六話 ハンバーグの思い出
五話読んでくださりありがとうございます。読んで頂けるだけでもう頭が下がる思いです。では、六話の世界を堪能してください。
死月五日のお昼前のこと。
「……以上、殺人の美学パートツーだ。」
言い終えた丁度に四限目終了のチャイムが鳴り、クソな授業が終わった。フルカスはテキストと資料を持ち、この教室を出た。
「やっとお昼かあ。」
「もうお腹ペコちゃんだわ。」
多くの生徒が授業に縛られた椅子座りっぱなしから解放され、立ち上がり、背伸びをする。そのとき、どこからかプウッ、と放屁の音が教室内に響いた。
「あ、ごめ。」
「おいおい、勘弁してくれよお。」
授業中、ずっと放屁を我慢していたのだな。しかし臭い。こんな臭さでは俺の昼飯が腐ってしまう。元より、悪魔が集うこの教室でお昼飯を食べていたら必ず嫌がらせをしてくる。被害妄想ではない。だから避難だ。
フックに掛けてある鞄を持ち、引き戸を引いて、教室を後にする。階段を下り、下駄箱室から出る。外に出かけ、裏庭に回る。裏庭は悪魔の出入りが少なく、バラや木が生えている。木に隠れて、やっとこさ安心してお昼飯が食べられる。バラでも見ながら食べられるだなんて良い。木の根元に腰を下ろし、尻を芝に置く。鞄から二段重ねのお弁当箱を取り出し、蓋を開ける。今日の弁当は一段目はご飯で、二段目はハンバーグにダシ巻き卵、チョリソーの食材だ。我ながら贅沢なお昼飯だ。
「いただきます。」
箸でハンバーグの中心を裂き、左側の中心を更に裂き、細かくする。一口サイズにしたら箸でつまみ、口の中に入れる。
うん、美味しい。肉厚で口の中で肉汁が流れる。その肉汁も香ばしくて、上手い。
やはりお食事というのはこうやって一人で優雅に食すのが一番だ。もっとも、俺は一度も悪魔と一緒に食ったことが無いから食事の楽しさというものが分からないが。
「うわあ!それ昨日のハンバーグだよねっ!」
背後からの奇襲的な高い声に肩を飛びつかせる。俺は咄嗟に右へ後ろにふり向き、目を移す。すると、木の側には清純な黒制服を着た女子高校生がいた。
「誰だ!」
その顔は一年H組にて少々見覚えのあるものだが名前などは全く覚えていない。教室を出る俺を追いかけてきたのか。
「うお、そんなに警戒しないでよお。私、バルバトス!」
「バルバトス…?」
バルバトスとはいえば、入学式の新入生代表として話した者だ。なぜ俺に話しかけた。
「それより、昨日のハンバーグ御馳走様でした!」
「御馳走?」
俺はバルバトスと面識は深くない。そして御馳走なんぞした覚えなど全くない。しかしハンバーグ。そういえば昨日は猫にハンバーグを食べさせてあげたな。
そのとき、視界に黒いフサフサした尻尾が入った。次にバルバトスの耳に着目した。獣耳で薄っぺらく縦長だった。フサフサとした尻尾に獣耳、これは獣に化身することができる能力者だ。
「……あああ!昨日の猫!」
「うん、そうだよ!」
昨日の猫はバルバトスだったのか。明るく返事をされた。道理でやけに人懐っこく日差しを避けていたわけだ。あの黒猫は悪魔だったのか。ショック極まりない。
立ち上がり、警戒発令。咄嗟に身構えた。
「お前、昨日は何しに来た!」
不覚にも、悪魔を我が家に連れてきてしまった。いくら侵入者を食す森の壁があるとはいえ、この悪魔に城の中身を見られてしまった。
「いやあそんなに怒らないで。人間のレハくんが作る料理が上手いと聞いて、接近しちゃったの。」
「料理……?」
「そう!星五つ星貰ったんでしょ!」
「ま、まあ一応。」
中学生時代の時、家庭の授業で料理を作り、調理に関して有名な教師から褒められ、五つ星という大袈裟な称号を得た。それで新聞で報道され、同時に人間の存在が広められた。
「だから食べてみたかったの、人間が作る料理を!」
「悪魔と作る料理とそんなに変わらない。」
この偽王国においてフムスやシャクシュカなどの国食は人間だろうと悪魔だろうと作る手は変わらない。ただの腕の差だ。種族関係ない。
「私ね、食べることが大好きなの!だから頂戴そのハンバーグ!とっても美味しかったから!」
そういえば昨日の猫の食いっぷりは迫る勢いがあった。それほど美味しかったというわけか。しかし悪魔に褒められても俺はなにも嬉しくない。むしろ騙されたという感じだ。
