六十二話 光生の声と暗殺の音
いよいよ私の身体は扉の前に引っ張られ、謎の男が扉より先に、暗い異空間へ入った。
「さぁて、いよいよ俺の仕事が終わるぞお。ラストスパートだぁ」
連行されるがままに私も扉の向こう側へ足を踏み入れてしまった。そこからの景色は、何もない、ただの黒一色だけだ。
「いや、なにこれ……暗くて怖い……何この場所……?」
濃い影に包まれた異空間。だが光もないのに私や謎の男の姿だけははっきりと映っている。例えるならゲーム上においてプレイヤーが侵入不可能な暗いスペースに立っているようなもの。通常の生活では異世界へ通じる道には入り込めない謎の空間だ。だからこそ込み上げてくる恐怖に私が飲み込まれていく。
「ここは魔界と人間界の、二世界の狭間。ここから先が魔界の偽王国。お前を連行する国さ」
「ぎ、ぎおうこく……? どっかで聞いたことがあるような……」
砂漠の中に一粒の砂金の居場所のような、非常に微かな記憶に偽王国というワードがある。私は以前、偽王国に住んでいた記憶がある。どこ地区だったまでは不明だが、確かに偽王国という名前は、微かに覚えている。
「偽王国……はっ、私はあの時。レハお兄様とあの場所で別れたんだ」
偽王国というワードが私の記憶に電撃が通り、眠っていた記憶が呼び起こされる。
私は以前、偽王国の王都にあるヴェルサレム城に住んでおり、王城内で私はレハお兄様と遊んでいた。父は相変わらず顔が思い出せないが、頭に王冠が被っていたような気がする。王様なのかな? だけど、そんな恐ろしい父が私を連れ、高い場所から突き落とされた。そこからの記憶はないが、記憶が飛んでからはこの人間界に居る。つまり、私とレハお兄様は魔界の城の中で別れたんだ。もしやすると、レハお兄様が居る場所とは、その王城、或いは魔界のとある地の可能性がある。
「お兄様は……お兄様が居る場所って、どこ……?」
僅かな希望に賭け、この連行男に聞いてみる。
「あ? お兄様?」
「私のお兄様……レハベアム・モーヴェイツ様の居場所を聞いているんだよ……!」
すると、私の胸の内から眩い光が照らされた。私の中で何かが覚醒し、封印されていた魔力が一気に血流へ通り、全身が漲ってきた。
男は驚き、咄嗟に私を離す。後ろへバク転し、私との距離を作る。
「いっ、いったい何が起きた……! あの女に何が……!」
レハベアム・モーヴェイツが居る場所が、魔界の偽王国にある可能性がある。とすると、私は兄に会わなくてはならない。兄に聞いて、私が何者なのかを確か、そしてなぜ、悪魔が巣食う世界に残っているのか、あれこれ聞いてみる。返答次第では、私の使命が作られる。
「私はレハお兄様を探す。そして、あんな世界に残っている兄様を助け出してやる……!」
一人でお兄様を探すのには不安しかないが、やっとこさ私の使命が見つけた。お兄様がどこにいるのか正確な地が分からず、探そうにも広大な地へ一歩踏み出せなかったが、お兄様が魔界に居る可能性が浮上した今、私の旅が始まろうとする。
左手に白色の分厚い本が勝手に召喚された。表紙には黄色い十字架が載り、裏紙には丸の中に崖と裂けた海。まるで魔術書だ。この本から不思議な雰囲気が肌に伝わる。
更に、白い魔術書から帯状の光が現れ、私の服装に伸びた。私服に光が合わさり、元の服が、後ろの丈が長い白色のローブと黒いミニスカートに変身してしまう。靴もブーツと化した。
「なんだありゃ……!? 白い魔術書とローブとか、まるで光の魔術師!」
