五十六話 変態、襲来
正面下足室前に到着すると、多くのサキュバスたちが震えて腰を下ろしていた。
「おい、いったい何が起きた」
俺が駆け寄り、この状況の説明を求めるとサキュバスたちは一斉に俺の元に集い、涙を流してきた。
「た、助けてレハベアム! さっき、馬とヒトの身体が一緒になった男が来たの」
「馬とヒトの身体が一緒?」
「ええ、下半身が馬で上半身がヒトの身体だったわ。しかも上半身は裸で、馬の身体には金属のパンツ履いてたわ」
「顔も男で、黒い剣を持って颯爽と階段で上に行ったわ! ああ上階のサキュバスたちが心配……!」
話を聞くに、そのパンツいっちょの人馬男が城門の扉を溶かした侵入者だそうだ。しかも黒い剣を持っているとなると、完全に武装の恰好でサキュバスたちに危害を加えに来たと見ていい。生理的にせよ命の危機的にせよ大ピンチなのは間違いない。
「お前らは無事なんだな」
震えているが肌を見るに怪我はない。気味の悪い男が再び侵入して驚き、恐怖に飲み込まれている感じだ。
「ええ、人馬男は私たちを見たけど、そのまま下足室に突っ込んだ。目当ては私たちの身体じゃないみたいなスルーの仕方だったわ」
武装して侵入したのに、目的はサキュバスたちの確保ではないようだ。しかも上階へ上がっていったとなると、まさか侵入者の目的はあれになってくる。
「まさか、冠が目的か」
十三階にある天界の王子の冠を盗むのが第一の目的だ。まずはそれを盗み、第二の目的がサキュバスたちの確保。冠が作戦の肝である以上、サキュバスたちの確保は二の次だ。
「冠? 何のこと?」
サキュバスたちはデウス姉妹が保管していた冠のことは知らない。俺をサキュバスたちの性処理奴隷、もとい淫魔師にさせる極秘の計画を持っていたから。冠の存在を知らないだけで、万一冠をオロバスに被られたら、冠の権力によってサキュバスたちは逃げることに遅れてしまう。一刻も早く生徒会室へ行かなければ。侵入者の手に冠が届く前に。
「任せろ。侵入者は俺が早く片付ける。だからお前らは地下へ避難してくれ」
もっとも、要塞の守備力が崩れた今、サキュバス専門学校に安全圏は存在しない。侵入者とオロバスをいち早く倒し、作戦を崩そう。
「わ、分かったわ……」
「でも怖いわ……もう何度も要塞が揺れるし」
ただでさえ要塞が激しく揺れ、更に屋根が崩壊すれば護衛対象のサキュバスたちのストレスは限界の目の前だ。
「大丈夫だ。俺がお前らを助ける」
集ったサキュバスたちの不安を胸に覚え、その群れの道中を進む。下足室から校舎に入り、急いで螺旋階段で駆ける。
二階から十一階まで走りながらざっと廊下を見たが、サキュバスたちが尻餅床につけて、表情が驚きのまま固定されていた。突如として現れた人馬男のダッシュに言葉が失ったことすら気が付いてないような、そんな間抜けな表情が多い。
「キャアアアアアアアア」
十二階からサキュバスの雄叫びと、段を強く蹴る強い音が響いてくる。侵入者が階段を駆け、生徒会室へ目指していることがよく分かる。尚更冠がお目当てだと理解していき、十三階へ続く階段に到達。あと一階上がれば生徒会室に到達だ。
「絶対に捕らえてみせる」
俺も十三階へ階段を駆け、廊下に到達。その直後に人馬男の後ろ姿を確認し、奴は剣で扉を叩き斬った。
「待てっ!」
斬られた扉が落ちたところで声を上げ、人馬男も動きを止めた。顔を後ろに向け、俺に睨み付けてくる。
「ほほう、まさか陽動作戦がバレていたとはな」
人馬の前姿も俺に向け、殺気を放ってくる。俺も負けじと殺気を放ち、互いの寒い殺気が間合いに入って、肌を凍てつかせていく。