「褒めてもハンバーグはやらない。」
「なんで!」
「俺の昼飯だからだ。」
「嫌よ!頂戴ったら!ねえお願い!」
「何が嫌だ。これだから悪魔は自己中だ。」
「じゃあそうだね、今日もレハくんの城にお邪魔して食いに行っていい?それだったらいいでしょ!」
「なんで食べる前提で俺の城にやってくるのだ!」
当然門前払いだ。もう二度とバルバトスを城に入れさせるか。元より悪魔を食す森が立ち塞がるのだから城に入ることは不可能だ。
「だって美味しいんだもの!」
ただ食欲を満たすだけに我が城に来られても困るだけだ。絶対にバルバトスに食わせてやる飯はない。
そのとき、ぐううと腹の虫が鳴る音がした。俺の方ではない。バルバトスの方から聞こえた。そんなバルバトスは無言で、深くつぶらな獣瞳で俺を睨み付ける。お腹空いたよ、と言いたげな目線だ。
「……分かった。食え。」
仕方なく、箸で裂いたハンバーグを挟み、バルバトスにやる。
「やったああああああ!じゃあ、あああん。」
喜ぶバルバトスは口を大きく開け、待機している。俺がその口にハンバーグを入れろということか。裂いた部分を口の入口に入れると、バルバトスは唇を閉ざし、箸ごと食らいつく。そして後ろに顔を引き、口腔から箸先を外に出す。ああ俺の箸がバルバトスの唾液塗れになってしまった。なぜ人間の俺が悪魔の女に直接食わせてやらなければならないのだ。
「んんんまああい!」
両手を頬につけて、瞼を閉じ、笑顔で噛みしめている。オーバーリアクションだが、まるで本当に美味しそうにしているようだ。食を行うこと自体が喜びと感じられる。食べるの本当に好きなんだな。
「レハくんは調理の才能あるよ!いや、人間だからなのかな?」
「だから調理に悪魔と人間の差は関係ないって言っただろう。満足したならここから去れ。」
「嫌。」
「は?」
「まだハンバーグが半分こ残っているじゃない。それに卵焼きにチョリソーまであるし。」
「だからこれは俺のお昼ご飯だ!」
「お願いだから私に半分恵んで。今日お弁当忘れちゃったの。」
「それはお前の痛恨のミスだ。俺には関係ない。だから恵む義理はない。」
ぐうう、と腹の虫がまた鳴った音がした。こいつさっき食べたのにまだ鳴るのか。
「ああはいはい分かった分かった。恵んでやるから食ったら二度と俺の前に現れるなっ!」
「それも嫌!でも恵んでくれるのやったああああああ!」
あれこれわがままな悪魔だこって。バルバトスが舐めた箸でチョリソーと卵焼きとご飯を半分に裂き、箸をバルバトスに渡す。
「いいか。この半分が俺で、この半分がお前のだ。」
「ありがとう!ではいただきまあす!」
バルバトスにお弁当箱を渡し、受け取るとすぐに箸で食材を摘み、急ぐように口の中に放り込む。間髪入れず次の食材を摘み同様に口に入れる。暴飲暴食だ。
「おいおい、あまり食べ物を詰めると詰まらせるぞ。」
それでも食を高速で連続し、半分にした飯はおろか、勢いで俺の分まで食していく。
「おい!それ俺の飯!」
そしてお弁当箱の中身はあっという間に無くなった。俺の分まで完全に食いやがった。
「いやあ美味かった。ありがとうねレハくん!」
俺の分まで食したことに謝罪の一言無し、か。悪魔だな。
「なぜ俺の分まで食べた。」
「え、だって美味しかったから。」
理由になっていない。動機は美味し過ぎてその勢いで俺の分まで食べてしまったのだろうが、俺は最初に言った。この半分は俺のだと。本当にヒトの話を聞かないな悪魔は。
「……もういい。お腹いっぱいになったらもう去れ。」
食われたものは仕方ない。諦めて帰って食べるしかない。
「んんそうだね、確かに満足したけども、晩飯はこれからは毎日通わせてもらおうかな。」
「なんでだ!」
「え?だって美味しいからに決まっているから。」
「美味しいという理由で来るな!いやどんな理由でも来られても困るけど。」
悪魔なんぞに我が城には入らせないぞ。もう二度と化身者と動物の区別をしないことはしない。
「えええいいじゃん。毎日奢ってよお。」
「断る。」
バルバトスからぐううと再びお腹の音が鳴る。
「お前さっき満足に飯食べたと言ったろ!なんでお腹空くんだ!」