私から放たれる神々しい光は、辺りの影を消し去り、背景が明かされる。ここはまるで銀河に伸びる廊下。私の背後にある扉から、ずっと向こうまでが太い廊下であり、薄い床や壁の外側に銀河の星々が映っている。
「この先に魔界があるというなら、私は喜んで行く。兄様がそこに居る可能性があるんだから」
記憶に眠っていた兄との面識が確実なものになったこの瞬間を見過ごさない。それに、確かな使命が私にこう言っている。『魔界へ行け』と。そう、神を越えた運命か何かが私に呟いている気がする。
「なにこれこの文章……初めて見るのに、詠めそう」
白い魔術書を開くと、読めない呪文がびっしりと書かれている。なのに、私の脳が詠めると判断しているのか、見ただけでスラスラと詠めそうだ。白い魔術書を前にして詠む態勢にする。
「神に呼ばれし司祭よ。破戒を繰り返す者共に破壊の罰を与えよ」
読めないのに詠める呪文を、無意識に詠んだ。すると二世界の狭間の天井にて、大きな白い魔法陣が出現した。
「な、なんだありゃ!? 何をする気だ」
魔法陣から、二十七本の光る白い杖が降り注ぎ、狭間の床に突き刺した。詠唱した私でさえ、この後何が起こるのか分からないが、なんとなく魔法の効果は分かった。あの杖は、光の爆発を引き起こす。そう予感している。
「二十七つの天罰……受け入れて」
身の危険を感じたか、悪魔は後方へ逃げた。しかし、狭間に散らばった二十七本の光の杖が一斉に爆発。
「ぐふああああああ!!」
後退が間に合わなかった悪魔は周囲の爆発に巻き込まれた。爆発を複数受ければ、誰だってただでは済まない。
私が詠んだのは律法の『零尾記』。二十七本の光の杖を召喚し、爆発させる魔法のようだ。
狭間は光の煙に満ちる。程なくして煙は薄れ、前方が晴れる中に、球体の薄い守りのオーラが置かれていた。その中に悪魔が居た。
「あっぶねええ。おい聞いてねえぞ依頼主の野郎。まさか連れ去る人間が魔術師だなんてことよお」
守りのオーラは全体に大きな亀裂が生じ、砕け散った。悪魔は守りのオーラから解放され、身を出した。
「その上光を操るとか、完全に俺ことアムドゥシアスを殺す気じゃねえか。こうなったら半殺しにするしかねえっ!」
悪魔は右手に持っているトランペットを口に構え、音を出したと同時にその砲口から何かを発射。弾は私の肩を貫いた。
「ぐっ……」
「悪いが、お前に会わせる奴はニーサマとかではない。依頼主だ。大人しく連行されろっ!」
悪魔は連続してトランペットを演奏し、その度に弾が雨あられに私へ飛んでくる。
弾は私の身体を貫く威力を持つ。そんな弾がたくさん飛んでは私は間違いなく殺されてしまう。
「ひゃ、ま、まずい……!」
恐怖に支配され、咄嗟に両腕で構え、無意味な防御態勢を取ってしまう。だが、そんな私の背後から、薄くて白い大きな上半身だけの虚像が出現し、その両手で私を包み込んだ。トランペットから放たれた弾は手の甲で防御され、私の身を護ってくれた。
「こ、今度はなんだ!?」
私もびっくりだ。私は何も詠唱していないつもりだ。なのに虚像が出現し、私を護ってくれた。
背後に現れた巨大な虚像は、頭にクーフィーヤを装着し、顎には白い髭がボーボーと生え伸びている。服装は赤い袖と白い司祭服を着て、まるで外国の神聖なおじさんだ。両手の甲には、右に『Ⅱ』、左に『Ⅲ』と記されている。なんか強そう。
「なんかよくわかんないけど、あの悪魔をやっちゃって!」