「お前がオロバスか。そういえば自分と種馬と言っていたからな」
サキュバスを捕らえ、究極の遺伝子を与え最強の子供軍団を作ろうとした計画の主犯格者とご対面。ロボットヘイキを操縦していたとき、自分と種馬と名乗っていたことや、そもそも破廉恥すぎる計画の実行犯の肉体が馬。挙句尻に金属製のパンツを履いて、それ以外は素肌をさらけ出している。もうこいつがオロバスとしか言いようがない。
「なるほど。あのロボットは陽動だったのか。いいや、俺は気が付いていなかった。助けられた偶然だ、たまたま屋根が崩されたものでね」
オロバス本体がここにいるとなると、上空へアンリデウスを連れ去った上半身ロボは誰もいないことになる。つまりオロバスは、アンリデウスを連れ去ることで上半身ロボの中にいると思わせて、実はこっそりと地に降り立ち、俺がロボットに注目している間にオロバスは城門を溶かし、冠へ強行したというわけか。
「で、アンリデウスを連れ去ったあのロボットはどこにいる」
連れ去った事実は変わりないが、連れ去るという陽動を掛け、俺をここから半ば強制的に移動させようしたのだ。となるとアンリデウスと上半身ロボの行方はいったいどこだというのだ。
「安心しな。俺のお気に入り性処理道具はちゃんと保管してある。誰にも知られていないゲーティアの暗殺部本部室にな」
獄立ゲーティア高等学校内に複数存在する暗殺部の部室。その中でもトップの三年生のみが知る本部室にアンリデウスを捕らえたのか。暗殺部本部室の場所を吐き出させない限り、アンリデウスを見つけることはできない。下手したら一生外の空気を吸うことすら無く、その姿すら拝むこともなく、床の上で息絶えるかもしれない。
「そこなら安全だ。なんだって誰にも知られていない秘密の場所だからな。そこで一生、俺の子供を育てて教育させてやる……フッフッフ楽しみだなあ、遠くない未来、本部室は俺の子供たちで埋め尽くされ、絶えることのない賑やかで可愛い産声で満ちる……」
やはりその狙いがあったのか。アンリデウスらを本部室にまとめて捕らえ、強姦をしたのち最強の子供軍団の育成をするつもりか。
「そうはさせない。お前を倒し、アンリデウスを返してもらう」
ダーインスレイヴの剣先をオロバスに向け、戦いを挑む。向けられたオロバスはその表情を激怒に表し、頭に湯気が出た。全身の筋肉が大幅に分厚くなり、一気にムキムキとなった。
「返して……もらうだぁ……?」
すると黒い剣身に黒い炎が現れ、奴から放たれる寒い殺気は、黒炎の熱気と共に温度差が一気にひっくり返った。
「てめぇが俺を怒らせる様々な要因を言おうか……? 俺の妻共を奪おうとすること。あのムチムチわがままエロエロボディの群れを人間風情が守り、俺の性欲を邪魔し、究極の遺伝子配りを邪魔し、最強の子供軍団計画を邪魔したことだ。挙句っ! てめぇが持ってんのは俺の親友にして、長年お互げぇ戦場で背を預け合った戦友カイムの魔剣っ! 許さねえ……てめぇだけはぜってぇになあっ!」
サキュバス強姦や計画の妨害と、暗殺部副部長のカイムの仇に熱い怒りを煮えたぎらせるオロバスが四つの足で床を蹴り、高速で俺の間合いに突っ込んできた。右肘を放ち、燃える黒い剣で突いてくるも、ダーインスレイヴを振るい、突きの軌跡を外す。俺の右頬をかすられつつお互いの鍔が衝突。
「その黒炎を纏う剣。神話で聞いた魔剣、レーヴァテインか」
この魔界の北極地に空から落ちてきた、四つの魔剣。その一角が、血を求める生きた魔剣ダーインスレイヴ。カイムがこの世から消えて以降、俺が持つようになった剣だ。それに並ぶのがオロバスが持つ、黒き炎を纏う呪いの魔剣レーヴァテインだ。相手を斬りつつ肉を焼くことができ、威力は絶大。この剣で鉄壁の城門を斬り、溶かしたのか。