「だって、味には満足だけど、足りないよ、量が。」
「俺のお昼ご飯はいったい……。」
俺の八分目がバルバトスにとっては一分目らしい。とはいえほっとけば飢え死になりそうだ。いや俺からすれば飢え死してもらってもいいのだが。
「じゃあ分かった。こうしよう。お前は猫だ。当然狩りはできるだろう。」
「もっちろん!鳥から猪まで狩れるよ!凄いでしょ。」
猫だけに猪まで狩れるとは、動物界では戦闘能力は高いらしい。
「お前が狩った動物を俺が調理する。それで交渉だ。」
調理しろというのならバルバトスが狩ればいい。それで俺が楽になるからいい。
俺が調理する前には、基本狩ったものを調理する。それをバルバトスに任せれば、俺は調理するだけになる。その分楽になれるから良い。
「うん!分かった。これで毎日美味しい飯が食べられる!私ったら幸せ!」
「ふん。なんで俺が悪魔に飯を食わせてやらないといけないんだ…。」
「じゃあ私チアガール部の練習があるから、ありがとねお昼ご飯!」
「ああ行ってこい。不愉快極まりない。」
バルバトスはお弁当箱を俺に返し、猫に化身した。
「にゃにゃ。」
一気に小さくなった黒猫だが、狩りはできるのだろうか怪しいサイズだ。そんなバルバトス猫は走って俺の前から去って行った。行くにつれてバルバトスの尻が徐々に小さくなっていくのを見届けて、俺は木に隠れて力無く座り込む。
ぐううと腹の虫が鳴る。
「お腹空いた……。」
それから毎日学校終わり時にバルバトスと一緒に帰るようになり、バルバトスは森の動物たちを狩り、俺が作り、バルバトスに晩飯を差し出すようになった。
学校のクソみたいな授業を学び、バルバトスと共に昼夜の飯を食べる、このサイクルの一日は多く過ぎ、一ケ月後。五月一日の一限目の体育。俺たちは体育館ではなく一年H組の教室に集められた。
「今日の体育は教室だ。なぜかというと、六月六日に体育祭がひかえているからだ。この時間は体育祭の競技を決めることになる。」
体育祭という発言に男たちからの歓喜の声と女たちの悲鳴の声が同時に鳴り響く。
「体育祭かあ。いええい。」
「えええ体育祭?やだあ。」
体育祭で俺は六月六日の最終イベントだという黒獄の天秤を思い出す。俺はその日に、ウァサゴと戦い、フライングチケットを得るのだ。負ければ生徒会の仲間入りだ。
フルカスはチョークを持ち、黒板に競技名を次々と書いていく。個人競技では徒競走、障害物競走、タッチダウン、パン食い競争、落穂拾い、ケツ圧測定。ペア競技と書き、隣には、ナイスシュート、二人でスナイパー、二人三脚、二人でサンドイッチ。合わせて十競技がある。
「ここにいる四十名の生徒全員が対象だ。全員が強制的に競技をすることになる。」
教師が生徒に対し強制的参加と言って、教師としてどうなのだろうか、という疑問はさておき、四十名の生徒が一クラスで十競技をやるとなると、個人は一人、ペアは二人組、の複数に分かれる。また、四十名の生徒が集う一クラスはAからHまである。となるととても大きな交戦となる。
「それぞれの競技に人数的な制限はない。だが一人につき一つの競技だ。皆は自分の好きな競技を選べ。」
自分が好きな競技に参加し、競技の参加制限がない。ルールなんでもありか。これでは人気な競技と不人気な競技に大きく差が分かれそうだ。俺の場合、悪魔とペア競技が一番嫌だ。だから個人競技に入るとしよう。
「ただし、人間はペア競技に入ってもらう。」
「……は?」
フルカスが突然と意味の分からないことを言いだす。迷わずチョークを持ち、二人三脚の競技の下に人間の文字を書いた。
人間は強制的に悪魔と一緒にペア競技をさせるだなんて、そんなこと悪魔の皆が俺と一緒に入るわけがない。余計に疎外感が出てしまうだけだ。
「ほれ、あとは自分の好きな競技に参加するといい。」
チョークの束を教卓に置き、多くの生徒は黒板の前に集まる。
「んん俺どれにしようかなあ。」
「ねえ、私たちこれにしない?」
「お、お前これやんの?じゃあ俺もこれにしよっと。」
そして多くの生徒はチョークを持ち、競技の下に己の名前を書いていく。書いては生徒は席に座り、程なくして黒板に全員分の名前が書かれた。徒競走や障害物競走が人気で多く書かれており、他の競技にはぼちぼちの埋まり具合。そして二人三脚は人間だけが書かれ、皆二人三脚を避けたかのような感じだ。
