気分だよ。でも、暴走すると自我がないから、仲間を傷つけるのは怖い……」
首を撥ねてもいいという言葉の裏を、きちんと表として口にした。あくまで首を撥ねてもいいというのは暴走を止める手段の一つであり、フェニックスが一番心配しているのは暴走による仲間への被害や迷惑だ。
「問題ない。俺の闇で縛り、ウァサゴがその脳天に隕石拳下してくれるさ」
最初の暴走でも、俺の第四部『アルス・アルマデル・サロモニス』による闇の展開で身体を縛り、業火を無力化したあと、ウァサゴのドデカい一撃で鎮めた。これはフォローでもなければ優しい言葉でもない。サイコパス発言でもない。事実なのだ。フェニックスの不安をなだめるには、一切の曇りも捻じれもない事実が一番だ。
「うん。なら、それを聞いて安心した」
フェニックスにとって恐ろしいのは、暴走による仲間への被害だ。それを止めるべく、首を撥ねるなり脳天叩いていいなり、自ら攻撃を希望したのだ。それがフェニックスの願いというのなら、それを叶えてフェニックスを安心させたい。