「ご名答。どうだアツいだろ。俺のもう一本の剣はよお」
鍔も黒炎を覆い、近接していて手が一番熱い。熱気も肌の芯から焼き尽くすようだ。
「それに、俺はお前の魔術書がどんなもんかは知らないが、だいたいの唱える魔法はワンパターンだ。柱の槍と紙のドクロを飛ばし、遠距離攻撃。能力を使おうにも闇で封じ込めてくる。だが、お前は俺の能力をまだ知らない。これがどういう意味か分かるか……?」
「俺の方が不利ということか」
「ご名答。お前に知られていない俺のとっておきの能力がある。肉体もそうだ。所詮ヒトの身体では、馬の筋肉には勝てねえ。お前には俺に対する不利な要素がたくさんっ!」
確かに、俺はまだオロバスの能力を知らないし、逆に俺のレメゲトンの魔法をほぼ知られている。能力や魔法の弱点を既に見抜かれているだけで戦局は大きく変わる。能力を封じたいにせよ、詠唱する前に接近させられれば能力を封じ込める闇は出せない。更に銃火器やヘイキにも詳しい相手。俺には不利しかない。
「お前は俺に勝てない。分かったか不倫野郎」
「例をグダグダと挙げるのは簡単だ。本当に俺が勝てないのか、お前が実践してみろ」
「オーケイ、まずはその生意気な口黙らせてやる」
オロバスは俺との鍔づり合いから飛んで後退。互いの間合いが離れた今、オロバスの能力が俺に明かされる。
「必殺くらえ、俺の最強の能力をっ!」
右手を差し出し、掌を下に向けた。そのとき、人差し指から、穴のあるコインを吊るした糸が現れた。
「振り子……?」
「ああそうだ。ただの振り子だと思うなよお?」
人差し指を左右に揺らし、連れてコインも大きく左右に揺れる。
「お前は振り子に釣られて眠くなる眠くなる……」
右、左、右、左と揺れるコインに俺の視線が追いかけられてしまう。俺も瞳も右、左と移動していく。
「次第に睡魔に支配され、意識は遠くなり、生意気な口も開かなくなる」
催眠誘導し、暗示をかけてくる。オロバスの声が直接脳に語り掛けてくるように、俺の精神がオロバスに思うつぼになりそうだ。
「ワン、ツー、スイマっ!」
謎の掛け声を発すると、振り子運動を止め、凄まじいどや顔で俺を見詰めてくる。
「ふっ、これでお前は眠った。文字通り生意気な口は閉じたというわけだ」
「おい、お前は遊んでいるのか」
どうやら催眠術をして俺を眠らせたがっていたようだが、効果は毛ほども感じられない。一応俺は昨日、サキュバスたちに散々犯されて睡眠不足なのだが、それでも眠気は一ミリもやってこない。
「えっ、ちょ、え、ええええええええええ?! な、なんで眠らねぇんだよ」
どや顔からひっくり返り、目玉が飛び出す勢いで大仰天を表情に繰り出してきた。こいつ、素直だな。
「馬鹿かお前っ! そんな安っぽい催眠術でそんな簡単に引っかかるか」
「し、しかし、俺は今まで何人の女性を催眠にかけ、幾度もなく成功してきた。催眠術にかかった女共は全員操り人形に……!」
「だからそんな考えが馬鹿だと言っているんだ」
「俺は馬だっ! 馬鹿でもなければ鹿でもないっ!」
馬鹿な馬に鹿でもないと反論してくる奴はこの世でオロバスただ一人だろう。
「いいか、お前がやっている催眠術は基本すらなっていない。まず催眠術は、相手自身がかかりたい意思がなければ催眠術はかからない。お前のような疚しい心剥き出しで催眠術しても、相手は警戒するだけだ」