適当に指示すると、聖なる背後霊は両手を上げ、掌同士を合わせた。会わせた両手を握りしめて、手鎚を悪魔に振り下げた。大振りな攻撃に流石に悪魔は後退が間に合ったが、手鎚が床に衝突した瞬間、圧倒的な巨力に狭間が揺らいだ。とても強い衝撃や突風に、私自身も吹き飛びそうだ。
「えっ、めっちゃ強いやん……!」
聖なる背後霊は私自身の力ではなく、この白い魔術書から生み出されたものだ。つまり、白い魔術書の持つ能力が私の背後に守護霊として現れた。持ち主を護ってくれる能力とはとてもありがたい。
「ええと、今度はこれを詠んでみよっかなぁぁっと」
さて、次は同じく律法の『民数記』を詠唱してみるべく、そのページを開き、詠唱を始める。
「荒れ野にて神に逆いし者共よ。天罰の蛇に噛まれ、嘆きを求めよ」
すると、私の足元に魔法陣が出現し、その中から青銅の蛇が現れた。青銅だが、生き物みたいにクネクネと活動し、一匹だけならず群れとして複数の青銅の蛇が魔法陣から出現し、悪魔に向かっていく。
「今度は蛇?! 畜生め鬱陶しい」
悪魔は再度トランペットを口に構え、演奏すると砲口から一つの泡が現れた。泡は徐々に膨らんでいき、その中は大量の音符マークが詰め込められていた。それを放ち、青銅の蛇の群れと衝突。泡は破裂し、音符マークが周囲に強く散らばかれると共に、凄まじい嫌な音が発せられる。黒板に爪を立てて引っ掻く音の何倍耳障りな、鼓膜に槍でも刺されたような鋭い音だ。音に攻撃を封じられた私は咄嗟に両手で耳を塞ぐ。
「ううるさっ!」
しかし青銅の蛇たちは強烈な音に臆さず、悪魔に特攻。弾かれた音符マークに飛びつき、それを牙で噛み砕く。すると周囲に響き渡る強烈な音が止まってくれた。
「はっ、能力を噛んで止めてくれた……!」
周囲に散らばった音符マークが音を発する能力だったか。青銅の蛇たちはそれを察知し、自らの意思で倒してくれた。
「な、なにぃぃ! そんな馬鹿な……」
蛇は耳がないがそれでも聴覚は優れているという。あれほどの不愉快な爆音が発せられれば誰でも無力化になりそうだが、青銅の蛇たちは相手にとにかく特攻し、妨害するものがあれば優先的に駆除してくれるらしい。
音を殺してくれたことで、再度悪魔に向かってくれた。青銅の蛇たちは悪魔に跳びつき、様々な部位を噛んでいく。
「ぐふあああああ……!」
青銅の尾で手や腕、脚、胴体を縛り、青銅の牙で肉を噛む。更に牙から火や毒が漏れ、噛みながら焼き、毒を体内に注入していく。重い青銅の群れが縛ることで体重に耐えきれず、悪魔が膝を床につけた。
「火と毒だとっ! ぐううまずい重い熱い……!」
悪魔は必死に抵抗するも、手腕や脚が青銅の尾に縛られて行動が封じられている。自慢のトランペットも演奏もできないようだ。
「ええとじゃあ、今度は最後のページっと」
縛られて噛まれて何もできない悪魔が手こずっているうちに、律法・『民数記』の次にある記。『申命記』を詠んでみる。
「来たる死を待ち、その墓に十戒の言葉を示せ。我が光の意志を継承し、世へ伝承したまえ」
すると右手に青い魔力が集中した。この青く光る右手で、何をすればいいのか分からないが、確かな予感がある。その予感を直感に変えて、行動が縛られている悪魔に近寄ってみる。
「今まで何人の人を殺してきたの……?」
ゆっくりと悪魔に寄り、問いかけてみる。
「今まで何人の人の死を笑ってきた……?」
「何を言ってやがるっ! いいからこの蛇をどかせ人間風情……!」
怒鳴る悪魔だが、もはやその怒りの声は空気よりも軽い。何の威圧感もない、ただの空振りな声だ。この私でさえ何も怖くない。いや、むしろ私の怒りの方がとても強く、膝をついた悪魔を見下していた。