全部の競技の中で一つだけ強制的に入れられた俺に対し、皆は自由に選び、俺が入れられた二人三脚を避けるように他の競技の書く。これだと疎外感だ。俺にこんな気持ちを抱かせるために計算して俺だけ強制なのか。
全員が席に到着したあと、フルカスは人数確認のため名前を数える。
「む、一人足りないな。」
フルカスが一人だけ黒板の己の名前を書いていないことに気づく。
「あの、私です書いていないの。」
一人が手を上げた。その者は、意外のも、俺が知る奴だった。
「バルバトスか。」
バルバトスはチアガール部だからか性格は明るく、清楚で可愛らしい印象から女友達が多く、男からも評判は高い。そんな誰もが認める一年H組のアイドルバルバトスがなぜ遅れて書いていないのだ。どの競技に参加するか悩んでいたのか。
「バルバトスは何にするか決まったか?」
「はい。私は二人三脚で。」
「……ほほう。」
フルカスは意外そうにうなずいた。他の生徒はそのことにざわつき、
「ええバルバトスちゃんいいの?相手は人間とだよ。」
「辞めときよお。人間だよ。バルバトスちゃん本当にいいの?」
バルバトスの周りの生徒はもう一度考え直せと弁護する。しかしバルバトスは、
「私は二人三脚をやります。」
と断固に二人三脚を貫く。
「分かった。悔いはないな?」
その悔いとは二人三脚のパートナーが俺だという皮肉を込めた嫌味か。
「はい。」
バルバトスは頷き、フルカスはチョークで人間の隣にバルバトスの名前を書いた。
「では、参加する競技は決まった。二限目は外なり体育館なり各自競技の練習にする。それまではここで体操服に着替え、ここで待機だ。以上。」
フルカスは資料を持って教室から出ていき、体操服を持って男子は黒板前、女子は教室の後ろに集まった。教室の両側にカーテンが敷き、教室を半分に閉ざす。俺も黒板前から隅に移動し、制服を脱ぐ。
「おい人間!あのバルバトスちゃんが二人三脚で空白の席を自ら座り込んだこと!感謝しろよ。」
誰かと思えば片目のベリアルが俺に言葉で突っかかってきた。
「本当だよなあ。あのバルバトスちゃんと肩を組んで二人三脚とか羨ましいぜ。」
「あんなに可愛いバルバトスちゃんと……くううなんで二人三脚と一緒になれなかったんだ俺!ホンマジ最悪。」
「いっそ体育祭が保健体育際だったら俺全力でバルバトスちゃんと共同作業するかなあ。」
「おいせこいぞ!俺も混ぜろ。」
このクラスアイドルバルバトスの話をして盛り上がる男子勢。こいつらのパンツ一丁裸の下半身を見るとパンツの下から勃起している。やましい動機で二人三脚をするなどこいつらの性欲高い。
しかしそんな下品な話についていけず、無視。俺は黙々と体操服に着替える。
「男子い、着替えたあ?」
女子勢が戯れるカーテンの奥から確認の声が聞こえた。
「ああ全員着替えたぞ。」
「じゃあカーテン開けるよ。」
カーテンが開かれ、その奥には体操服は勿論、下半身はブルマを着て生脚を晒していた。
「おおおおおおブルマ最っ高!」
ブルマに盛り上がる男子勢に対しドン引きする女子勢。やはり悪魔の男子は性欲高いな。いずれ事件が起きるぞこれ。
俺は悪魔女のブルマなぞ気にせず、俺の席に座り二限目になるまで待機をする。そこに俺の側にブルマ姿のバルバトスがやってきた。
「……なぜ俺と二人三脚を選んだ。人数制限はなかったはずだ。どれでも入れたはず。」
やってきたバルバトスに対し、質問をした。二人三脚はペア競技だから一人ではできないという、そんな疎外された俺に憐みが湧いたか。かえって不愉快になるだけだ。
「私は二人三脚好きだから。」
その一言に尽きたバルバトス。
一ヶ月間こいつに料理をこしらえてから、最近やたらとバルバトスは俺に馴れ馴れしく接するようになった。だからか俺との空白の席に座り込んだのかもしれない。
「まあとりあえず頑張ろ。ね。」
「……はあ。」
溜息で返事をし、二限目の怠さに耐えきれず上半身を机に寄る。
正直バルバトスは悪魔らしくありませんが、一応悪魔です。悪魔らしく書けなくてごめんなさい←
ここまで読んでくださりありがとうございます。以上ヴェノジスからでした。