催眠術は一方的なサイコパワーではなく、自分と相手の信頼関係から成り立つものだと聞く。俺たちは敵対関係である以上、信頼関係は全くのゼロ。逆にかかる要素がどこのか聞きたいほどだ。
「ば、馬鹿な……! じゃあ俺が成功した操った女性たちは……」
「そいつらに関しては成功したんだろう。別にその女共もお前に敵意剥き出しにしたわけじゃないんだろう。女共が知らず知らずのうちに掛かりたい意思があり、その玩具に集中させている間に疚しい暗示をした。ただのそれだけ」
そもそも振り子をなぜ揺らすのかというと、相手に振り子運動を注目させ、集中させている間に暗示し、その情報を相手に送っているからだ。読書中や何かを集中している作業中などに、話しかけられてもその声に気が付かないという、似た経験と同じ原理だ。
「まさか、こんなド阿保な馬がいたとはな。まさに馬鹿そのものだ」
「ちょ、こ、これはその」
生半可な知識で恥ずかしい失敗をし、何も言い返せずしどろもどろになり戸惑った。しかし、いきなり走り出し、瞬時に俺の間合いに突撃してきた。
「ふ、ふん、おおおお俺の罠に掛かったなっ! まんまと振り子に釣られやがって」
失敗を強引に誤魔化しにきたか、右手に持つレーヴァテインを薙ぎ払ってくるも、心に迷いがある時点でそれは非力。ダーインスレイヴで襲い掛かってくる剣身を叩き、その手から弾き飛ばした。
「な、なにいいっ!」
宙を舞うレーヴァテインは天井に突き刺さり、オロバスの手元には武器は無し。戦闘力を削いでやった。
「俺はお前と遊んでいる暇はないんだ。いい加減消えろっ!」
剣を持たない裸のオロバスの胴体に横の一閃。腹に深い切口をつけダメージを背負わせた。
「ぐふおおおおっ!」
オロバスは俺の前で四本の脚を下ろし、怯んだ。これでも手加減はしてやった方だ。アンリデウスを連れ去った暗殺部本部室の場所を吐かせるために。
しかしなぜだ。切口から赤い血が流れてくるもの、小さな電気がビリビリと撥ねている。それに肉を斬り裂いた感覚ではなく、まるで固形物でも斬ったかのような。ロボットヘイキの脚を斬ったときの感覚とほぼ同じだ。
「これは……」
だが俺の内なる疑問をさておいて、オロバスは立ち上がり、再び後ろに飛んで後退。
「くっ、どうやら今日の催眠術は調子が悪いらしい。だが、俺の振り子は何も、催眠術だけが能力だと思うなよ」
あくまで催眠術の勉強不足だとは認めず、不発だと言い張る模様。まだ強がるオロバスだが、振り子に吊られたコインが、下に針がついた重り玉に変形した。
「いいか、この振り子は地震計だ」
「地震計……?」
地震が発生したとき、揺れで針の先端についてあるインクで流れる紙を書き、震度を表すものを地震計という。動くのは紙のみで、地震発生時、吊るされた重り玉が揺れ、揺れを記す。いったい、オロバスは地震計を生やし、何をするつもりだ。
「俺は地震を引き起こすことが可能だ。このようにな」
人差し指を軽く揺らし、重り玉は糸に連動して左右に振り子運動をする。
そのとき、床が揺れ始めた。揺れは次第に強くなり、学校が大きく揺らいでいく。
「なに、まさか本当に……?」
本格的な強度の地震となって学校を襲い始めた。凄まじい揺れで床や壁に亀裂が走り、俺も揺れに耐えれず転倒してしまう。
「ふはははははどうだ。振り子を揺らすだけで地震を発生させてしまう神の業っ! それが俺の真の能力だ」
古来、地震は神の怒りだと畏れられた。今や地震の仕組みはプレートの変動だと明らかになったとこだが、どのみち圧倒的脅威である自然現象を能力化、しかも振り子を揺らすだけで発生させてしまうとは、危険極まりない能力だ。