「人間界で起きた多くの不可解な事件や事故によって亡くなって逝った人たちやマスター含め、今ここであなたに裁きを下すね」
青い右手で悪魔の頭を触った。
「な、何をする気だ……う、うわあああああ」
青い魔力は悪魔の身体に反応し、頭頂部が石と化した。石の侵食は下へ進み、悪魔は徐々に石化していく。
「い、嫌だ……まだ死にたくない……死にたくないよおおお……」
悪魔の瞳から情けの涙が零れ始めた。だが、悪魔によって殺されたマスターのことを真っ先に考えた私は、憎しみという感情が覆った右手を退かしたくないと思い、この手をずらさなかった。
「私が好きなマスターを殺したんだから、あなたはここで死ぬべき」
石化の侵食はついに顔に到着し、瞳や涙までもが石となった。
「くっ、くっそおおおおおおおおおおおお!」
魔生の最期が負け犬の遠吠えとは、どこまでも愚かな。石化の浸食は鼻に到達。
「すまねえ……アンドロよ……」
それを言い終えると直後に口も石化となった。無慈悲な石化は顔を染めると、顎から上半身、下半身まで進み、そしてついに悪魔の身体は完全な石となった。青銅の蛇たちが石化した悪魔から離れると、石の侵食は身体だけに収まらず、長方形に石は広がり、最後は墓となった。
「マスター……仇は取ったよ。だから安心して休んでね……」
律法・『申命記』は青い魔力が右手に集中し、相手に触れると相手を石化していく魔法のようだ。最後は墓にし、完全な無力化と慈悲を齎す。これにて、マスターを殺した悪魔は、私がその一生を終わらせた。
青い魔力は消え、右手を墓から離した。戦いが終えると、白い魔術書は魔法陣の中に消えて、魔法陣も消えてしまった。同時に私の巨大な背後霊も姿を消した。
人間からすれば、車の事故によってマスターは亡くなったように見えただろうが、正体は悪魔の仕業だ。思えば、最近のニュースはこの手の、いわゆる誰かの仕業のように見えるが証拠がない事故が多かった。車や新幹線の炎上や爆発、電柱が突然と崩壊、マンホール蓋の亀裂によって人が落ちる、等々だ。また、今年はやたらと殺害事件が多かった。それらは全て、悪魔が仕組んだことだったのか。
「後ろは人間界……なんか前に進むともう二度と戻れなくなりそう……」
何せ私は今から異世界へ渡るわけだ。異世界転移系ライトノベルでもあるまいと言いたいところだが、私の瞳には、確かにとこの先が魔界へと繋がっているのが見える。
「まあ、夏休みの多い宿題から投げ捨てられるし、元より異世界転移とか超好みだし、レハお兄様の手掛かりを知るには魔界が手っ取り早いね。行こっか」
マスターを殺して魔界へ連行されるところを、兄との記憶を思い出し、兄の手掛かりを探すための旅へ、急展開を迎えてしまった。別れる友達や施設の職員やマザーに何の一言も言えないのが惜しいが、今の私にある強い感覚が言っているんだ。『魔界へ進め』と。だから直感のままに、魔界へ身を進めよう。
「待っててね。レハお兄様……」
最後に人間界行きの扉から、マスターの喫茶店を見て、その景色を脳に焼き尽くす。記憶に満足すると、墓を過ぎ、二世界の狭間の奥、魔界行きの奥へ向かった。
これが、私の異世界大冒険の始まりであった――
一か月投稿が遅れてしまい申し訳ございません……!
六十話、六十一話、メナリク編の二話を送り致しました! 読んでいただけた方には口から心臓が吐き出るほど感謝します!!!!!!