相手を操り眠らせる催眠術と、地震を引き起こす地震計。これがオロバスの振り子能力か。催眠術だけだと侮っていた。
「や、やめろっ! 学校が崩壊してしまう」
数多の爆破で壁が壊れ、学校は半壊状態。瀕死の建築に地震をこれ以上受ければオーバーキルだ。崩壊し、サキュバスたちは瓦礫に押しつぶされてしまう。オロバスとしても対象が死ねば作戦は台無しのはず。
「ああ分かってるさ。これはあくまで見せびらかし目的だからな」
振り子運動を左手で受け、揺れを止める。その直後に地震は静かに収まった。しかし、今の地震で学校は絶大なダメージを負い、もう一度地震が起きたり、ミサイルでも一発要塞に当たるだけで学校は即崩壊だ。
「学校は別にどうでもいいが、今崩壊されてしまったら冠とサキュバスたちが潰れてしまうからな。まあ、これはほんの手加減。せいぜい震度三ってとこだ。なんなら震度七まで揺らすこともできる。振り子を揺らすだけでなっ!」
「さっきの揺れで震度がたったの三だと。自然災害を手にした悪魔め……」
本来の震度指数は、三はほんの軽い揺れだ。対して最大の七は都市が半壊するほど。オロバスの言い方的に見れば、震度七は半壊程度では済まなさそうだ。
地震はオロバスの気分によって決まる。いくら能力でも地震そのものは物理的に行われるもの。俺の第四部では地震を防ぐことはできない。
「なあに安心しな。今は地震は起こさない。だが、地震のエネルギーは重り玉に宿らせてもらう」
重り玉に茶色のエネルギーが集結し、纏った。次なる一手に繰り出す気だ。
「この状態では振り子を揺らしても地震は発生しない」
振り子を揺らし、茶エネルギーを纏った重り玉を左右に揺らすが、先ほどと違って地震が発生しない。茶エネルギーを纏った状態では揺らしても地震は発生しないということか。
「だが重り玉に当たらない方がいい。その身で地震の一撃を喰らうからよおおっ!」
振り子を回転させ、重り玉が遠心力に引っ張られ人差し指の周りで回転する。
「余興はここまでだ。こっからお前をぶっ飛ばすぞっ!」
振り子を回転させながら俺に向かって走り出し、突撃してくる。間合いに入る前に高く跳び、天井を突き刺したレーヴァテインを左手でキャッチした後、振り子を回転させる右人差し指を俺に振るう。人差し指から糸が伸び、攻撃範囲を無理矢理伸ばし、回転の勢いを得た重り玉が俺に放たれた。
対する俺はダーインスレイヴの剣身で重り玉を弾き飛ばそうとし、襲い掛かってくる重り玉に振るった。重り玉と剣身は衝突した瞬間、異常な振動が剣身を激震し、俺の左腕さえも強く揺らした。
「ぐああああっ!」
激震により左腕が痛み、痺れ、ダーインスレイヴの柄を落してしまう。
「フハハハハだから言ったろう。重り玉には当たらない方がイイってなっ!」
今さっきのダメージは重り玉の衝撃ではない。地震の力をエネルギー化にして、重り玉に纏わせ、命中させた対象に地震の衝撃をくらわせた。あれを肉体で受けると、身に地震の振動が走る。破壊力は都市を破壊するレベルだ。受ければ大打撃。できれば当たりたくない。
「言っとくが俺は容赦しねえっ!」
落下と同時に俺の間合いに入り、左手に持つレーヴァテインの燃える剣身を俺に振り下げる。対する俺は痺れる左手でダーインスレイヴを瞬時に拾い、一歩後退し、落下斬りを回避。オロバスの着地後、その隙を伺い、左肘を引き、突きの構えに。咄嗟に一歩踏み込み、引いた肘を放ち、ダーインスレイヴの剣先でオロバスの身に突いてみせる。
「甘いな、ミルク並みにっ!」
オロバスは、右人差し指にぶら下がる振り子の糸を伸ばし、回して輪を作った。俺の突きの軌跡上に輪が施され、糸がダーインスレイヴの剣身を縛った。右人差し指の糸を右に釣り、ダーインスレイヴとそれを持つ左手も右に移動し、無理矢理突きの軌跡をずらした。
「ま、まずい」
一瞬だけダーインスレイヴが封じられ、非常に隙だらけだ。俺の丸腰を見過ごさないオロバスは笑みを浮かべ、左手に持つレーヴァテインを再度振り上げ、俺の左腕ごと斬り下そうとしてくる。
一旦、ダーインスレイヴを魔法陣の中に消し、糸の縛りを解除。糸が解いたところで瞬時に再度魔法陣からダーインスレイヴを召喚させ、襲い掛かってくるレーヴァテインの剣身を受け止める。
「ほう、賢いな。一旦剣を消すとはよ」
左手には黒炎の魔剣。右手には地震の振り子。まさに災害の組み合わせだ。武器と能力による近接が俺にとって非常にきつい相手だが、なんとか隙を作り、黒炎と地震を闇で封じ込めれば簡単だ。隙さえあればギリギリにせよ詠唱は間に合いそうだ。
「だが、詠まなくていいのかぁ? お前の魔術書をよお。まあ、詠ませる気は端から無ぇがな、この変態野郎っ!」
当然、第四部の闇を出させはしないオロバスは、右人差し指にぶら下がる振り子を高速で回転させ、遠心力を働かせて、重り玉を俺に下してくる。俺は一歩後退し、その直後に重り玉は床を砕き、周囲が強く凹んだ。
「逃がすかぁっ!」
糸を引き、下した重り玉を自分の元に戻すとすぐに回転させ、右手を俺に振るう。糸を伸ばし、重り玉は俺の顔面にまっすぐ放たれていく。咄嗟に顔を左へ傾かせて瞬間回避。そのまま重り玉は後方の壁に激突。地震のエネルギーによって壁は砕かれ、貫通してしまった。
「貫通……!」
正直な話、このオロバスと戦うにはここの廊下は狭い。詠唱するにも隙は無く、ここで暴れられてもらうと学校が持たない。貫通したことで学校から運動場へ直行することができる。運動場にオロバスを誘えば、辺りは広く、詠唱する時間を稼ぐこともできる。地震のエネルギーを学校に与えることもなくなり、更にオロバスから冠を遠ざけることもできる。幸い、オロバスは挑発に弱いから、運動場に誘うことも容易い。
オロバスは糸を引き、重り玉を戻すと回転させ、いつでも放つ体勢にする。
「おいオロバス、そんなパンツいっちょで寒くないのか? 運動場なら広いし動けば温まるぞ」
「ああ? なんの話してんだ」
「寒いのか、熱いのか、どっちだと聞いているんだ」
「うううん、まあ強いて言うなら寒いだな」
寒いならなんでパンツいっちょの恰好で来ているのだ。あとそれから俺の質問に素直に答えるあたり、単純だな。
「あ、分かったぞ。俺を運動場に誘いてぇんだな。運動場は地形が平で広ぇから、詠唱もしやすいって魂胆だな。悪いがそうはいかねぇぜ、危ねぇ危ねぇ」
「へええ、じゃあお前は馬なのに走りたくないのか。ああなるほど、普段から汚い馬小屋に引きこもっているのか。パンツいっちょなら尚更だな」
「なんだとおぉぉぉ……?」
誘導的な煽りでオロバスの表情は一気に怒りに染まった。これでオロバスは俺に完全に集中し、冠の目的から俺に移した。
オロバスに人差し指を向け、クイクイと上下に揺らす。
「てんめぇぇ……さっきからウンゼェ挑発しやがって……!」
トドメの挑発で行動を確保させ、その後に俺は貫通穴に直行し、運動場へ跳び込む。
「さて、今のうちに詠唱っと」
落ちている間に右手に持つレメゲトンの第四部を開き、詠唱を始める。
「待ちやがれぇぇ人間……!!」
その直後にオロバスも貫通穴から跳び込み、俺を追いかけてきた。
「ふっ、挑発に乗せられやすい馬鹿だな」




